第114話 『After The Birthday Party』

葉月のBirthday Partyは、イベントプランナーの卵である親友のかれんの企画と行動力に伴い、大いに盛り上がった。


みんなで集合写真を撮影したり、葉月の写真を撮ってアレックスに送ったり、ケイタリングのブッフェを囲みながら賑やかなパーティーが続いていた。


かれんと由夏の三人で写真を撮ってキャッキャしていると、突然葉月のスマホが鳴った。

その相手の名前を見た由夏とかれんが、歓声をあげた。

葉月は裕貴の方を見て、手をこまねいている。


写真を受け取ったアレックスからビデオ通話の返事が来て、みんながその端末を見つめる。

葉月に話しかけてくるスマホの中のアレックスはあくまでもパブリックな “男前バージョン” で、かれんと由夏がきゃーきゃー言っている横で、裕貴と葉月が笑い転げていた。


そんな裕貴と葉月を画面越しに睨みながら、あくまでも紳士的な態度で意気揚々と話すアレックスの美しさに、周りはため息を洩らす。

途中、裕貴に呼ばれた隆二がちょろっと画面に顔を出すと、アレックスが少しヘンな声を出してしまい、また裕貴と葉月が身をよじって笑うのを、周りも不思議そうに見ていた。


その後も三人娘は社交的に店内を行き来し、それを見ながら、カウンターでショットグラスを傾けはじめていた琉佳ルカが言った。


「みなさんは明日は休みですか? そうですよね。でも白石さんは朝早くか『Fireworks』に出勤するんですよね……だからそろそろ帰らせてあげないと。彼女、すぐ大丈夫って言いますけど、連日ハードワークが続いてたんですよ。……ちょっと体調も心配かなぁ。……で? 今日は誰が送って行くんですかね?」


そう言いながらカウンターの隆二と裕貴を交互に見る。

そして、また葉月に目をやった。


「送っていかないの裕貴くん? 行かないなら僕、立候補しようかな。今日の白石さん、なんかイイよね。セクシーだしな」


隆二た裕貴が目を合わせる。

「ああ……ボク、送ります」


「ふーん、そっか」

琉佳ルカは少し残念そうに言った。


伏し目がちな隆二を少し気にしながら、裕貴は葉月たちに目をやる。


かれんがそれに気付いて時計に目をやってから声を出した。


「それではそろそろ、一旦お開きということにします」



全員が、一番最初に葉月を迎え入れる時の態勢のごとく、ドアの前に集まった。

親友二人から大きな花束を渡され、渡しそびれていた琉佳ルカがプレゼントと称した会社から提供品のノートパソコンと美波がチョイスしてくれたという事務用品一式を進呈した。


「こんな高価なもの、いただけないですよ!」

 

「何言ってんの、これって君に “もっと仕事しろ” って言ってるようなもんだから、逆に申し訳ない気分だけどね。大丈夫? ついて来れるかな……こんな脅迫状みたいなもの、もらってさ?」

周りがみんな、笑いだした。


「はい、頑張ります。よろしくお願いします」


アキラが言った。

「しかし、大荷物だよな? これ全部今日中に持って帰れる? あそこに『エタボ』のグッズもあるし、着替えた服だってあるだろ? そのでっかい花束とパソコンも、ユウキが持ってやるのか?」


