第120話 『In A Breathtaking Scenery』

昨日は仕事でパーティーに参加出来なかった鴻上こうがみ徹也は、葉月を絶景の海が見渡せる素敵なロケーションのレストラン『ギャレットソリアーノ』に連れて行き、密かに準備していたサプライズで葉月を驚かせた。


「こんな風にサプライズしてもらって、本当に嬉しいです!」


「せっかく二人きりなんだから、ロマンチックに演出にしたいじゃない? 俺みたいなクリエイターとしてはね」


葉月の心の中にも、今まで感じたことのない音が、何かを奏で始めた。

 

ひざの上に花束を乗せ、それをでながらケーキを食べている葉月に、徹也は言った。


「ほら、ちょっと花束を置かないと! ケーキ食べられないだろ? シャンパンもまだ残ってるじゃない?」


「あはは、そうですね。でも……嬉しくて」


徹也はそう言う葉月を微笑ましく見つめる。


「ありがとうございます」

彼女も笑顔で返し、最後のシャンパンを飲み干した。


その表情を、徹也は少し不思議な感覚で見ていた。


全てはあの花火大会の日、たった一つの偶然から始まったのだ。


「あの日……さ」


「え?」


「あ……葉月ちゃんさ、毎年花火を欠かさずに観てるって、あの日にそう言ってたよね?」


「ええ」


そう言いながら、窓の外の漆黒の海に目を移す葉月に、ハッとする。


彼女にとっては、今年だけでなく昨年度の花火大会も、良い思い出として呼び起こすに相応しいものだったかどうかは……わからない。


あの日、彼女を少なからず自虐的にさせていた原因が、少しでもそこにあるのなら……わざわざそんな記憶を掘り起こすまでもないか……


「ああ……やっぱりさぁ、夏生まれだけあって、夏が好きなんだろうなって思ってさ。さっきも海、好きだって話してたし、花火大会も海も、毎年欠かせないものなんだろうなって」


「ええ。でも醍醐味ではあっても、決して素敵な思い出って感じではないですよ」


「どういうこと?」


「高校の時なんて、バスケ部の合宿が、毎年海岸に面した民宿で長期で行われていて……」


「ん? 何でバスケ部なのに海岸なんだよ」


「あ……砂浜での走り込みトレーニングなんで……ジャンプ力育成です。さんざん砂の上でトレーニングしてから、体育館までの2キロくらいの軽い傾斜ですが走って上がって昼食後にまたに戻って、そしてまた走って上がって……みたいな」


「……なんか聞いてるだけで、息が上がってくるな」

徹也は苦笑いをしながら、胸をおさえる。


「あはは。でしょう?」


「まぁなんと言っても、全国レベルの麗神学園女バス部だからな。背負うもんが違うか!」


「大学入ってからも、バイトで関わらせてもらってるイベントが大概海辺のイベントなんで、やっぱり砂浜をバタバタ走ってましたね。

今年もそのイベントはあったんですけど、野音フェスと重なったので行けなかったんです」


「そうか。逆に今年は俺は海のイベントに力を入れていたよ。昨年度までは、前の制作会社のエンジニアとしてたずさわっていた仕事だったんだけど、独立の話をしたらクライアントが是非とも『form Fireworks』に任せたいって、契約してくれたんだ」


「そうだったんですね! どんなイベントですか?」


「お! やっぱり興味ある? まあ、次年度から君にもたずさわってもらいたいからね。基本的には海の水を汲み上げて散水して、それに映像を投影する夜のイベントなんだけど……」


「え? ちょっと待ってください! それってウォータースクリーンを使ったプロジェクションマッピングですよね? まさか『SplashスプラッシュFantasiaファンタジア』ですか?」


「え? そうだけど……なんで知ってるの?」


「ええっ! だって主催は私の親友のお父さんの東雲しののめコーポレーションですよ!

私、去年もスタッフで行ってます。今年だってもしも野音フェスがなかったら、私はそこにいたと思います」


「マジか! 俺があのフェス会場に最終日の前夜からしか入れなかったのは『SplashスプラッシュFantasiaファンタジア』の監修があったからなんだよ」


「え! じゃあ、あのウォータースクリーンのイベントは鴻上さんが?」


「ああ、もう何年かやらせてもらってる。年々規模は大きくなってるけどね」


「そうなんですね……それでイベント

が終わってからフェスの方に駆けつけたんですか?」


「そういうこと。『エタボ』の本番はどうしても生で観ときたかったからね。無理して行ったんだよ、終わってすぐに福岡に飛んだろ?」


「そうでしたね。鴻上さん、東雲しののめコーポレーションの仕事もやってるんですね?」


「ああ、結構多いぞ。ただ、あそこ東雲はなんか今度、イベント事業部を新たに立ち上げるって噂があるんだけど……まさか、そのプロジェクトに君たちも入ってるの?」


「そうですね。大学を卒業したらそうなる可能性が高いです」

 

