第124話 『Let's Play Basketball』
更衣室で隆二に借りたバッシュを装着しながら徹也が言った。
「女の子のディフェンスに着くのなんて、ちょっと気を使っちまうよなぁ」
その言葉に、隆二は首を横に振って
「徹也……そんなこと言ってられるのも今のうちだぞ。まあいい……今にわかる」
体育館に入ると、葉月は囲まれていたメンバーの輪の中から軽やかな足取りで近付いてきた。
「なんだ! ちゃんと
そう言って満面の笑みで徹也を見上げる。
「まさか本当にバスケで着ることになるとは思わなかったよ」
「じゃあ、アップメニューから行くか!」
隆二の声かけにフットワークが始まった。
外回しのパス練習を兼ねたドリブルシュートで徹也は、自分のブランクと共に葉月のスキルの高さに驚いた。
コンパクトなドリブルをついて、スピードを落とさないまま膝を使って上へジャンプした葉月はリングを見つめたまま腕をしなやかに伸ばし、そこへボールを置いてくるような感覚のレイアップシュートを放つ。
まるでボールの重さを感じさせないような精密な軌道で、彼女の放つボールがリングから逃げたことは一球もなかった。
チームメイトが休憩中、2対2の攻防戦が始まった。
隆二はアキラのディフェンスに着いて、徹也は葉月のディフェンスに着いた。
葉月がドリブルしながらボールをキープしたその前に、右手をあげながら立ちふさがって徹也は言った。
「従業員に怪我させないようにしなきゃな」
葉月はにっこり笑った。
そして彼女が少し体を下げたと思った瞬間、徹也の視界から消える。
「は? え?」
瞬時に徹也の背後に回った葉月は、ディフェンスフォローに来た隆二を交わし、アキラにパスを通した。
シュートが決まったゴールを見上げる徹也に葉月はまたにっこりと笑う。
「やべっ、本気出さないとダメか」
葉月がボールをキープした1対1では、葉月は何度も徹也を揺さぶった。
「鴻上さん、もっと私に詰めないと」
そう言って挑発してくる。
「くっそ! 絶対に止めてやる」
「うわ、見てみろよ、徹也がムキになってんぞ!」
そう言ってアキラも笑った。
「おいおい徹也、しっかりやれよ。カモられてんじゃねーよ」
隆二の言葉に、徹也は葉月から目を離さないまま反論する。
「うっせーんだよ! まだ体が慣れてねえだけだ」
そう言って徹也が葉月に詰め寄ったその瞬間、体を左右に振った葉月がぱっと後ろへ退いた。
「え!」
徹也がそう声に出した時、一歩後ろに下がった葉月は、同時に高い弾道のシュートを放った。
「あ!」
みんながそのボールに目をやる。
リングの上に降っていくように落下するボールは、リングにはぶつからず、ネットの音だけを立てて垂直に近い状態で、その中に吸い込まれていった。
「ウソだろう……」
そう言ってぽかんとリングを見上げる徹也に近付いてきたアキラが、その肩をポンと叩いた。
「な? すごいだろ? うちのマスコットガールは。全く、ホレボレするぜ」
「ほら、葉月」
「ユウキ、サンキュー」
裕貴が手渡したペットボトルを受け取って、タオルを首もとに当てながらベンチに座った葉月に、まだ息も荒い徹也が近付く。
「……今の、ハイダウェイじゃねーの?」
「あ……そんなに思いっきり後ろに下がってるわけじゃないので、完璧なハイダウェイじゃないですけど」
「……すげーな葉月ちゃん、予想を上回り過ぎだ」
「鴻上さん、まだですよ。スリーポイント対決が終わってから、その言葉を聞きたいです」
「さすがに余裕の発言だな。だがそれは叶わない」
「え? なぜ?」
「辞退する?」
「えー! どうして? やりましょうよ!」
「言ったろ? 俺は負ける試合はしないって」
「……よくもそんな堂々と男らしくない発言、しますよね?」
「なに、これが成功者の醍醐味ってやつだ。リスク回避は経営者の基本!」
「ビジネスをスポーツに置き換えないでくださいよ!」
彼女の周りに、次々とチームメイトが集まってくる。
アイソトニックを傾ける葉月のキラキラした表情を、徹也は少し離れた場所からぼんやり見ていた。
徹也の横に裕貴が腰掛ける。
「葉月、すごいでしょ?」
「全く、予想どころか……圧巻だな」
「ボクもね、初めて合宿場で葉月のプレイ見た時に “どうしてそれで大学行かなかったの” って聞いたんですよ」
「確かになぁ……あのくらいの身長の選手もいるし、あのスキルなら大学生のリーグだったらスタメンで出れるんじゃないか? だって、男相手にあれだぞ」
「そうですよね。なので本人に聞いてみたら、"他にやりたいことが出来た" って」
「やりたいこと?」
「ええ、スポーツももちろんありきですけど、音楽とか色々なイベントで人を楽しませたい、みたいな」
「なるほどそれでか!」
「え? 何がです?」
