第13話 『How About Lunch Together』

待ち合わせの時間より、10分早く『Blue Stone』の前に着いた。


昼間に来ると、店構えも違う顔に見える。

名前のごとくブルーのライトはついていないけれど、いつもはシックな印象のルーフも、陽の光を浴びればなんだか清々しささえ感じるような色目に見える。

なんなら、違ったコンセプトで、昼間の営業をしても流行りそうだなと思ったりもする。


閉まったドアの前に立ち、隆二の姿を探すように、道を右左と見ながら待っていた。

すると、なにやら後ろの方から声が聞こええる。

葉月は驚いて振り返った。


「葉月ちゃん! やっぱり。もう来てると思ったよ。ドア開けるね、ちょっとそこをどいて」


「あ、はい」


隆二は先に来て、店の中にいたらしい。


「こんにちはリュウジさん、もう来てたんですね?」


「ああ、先に楽器屋に寄って、スネアとシンバルを受け取って来たんだ。店に置いといて、後で持って帰ろうと思ってね。でないと大荷物になるだろ?」


「そうですね。でも……じゃあ楽器屋さんの用事は終わっちゃったんですか?」


「そうだけど。どうして?」


「なんか楽器屋さんって、素人だと入りにくくて。ちょっと入ってみたかったなって」


「なんだ、そんなふうに思ってたの? じゃあ行こうよ! 俺もちょっとさっき買おうか迷った物が一つだけあってさ」


「何ですか?」


「スティックケースを新調しようかなと思ってさ。カッコいいヤツ」


「そうなんですか。是非連れてってください!」


「OK!」


隆二はパンと手を叩いた。

「じゃあ、まずは腹ごしらえといきますか?」

「はい! よろしくお願いします」



二人でアーケードの方に歩き出した。


「ねぇ、葉月ちゃんはお昼からでも結構ヘビーに食べれらる方?」


「ヘビー?」


「まあ、女子大生なわけだから、昼はパスタとか、サラダが充実した軽いイタリアンとかがお好みなのかな、と思うんだけど……」


「いえ、私は……体育会系なんで」


「あ、じゃあ肉もイケちゃう?」


「もちろん! イケちゃいます」


「よかった! 実はオレもさ、普段、酒ばっかり飲んでるから、実際ライブで叩いてるとすぐヘタレちまって……ライブって体力勝負なんだ。だから最近は特にスタミナを考えて飯食ってんだよね」


「へぇ。食事にまで気を使うんですか? そう考えたらライブもスポーツですもんね。ドラムなんて特にハードだし! あ、でもリュウジさんのバスケ見てたら、スタミナは感じましたけど」


「お! NBAフリークからそんなお墨付きを頂けるナンテありがたいね! じゃあ今日はがっつり肉で!」


「やったー!」


「実はさ、葉月ちゃんなら行けるかなぁと思って、もう予約もしてるんだよね」


「そうなんですか!」


しかし、隆二に案内された店は、葉月の予想を大きく覆すものだった。


「えっと、この看板は……何て読むんですかね?」


「あ、店の名前? 『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』だよ。ミュゼは美術館、キュイジーヌは料理だ。フランス語だよ」


「じゃあ、フランス料理ですか?」


「そう」


「私、がっつり肉って言うから、例えばジンギスカンとか、夜で言うバルとか? あとは焼き肉食べ放題!  みたいな。そんな所を想像してたんですけど……こんなにお洒落な雰囲気のお店……」


