第121話 『A Breath Of Fresh Air』

今週半ばに、泥酔状態で『Blue Stone』から、徹也に“回収”された葉月は、その日の話を思い起こしていた。


「ああ、それならわかります! 柊馬トーマさんが『エタボ』のプロジェクトに私を組み込むって言ってくださった、っていうお話ですよね?」


葉月はあの日、徹也の車の中で『Eternal Boy's Life』のプロジェクトに自分を起用したいと、メンバー3人からのオファーが来ていると聞いたのを思い出した。


「ああ。トーマくんはプレイヤーというよりはエンターテイナーだから、君の感性を買うってところには共感できるけどさ、君がいるとキラのモチベーションが上がるってどういうこと?」


はぐらかす葉月を、徹也は責める。


「今日は言わないの? “キラさんは、いつも助けてくれて、すごく優しくて、信頼してる”ってさ?」


葉月はちろっと徹也を睨む。

「意地悪な言い方ですね?」


「まあね。そういや、アレックスくんともやけに親密みたいだったな? いちいち連絡とったり俺の写真送ったり? フェスでも一緒に買い物に出掛けたって言ってなかった?」


「それは、そもそもリュウジさんのボーヤのユウキと二人でアウトレットモールに行ったときに、リュウジさんとアレックスさんもショッピングに来たってだけで……」


「ほう……じゃあその、最初から二人でショッピングに同行しているリュウジのボーヤが本命?」


「鴻上さん……ボーヤの彼、ユウキっていうんですけど、そんなんじゃないですよ。ある意味、それ以上に信頼できる人なんです、めちゃめちゃ頼りになるし」


「へぇー」


「っていうか、鴻上さん。私、尋問されてる気分なんですけど? それとも会社的な素行調査ですか?」


「いや、そういう訳じゃないけど……なんか聞きたくなっちまって」


「好奇心、ですか?」


「かもな」


「ひどいですね! 21歳の女の子なんて、恋愛の事ばかり考えてるんだろうって思ってません? 私、さほど恋愛体質じゃないですよ」


「そうなんだ? つまんないな?」


「なんですかそれ? 恋愛体質であの『エタボ』の環境だったら生きてませんよ! まあ、さすがにあんなすごい人たちですから、失神しかけましたけど」


「うわ、そうなの?」


「その度にユウキに励まされ叱られもしました……メンヘラになるな! しっかりしろ! って」


「は! メンヘラって!」


「ところで、メンヘラってなんですか?」


「へっ?」


「ユウキが教えてくれないので。“知らないなら知らないでいい” って言われちゃったんです」


「へー、なるほどな。結構しっかりしたヤツみたいだな。リュウジのボーヤなら、そのうち会うことになりそうだ」


「そうですね。リュウジさんとユウキのバディはゆるぎないものなので。ユウキはしっかりリュウジさんのかじ取りをしてるような感じですし」


「そりゃ面白そうだ。近々、『エタボ』サイドで会合を行うことになってるんだ。君にも同行してもらうよ。いいかな? 忙しくなるけど、大丈夫かな?」


「はい、喜んで!」


「良かった、じゃあそろそろ出ようか」



女性オーナーにお礼を言って、二人は『ギャレットソリアーノ』を後にした。


花束を抱いたまま、葉月は店の外に出た。

そこで改めてパノラマの夜景に目を奪われる。


「あの窓で切り取られた景色も、何十インチの絵画みたいで良かったですけど、やっぱりここでじかに見ると、スケール感に圧倒されますね。潮の音も心を癒してくれるような……」


そう言って目を閉じる葉月の横顔を、徹也はじっと見ていた。

 

