第129話 『Birthday Pictures』

葉月は『Blue Stone』のカウンターで、裕貴に手渡されたサングリアティーのグラスを見つめ、それを手に取った。


「うん、好き……でも昨日初めて飲んだんだけど……なんで好きだって知ってるの? それに真っ直ぐって」


首をかしげる葉月を見下ろして、裕貴は額に手をやってくうを仰いだ。


「あ……ボクとしたことが。まぁいいか、じゃあこの際、葉月にも話すか!」

 

葉月もう一度首をかしげる。

「一体なんのこと?」


「昨日さ、バスケ終わってから仕事、かなりはかどったんだろう? そして鴻上こうがみさんと ディナーを共にしないで早めに家に帰った。久しぶりに智代ママの手料理、食べたんじゃない?」


葉月はきょとんとした。


「……まるっきり、そのままなんだけど」


葉月の疑問も置き去りに、裕貴は揚々と続けた。


「あ、一つ付け足すと鴻上さんに送ってもらったろ?」


葉月はきょとんとしたまま、コクリと頷く。


葉月のその顔を見て、裕貴は笑いながら言った。


「昨日の夜『Blue Stone』 に電話もらったんだよ、鴻上さんに。多分、葉月を送った後だと思うんだけどさ、車の中みたいだったから」


「え? いつのまにそんなに仲良くなったの? 体育館で会ったのが初対面じゃなかったっけ?」


「まぁそうなんだけどさ、早急にボクに話したいことがあるから会えるか? って」


「え? それじゃあ、あの後?」


「ああ。少し会って話したよ。鴻上さんも忙しそうだったけど、わざわざ時間を作ってくれてさ」

 

「それって、いつ?」


「この店を閉めてから、リュウジさんと一緒に帰ったんだけど、コンビニに行ってきます、って言ってリュウジさんがシャワー浴びてる間に外に出てさ。鴻上さん、わざわざマンションの前まで車で来てくれてて」


「え、何か……コソコソしてヘンな感じ」


「だな! 確かに」


「浮気してるみたい」


裕貴が笑いだした。

「え? 葉月がそんな風に言うなんて意外だな」


葉月は疑ったような視線を止めずに聞いた。


「そんなにコソコソして、何の話をしたの?」


「葉月も知ってる話だけど?」


葉月の表情がすっと変わった。

「ああ……『エタボ』の話?」


「そう。っていうか、葉月だって鴻上さんからちゃんと聞いてるんじゃないのか?」


「あ……近々『エタボ』の事務所に行くかもしれないって話なら……」


「そうか。葉月も同行することになってるの?」


「うん……そう聞いてる」

葉月はそう言って、少し俯いた。


「それ!」


「え? なに?」


「葉月のその表情について、鴻上さんに聞かれた」 

 

