第122話 『Taking walks at the coast』

漆黒の海が、時折夜景に照らされてキラキラと反射し、そびえ立つ巨大な吊り橋を彩る七色のイルミネーションは絶妙なグラデーション放ち、葉月の頬をその色で染める。


「じゃあ言いますよ! 明日、『|Black

Walls《バスケットチーム》』の練習に来てください!」

そう言われて面食らう徹也に、葉月は更に畳み掛ける。

「じゃあ決定ですね! 練習着とかバッシュはありますか?」


「後でリュウジに連絡するよ。バッシュ2個持って来いって。っていうか、いつの間に俺の参加がマストになってるんだか……」


「やったあ! マジだ!」

葉月は花束を夜空に掲げるように、両手を上げて喜びを露にした。


夜の静かな波の音に、スマホのバイブレーション音が重なった。

葉月が何気なくポケットから取り出して、明るい画面を覗き込む。


「あ」


「なに? どうしたの?」


画面を覗き込む徹也との距離の近さにドキッとした。


「いえ……なんでも」


「その誤魔化し方は怪しいな! 俺の知ってるヤツだろ?」


「あ……正解です。晃さんが、明日そこにいる5番のガードをなんとしてでも引っ張ってきて、って……」


徹也は空を仰ぎながら笑った。

「そこまで歓迎されたら行かないわけにはいかないな。何気にアイツアキラも執念深いタイプか?」


「いえ、ぜんぜん! むしろ明日は明日の風が吹くって感じです。よっぽど鴻上こうがみさんに来てもらいたいんですよ」


「そうか……くっそ、それなら前もって身体を造っときたかったな。明日いきなり行ったら確実にカモられんのがオチだよな」


「頑張ってくださいよ! “運動部の意地を見せてやる” でしょ?」


「うわ! めちゃめちゃディスるじゃん。それは聞きずてならないな!」


「うわ! ボスを怒らせちゃった!」


「お! またそのワードか? 果敢に攻めてくるなぁ、そんなにお仕置きされたいか?」


「まさか!」


そう言って身をかわし、逃げようとする葉月の手首を徹也はグッと掴んだ。


「こら、逃がすか! せっかく見つけた原石を」


ふわっと肩に何かか触れる感覚が起きた。

同時にスーッと爽やかな、いい匂いがした。


肩をすくめた葉月が目を開けると、花束を持った腕を包むように、背中から徹也のジャケットが葉月の肩にかけられていた。


「ちょっと風が強くなってきたろ。手首冷たくなってる」


「あ……ありがとうございます」


葉月の潤んだ目を見返して、徹也は優しく笑った。


「少し酔ってるな。まあいいか、車に戻ろう」


「はい」


さりげなく肩に腕をまわして葉月をエスコートする徹也は、助手席に向かおうとする葉月を誘導して、車のトランクの方に回らせた。


「さあお立ち会い、スリーツーワン、オープン!」


トランクがゆっくり開いた。


「えっ?」


その中には、きれいにラッピングされた少し大きめの箱が入っていた。


「……これは?」


「誕生日プレゼント」


「え! あんなに素敵なサプライズもして頂いて十分誕生日祝ってもらえたのに?」


「まあ、特別な人にはね」


そう言って徹也はその箱を持ち上げ彼女に差し出した。


「さあ、開けてみて」


葉月は驚いた顔のままリボンをほどいて、そっと蓋を開けた。

中にはパステルピンクにほど近いラベンダーカラーの大判のバッグが入っていた。


「わっ! サマンサの新作!」


「さすがによく知ってるなぁ。好反応で良かったよ」


「でもこんな……高価なものを頂いて……」


「たっぷり容量があるし書類も入るから、ばっちり仕事に使ってもらうよ! これに見合うぐらいの仕事をしてもらうつもりで送ったんだから、期待してるぞ」


箱の中身を惚けてみている葉月に、徹也は中身を取り出してその手に持たせた。


「さあ遠慮してないで、そのぶん仕事頑張ってもらわないとね!」