「ほうら、ほろ酔いのお嬢さん、こんなところで潮騒に気を取られてたら、スッ転ぶぞ」


そう言って頭にポンと手を置いた。


「海、見に行く?」


そう言って展望デッキの方を指さした。


パッと明るい表情を見せながら頷いた葉月を、徹也は誘導するように促しながら歩き始める。

徹也の後ろに付いて、葉月はまたウッドデッキをカタカタと音を鳴らしながら海の方向に向かって歩き出した。


海に向かって設置されているベンチに座ることにした。


「鴻上さん、昨日も今日も……私、こんなに素敵なサプライズしてもらって、女の子の扱いもしてもらって……こんな幸せな誕生日、初めてです」


徹也は優しい表情してから、少し皮肉な顔を見せた。

「あれ? 君ってそんな不幸だっけ?」


「また意地悪な顔……不幸じゃないですよ。今、幸せです」


「……と いうことは、ケリがついた?」


「はい」


「そうか。よくできました! 実は気になってたんだ。俺、意地悪な言い方したかもしれないからさ」


「そうですよ! すっごく意地悪な言い方をされましたけど……自覚ありました?」


「あはは、まあね。なんかその話になったとき、君がその冷たい彼のことを擁護するからさ……ちょっとムカついちゃってさ」


「まさか! 鴻上さんってそんなタイプじゃないでしょ?」


「なんで? 俺の何を知ってるの?」


「勝手なイメージですけど、なんか嫉妬とか猜疑心さいぎしんとは無縁に見えるっていうか……仕事でも恋愛でも我が道を行くみたいな……そういうイメージなんです」


「は? 俺ってそんな強靭ロボットなボスなわけ? いや、オニ上司か?」


「あ……多少オニ上司な部分もあるかもしれませんけど……」


「おい!」


「あはは、でもそれは仕事への情熱ですから、私はリスペクトしてますよ」


「ホントかなぁ? じゃあ、仕事以外の部分の俺はどう?」


葉月は一瞬身構えたような表情を見せて、おもむろに目をそらした。


「え? どうした?」


「……そらもう鴻上こうがみさんは……素敵ですよ」


「なにそれ? めちゃくちゃ抽象的だな」

 

葉月は一つ深呼吸する。


鴻上こうがみさんの中に眠る感性とか、言葉とか……そういうアーティスティックな所はかなり……何て言うか……ドキドキしちゃって怖いです」


「ん? なんだよ、怖いって」


「フェスでも、あんなすごい演出して、そこに突然現れて、もうめちゃめちゃビックリさせられちゃいましたし……」


「いや、それは脅かそうとした訳じゃないだろ? むしろ俺も君が居てビックリしたわけだし?」


「あのフェスでの『エタボ』の演出が鴻上こうがみさんから生まれたんだと思うと……なんか、今こうして目の前にいる人も架空の……いえ、“虚構きょこうの演者” のような……そんな気がしてしまうんです」


「え? 俺って実在してないの!」


「いえ、こうして実在してますけど、フェスて会った人は……別人で、今ここにいるのはボスで……あ! えっと、影武者は……? どっちかな? とにかく、混乱しちゃいます。そういうとりとめのないのも、なんていうか……非現実的で、素敵なんですよ!」


「なんか雑な感じは否めないけど、そう言ってもらえるのはありがたいよ。でもなぁ、君にとって現実の男だってとこを、分かってもらわないとね」


「そりゃ、こうやって面と向かって話してたら、話もしやすいですし、シルバーの髪にも慣れてきたので、大分緊張しなくなったんですけど……」


「なに? 今までこの風貌にのせいでビビってたってこと?」


「多少はありますけど」


「あるんかい! なら早くそう言ってよ!」


「でもそれよりも、ああやってさっきみたいな素敵なサプライズされちゃったりすると、“ああ、やっぱりこういうハイセンスな世界に生きてる人なんだな” とか思って、物怖じしちゃうのあります。なんか、女の子が喜ぶこととかいっぱい知ってそうだし、私生活も見えないから、怪しい感じもするし」


「怪しい? おいおい! ちょっと妄想入ってきてるじゃん! 俺のことそんなチャラい風に見てたの?」


「チャラい……」


「おい! 今、そうだって思ったろ!」


「お……思ってませんよ」


「……思いっきり詰まってるじゃないか。まいったな……なんか混乱してるみたいだから、解析してやろう」


「解析……ですか?」


「ああ。フェスに行くまで、花火大会然り 『Blue Stone』で話をしている限りは少なくとも、君にとって俺は現実的な普通の男だった。そう思ってもらってたと思うけどね。違う?」


