栄進伝

マムシ

第1話 行商人

 水の都と謳われたパンタリーネも今になっては廃れ果て、その昔の面影もすらも残っていない。パンタリーネの中心には大王の居城がそびえ建っており、その大きさゆえにパンタリーネ城は難攻不落の巨城と言われていた。


 しかしそれも過去のこと、今となっては長きにわたって他国との戦争に打ち勝ち領土を広げた名勝ハルミドフも老い、亡くなってしまった。家督はハルミドフの息子であるハロルドが受け継いだが、ハロルドは傲慢でなおかつ怠惰な性格で周りはここぞとばかりに振り回されていた。


 国の税はハロルドの跋扈に溶かされ、城下町の末端はもうすでに貧民街と化していた。城下町では人が道端で座り込み、ブリキの缶で銭に恵みをせがんでいる。そんな重税に苦しむ民を横目にハロルドは今日も己の淫欲に身を任せ酒池肉林を続けるのであった。


 それだけに腐敗しきった国であればすぐに攻め落とされるだろうと皆考える。もちろん、このパンタリーネはハロルド政権に変わった後も三度にわたって他国からの進軍を受けていた。

 これがハロルドが戦の天才で政治はめっきりダメでも戦となれば誰にも劣らない才の持ち主なら少しは良かったのかもしれない、しかし現実はそうではない。

 この男は戦になればさじを投げ、居城に引きこもるような臆病者であり、そのため戦の時は家来が戦場に出て、指揮を執っていた。


 この家来というものが取り分け強く、ハルミドフの時代から使えていた強者ぞろいだった。

 そしてこれだけ治安が悪化しているのにも関わらず、一揆も打ち壊しも起こらずにパンタリーネ全体が静まり返っているのは、王家直属の治安維持部隊のお陰であろう。

 この治安維持部隊は別名をネビルと称され、民からは恐れらていた。言論の自由などなくハロルドで政権に変わってから、書物の半分が危険思想とされ摘発された。さらに個人による演説、多宗教の布教などはきつく取り締まられた。


 讒謗罪ざんぼうざいという法律が新たに作られ、個人における密会などの会合は取り締まられて、国を批判するようなま言動や行動を起こしたものは罪に問われることとなった。

 このハロルド政権はいったいいつまで続くのだろうか。民は困窮を耐えしのぎ、終わりのない苦しい生活に限界を感じていいた。


 ************


 城下町の一角に少し、古びたバーがある。

 店の外装は西部劇の出てくるような古典的なもので、客層も顔に傷があったり、腕の筋肉が大根のように太かったり、かなり偏っている。

 このバーを経営している主人も眼帯をしていて、恐らく左腕は義手だろう。店の雰囲気も悪く、毎晩、喧嘩が絶えない、そのせいで店のいたるところに穴が開いている。そのせいで冬は寒いし、夏は暑い。劣悪なバーだった。

 このバーが国の現状を語っていると言っても過言ではない。このような荒れた町が今のパンタリーネの現状でハロルド政権による弊害なのだ。

 皆この困窮した世間に嫌気がさし、この掃きだめのような場所に呑みに来るのだ。そうやって日常の辛い出来事を忘れようとしている。


 そのバーのカウンターで二人の男が地ビール片手に何やら興味深い話をしていた。


「この町ももう終わりだな、力で落とせないからってこの土地の他国がこの国の養分を吸い上げにきやがった」


「おいそんなこと言ってるとネビルに見つかるぞ」


「もうどうだっていいよそんなこと、奴らまた武器を買うんだ。それで金が尽きればまた重税。本当にどうしようもないよこの状況じゃ」


「まぁそうやってこの国は他国の畑にされていくんだろうよ」


「待ってくれよおっさん、この町に武器商人が来るのか」


「なんだてめぇは!」


 二人が会話している間の肩から、顔を出した。無礼な少年がいた。カウンターで話し込んでいた二人の男は二の腕にはヒョウタンのような筋肉が付いていて、胸は山のように厚かった。そんな男にいきなり話しかけたのだ。

