第116話 『Friendship And Affection』

裕貴の運転する車の後部座席で、葉月が乗り込んで来るのを待ち構えていた由夏は、葉月を温かい笑顔で迎えた。


葉月を送ってきた隆二に挨拶をしてドアが閉まると、葉月の肩に手を置いた。


「葉月、改めておめでとう!」


「……由夏」


葉月のそれまで我慢していた涙が一気に流れ落ちた。


「あらあら、どうしたの葉月!」 


そう笑いながら、由夏は葉月の肩を抱いて背中をトントン叩く。


「よかったね。本当に素敵な誕生日だったよね」

 

うんうんと、葉月は何度も何度も由夏の胸で頷いた。

 

「ほら、もう泣かないの! 21歳の葉月さん」


由夏はルームミラー越しに目が合った裕貴に微笑みかけた。


裕貴も笑顔で頷く。


顔を上げた葉月も、涙を拭いながら微笑んだ。


「あれ?」


由夏はそう言って葉月の手首に触れた。


囁くような声で、葉月を覗き込みながら言った。


「これってもしかして……」


更に声に出さずに、由夏は言う。


「リュウジさん?」


葉月が頷く。


その満面の笑顔見て、由香は葉月の気持ちの高まりを感じた。


 

由夏の家の前に着いた。

「お疲れ、葉月」


「今日は本当にありがとう」


そう言って葉月はまた由夏に抱きつく。


「私とかれんの初プロデュースだからね。デビュー作にしては上出来でしょ、みんなのおかげだけどね」


「忘れられない誕生日になったよ」


「よかった」


「由夏……」


「もう……泣かないでよ」


由夏は葉月をぎゅっと抱き締めてから、助手席に葉月を促した。


「葉月、来週ぐらいちょっと大学に寄る?」


「うん……そうだね、調べ物したいから図書館に行くつもりだったし。由夏も行くでしょ?」


「じゃあ次会うのは学校になりそうね。また連絡するね」


そう言って由夏は車の窓に手をかける。


「じゃあユウキ、またね。送ってくれてありがとう。葉月のことよろしくね、この子、まだ酔ってるから」


「OK。由夏、またいつでも『Blue Stone』においでよ。じゃあな」


「うん、ありがとう」



由夏に手を振って走り出したRange Roverの助手席の窓を閉めると、葉月は下を向いた。


「なぁ、葉月って飲み過ぎたら “泣き上戸じょうご” になるんだっけ?」


「……そうじゃないけど」


「わかってるよ、嬉しかったんだろう?」


「うん……死にそうなぐらい」


裕貴は笑った。


「21歳になったばかりなのに、もう死ぬの? 困るなぁ」


そう言って葉月の家のほんの少し手前にある、公園の前で車を停めた。


「ちょっと酔い覚ましに歩かない? 顔、真っ赤だからさ」

 

「え! 本当?」


「うん、かなりね」


そう言って裕貴は葉月のほっぺたに手を伸ばした。


「熱っつ! マジで」


「やだな、大げさ」


車を降りると涼しい風がサッと通り抜けて、葉月の頬を撫でた。


「なんか気持ちいい!」


「じゃあ少しだけ、ここで夜風に当たっていく?」


「うん!」


二人は公園のベンチに向かって足を向けた。


「懐かしいな……子供の頃はよくここで遊んだよ。中学で離れ離れになった友達とも、ここで待ち合わせして、時間を忘れるくらいおしゃべりしたなぁ」


葉月はしみじみと辺りを見回しながら公園を突き進んだ。

その途中にあるブランコの前で、葉月は立ち止まって裕貴の顔をじっと見る。


「いやいや、ダメでしょ。そのカッコでブランコは。それに今、体を揺らしたら一気に酔いが回って吐くぞ」


そう言われても、尚じっと見つめる葉月に、裕貴は笑いだした。


「もぉ、わかったよ。座るだけだからな」


裕貴はそう言って、ポケットから出したハンカチをブランコの座面に広げた。


「ほら、せっかくアレックスさんにもらったドレス、汚さないようにここに座って」


「ありがとう」


「全く! ワガママな主役だな」


そう言って裕貴もとなりのブランコの鎖を持って、座面に立った。


「おっ?」


懐かしそうに揺らし始めて、どんどんその振り幅を大きくしていく。

 

「ユウキずるいよ。私も漕いでみたい」


「ダメダメ、シラフの特権なんだから」


大きく揺らすブランコから裕貴はポンと飛び降りた。


「懐かしい、よくこうやって降りたよ。なんかからだの感覚が覚えてた」


「ユウキって子供の頃から運動神経良さそうなイメージだもんね」


「葉月もね! おてんばなイメージ」


葉月はちょっとむくれて見せた。


裕貴が葉月の座るブランコの側に立つ。


「誕生日、20分ほど過ぎちゃったけど……」


そう言いながら、ポケットをごそごそし出す。

 

「あの……これ、ボクからのプレゼント」


「えっ?」     


裕貴は、ポケットの中で少しシワになった袋から、なにかをザッと取り出して、葉月の手のひらに置いた。


「あ! これ……どうして!」


葉月の手の中には、ペリドットのチャームのついたペンダントが置かれた。

きれいな細工を施されたその淡い緑色のペンダントトップは、フェスの二日目に行ったアウトレットモールの露店で葉月が見つけて、とても興味を持ちつつ、かかってきた電話でそのそばを離れたために買いそびれたものだった。