葉月は驚いたような顔をして裕貴を見つめて、そしてまた俯いた。


「話してないから、安心して」


葉月はそう言った裕貴の顔を再び仰いだ。


「鴻上さん、気にしてたんだ……」


「うん。『エタボ』の大ファンであるはずの葉月が、彼らに会いに行く事に不安げな顔したのが不自然だったって。メンバーと何か問題でもあるのか、って心配してた」


「で……ユウキは何て答えたの?」


「“なんでもないですよ気のせいでしょう”とは 言えなかったよ。そんなので誤魔化される人じゃないから」


「……そうよね」


「“そっとしておいて欲しい”ってだけ、言った。葉月自身がきっと解決すると思うので、って。それでよかった?」


「うん、ありがとう。実際にそうしなきゃいけないって……思ってるから」


裕貴は大きく息をついて、カウンターに腕を置くと、グッと葉月に近付いた。


「なあ葉月、本当に行って……大丈夫なの?」


葉月は一瞬言葉に詰まった。


「香澄さんとハヤトさんには、やっぱり……会いたくないよな?」


裕貴がそうの名前を発しただけで、葉月の顔色がみるみる変わるのがわかった。


「あ……ごめん葉月」


葉月は首を横に振る。


「ううん。なんでユウキが謝るのよ、大丈夫だって。トーマさんとキラさんに会うって思ったら、緊張してきちゃっただけだから……」


そう言いながら、作った笑顔で見上げる葉月の頭の上に、裕貴はそっと手を置いた。


「なぁ、ボクの前で無理する必要はないだろう?」


葉月は裕貴の顔をじっと見つめて、小さく頷いた。


「……そうよね。ごめん」


裕貴は葉月の頭をポンと軽く叩いて、サングリアティーを勧めた。


小さく口をつけた葉月は、驚いたように裕貴の顔を見て微笑んだ。


「すっごく美味しい!」


「そっか、良かった。今日はこれで葉月を酔わせずに済みそうだ。少しずつレシピを変えて色んなテイストで出してあげるからね」


「ありがとう!」


そう言ってまたグラスに手を伸ばす葉月に、裕貴はためらいながらも、尋ねる。


「あのさ……見合わせてもいいよ。『エタボ』の事務所には今回じゃなくても……」


その言葉を葉月が遮る。


「ううん、大丈夫。リュウジさんが正式加入する大切な局面に携われるなんて、夢みたいだし」


裕貴は大きく頷いた。

「そっか……葉月にとってもそんなに大きなことなんだ」


「うん。だって、トーマさんからあんなに熱い思いを聞かされちゃったのよ。それにキラさんの喜ぶ顔も見たいし」


「分かった」


ゆうきはそれ以上突っ込んだ話はしなかった。


颯斗ハヤトとの問題、そして香澄との問題が、葉月のダメージとしてどのくらいの大きさを占めているのか、裕貴には計り知れなかった。

しかし、本人が決意を持って踏み込んで行くと言うのなら、全力でサポートしてやる。

そう思った。



「なぁ、葉月の誕生日パーティーの時の写真、ボクのスマホにも送ってよ」


「うん、そういえばユウキも結構映ってたもんね」


「写真、たくさんあるんだろ?」


「うん、撮りまくってたかれんと由夏がアルバムにして送ってくれたからね。そうだ、これから来てくれた人達にお礼を兼ねて、映ってる写真を送ろうかな?」


「いいんじゃない? まあ、めちゃめちゃ時間食いそうだけど?」


「あはは、そうだよね」


「じゃあ、ボクは自分で選んでいい? 葉月、携帯貸してよ」


悪びれた様子もなくひょいと手のひらを差し出す裕貴を、葉月はちらりと睨む。


「なんかさぁ……ホント、ユウキは私の携帯を触るの、全然抵抗ないみたいだよね」


「あはは。まぁそれはあのフェスからの帰りの 葉月の元カレのメッセージ攻撃から始まってるからなぁ」


「もう! また意地悪なこと言う」


「それとも、もうボクに携帯見せるの、イヤになった?」


「別に。全然いいけど?」


葉月は携帯をポンと裕貴に預けて、おどけるようにプイッとして見せて、化粧室に立った。



奥から隆二が戻ってきた。


カウンターに腰を屈めながら、葉月のスマホを操作している裕貴を見て、呆れた顔を見せる。


「お前さぁ……なに勝手に人の携帯見てんだよ。葉月ちゃんに怒られるぞ」


裕貴は悪びれたそぶりもなく顔を上げる。


「違いますよ。誕生パーティーの写真をボクのスマホに送って欲しいので、それを自分で選ぼうと思ってちょっと借りてるだけです。もちろん了承済みですよ」


「本当にそうか?」


怪しい目付きでそう言いながら、隆二も画面を覗いた。


「あはは、『BLACK WALLSバスケチーム』のヤツ、みんな酒弱いから顔、真っ赤だな」


「ホントですね、アキラさん以外はね。あ! リュウジさん、これ見てくださいよ。琉佳ルカさん、ちゃっかり葉月の隣キープして肩に手を回したりなんかして……」


「ふーん、なるほど。彼はなかなか要注意人物だな」


「リュウジさんからお姉さんに釘さしといてくださいよ」


「とっくに釘は刺してるらしいぞ。その姉貴も手を焼いてるって話だ」


「そりゃ大変ですね……大丈夫かな? 葉月」


アルバムには膨大な量の写真が並び、そのいづれもから笑顔が溢れていた。

葉月が親友たちに連行され、店内に入ったサプライズの瞬間から、かれんと由夏で撮影しまくっていたので、ゆうに200枚は越えていそうな分量のアルバムを、裕貴は指でスクロールしながらじっくり見ている。