「はい、分かりました。ご期待に添えるよう、頑張ります!」


徹也は空箱をトランクに放り投げて、笑いながら葉月の頭に手を置いた。


「冗談だよ、君に似合う色だと思ったから選んだんだ。まあ。ちゃんと使ってもらいたいから、実用性を考えた大きさにはしたけどね」


徹也の優しい表情に、葉月は微笑み返した。


「ありがとうございます。本当に嬉しいです。 毎日持っていっていいですか?」


「当然! じゃあ毎日、そのカバンいっぱいに資料が入るぐらいの仕事を与えていいかな?」


「あ……それはちょっと嫌かも……」


「あははは」


二人は同時に笑い出した。



葉月を助手席におさめて車を走らせた徹也は、早々に切り出した。


「話を少し戻すけどさ、『Eternal Boy's Life』のこれからのプロジェクト、君に正式に関わってもらう件は、大丈夫なんだよね?」


「ええ、もちろんです」


そういった葉月の言葉が、意外に渇いているようなきがして、徹也は彼女の表情を確認した。


「あのさぁ」


「はい」


「多分、ここ1~2週間のうちに、彼らとミーティングの場を持つ予定なんだ。早速同行してもらうことになるんだけど、構わない?」


「あ……わかりました」


またもや、その簡素な返事に肩透かしを食らう。


「えっと、今回はアレックス君やリュウジも呼ばれるはずだ。だから君とボーヤの彼も、みんな一緒に行けるかもな。俺は多分別のところに行ってからの合流になるけど」


「そうですか……」


信号待ちで、徹也は葉月の様子をうかがった。

そこには、何やら心配事でも抱えているような憂いが見えた。


「葉月ちゃん、どうかした?」


「え? いいえ」


「そう? 「エタボ」のメンバーに会うの、楽しみじゃないの?」


「あ……それは、めちゃめちゃ楽しみですよ」


「本当に?」


「そりゃそうですよ。私、『エタボ』の大ファンなんですもん。しかも、私がお役に立てるなら、なんでもやりますよ」


「そう。そう言ってくれるならいいんだけどさ」


そう話すとスッと窓の外に目をやる葉月の表情に、ほんの少し戸惑いを見たような気がした。



徹也が開けたドアから立ち上がった葉月は、さっきまでの憂いを払うかのように、明るい声で言った。


「じゃあ明日、絶対に来てくださいよ!」


葉月のその表情に少しほっとしながら、徹也は頷く。


「中央体育館に、10時ですからね!」


「わかったって! もう観念してるからさ。リュウジにバッシュの依頼もメールしたし、男に二言はない!」


「やった!」


無邪気に喜ぶ彼女にほっとしながら、彼女を家の前まで送った。


葉月は家の前まで来ると、くるっときびすを返し、満面の笑みを徹也に向けた。


鴻上こうがみさん! 素敵なバースデーサプライズをありがとうございました!」


その輝いた瞳に、思わず手を伸ばしてしまった徹也は、その手を頬ではなく頭の上に持っていった。

 

「21才、おめでとう!」


にこやかにまた微笑んで、葉月はドアの中へ帰っていった。


軽く手を振りながら車に向かう途中で、徹也は呟く。


「しかし……なんで俺がバスケに行く羽目になってんだ? まいったな……っていうか、俺21歳に振り回されてねえか?」    


静寂を感じながら、静かに車に乗り込んだ。


黒い相棒レクサクから、静かなエンジン音が立ちのぼった。

誰もいなくなった助手席に目をやると、大事そうにカバンを抱いた葉月の姿が浮かんでくるようだった。


徹也は一つ大きな息をいた。

「まぁ……たまにはそういうのもいいかもな。“|Tomorrow is another day《明日は明日の風が吹く》” か」

そう言って徹也はフッと微笑むと、ハンドルを切って車を走らせた。



第122話 『Taking walks at the coast』ー終ー

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