それを見ていた裕貴は、そのペンダントを秘密裏に買っていた。


「葉月がすごく食いついてたの、見てたから。正直、女の子にプレゼントなんて初めてかもしれないな」


裕貴が少し照れ臭そうに言った。


「ありがとう! すごく嬉しい!」


「ほんと? よかった」


葉月の目が輝いていた。


「そこまで気に入った物に出会うって、そうそうある訳じゃないでしょ? このペンダント見た時、かなり上がって……だから逃して帰ってきちゃったこと、気になってたんだ。このペリドットって、私の誕生石だし」


「そうなの? なら、ホントに良かった」


「なんか……感激」


「なに言ってんだよ」


裕貴は少し照れくさそうにしている。


「どうしてそんなに何でも解ってくれちゃうのかな。あのフェスの期間は、ずっと私のこと見守ってくれたよね。すごくユウキに助けられたし、ユウキのこと頼りにしてた」


葉月がそうまっすぐに気持ちを話してくれることは嬉しくもあったが、ホンの少し胸を窮屈にする。


「ユウキと出逢えて本当に良かったって……本当に心から思ってる」


裕貴はくうを仰いだ。

ひとつ大きく息をついてから、改めてブランコに座る葉月を見下ろす。


「葉月さぁ、オトコにそういうこと言うのは付き合ってからにしなよ、でないと気が多いオンナだって誤解されるぞ」


「え、そうかな? ごめん」


「あのさ……そこで謝ったら、まるでボクが告白して振られたみたいな形になるだろ? そういう傷つけられ方、されたくはないなあ」


「ゴメン、ああ……また……」


「あはは。冗談だよ。なぁそれ、着けてみる?」


「うん」


裕貴は葉月の手からペンダントをスッと持ち上げると、葉月の後ろにまわった。


葉月は髪を片方に束ねてその細い首を露にする。


ドキッとしながらも、それを隠すように葉月の両肩から前に手を差し出す形でペンダントをセットすると、器用に手早く金具を留めた。


そのまま後ろからぎゅっと抱き締めたい衝動が起こって、一瞬困惑した。


「ありがとう」


その言葉で我に返った。

裕貴は葉月の前にまわる。


「どう?」


「あ……ああ、すごく似合ってる!」


「ホント! 嬉しい!」


にっこり笑いかけてくる葉月と目が合うと、裕貴はまた少し息苦しさを感じた。


「……そろそろ帰ろうか。明日も早いんだよな、大丈夫?」


「うん。今日いっぱい幸せパワーもらったから、大丈夫」


そう言ってブランコから立ち上がろうとした葉月がよろめいて、大きくバランスを崩した。


「きゃ!」


慌てて裕貴が抱き止めた。


「ゴメン、ハイヒールはいてたのを忘れて……」


裕貴が葉月の手首をつかんでグッと自分の胸に引き寄せた。


「ユウキ……」


裕貴はなにも言わなかった。

ほんの束の間の静寂が、二人の間に流れた。

お互いの体温と鼓動だけを感じながら。


やがて、葉月の手首をつかんでいる裕貴の手のひらに、僅かな痛みが走り出した。

その感覚は徐々に大きくなり、そこに何かが存在することを示唆した。


裕貴はそれを確認する。

華奢で繊細なチェーンが見えた。


『Blue Stone』を出る時には、葉月がキラもらったアクセサリーは高価すぎてコワイと言って、すべて外した筈だった。


ということは……


裕貴の中でひとつの事が解明された。


裕貴はバッと葉月から身体を離した。


「……気を付けなよ。まあ、そんなハイヒールじゃ仕方ないか。ちょっと汚れちゃったな。アレックスさんに報告するか? ブランコに乗ってて転びそうになったって?」


葉月がカラカラと笑った。


少しホッとする。


「荷物もあるし、葉月が転んでハイヒール折っちゃったらしたらシャレになんないからな、近いけどやっぱり車に乗って家まで帰ろうか」



ほとんどの荷物を裕貴が運んで、白石家の前まで来た。 

そっとドアを開けて、玄関に荷物を運び入れて、また外に出る。


もう深夜1時近くなっていた。


「ありがとう」

葉月が、ヒソヒソ声で言う。


裕貴が頷く。


「あ、ユウキ」


「なんだよ葉月、帰りにくいじゃん」

ヒソヒソ声で返す。


「本当に、ありがとう」


「嫌だなあ仰々しくて……わかったから、見送んなくていいからね。女の子なんだから、早く入んなよ」


葉月は笑顔で頷いた。


裕貴は、玄関が閉まるのを確認してから車に向かった。


別れたくないのはボクの方だ。


そう呟いた自分の心の声に、少し動揺しながら車のエンジンをかける。


ハンドルに掛けた右手の痛みを思い出して、思わず手のひらを見つめた。


その感覚は刻印のように、消えることなくそこに存在する。

葉月の左手首に付けられたブレスレットから、隆二の思いと、その絶対的存在を突きつけられたような気がした。


第116話 『Friendship And Affection』

              ー終ー

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