「そうだなあ……じゃあ葉月、明日も送るからさ、今日と明日の2回に分けて持って帰ろうか?」


「ちょっと待って」

そう言って琉佳ルカが裕貴に少し歩み寄って小声で言った。


「明日はちょっと……」


「どうしたんですか?」

裕貴が聞いた。


「明日の昼間に、徹也さんが帰ってくるんだ」


「ああ鴻上こうがみさんが? それはどういう?」


「多分、白石さんを誘うと思う。 白石さんは知らないし、僕もちゃんと聞いたわけじゃないけど。多分ね」


「あ……そうですか」


裕貴はちらっと隆二を見た。

目を逸らしたところをみると、琉佳ルカの話は耳に届いたようだった。


「まあいい。だったら徹也さんに送ってもらう時に、ここに立ち寄って運んでもらったらいいか?」


「いえ、だったら今日中に全部運びますよ。今から店の前まで、車を持ってくるんで」


それを聞いていた由夏が言った。

「じゃあ、あのキャリーケースに荷物つめちゃいましょう。それで私も手伝うから、ユウキ、私も一緒に送ってもらってもいいかな?」


「うん、送って行くつもりだったよ。助かる、由夏」


そして裕貴は小声で言った。

「だって葉月、大分酔ってるみたいだから。ごめんね、由夏。荷物詰めるのを手伝って」


「おっけー」



大きな花束を持って、葉月はみんなにお礼の言葉を言った。


「じゃあ葉月は花束だけ持って。荷物はボクが持つから」


そう言って葉月の荷物を受け取った裕貴がバッと顔を上げた。


「葉月」


「なに?」


「今日、何杯飲んだ?」


「えっと……それはシャンパンも含めるの?」


裕貴は溜め息をついた。

「……何言ってんだ? シャンパンを省くっていう意味がわかんないよ」


横で由夏が笑っている

「この子、多分5杯ぐらいは飲んでるよ」


「嘘だろ? 2杯しか飲めないくせに。階段転げ落ちるぞ」


葉月はバツの悪い顔をしながら言った。


「大丈夫よ! ほらこの通り」


「なに言ってんの! 急に意識なくなるのが葉月だろうが! 参ったなあ……ああ、リュウジさん」


裕貴は隆二に事情を話した。


「ボク、車取ってくるんで、上まで葉月を連れて来てもらえますか。階段落ちないように見ててやってください」


そして由夏の方を置いて言った。

「ねえ由夏、車取りに行くの、ついてきてもらっていいかな?」

そう言って目配めくばせをする。


察した由夏が小さく頷きながら答えた。


「うん、私もちょっと酔い醒ましに歩きたい気分だしね」


「じゃあそうしよう。かれんは?」

 

