第6話 『Excitement And Confusion』
隆二は運転席からサングラス越しに、チラッと葉月の様子を見た。
黒と赤のツートンのレザーシートにすっぽり身を包まれた彼女は、まるで熱に浮かされたような表情で、ただじっと真っ直ぐ前を見ている。
『アストンマーチン』特有の重低音のエンジン音すらも、まるで聞こえていないかのようだった。
「ねえ葉月ちゃん」
「あ……はい」
「大丈夫? すっごい無口なんだけど」
「いえ、あ……ごめんなさい」
隆二がふーっと息を吐く。
「今、君の頭の中、ヤツらの顔でいっぱいなってない?」
「そ、そんなこと……ないですよ」
「その反応、図星って言ってるようなもんだよね?」
「いいえ……いや、あ……もうダメです」
「ん? ダメってどういうこと?! 頭がパンクとか?」
「はい、そんな感じ……」
隆二は笑いながらハンドルを前のめりに抱え込んで、空を見上げた。
「見てよ、山の方。今日の夕焼け、とっても綺麗なのになぁ。イケてるオトコとイケてるクルマに乗って、このロケーション。どうよ?」
「……確かに綺麗ですね」
「あーあ、見えてないでしょ? ホント、葉月ちゃんって……」
「……何ですか?」
「わかりやすいよ」
恥ずかしそうに
「じゃあ! これはどう? 俺、練習用に聞いてたんだけど」
隆二がオーディオのボタンを押す。
彼女の顔が花のようにほころんだ。
「わぁ……!」
「好きな曲?」
「……全部好きです! このアルバムも持ってます」
「そっか。これも俺が叩いてるんだけどさ、やっぱ、しばらくやってないと忘れちゃうんだよね。だからちょっとは聞いて練習しとかないと、と思って……って、全然聞いてねえじゃん!」
隆二は葉月の幸せそうな横顔を見て、そっと微笑んだ。
波のような 人の群れ
眩しい朝の 始まり
ざわめくプラットホームに
君の影を探す
微笑む君の 横顔は
この心を 切なくさせる
笑顔の先に何があるのか
君の全てが知りたい
まっすぐに 君を想う
いつでもそばにいられたらなら
気付いてよ ここにいる
君を守り続けるよ
気が付くと、二人で歌っていた。
「本当に全曲歌えそうだね、葉月ちゃん?」
「もちろんですよ、聞き込んでますから! そういうリュウジさんもいい声してるじゃないですか、ちょっと
「は? なんだそれ!
「え? 渡辺って……?」
「ああ、キラのことだよ。他のメンツは俺より年上なんだけど、ヤツは同い年でさ。もう結構付き合いも長くて……ん? 葉月ちゃん? なんか……引いてる?」
葉月は息も絶え絶えというように答える。
「……引いてるんじゃなくて、びっくりしてるんですよ! そんな有名人の知り合いがこんなに身近にいて、今私の横にいるなんて……」
「そんなもんか? ひょっとして俺、とんだ引き立て役とか? まあヤツらは売れてるからなぁ。確かにライブの動員数は凄いから、演奏してる間はさすがにモンスター感もあるけどな」
葉月が頬を紅潮させて話し出した。
「高校の卒業式でエタボの『宝物』をクラスで大合唱したんです。うちの学校、甲子園にも出場したんで、その時には吹奏楽部も演奏してました」
「ああ、あの曲な」
「もうその時、みんな号泣で……」
「なになに? 当時、好きな男子でもいたとか?」
「まぁ……」
「へぇ、青春やってんじゃん! いいね。まぁ確かに、そんな感受性豊かな時代にあの曲を聞いたら、グッときちゃうか?」
「はい。……あ!」
『宝物』のイントロが流れた。
その時、隆二が指を伸ばしてオーディオのボタンを押した。
「リュウジさん! 何で消すんですか!」
驚く葉月に、隆二は前を向いたまま答える。
「ねえ葉月ちゃん、生で聞かない? 『宝物』を」
「え? どういうことですか?」
「君、学校大丈夫だったらさ、ライブ来なよ」
「野音ですよね? でも……チケット取れなかったんです。無理ですよ」
「チケットじゃなくて、バックステージパス持って、ステージの《そで》袖から見ればいいじゃん」
「そ、そんなの……無理です!」
「なんで?
「そりゃ……死ぬほど好きですけど、だから……」
「だから?」
ハンドルを握りながらもにじり寄ってくる隆二に、葉月は下を向く。
「……そんなに近くで見たら、失神して迷惑かけるかも」
「は? なんだそれ? ビジュアル的に好きなわけ? 渡辺のことが!?」
「わ、渡辺って言わないでくださいよ! いえ、もちろん音楽のファンですよ! キラのことも好きだけど、BASSのトーマさん、大好きだし……」
「ほお! BASS好きとは、なかなか渋いとこ行くね。
「そうなんですか。……っていうか、やっぱり私、そんなのに行っちゃったら……」
「大丈夫だって! 失神したら介抱してやるよ」
「でも……日帰りで行けるような所じゃないですよ」
「あ、泊まるとこなんていくらでもあるんだよ。みんな合宿するとこだからさ」
「だけど、部外者の私が……」
「いいよ。連れてってあげるから! ……あれ? どうしたの、ずっと下向いて。え? 泣いてんの?!」
「う……嬉しすぎて」
隆二は信号待ちで、右手を彼女の頭に置いた。
「なんだよ葉月ちゃん、そんなに気持ち揺さぶっちゃったら、心臓持たなくない?」
「もう、持たないです……」
「あはは、もうすぐ着くから、それまで死ぬなよ!」
隆二は前を向いて小さく息をつくと、アクセルを踏んで少しスピードを上げた。
第6話 『Excitement And Confusion』
ー終ー
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