 そこにいた皆が今夜も喧嘩になるのかと思った。

 しかし、この少年は一発も殴られることはなかったし、一発も殴らなかった。


 話に割って入られたことに怒り、頭に血が上った男に対し、少年は至って冷静でその男の振り上げた右手をじっと見ていた。

 もう一人の男は案外冷静でその男を止めようとした。決してその止めようとした男も優しそうな風貌ではなかったがすぐに暴力を奮い、物事を解決しようとする人間よりはよっぽど利口である。

 手を振り上げた男が仲間の男に止められ、少し落ち着いたのを見計らって少年は口を開いた。


「いきなり話しかけて悪かったね。僕の名前はロイシェっていうんだ。やっぱり名を名乗るのは礼儀だ」


 ロイシェはそう言いながら怒る男に握手を求めた。しかしその男は差し出された右手を跳ね返し、


「お前の名前なんて聞いてねぇ」


 とため息と怒りが混じったような声で言った。怒っていた男もそのあまりにも冷静沈着なロイシェの態度に呆気にとられ、さっきまであった怒りもいつの間にか削がれていた。


「そうか、ならオッサンといったところがまずかったのか」


 ロイシェが聞くと男はカウンターに腰を掛け、


「そんなことはそうでもいい」


 と素っ気なく言った。


「なぜそんなことを聞く? あまりに近づかないほうがいい、どうも怪しい連中だ。触らぬ神に祟りなしだ。」


 「まぁそれもしれないが、ちょっとそた興味本位だよ」


「興味本位で首を突っ込めば痛い目に合うのは自分だ。分かったらガキはとっとと帰れ」


 男はロイシェを突き放すように言った。


「分かったよ。忠告、ありがとうな」


 ロイシェは少し考えて、その男に従って黙ってバーの外に出た。いったいロシェが何を考えているのかわからない。

 店を出るときは店中の客がそんなロイシェの姿を凝視している。

 ロイシェの胸元にはこの国の民を管理するためのペンダントが付いていた。この国の民は大きく、三つに分けられ、上から一等階級、二等階級、三等階級と分けられていた。ここは城下町の中でも末端にあり、ここに居るほとんどの人間が三等階級の区分の人間である。

 もちろんロイシェもその一人だ。


 ロイシェが外に出て、うす汚れたローブのフードを被り、歩き出そうとすると、向こうのほうから声が聞こえてきた。


「行商人が通るぞ道をあけろ!」


 誰かが向こうのほうからこちらに叫んでいる。何やらこの道を行商人が通るようだ。行商人は馬に積み荷を引かせ、その馬に乗馬したまま、手綱を引いていた。


 ここは城下町の末端で治安が悪く、貧困な人間が集まりやすい、そのおかげで外部の人間がここを通れば、ハイエナのように群れを成した人間が外部者を囲み上げ、金をせびるのである。

 今日、行商人が通った時も決して例外ではない。

 行商人を国門の役人が先導しながら、道を開けるように要求するがそんなことはお構いなしにすぐに行商人は囲まれた。

 貧困に喘ぐ民は皆その泥に汚れた手を差し出し、手を合わせ拝むが行商人はそれを無視していた。


 行商人はたった一人で、ローブを被り顔を隠していた。

 ロイシェはその馬車の後ろに回り込むと、人の群れをかき分けて、積み荷を目指した。積み荷は白い大きな布で覆われていて、中は見えないようになっている。

 ロイシェはもみくちゃにされながら、馬車の後ろから積み荷の中に入り込んだ。荷台とその白い布の間には僅かな隙間しかなかったが。小さな体をしている少年のロイシェは容易にその中に入り込むことが出来たのだ。


 行商人はもちろんロイシェの存在に気づいていない。全くの死角に当たるところから侵入されては打つ手などない。


 積み荷の中にはシルクや茶葉などの貿易に使えるものが沢山あった。中にはスパイスや陶器などの値打ちがあるものもあった。しかし、その物資でできた沢山の層の最も下に板がありその板をどかすと、そこには銃やら剣やら大量の武器があった。

 さらにその下にはびっしりと火薬が敷き詰められていて、どれも戦争に利用するための武器のオンパレードだった。


「よし、ビンゴだ」


 ロイシェは積み荷の中で手を叩き、ニヤリと笑みを浮かべた。

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