「うわ、マジか……すごい偶然だな。君とも縁があるね。考えてみてよ、別にフェスに行ってなかったとしても、君とは『SplashスプラッシュFantasiaファンタジア』の会場で、華々しく再会を迎えてるんだよ。何より、もしも花火大会で俺たちが出会わなくても結局そこで会うわけだからさ。もはや運命だと思わない?」


葉月は徹也をじっと見つめる。


「なんだよ、じっと見て」


「なんか……鴻上さんがそんなこと言うのが、意外で」


「なんで? 俺はこういう仕事してるんだからロマンチストなんだろ? 前にそう言われた記憶があるけど?」


「ロマンチストだとは思うんですけど、なんか女の子を口説くようなこととかは、あんまり言わないタイプの人なのかなって思ってたので」


「ふーん、そうなんだ?」


「そりゃそうですよ、花火大会の後に連絡先も聞かずに店を指定して、そしてそこにもやって来ないような人ですもん!」


「あはは。なんか根に持たれてるようなニュアンスを感じるけど……」


「別にいいんですけどね。むしろ、鴻上さんには、感謝しなきゃいけないことばかりなので」


「それは『Eternal Boy's Life』との出会い?」


「もちろんそれも大きいです」


「じゃあ……そもそも、そのきっかけとなる水嶋隆二自体との出会いかな? まあいい。どちらにせよ、それなら話は早い」


「え? 話? あ……そっか! 晃さんにもそう言ってましたよね? 今日は仕事の話のために私は誘っていただいたんでしたよね?」


「なワケないでしょ? それならケーキも花束も不要だろ?」


「ですよね!」

葉月は嬉しそうに花を見つめながら笑った。


「見てみなよ、周りは素敵なディナーに酔いしれたカップルばかりだ。 俺たちもそう見られてるかもよ?」


葉月は少し恥ずかしそうにしながら徹也の方を向いた。


「このロケーションだ。ホントは素敵な彼氏と向かい合って誕生日を祝って欲しかった?」


艶かしい目付きで見据えられて、葉月は少したじろぐ。


「アレックスさんが絶賛するぐらいのイケてる社長が目の前に居るんですよ。光栄です」


「なんか上手いこと言うじゃない? なんの仕返し?」


「だって、今日はホントのホントは、仕事の話なんでしょう? ボス」


「そう来たか! 全く……その一言で雰囲気もぶち壊しだな。まぁしょうがない……今日のところはな」


小首を傾げている葉月を見ながら一人納得した徹也は片手を上げて、食後の飲み物を追加した。


女性オーナー自らがコーヒーとミルクティーを運んで来て、徹也とほんの少し雑談をした。

以前の会社の関係からか、古くから付き合いがあるような印象だった。

それゆえ、バースデーサプライズに協力的だったのかもしれない。


オーナーに勧められて、何枚か写真を撮り、葉月のスマホでも撮ってもらった。

葉月は嬉しそうにその写真を見ながら言った。


「さあ! お仕事モードに切り替えます。どんなお話、聞かせてもらえるんですか?」


意外にも葉月の方からリードされた徹也は、少し自嘲的に笑って、一息ついた。 


「この前、少し話したよな? あ……葉月ちゃん酔ってたけど……まさか! 覚えてないとか、ないよな?」


葉月が肩をすくめて下を向いた。


「あ……えっと、酔ってたっていうことは……私が『Blue Stone』で……ですよね」


「そう! 無防備にもあの店で寝ちまって……俺が連れて帰った日だ! 覚えてるかい白雪姫?王子のつもりが、リュウジには “ドS魔王” と言われたぞ」


「あ……あの日は……」

葉月がますます身を縮める。


「まあ……君を睡眠不足にまで追いやったのは俺だからな、俺にも責任はあることは認めよう。で、その帰りの中の車で話した内容はどう? 覚えてる?」


「ん……? えっと、仕事の話をしたらボスに怒られたことぐらいしか……」


「マジか!『エタボ』の話だぞ?」


「ああ、それならわかります! 柊馬トーマさんが『エタボ』のプロジェクトに私を組み込んで下さるって、言ってくださったっていうお話ですよね?」


「ああ、『Eternal Boy's Life』のメンバー3人からのオファーな。トーマくんはプレイヤーというよりはエンターテイナーだから、君の感性を買うってところには共感できるけどさ、君がいるとキラのモチベーションが上がるってどういうこと?」


「あ……キラさんとは、関係性がいいってこと で……」


「そう片付けるってことは、ちゃんと覚えてんだな?」


「はい……」


「今日は言わないの? キラさんは、いつも助けてくれて、すごく優しくて、信頼してるってさ?」


「意地悪な言い方ですね?」


「まあね」


第120話 『In A Breathtaking Scenery』ー終ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る