第115話 『New Friend』
葉月のバースデーパーティー会場となった 『Blue Stone』の階段を上がると、中の喧騒とは正反対の静寂があった。
裕貴と由夏がトントンと階段を上がるのとは対照的に、葉月は気が抜けたようにグッとスローダウンしながら危なっかしく一段一段上ってくる。
彼女の後ろには、その慣れないハイヒールのかかとを見つめながら、いつ落ちてきても受け止められるように慎重に上がる隆二もいた。
とっくに登りきった二人が後ろを振り返りながら溜め息をつく。
「葉月、遅っ。やっぱり酔ってるじゃん。いいよ、ゆっくり来なよ。リュウジさん、ボクたち車取ってきますんで、キャリーバッグ、ここにおいておきますね」
裕貴と由夏は視線を合わせて笑った。
「ユウキってさ」
「なに?」
"葉月のことが好きなの?"
そう聞きそうになって、言葉を飲み込んだ。
もしそうなら、辻褄が合わない。
裕貴が駐車場に車を取りに行くのに自分を誘ったということは、葉月と隆二さんを二人にする為なのだから。
「葉月が言ってたのがよくわかる。本当に体の中におじさん飼ってない?」
「なんだよそれ?」
「だって妙な落ち着きがあるもん。なんかこう……いつも物事を考察して判断するみたいな。そういう見地って言うか、視点がさ、大人っぽいと言うか。それもおじさんレベルに」
裕貴はかすかに星が見える夜空を見上げて笑った。
「それってさ、褒めてんのか
「褒めてるんだよ。それぐらい、しっかりしてて頼りがいがあるって、感心してるの。今日のあのパーティー会場の中で冷静に切り盛りしてたのは裕貴ぐらいじゃない?」
「買い被りすぎだよ。それはね、君たちと違ってボクがお酒飲んでないからだよ」
「ユウキってお酒飲めないタイプじゃないでしょ? じゃあさ、お酒を飲まなかったのは葉月を送るため?」
“そんなに葉月のことが好きなの?”
そう言いそうになるのを、また飲み込む。
「まあ、車の運転も念頭になくはないけど、それよりはあの場でしらふの人間が一人ぐらいいないとさ。何かあった時に困るじゃん」
由夏は笑った。
「なんだよ」
「だから、そういうところが妙に大人じみてるって言ってるの。さすがだね。だってさぁ、ユウキってリュウジさんのこともコントロールしている感じがする。そうでしょ? まあだからその若さで『エタボ』のドラマーの付き人が務まるんだろうけど」
「あの人はね 『Eternal Boy's Life』を地で行ってるんだよ。ピーターパンだな」
「なにそれ? “永遠の少年”ってこと? そんなに子供っぽいとは思わないけどな。ただ “少年みたいな輝き” はあるか! そこはさすが スターの魅力っていうか、ギャップ萌え?」
「ふーん面白いよな、女の子の発想って。ボクからしたら、その少年ぽさもギャップの部分も、全部ドSに見えるんだけど」
「葉月がね、フェスから連絡してきた時、よく言ってたんだ。ユウキにドSを出すリュウジさんとそれに対抗して冷静にやりこめるユウキっていう構図が面白くてたまらないって。そこにすごく師弟愛も感じるって」
「葉月は由夏にそんなこと言ってたのか」
ユウキは少し照れたように笑った。
裕貴が話の中で使う “由香” という呼びすての言葉に、妙なときめきを感じながら、由夏はユウキの横顔を見る。
年齢よりもずいぶん若く見えるのは、その肌の透明感のせいだろうか。
少し中性的にも見える大きな瞳と長いまつげ。 しかし、その整った顔が時折見せる
「由夏?」
またドキッとした。
「なに?」
「葉月はさ、恋愛相談とか由夏にしてこないの?」
「……そうね、意外としてこないかな。どっちかって言うと、日々の生活で新たな発見があったとか、面白いことだったり……そういった話題になりがちだよね。恋愛にこと関しては、きっとあの元彼のせいで悩んではいたんだろうけど、よくわかんなくなってたと思うよ。だから彼女の生活の中心じゃなかったみたいだからさ」
「ああ、確かに。その表現、しっくりくるね。実際フェスに行くって言った時もさ、普通何日も泊まりで出かけるってなったら、彼氏の了承を得てからとかにするじゃない。リュウジさんが言ってたけど、フェスの話したら即答だったって。しかも、リュウジさんが気を使って彼氏に言わないのかって聞いたら、その場でLINE送って終了だってさ!」
「あはは! もうその時点で葉月は恋をしてなかったってわけだから、私とカレンの言うことを聞いて、もっと早く終わらせたら良かったんだよね。だってその時ってさ、花火大会すっぽかされてから既に何日か経ってたけど、デートどころか会話もしてなかったと思うよ」
「ひどいな。随分な男だって、リュウジさんも言ってたよ」
「っていうかさ、すごいなあと思って。葉月の事を心配して、有名人のリュウジさんが変装までして秘密裏に見守りに行くなんて、もう “愛” でしかないよね」
そう言ってパッと裕貴の方を向いた時、裕貴は少し
その憂いを帯びた横顔が、なぜか胸に刺さって、由夏は動揺した。
「ねえユウキ、本当に……二人をあそこに置いてきて、よかったの?」
裕貴は由夏の方に真っ直ぐな視線を送った。
「それってどういう意味? ボクがあの二人にお膳立てしてるように見えたから?」
「え、ああ……うん、そう」
裕貴はまた前を向いて少し
