第155話 『Morning of drunkenness』
翌朝、目が覚めた葉月は体を起こしたとたん、その痛みに頭を抱えた。
「うっ……えっと私……どうやって帰ってきたんだっけ?」
ズキズキと脈打つような頭痛のなかでしばらく
初めて口にした日本酒はすこぶる美味ではあったが、葉月をコントロール不能にし、そして記憶をおぼろげにした。
朝日が眩しくて、カーテン越しにもかかわらず目に突き刺さるような刺激を感じる。
葉月は目を細めながら記憶を手繰り寄せた。
昨日の朝は、まだあの葬儀場にいた。
モーニングブッフェの窓から裕貴と隆二が車で出ていくのを見送ったその隣には、徹也がいた。
前夜に
なんとか身を隠したままやり過ごせたのは、徹也が側に居てくれたからだ。
そんな徹也は、一晩開けたモーニングブッフェの場でも、気まずさを感じさせまいと、明るく振る舞ってくれた。
彼はすぐに出張先の九州へ飛び立ち、葉月は『form
夜になって、
そのあまりに飲みやすい喉ごしの良さと後口の爽やかさに、琉佳に止められたにも関わらず勢いよく杯をすすめた姿が甦る。
「やだ、私すっかり調子に乗っちゃって……そのあとは……どうしたんだっけ?」
今度はぼんやりと琉佳と裕貴が話しているシーンが浮かぶ。
「あれ? なんでルカさんが外に? ……そっか、私を送ってくれようとして……」
裕貴の
「あ……ルカさん、確か “ ユウキに怒られるなぁ ” って苦笑いしてたような……」
そういう自分こそ、飲みすぎだと裕貴に怒られながら『Blue Stone』にしょっぴかれていったことを思いだす。
少し頭が覚めてきたと感じたその時、スマホが振動した。
その名前を見た瞬間、連行された『Blue Stone』に二人の親友が居たことと、葬儀場で起こった出来事や感じたあらゆる思いを彼女達にぶちまけてしまった事を思い出す。
「お、おはよう由夏。あ……ごめん、私……昨日の事、あんまり覚えてなくて……」
由夏は笑いながら昨夜の葉月の行動や言動を
葉月は肩を落とす。
「うゎ……私、全部喋っちゃったんだ……
「まあね。私とかれんだったから良かったけど、もし他の人もいる場だったりしたら、相当マズいかも」
葉月は大きく溜め息をつく。
「だよね……私ったら。そりゃユウキに日本酒禁止令を出されるわけだ……」
「でしょうね」
由夏はカラッと笑った。
「あ、そうそう! 葉月を送った時にね、
「え、ママから? なんでわざわざ由夏に?」
驚く葉月に、由夏は意地悪な声をあげた。
「ははぁ……さては葉月、まだ一度もベッドから出てないわね?」
「あ……あはは、バレた?」
「そんなことだろうと思ったわ。あのね、智代さん、今朝早くから神戸のおばあさん宅に行かれるそうよ。急に親戚が集まることになったから二、三日ゆっくりしてくるわって、そう仰ってて。この時間だったらもう出てるんじゃないかな」
「え、そうなんだ」
「葉月は学校が始まるから置いていくって」
「そっか、おばあちゃんにも会いたかったけど、そろそろ資料まとめとかないとね」
「そうね、九月はイベント
「そっか。学校は行ける時に極力行っておかないとね」
「そうよ! それに葉月は『
「え、その話も……私が?!」
「ううん。そっちはユウキに聞いた。もちろんオフレコってことで。リュウジさん、正式加入するんだってね! 葉月、嬉しいでしょ!」
「うん! 凄く」
「良かったね! そんな記念すべき瞬間に立ち会えるなんてラッキーじゃん!」
「うん! 想像するだけで胸が熱くなりそう……」
葉月はカレンダーに目をやる。
「あ……ウソ! もう明日なんだ!」
「ワクワクしてるわねぇ。そう、明日かぁ……葉月、また『エタボ』のトーマに会ったら失神しちゃうんじゃないの?」
意地悪な声をあげる由夏に、葉月は咳払いする。
「やだ! そんなこと言わないでよ。ちゃんと、お話しできるように……なったし」
「そっか、良かったじゃない。でもさぁ、トーマの前で真っ赤な顔してたら、ジェラシーを感じるメンズがいるかもよ?」
「な、なに言ってんの! そんなことあるわけないじゃない」
「はいはい! あ……それじゃあ葉月はまたしばらく学校来れなくなるんだよね」
「あ……まぁ二、三日はね」
「そう。あのさ、今日の午後に経営学の井上教授に相談があるってかれんが言ってたから、私も同行するんだけど。葉月はなにしてんの?」
「ああ、バイトだけど……」
「ええ?! また『form Fireworks』で仕事なの? 昨日葬儀場から帰ったばかりなのに?! 働かせ過ぎだよね」
「ううん、ちょっと立ち寄るだけでいいって言われてるから。時間も自由だし。なんせ、明日は『エタボ』だから……」