「三人娘はどれもいい顔してますね」


「ホントだな、これは誰が撮ってるんだ?」


「ああ、多分アキラさんだと思います。みんな並ばせたりしてたでしょ?」


「ああ確かに。アイツも今回の企画の実行委員だもんな」


ギターを抱えた隆二のアップの次にはそれを見つめる葉月のアップがあった。

裕貴を含める近藤楽器の演奏隊をまんべんなく撮影しつつも、同じようなアングルが三回もあり、裕貴はチラリと隆二の顔を見る。


「なんだよ!」


「なんか、いい雰囲気に見えません?」


隆二は首を振った。 


「誰だ? こんな演出じみたことをするのは」


「さあ……由夏じゃないし、かれんかと思ったら、ほらここ、かれんが見切れてるでしょ? よって、犯人はアキラさんですかね」


「あの野郎……」


「あはは、アキラさんらしいですよ」


「ったく! 大男のクセに、妙に女子力高いヤツだからな」


突っ込みを入れながら、そろそろ終盤かと思われるところで、突然現れた大きなケーキの写真に、二人とも画面を見たまま黙りこくった。


背景もアングル使いも、まるで雑誌のスチール写真のような映り具合で、明らかに日付の違うくくりだった。


それはまるでブライダルケーキのような、大きくて細部に至るまで美しい細工があしらわれた豪華なもので、よく見るとそのケーキには21本の蝋燭ろうそくと美しい文字で「21th Happy Birthday」と書かれていた。


「なんだこれは?」


「これは……あの誕生日の日じゃないですね。どこかレストラン? あ、この背景の暗い所、よく見てください。ライトが上の方まで点灯してる感じ……これってあの岬の吊橋じゃないですか? 巨大イルミネーションの」


「ああ、そういえばあの吊り橋のたもとにレストランがある。有名店だよ。確か『ギャレットソリアーノ』だったかな」


そこに葉月が戻ってきた。

二人の姿を見てため息をついて見せる。


「何ですか? 二人して私の携帯覗いて……もう変なメッセージ届いたりしてませんから!」


そう言って葉月も何気なく、自分の携帯の画面を覗いた。


「あ……」


「ギャレットソリアーノ?」


裕貴のその言葉に、葉月は突っ立ったまま驚いた表情を見せた。

「え? なんで知ってるの?」


「いや……リュウジさんが、そうじゃないかなって言うから」


葉月と隆二の目が合う。

一秒が少し、長く感じた。


「……そうです」


カウンターチェアーに腰を下ろしながら隆二に向かって放たれた返事のはずだったが、葉月の目線は隆二を捉えていなかった。


「これ、いつ?」


「あ……誕生日パーティーの翌日」


「翌日? あ、ボクとリュウジさんがいなかった日か……そういえばアキラさんが言ってたな……バスケの前日にここに……」


裕貴は一瞬言葉を途切れさせたが、隆二の顔を仰がず、声を平静に保ったまま続けた。


「鴻上さんが来たんだよな? その後、ここにディナーに連れて行ってもらったんだ?」


「うん、誕生パーティーに来れなかったから、って」


「へぇ」


その時、奥の席から隆二を呼ぶ声が聞こえた。

すぐさま返事をして立ち去ろうとする隆二に聞こえるような大きな声で、葉月が言った。


「でも、半分は仕事の話だったので」


何の反応も見せず隆二が立ち去って、なんともバツの悪い空気が流れた。


裕貴はため息をつきながら隆二を見送って、また画面をスクロールし始める。


「こんな豪華な花束も貰って……このでっかいケーキ、鴻上さんは前もって用意してくれてたんだ?」


「うん……」


次に出てきた写真を見ると、裕貴は大きく溜め息をついて、葉月にスマホを返した。


「こんなツーショット写真なんか撮っちゃってさ。なに? その後は海でも見ながらいいムードでお話しでもしたんじゃないの?」


黙りこくる葉月に、裕貴はまたもや溜め息をつく。


「ったく……なあ葉月、これさ、リュウジさんに見られても平気だった?」


「え……それは……」


「だって焦ってなかったよね? 葉月」


「焦る?」


「いや……」


葉月は辿々しく言った。

「そういえば一緒のアルバムに追加したんだっけ、って……誕生日のくくりだから」


「じゃあさ、この写真がここに入ってたって事を、忘れてたってこと?」


「うん……」


「ふーん。そうか」


「なに? 意味ありげな言い方……」


「いや、別に」


「あ、それで写真のチョイスは?」


「ああ、アルバムごと転送してよ。アドレス、わかんない人もいるだろ? 『近藤楽器』の人達や『BLACK WILLS』のメンバーにも送っといてあげるよ」


「そう……わかった」

葉月はスマホに目を落として操作し始めた。


「心配しなくても、ツーショット写真をばら蒔いたりしないから! ああ、リュウジさんにもね」


葉月がグッとにらんだ顔を、裕貴は笑いながら見下ろした。


「さあ、サングリアのおかわりでも作るか! なんかコレ、ボクもハマりそうだ」


そう言って厨房に入った。


溜め息をひとつついた裕貴は、昨晩の鴻上徹也の様子を思い出した。


第129話 『Birthday Pictures』ー終ー


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