第12話 『The Begining Of The Late Morning』
「うわっ!」
朝目覚めたら、前後不覚。
ベッドから落ちそうになって、なんとかバランスを取る。
「なんか、景色が違う……?」
慌てて飛び起きて周りを見回すと、ただ逆さまを向いて寝ていただけだった。
胸を撫で下ろしながら、スマホを探す。
布団の中で一緒に眠ったらしく、どうやら持ったまま寝落ちしてしまったようだ。
もしかして酔っぱらった自分が変なところに電話やメッセージを送ってはいないかと急に心配になり、食い入るように操作を始めた。
幸いどこにも送ってはいないようで、ようやく心底ホッとする。
「たまには酔っぱらってみるのもいい、なんて、私、鴻上さん相手に言った記憶があるわ……」
葉月は頭を抱える。
無防備な夜から一転、理性を取り戻してしまったこの朝の目覚めまでのギャップを埋められるほど、まだ頭が回転しない。
それに加えて、脈が聞こえてくるような頭痛と、顔のむくみに、正直驚いた。
「大人って、これを覚悟でお酒を飲んで、これを制しながら仕事に行くもんなの?! なら尊敬しちゃうな……」
そんな妙な考えに至る。
自分がいかに知らないことだらけかということも、改めて思い知った。
「鴻上さんも酔っていたはずだけど、ちゃんと私の話も聞いてくれて、ちゃんと家まで送ってくれたわ。大人になったら、いかなる時でも、そういった秩序ある
感慨深いことは沢山湧いてくるのに、頭痛のせいで最後まで到達できない。
葉月はスマートフォンスで〝二日酔い対処法〟を検索してみる。
こういうサイトを見てみると、世の中の大人達が、結構頻繁に悩みと戦っているんだと気付く。
「なんだ、これって結構“あるある”なのか!」
少しホッとした。
幸い吐き気も胸焼けもなく、もっぱら頭痛だけ。
「私の内臓はまだ若いのね」
そう思いながら、冷蔵庫を開けたままスポーツドリンク をごくごくと飲んだ。
誰もいない家の中、そして少し遅い朝。
こんな時は音楽でもかけて、踊るように掃除をするのが
昨日、久しぶりの再会を果たした鴻上徹也という男性。
初めて花火大会で会ったあの日は、もう少しポップなイメージを抱いていた。
確かに、私たちの取る行動自体が、かなりポップで突飛だったからかもしれない。
でも、昨日会った彼は思っていたよりももっと社交性のある大人の人で、そして優しく素敵な人だった。
「そこまでは覚えているんだけど……どんなことを話したのか、あまり深くは覚えていないのよね」
名刺をもらったくだりで、メディアアートの個展が再来週にあり、それをスタッフとして手伝ってほしいと言われ、請け負ったことは覚えている。
「バイトの勧誘だったのかな?」
アイソトニックを片手に、少しずつ思い出そうと、天井を見上げる。
「あとは……そうだ! 〝花火大会の後、彼氏とどうなった?〟って聞かれたわね。で? 私、何て言ったんだっけ? 私もお酒の力を借りて、色んなこと喋っちゃったから……そうだ! それでなんか、鴻上さんに怒られたんじゃなかった? いや、怒られた訳じゃなくて、お説教かな?」
落ち着きなく空を見上げ、ブツブツと言葉に出しながら頭を整理していくと、彼が真顔で〝自分を大切にしろ〟と切々と言ってくれた記憶が甦る。
「そうそう、女バスの監督みたいだなって思ったのを覚えてるわ。やっぱりいい人なんだわ、鴻上さん!」
改めて名刺を見る。
『メディアアートプログラマー』という肩書き。
裏面を見ると、『3Dプロジェクションマッピング企画、演出、制作、イルミネーション、映像、空間演出、映画、映像全般の企画制作、CGデザイン、2Dデザイン……』とさまざまな業務内容が書かれていた。
最新の仕事のようなイメージがあれど、具体的にどのような仕事なのかはさっぱり分からなかった。
けれど猛烈に、興味が湧く。
「個展か、楽しみだなぁ!」
そう呟きながら何気なくカレンダーを見た葉月は、そこにある印を見つけて叫んだ。
「やだ! 私二日後に『
そう言いながらベッドに倒れ込んで枕を抱きしめた。
「どうしよう、嬉しすぎる!」
ウーウー唸っていたその時、スマホの通知音が鳴った。
「ん? リュウジさん?」
開いてみると、そこには心配とお詫びの文が丁寧に書かれていた。
〝よかったら都合のいい時に電話して〟と書いてあったので、早速電話をかけてみる。
「もしもしリュウジさん? おはようございます!」
「ああ、もう起きてたんだね?」
「そりゃそうですよ! もうこんな時間だし」
「よかった。声、元気そう」
「そんなに心配してもらわなくても大丈夫ですよ!」
「そう言ってもらえるとホッとするけど。昨日は酒濃く作りすぎちゃって……葉月ちゃんすっごい酔っぱらっちゃったから心配でさ」
葉月は神妙な声で尋ねる。
「あの……リュウジさん、それって私、酔ってすっごい悪態ついたとかじゃ……ありませんよね?」