「ま、俺が大人ってところを見せたいなと思ってね!」


案内されたその空間は、その名のごとく、美術館のようなたたずまいで、褐色かっしょくの美しいフォルムのインテリアに囲まれた、落ち着いた雰囲気の空間だった。


「この椅子も可愛い! 猫足なんですね」

葉月は好奇心満載でキョロキョロしながら楽しそうにしている。

「私、こんな高級そうなお店入ったことないんですけど、こんな格好で来ちゃって大丈夫ですか?」


少し心配そうな葉月に、隆二は笑いかけた。

「ランチだからさ、ドレスコードは厳しくないよ。そんなこと言ったら俺だって、大した格好してないよ?」


「リュウジさんは何着てても、なんかスラッと洗練されてるっていうか……」


「え、そんな風に見てくれてたの? 嬉しいな」


「ホント、何やっても結局スマートにこなしちゃうじゃないですか?」


「ん? なんかちょっと嫌味で投げやりな言い方に聞こえたけど?」


「いえいえ、そんなつもりはありません。まあ、ちょっとズルいなって思ったりもしますけど。素敵なお店連れてきてくださって、ありがとうございます」

葉月は大袈裟に頭を下げた。


「まあいい。じゃあ注文しよう。今日は 出発前ということで、酒は控えるぞ!」


「あ、宣言しましたね?」


「ああ。宣言しないと、ついつい一杯だけ、ってなっちまうだろ?」


「そんなもんなんですね」


「そう! 酒は魔物! そういやぁ葉月ちゃんも一昨日でそれを少しは知ったんじゃない?」


「あ……確かに。それは……本当に」


少し伏し目がちになる葉月を気遣って、隆二は慌てて言う。

「葉月ちゃん、今日はお詫びのランチということで。あの日のことは許してね」


葉月はその言葉にくいっと顔をあげた。

「あんまり謝られると、なんか私、すごいことしちゃったのかな? って、余計に不安になるんですけど……そこんとこ大丈夫なんでしょうか?」


隆二は優しく微笑んだ。

「気にしてるなぁ。大丈夫だよ! あの後、徹也にも連絡したし」


「え! 鴻上さんに?」

葉月のトーンが、ちょっと違って見えた。


「まあ……実は今日も誘ったんだけどさ、あいつ、今週末こっちにいないらしいんだよ。なんか、それの下準備でしばらく事務所のアトリエにこもるらしいんだ」


「そうなんですか。鴻上さんに名刺をもらったので、業務内容を見てみたんですけど、カタカナと抽象的な単語ばっかりで、さっぱりわかんなくて」


「そうだな。実は俺も、あいつの具体的な仕事形態を見たことがないんだ。ただ、結構規模の大きいイベントのWeb広告とかフライヤー見ると、あいつの名前が載ってることは結構あるよ」


葉月は目を丸くした。

「そうなんですか? すごいやり手なんだ! しかし……やっぱり、イメージが繋がらないんですよね」


「あはは、だろう? あいつ話してるとさ、単にコンサバティブというより、もはや考えの古い男だよな? 真面目だし。とてもとても、クリエイティブな仕事してる人間とは思えないだろ?」


葉月は大きく頷く。

「ホント、そうですね。気取ったところが、なさすぎます」


「あはは、ホントにそう。だからあいつ見てると、からかいたくなるんだよね!」


葉月は溜め息をついた。

「リュウジさん、もしかして自覚ないんですか? リュウジさんは、誰かれ構わずからかってますよ!」


隆二は笑いながら手を振る。

「違う違う! 葉月ちゃんも徹也も、同じタイプだからオレにからかわれてんの!」


「それってどういうことですか? 私が真面目で馬鹿正直ってこと? 褒められてるのかな?」

葉月は首をかしげる。


「もちろん、褒めてるんだよ!」


「ま、いいです。ここのお食事、究極に美味しいし」


「はは、そりゃよかった!」


たっぷり時間をかけてランチを堪能し、店を出ると、葉月は深々と「ご馳走さまでした」とお礼を言ったあとに、少し伸びをした。


「なんだ? 緊張してたとか?」


「そういうわけじゃないです。良い経験でした。素敵なお店だったし、何よりお料理、美味し過ぎてヤバかったですよね!」


「だろ? この店はオレも気に入ってるんだ。あーあ、これでワインが飲めたらもっとサイコーだったのにな」


「リュウジさんが言いそうなことですね。あ! あそこにリュウジさん発見!」


「は? 何言ってんの? 今日は酒飲んでないよね?」


「酔っ払ってるわけじゃないですから。あのショーケースのマネキンがリュウジさんにそっくりだから」


「え? そうか?」


ポール・スミスのショーケースに、ラフなシャツと短めの丈のネイビーのパンツを合わせた、シンプルなスタイルのマネキンが 気取って立っていた。


「オレ、ああいうイメージ?」


「そうですね。少なくとも『Blue Stone』にいるときは、あんなイメージかな……」


「そっか。じゃあ、ここ数日で俺のイメージは多分、大きく変わるだろうな」 


「どんなふうに?」


「そうだな、ワイルドで危険な香りのするドラマーかな」


「あ……ちょっとイメージ、湧かないです」


「素っ気ない反応だな……じゃあ、楽しみにしててよ。まずはワイルドに近付けるようなカッコいいTシャツでも、買いに行こうかな!」


「そうですね! 行きましょう!」



第13話『How About

      Lunch Together』ー終ー

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