「ふーん。雇用体制に不満はないのか……イイ子ちゃんね葉月は! まぁいいわ。楽しそうだし。ならさ、今日学校で会わない? 学食に集合するのはどう?」
「いいね! なんか久しぶりだし」
「決まり! じゃあ、そうね……この秋のイベントについて、何か一つ案を考えてくること!」
「えーっ……課題つきなの?!」
「当然! 学生でいられる時間もあと少しなんだもん。柔軟なアイデアで経験値上げてかないとね!」
「さすが! 日々進撃の由夏だけはあるわね!」
「よいしょしたって課題は見逃さないからね!」
「わ、手強い……」
「じゃぁお昼にね。直接学食で。かれんにも伝えておくわ」
由夏との通話を終え、葉月はカーテンを開けてグンと伸びをした。
階下に降りてみると、由夏が言っていたように母の姿はなく、ダイニングテーブルに小さなメモを見つける。
そこには祖母宅に行くことと、二日酔いにも効く野菜スープを作っておいたから飲みなさいと書いてあった。
コンロの前に立って鍋を温めながら、また昨夜の経緯をたどる。
ふとリビングを見渡すと、恐らく裕貴と由夏が届けてくれたであろうキャリーバッグがそのままの状態で佇んでいる。
葬儀場『
一体何度、驚かされたことだろう。
繊維業界1位の売上高とシェア率を誇る『LBフロンティア』。
大学生なら皆が皆、最良の就職先として憧れる老舗一流企業の会長の孫が徹也だったことも、自分の母の大好きな一流ブランド『
ただただ驚きだった。
「それに……」
隆二が、かの財閥系総合商社『水嶋コーポレーション』社長の次男であったことにも心底驚いた。
親友同士の二人が似た境遇だと聞いてはいたが、お互いに気遣う意味がよくわかった。
しかし……
何においても驚いたのは、義理の姉が隆二に付きまとうために隆二の兄に嫁いだという事実だった。
今もなお隆二に思いを寄せ、迫っていくのを目の当たりにしたショックは、何物にも形容できない。
息を潜めながらも取り乱し、前後不覚になるほど動揺していたその窮地を、身を呈して支えてくれた徹也。
その温かい胸に守られながら、彼の鼓動と自分の鼓動が重なって、不安定な気持ちから救われる思いだった。
これから隆二と一体どんな顔をして会ったらいいのかと考えると、眠れないまま迎えた朝、徹也はその戸惑いをかき消すように明るく迎えてくれた。
隆二が裕貴と共に車で出発するのを見かけてどれほど安堵したことか。
「あれが昨日の朝なのね。ウソみたい」
葉月はキッチンを片付けて、由夏とかれんに会いに大学へ向かう為の身支度を始めた。
玄関に施錠してT字路に向かって歩き始める。
「ん?」
並びの家の木立に人影を見たような気がして振り返る。
「気のせい?」
眩しい日差しに手をかざしながら駅に向かう道の公園に目をやると、珍しく子供の姿はなく、見慣れない若者が何人かいた。
葉月は気にすることもなく通り過ぎ、渚駅から電車にのって大学に向かった。
「ちょっと早かったかな?」
葉月はキャンパスの時計台を見上げながら、行き先を変えた。
「200万冊越えの蔵書数を誇るうちの大学の図書館なら、きっとインタラクティブアートの本もたくさんあるはずよね」
図書館の手前にあるコミュニティブースが近付いて来たとき、不意にそこから『エタボ』というワードが耳に入ってきた。
何かのサークルなのか、人が集まっている横を通り過ぎると一人の女の子が声を荒げた。
「ちょっと! これ見てよ! エタボのサポメンの……」
葉月は肩をすくめる。
またキラのインスタだ。
それを見たファンはサポメンドラマーの隆二に、また魅了されてしまうのだろう……
「ねぇこの人ってさ、密かに『エタボ』で一番イケメンじゃない?」
「えー、私はハヤトが一番イケメンだと思うけど」
「そう? やっぱりハーフだからかな、このクールな破壊力はハンパないと思うのよね」
ハーフ?
「この人……アレックスっていうんだっけ?」
葉月は首をかしげる。
そんな画像、あったっけ……
インスタ、また更新されたのかな?
昨日『想命館』の帰りの車内でキラのInstagramをチェックした時は、隆二の弾き語り映像の次の、葉月のバースデーパーティーの時に公開された、キラのメッセージ付き新曲発表の映像が最後だった。
じゃあ、新作が公開されたのね!
今度は……アレックスさん?
意外だな……
葉月はなんとなく、そのままそこに
第155話『Morning of drunkenness酔い醒めの朝』- 終 -
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