隆二はフッと笑った。
「いや、そんなことは全然ないけどさ。あ……やっぱ記憶、あまりないんだ?」
「はい……断片的にしか」
「ほんとごめんな、二日酔いとかは?」
「二日酔いって経験なかったんですけど、 朝はちょっと頭の痛さに衝撃を覚えました」
「そうか」
「気分も全然悪くないし、食欲も普通なんですけど、なんせ、顔が腫れちゃってて」
「あはは、うつ伏せで寝てたしね」
「え? それって、お店でですよね?」
「そうだよ、カウンターでオレがタオルケットの枕作ってあげたの、覚えてない?」
「ああ! そういえばふかふかの中で寝てたかも……あれ? 私、結構たくさん覚えてないことあるかも?! なんか怖くなってきました」
「あはは、よくあることだよ」
「そうなんですか? 大人の人でも?」
「そうそう! よくある失敗だよ」
「じゃあ、私もすごい失敗してるかも?」
「いや、それはないって」
「ホントに? リュウジさんのこと、信じて大丈夫ですか? 鴻上さん、怒ったりしてませんでしたっけ?」
「全然! 君を
「担いで? えっと……あ! そういえばサラヴォーンと目が合いました! すごく近くで……」
「クックック……」
隆二が電話の向こうで笑い転げている。
「ああ……本当に、君は面白いよな」
「面白くしようとしたんじゃありませんよ! あーあ、大失敗じゃないですかぁ」
葉月は不満そうに頬を膨らませて言った。
「大丈夫だって! 気にしないで」
「気にしますよ!」
「まあ今後は、あんなに酒飲ませないようにするからさ! よかったよ、吐いたり胸焼けしたりしするような二日酔いじゃなくて」
「だって私、若いんで」
「お! 何気に嫌味だけど……まぁ許そう! それでさ、明後日のことなんだけど」
葉月が大きくスーッと息を吸った。
「ん? どうしたの?」
葉月は声をつまらせるように言った。
「だって、明後日、ついに行くんですよね!『Eternal Boy's Life』がいる野音に!」
「ものすごく興奮してるじゃん! まだ酔いが覚めてないのか?」
「お酒なんか飲んでなくても興奮しますよ!」
「そりゃそうか? まあそんな君と同行できるから、また楽しみが増えるわ」
「あ! リュウジさん、あんまりあっちでからかわないでくださいよ! 私、絶対いっぱいいっぱいで対処できないんで!」
「あはは、それは約束できないけどな。 楽しませてもらいたいし?」
「リュウジさん! ひどくないですか?」
「まあまあ。それでさ、俺、明日の昼に 買い物に行くんだけど……」
「え? 何のお買い物ですか?」
「まあ基本は楽器屋に行って、スティックを何セットか買うってのもあるんだけど、その楽器屋にちょっとスネアをメンテナンスに出してるから、それも受け取って……」
「スネアって?」
「あ、一番近くで叩いてる小太鼓みたいな」
「あ! なんか後ろに
「ははは、スナッピーの事だな。そうそう。スネアドラムだってちゃんとチューニングがあるんだよ」
「音程があるって事ですか?」
「そう。ライブの形態にあわせてチューニングも変えるんだ。オレ好みにやってくれる行きつけの楽器屋なんでね。あとは破損した時の事も考えて、いくつか持っていきたいし」
「じゃあ機材も大掛かりなんですね」
「いや、そうは言っても自分が持っていくのは本当に二~三個だけ。後はスタッフがオレに合わせてセットを用意してくれてるからさ」
「そうなんですか」
「まあそれだけじゃなくて。衣装なんてものはないけど、ステージで着るようなTシャツも幾つか買えたらなって思うんだけど。ねぇ良かったら葉月ちゃん、明日、オレと一緒に買い物行かない?」
「あ! 行きたいです。私もTシャツ買いたいんですよね、フェスだし! なんかそれっぽいの欲しいなって」
「よし、決まり! じゃあ明日11時に店の前に集合はどう? 先にランチで腹ごしらえしてからのショッピングっていうのは?」
「いいですね!」
「じゃあ明日ね!」
「はい! ありがとうございます」
カーテンから差し込む、明るい陽の光に包まれながら、押さえきれないほどのワクワク感が、ぐんぐん沸き上がってくるのを感じた。
「あ!」
テーブルから何かがヒラリと舞ったのが見えて、葉月はカーペットに落ちる前に拾い上げる。
『Team Fireworks 鴻上徹也』と書かれた名刺をテーブルに戻した。
「鴻上さんの会社、どんなバイトだろ?まぁでも、その前に『エタボ』に会うのが先よね。ああ! 私どうなっちゃうんだろ!」
葉月は跳び跳ねるように窓に向かうと、カーテンを一気に開けて真っ青な空を仰いだ。
第12話 『The Beginning Of The
Late Morning』ー終ー
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