「……確かに」


「やっぱり俺がクリエイターだって、君が実感したときから、君の中で構えてしまうものがあるんだろうな。一目を置いて見てくれることは嬉しいけど、それじゃいつまでたっても遠い距離で話すことになってしまう」


「はい、こうして話していても、4Dのメディアアートの向こうと会話してるように見えてきてしまいます」


「ははは! やっぱり実在してないのかよ! それはこの数日続いた個展のせいだな。単なる仕事疲れもあるだろうけど……いやいや、俺はさ、生身の男だよ。思い出してよ、汗だくになって君を担ぎ上げた、花火大会の日の不器用な男をさ」


葉月が少し俯いた。

その表情は暗くて確認出来なかった。


「あ……それを思い出したら、ますますかけ離れちゃいそうです」


「えっ? そうなの? じゃあどうすりゃいいんだ?」


葉月が顔を上げて視線が合うと、二人は同時に笑いだした。


「変な話だよな。こうやって目の前にいる人間のこと、客観的に話してさ、挙句よくわかんないって言われて。これって、完全に俺、ディスられてるんだよな?」

 

「そんなことないですよ!」


徹也はまた意地悪そうに睨む。

「だって俺、実在してないんだろ?」


「いやそう言うわけでは……あらゆる顔を持つ鴻上さんが、一人に繋がらないだけで……あ! そうだ! いいこと思いつきました!」


徹也は少し怪訝な顔をした。

「なに急に?」


「鴻上さんが実在の人間だって 認識できる方法です!」


「は? おい……ちょっとそれは言い過ぎだろ。俺はAIでもアバターでもないんだぞ!……っていうか、さっきからずっとその事を考えてたのか?」


「あはは、すみません……でもいいこと思いついたんで! 私のわがままですけど聞いてくれますか?」


「なんなりと。誕生日だからね」


「本当ですか! やった!」


「そんなに喜んでもらえるなら、なおさら。さぁ言って!」


「じゃあ言いますよ! 明日、『|Black

Walls《バスケットチーム》』の練習に来てください!」


「はぁ? 何それ。それってアキラのまわしもんじゃない?」


「イイじゃないですかぁ、バスケ一緒にやりましょうよ。従業員の日常、知りたくないですか?」


「まあ……興味はあるね。君がイキイキしてるって、やたらリュウジに聞かされてきたし。ヤツが、フェスの合宿所でバスケ対決したとか、やたら仲良しアピールしてくるからさ」


「だったら鴻上さんも仲間に入ってくださいよ」


「俺、しばらくそういうことしてないんだけどな」


「だったら尚更、やりましょうよ。そういうスポーツ復帰って一秒でも早い方がいいんですよ!」


「あ俺、説得されてるわ」


「してますね。誕生日ですし」


「……分かった、観念する」


イルミネーションが反射した葉月が、嬉しそうな顔をしたのが見えた。

「やった! ボスに勝った!」


「なんだと! それは聞き捨てならないけど!」


「じゃあ、私と3ポイント対決します?」


「あ、それはパス!」


「え! なんでですか?」


「俺は負ける試合はしないんだよ」


葉月は腕組みをする。

「……なんか男らしくないですね」


「いや、リュウジが負けたって聞いて、びっくりしちまって」


「やりましょうよ!」


「うーん……何を賭けるかによるな」


「じゃあ、私考えときます! 気が変わったら、やりましょう!」


「ああ……まぁ」


「やった! 楽しみができちゃった!」


徹也が顔を近付ける。

「本当にいいのか? 明日、俺がバスケ行ったら、そのまま君をさらって会社で仕事が待ってるぞ!」


「いいですよ。二言はありません!」


「リュウジもいるんだろ? なのにさらって帰っていいの?」


「ん? どういう意味ですか?」

無垢な顔だった。


「いや、別に……」


「じゃあ決定ですね! 練習着とかバッシュはありますか?」


「後でリュウジに連絡するよ。バッシュ2個持って来いって。っていうか、いつの間に俺の参加がマストになってるんだか……」


「やったあ! マジだ!」

葉月は花束を夜空に掲げるように、両手を上げて喜びを露にした。


「しゃーねーな」

徹也の中に、夜風のような心地よい風が吹いた。


第121話 『A Breath Of Fresh Air』ー終ー

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