「まぁ……実際そうしたかな」
「え?」
「さっき、
「ルカさん? あ、あの『Fireworks』のイケメンの人? ハーフみたいな」
「そうそう」
「いいえ、聞いてなかったけど……何の話?」
「明日、
「そうなんだ。いつも忙しくて会社にはほとんどいないって、葉月が言ってた。全国飛び回ってるんでしょう。それでその社長が帰ってくるのと何の関係が?」
「明日に1日遅れのバースデーを二人で過ごすんじゃないかなって、
「ん? なに、それじゃあ早いとこリュウジ さんと葉月をひっつけようとか、思ったの?」
「そんなに簡単にはいかないと思うかけどさ、リュウジさんと葉月の間には、やっぱりなんか 特別な空気感があってさ」
「そんなこと言ったら、ユウキと葉月の間にもかなり特別な空気感はあるよ。ユウキに怒られてる葉月みたりとか、ユウキが支えてあげてるところを見たりするとさ……」
“葉月のことを好きなんじゃないのかって思った” と言いそうになって、言葉を引っ込める。
「ユウキが葉月を守ってあげてるんだなって思うもん」
「いやいや、単に葉月が危なっかしいだけだよ。いろんな意味でね」
「確かに! 無垢で世間知らず。人のことは疑わないから簡単に付いていっちゃう」
「そう、刷り込みが簡単なヒヨコだろ」
「あはは、ヒヨコってぴったりよね」
隆二のマンションの駐車場に下りる。
「っていうか、このマンションの豪華さは何? リュウジさんって、一体何者?」
「まぁ……そこはさ、あんまり突っ込まないで付き合ってよ。あ、由夏、そこの段差、気をつけて!」
そう言った途端に、その段差に由夏がつまづいた。
「わぁっ!」
倒れそうになるのを、ユウキがさっと支えた。
「……ごめん、ありがとう」
「いやいや、ボクがもうちょっと早く言ってあげてたらよかったよ。ごめんな。大丈夫?」
ユウキは由夏が体勢を整えるまで、その腕を支えていた。
「全然。大丈夫」
「由夏だって、今日は結構飲んでるだろう? 酒が強いっていうのは聞いてるけどさ」
実際10杯ぐらいは飲んでいた。
両親譲りのお酒の強さは、時に男子からは可 愛気がないと、引かれることも少なくない。
「お酒が強いっていう自覚の
そんな風に心配されたことはあまりなかった。
どちらかというと、人に頼られる気質、姉御肌。
なりたくてそうなったわけではないけれど、いつしかそういうポジションになっていた。
頼りにされることも嫌いではないけれど、疲れていても、いつも元気を期待される私は、甘えることも出来ない。
気付いてももらえないし、
かろうじて親友の葉月とかれんは、私のあらゆる思いを知ってくれてはいる。
しかし異性となると、なにを身構えているのか、より強靭に見せてしまう自分がいて、恋愛を素直に進めることができない。
「そんな、さすがに酒豪の私に立ち向かって来れる男子なんていないでしよ?」
「え? そんな風に思ってんの? それは間違いだよ。由夏の周りは今はまだ同じ年の男子が多いだろうから、なんだか頼りなく見えるのかもしれないけどさ、男子は成長のスタートラインが女子より遅いって言うか……ボクも同年代の仲間見ててそう思うんだけど、その分加速スピードは女子より早いんだ」
「そうなの?」
「まあ、意識の問題だから人それぞれだけどさ。ボクもそうだけど、20歳越えると急にしっかりしなきゃなとか、彼女を支えてやりたいなとかっていう気持ちが芽生えて来たりするんだよ」
「へぇ……ユウキはそんな彼女が居るの?」
「居たらこんな生活出来ないでしょ。こっちに引っ越して来るわけだし」
「そっか」
「守りたい人が出来てしまったら、大変だからな……」
「そう……なんだ?」
「だってボクは心配性だからさ、そういう存在ができたらいつでも側にいたくなるだろうし、彼女のことで頭が埋まったら、仕事とか、リュウジさんのもとでの自分の役割がおろそかになるタイプかもしれない」
「そりゃ『エタボ』のドラマーのボーヤをつとめるくらいだからね。責任ある仕事だし、これからまた忙しくなるんでしょう?」
「そう、それにさぁ、もうリュウジさんの世話だけで手いっぱいだしな!」
「あはは、師弟の掛け合い、私も見てみたいな」
「そう? 由夏もしょっちゅう遊びに来たらイイじゃん。そしたらイヤでも目にはいるんじゃない?」
「うん、そうだね。楽しみ」
由夏が座った助手席のドアを閉めた裕貴が、ぐるっと回ってきて運転席に座る。
なんだか二人きりの空間を共有して、より親密になったような気持ちになった。
裕貴の視線を感じて、パッと顔を左に向ける。
「ん?」
「由夏さ、あんまり頑張りすぎんなよ。しっかり者を演じるのって、けっこう疲れんだろ? ボクも経験あるからわかるよ」
「ユウキ……」
「由夏が気持ち抜いて
「ありがと」
「なに? お礼なんて」
そう言って爽やかな笑顔のままハンドルを切る裕貴の横顔を見ながら、由夏は必死に涙を我慢した。
一番言って欲しかった言葉をもらえた気がした。
「今日はお疲れ様」
由夏は、窓から夜空を見上げるふりをして、ユウキに見つからないように、流れ出た一筋の涙を指で拭った。
第115話 『New Friend』ー終ー
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