「え? ああ、私はハルが迎えに来るから大丈夫!」


「そっか、ごちそうさま!」



みんなに見送られながらドアを出て、四人は階段を上がった。


裕貴と由夏がトントンと階段を上がるのとは対照的に、葉月は気が抜けたようにグッとスローダウンしながら危なっかしく一段一段上っている。


後ろからついていく隆二は慣れないその葉月の ハイヒールを見つめながら、いつ落ちてきても受け止められるような心づもりで、一段ずつ上がっていた。


とっくに登りきった二人が後ろを振り返りながら溜め息をついた。


「葉月、遅っ。やっぱり酔ってるじゃん。いいよ、ゆっくり来なよ。リュウジさん、ボクたち車取ってきますんで、キャリーバッグ、ここにおいておきますね」


ようやく地上に到着する頃には、二人はだいぶ先に行っていてその姿が確認できなかった。


「葉月ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫ですよ」


「大きな花束持ってるんだから、足元見えてないだろ?」


「平気です。わっ!」


最後の一歩でつまずいた葉月を、隆二は花束ごと抱きとめた。


「ほら! やっぱり危ない……よかったな階段の途中じゃなくて」


力なく隆二の胸にしなだれかかっている葉月は、俯いたまま動かなかった。


「どうしたの? 気分悪い?」


「違います。……逆かな?」


「逆? どういうこと?」


「めちゃめちゃ嬉しくて、死にそうです」


隆二はほっとしながら笑った。


「よかったな。いいパーティーだった」


葉月は顔を上げず、下を向いたままだった。


「……泣いてるの?」


「だって……こんな誕生日、お祝いしてもらったのなんて……初めてだったし」


隆二の中で、公園での元彼の顔が浮かんだ。

確かにアイツだったら彼女に素敵なバースデーサプライズなんてしてやることないだろう。

寂しい思いをしたんだろうな。


隆二は葉月の頭に手をやると、ぎゅっと抱きしめた。


時計に目をやる。

「よかった、あと10分ある。誕生日おめでとう、葉月ちゃん」


その優しい声に、葉月はゆっくり顔を上げた。


隆二は葉月の持っている花束を右手に抱えさせて、左の手首を掴んだ。

そして、ポケットから何かキラリと光るものを取り出して、その左の手首に装着した。


「これは俺からのバースデープレゼント」


「ええ!」


葉月は手首を目の位置まで上げて、それをじっくり眺めた。


「綺麗……」


「うん、よく似合うな」


それはブレスレットだった。


「リュウジさんが選んでくれたんですか?」


「ああ。だけど好みわかんないからさ、正直迷ったよ」


「すごく素敵……嬉しいです」


「良かった。気に入ってもらえて」


「ありがとうございます!」


「葉月ちゃん、それはいいんだけどさ、もうすぐユウキと由夏ちゃんが、ここ到着すると思うんだけど……」


「はい」


「俺たちこんな状態で見られても、大丈夫かな?」


葉月はパッと顔を上げた。


「ダメです!」


「だよね……じゃあちょっと、まっすぐ立ってみるか」


「大丈夫ですよ、立てます」  


「おっと!」


葉月はまたふらついて、隆二の胸に顔を埋めてしまい、真っ赤になった。


「ハイヒール、慣れてなくて……」


「だろうね。まったく……ついてきてよかったよ。こんな調子なら100%、階段で転落事故だ」


「すみません……」


「さあ、頑張って。しゃんとするんだよ」


葉月はずっとブレスレッドを眺めている。


「そんなに気に入った?」


「ええ、とっても」


「喜んでもらえて、嬉しいよ」


「あ……」


「ん? どうしたの?」


「今日の、あの生演奏……」


「ああ……」


「すごく素敵でした! フェスのあの打ち上げの日の事、思い出して感動しちゃって」


「喜んでもらえるって思ってさ、近藤楽器で練習させてもらったんだ。ユウキと、あそこの従業員の上野くんと我妻くんと四人でね」


「そんなことまで、してくれてたんですね。本当に嬉しい……」


「元々の原案はかれんちゃんだよ。さすが未来のイベントプランナーだ。仕切りも完璧。よかったな、いい友達がいて」


「はい、本当に」


「リュウジさん」


「なに?」


「今日はありがとうございました。お店貸し切りにしてもらって。それからこんな素敵なプレゼントも。歌のプレゼントも最高です! 『BLACK WALLS』のグッズも、あれだけチームウェアを揃えられちゃったら、私はもう頑張るしかないですよね?」


「そうだよ、期待してるよ、白石選手!」


「そうだ! バッシュのサイズ、なんでわかったんですか?」


「え? あ……たまたま?」


「そんなわけないですよね? そう言えば、このハイヒールも……私自分のサイズ、言ったことないのに、なんで知ってるのかなって。アレックスさんに言ったのかな……?」


「まあいいじゃない。あ! 車が来たよ。さあ葉月ちゃん、車までちゃんと歩いていけるかな?」


「はい」


店の前に停車したRange Roverに葉月がゆっくり歩み寄るのを、隆二は少し距離を置いて後ろからついていく。


「じゃあユウキ、頼んだ。由夏ちゃんもまたおいでね。葉月ちゃんさ、まだ結構酔ってるみたいだから、よろしく」


「はい、了解です! また来ますね」


「リュウジさん」


「なに、葉月ちゃん。大丈夫?」


「本当に……ありがとうございました」


「うん、気をつけてね」


そう笑いながら言った隆二は、閉めたドアの窓に映った自分の顔を見て、心の中の感情に戸惑った。


白いRange Roverが小さく見えなくなるまで見送ると、一つ溜め息をついて店の階段に足をかける。


フェスに行く前日に、彼女とショッピングに出かけた。

まだ知り合って間もないはずなのに、彼女とは長時間過ごしても気疲れもせず、むしろ興味が湧いた。

彼女が試着するためフィッティングルームに入った時に、そこに残した小さな靴は綺麗に手入れがされていて、彼女の内面を見たような気がした。

フェスには履いては行けないけどとっても素敵だと言って試着した、少し大人っぽいパンプスを、彼女がその場を離れてから見た時に、たまたまサイズが目に入った。


あの時の彼女は、自分の心をざわつかせるような存在ではなかった。

むしろ何かほっこりした優しい気持ちにさせてくれる、ペットうさぎのような……

頭に浮かんだピーターラビットの絵が、あまりにも彼女にぴったりで、少し笑ってしまう。

ふわふわで、すっとぼけていて、面白くて、幼くて……

そんなうさぎに、今は心を持っていかれている。

あの靴のサイズを知った時には、こうなるとは思いもしなかったのに。


再び喧騒の中に降りていきながら、さっきから胸の奥に小さな引っ掛かりがあることに気付いた。


「ああ……明日は」


あいつが帰ってきて、彼女白雪姫をかっさらうのか……

フェスが終わった直後のPAブースで、見つめ合った二人を見つけた時の、あの感情と少し似ていると思った。


第114話 『After The Birthday Party』

             ー終ー

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