「先週さ、ウチのクリエイター達に、いわゆる企画ネタを
「しごく?」
「ああ。まぁ、何度もブラッシュアップさせたわけだよ。そしたら彼女睡眠時間削ってまで企画仕上げてきてさ」
「葉月、そんなに大変だったんですか?」
「俺も反省したよ。熱くなっちまったから……昨日謝った。リュウジにも “ドS上司” って言われる始末だ」
「は! ドSドラマーにそう言われるくらいなら、そりゃ葉月は大変だったでしょうね。そういえば、誕生日の前はいつも眠そうだったな」
「ああ、あれは俺のせいだ。たださぁ、その企画、他のクリエイターを押しのけて、どうも実現できそうなんだ。その話を今日この後に彼女に話して、プレゼンの段階まで持って行こうと思ってる。多分、乗ってくる企業がいると思うから」
「そうなんですか! やるなぁ葉月」
「だろ? でもまぁ、俺はバスケのスキルの方が驚きは大きかったよ。いや、ショックに近いか……」
「あはは。やられてましたもんね!」
「言ってくれるじゃねぇか、ユウキ!」
「で、鴻上さん」
「なんだ?」
「どうしてボクに仕事の話を?」
徹也はふと、隆二が話していたことを思い出した。
どうも彼の中には敏腕な熟年マネージャーが、存在しているらしい。
「この後さ、この雰囲気の中で彼女をかっさらって職場に連れて行くのが、正直怖くなってね」
そう言ってチームメイトに囲まれて笑っている葉月に再び目をやった。
「見てみろよ、あの和気あいあいとした空気」
「あはは。いつもあんな感じですよ。葉月は『BLACK WALLS』のマスコットガール、しかも実力を伴った "宝" らしいですから。いつもならこのままミーティングという名目で、大所帯で食事しに行って、練習より長い時間レストランで過ごしますからね」
「やっぱそうだろ? それを俺がかっさらって帰るんだぜ! 今から」
「あ……さすがにそれは、ヤバいかも」
「だろ? だからさ、君を味方につけたくて」
「さすが! 戦略の企業家ですね」
「さっきの話、聞いてたな?」
「ええ、まぁ」
「それで? 買収には乗ってくれるの?」
「そうですね、条件に合えば」
「条件? 面白いじゃないか。どんな条件だ?言ってみてくれる」
「しいていうなら、情報提供ですかね」
「なんの?」
「そうですね、とりあえず『エタボ』関連ですかね。リュウジさんに話がまわるのなら、ある程度把握しておきたいなと思って」
「なんだよ。真面目な話かよ」
「まあ……それも含めてってことです。実はボクもフェスでトーマさんから匂わされてて。キラさんからも話があったんで」
「へぇ、君ってそんなに『エタボ』と関わってたんだな? ただのボーヤじゃないわけだ」
「まぁ、フェスの前にもウインターツアーも同行してたので、割とメンバーとは気心知れてきてたので」
「みんな君のこと信用してんだな。ユウキ、わかった。こちらも願ったりだ。君と情報を共有できたら、何かと円滑にいきそうだしな」
「まだあります」
「ん? 契約条件か?」
「ええ。葉月の事です」
「彼女の何を? 君の方が詳しいだろ?」
「仕事でも、それ以外の事でも『Fireworks』での彼女の状況を教えて下さい。今後『エタボ』に関わるなら尚更」
「それは、バスケを始める前に話してた事と関係が?」
「……あるかもしれません」
「わかったユウキ。リュウジのボーヤ以外にも、葉月ちゃんのマネージャーをかってでる算段だな。もはや "トレーナー" だな」
「じゃあ契約成立! ってことで」
「あはは、既にもともとの契約内容がぼやけてるけどな」
「まぁ、ボクのここでの仕事は専らアキラさんを制圧することですかね。なんせ、根っからの葉月ファンなんで」
「おお、是非とも頼むよ。昨日もさ、“花火大会の日のこと聞かせろ” ってしつこく言われたから、さっさと逃げたんだよ」
「あ! それボクもサラッとしか聞いてない! ボクも聞きたいです」
「はぁ? なんだよ……君まで面倒くさいこと言うのか?」
「それも条件に入れちゃダメですか?」
「葉月ちゃんに怒られなきゃいいけどな……まあ、今日は無理だけど、そのうちな」
立ち上がったタイミングで葉月に呼ばれた。
「鴻上さん!」
「お、マスコットガールに呼ばれた。視線が怖いよ。じゃあ帰り支度するわ、後は頼んだぞ。ユウキ」
「分かりました。約束は守りましょう!」
「あはは、じゃあな」
葉月と徹也がそれぞれ更衣室に向かう背中を見ながら、ブツブツ文句を言うアキラをユウキは
静かに目を向けて、静かに視線を下ろす隆二の顔に、表情はなかった。
第124話 『Let's Play Basketball』ー終ー
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