第2話 王はだいたい酒と肴でなんとかなる

 前回のあらすじ

 異世界転生することにしました。


『いやいやいやいや、転生って分かっていますの? 生を転じる、すなわち死んで次の生へと巡ることを言うんですよ!』

「んなこた、分かってるよクソガキ」


 相変わらずギャーギャーうるさい自称女神を横目に、警察特権道具その2を探しに交番奥の詰め所を漁りに行く。ちなみにその1は翻訳こんにゃ君072号なので在庫切れとなった。


「てってれてってって~ 異世界転生ハンマ~」

『ただの金づちなのだけど』


 世界一有名……は、過言かもしれないSEと共にその2を持ち出してきた。

 見た目も用途もそのままにハンマーである。


「はい。異世界転生しま~す」

『待って待って待って! それを使って転生って用途が一つしか見当たらないのだけど⁉』

「用途は一つに決まってんだろ、なんだ? 釘でも打つってのか? あ?」

『なんで釘がおかしいみたいな言い方しているのですか⁉ ハンマーは木工道具で合って人殺しの道具ではありません!』

「やかましいわ! 息しないテレビと息しないジジィは叩けば治るって言われてんだろうが!」

『どちらも逝ってるのだけれども!』


 馬鹿女神ことクラネルと散々言い合ってると、同じく馬鹿女神ことアーキアがおずおずと手を挙げる。


『あのぉ、私も行かなきゃダメな感じだと、ちょびっと困るんじゃが……』

「うるせぇ世界滅ぼした大馬鹿が」


 と、言うとともにハンマーを振りぬく。


『ぎゃあああああああああああああああ‼ ひ、人殺しぃー! いや、神殺し―! 誰かぁー! 大人の方ー! ここに殺人犯がいまーーーす!』

「はーい。大人の方ですこんにちは~」


 と、言うとともにハンマーを振りぬく。

 こうして、白目を向いて横たわる美女と美少女の完成である。


「はわわわわわわわわわ。わ、渡理さんが犯罪者でも、わ、わわ私は!」


 と、言われるとともにハンマーを振りぬく。


「あ、やべ、無関係の人巻き込むと始末書書かないといけなくなるからめんどうなんだよなぁ」


 と、言いながら死体を交番の奥に隠す。

 そして、自らの頭にハンマーを振り下ろした。




                 ◇




「ここは……?」


 周囲をぐるりと見まわしても人の気配は一つもなく、壁も無ければ(中略)問題なく立つことができた。


『目覚めましたか』

「はい。団体客4人なんで、案内お願いします~」

『……え? あの、まだ今の現状の説明とかできてなくて……』

「いいからいいから、不思議な空間―――とかさ、優しい声で包まれる―――とかってもう散々やってるのよ。見たかったら他の作品に行ってくださいって感じなのよ」

『他の作品? ちょっと何言ってるか分かりませんが、ここは生と死の―――』

「狭間とか、移ろい漂う曖昧な世界とかだろ? はいはい、知ってる知ってる。俺たちは、お前の前任アホ女神のせいで滅茶苦茶になった世界をどうにかしに来た善良なるおまわりさんだよ」


 急にべらべら喋る死者がいれば誰だってビビる。しかし、事は急を要するので仕方がないのである。マジ、ぶっちゃけ、女神さまとの初邂逅のくだりは死ぬほど他の作品いっぱいあるんで『異世界ファンタジー』とか『異世界転生』って言葉を検索してみると見れるので、ご安心ください。

 などとのたまってる内に、目の前におわすマジもんの女神様が俺以外の人影に気付く。すると、一瞬にして血相を変えた。


『前任……あ! 手前てめェ! アーキア‼ よくノコノコと戻ってこれたなァ⁉ てめェのせいで今どんだけヤベェ状況か分かってんのかァ⁉ ア゛ァ⁉』


 おっと、おふざけはここまでだ。

 マジもんの筋もんだったっぽい。


「あ、あのぉ、女神様? 少々口調が荒くなっていませんか?」

『手前ェもなァ、こっちがヘコヘコしてやってることをいいことに調子乗り腐りやがってなァ……舐めてんとちゃうぞゴラァ‼』

「ア、アーキアさん? 君の後任だいぶ気性が激しい方なんですけど、どうにかしてくれませんか?」

『先輩マジ怖いっしょ』

「いやマズイよそれは、自分の不手際を先輩に任せるのは悪手だよ君ィ」

『だってだって、マジでやらかしちゃったのじゃ。ぴえん』


 女神も流行り廃りを気にするのか、しゃべり方が実に鼻につく。

 これは、オタクにも優しい系お姉さんタイプのJKギャルが使うからこそ真価を発揮するのであって、見てくれがいいだけの実年齢数千年単位の女神様が使っていいものではない。

 というか、それゴリラ先輩の逆鱗を激しくプッシュしてるので勘弁してほしい。


『誰がゴリラじゃ! 脳髄ぶちまけたろか!?』

「君の先輩心読むんだけど、逃げ場ないんだけど!?」

『私だって流行り廃り気にするし、オタク……? だって理解できるし、お姉さんだって頑張れるしぃ』

「もういいよ新設定は! 心のプライバシー保護法違反だ馬鹿野郎!」


 今は筋者先輩を落ち着かせて穏便に異世界転生を遂行せねばなるまい。原因は言わずもがな、このバカ女神。散々滅茶苦茶にしたことは用意に想像がつく。

 現実世界で換算しても間違いなく高い価値のある鉱石を、あろうことか町一杯になるほどの量をパクられたとあれば信仰も信頼も失墜する。

 その後釜として、後処理として、任命された女神様の苦労は想像に難くない。

 そして、バカ女神二号クラネルと、ストーカー女詩織子が目を覚ました。


『ここは……、あれ? 帰ってきたのでしょうか? ふむ、不敬にも私の頭上を浮遊する愚かな女よ。ここがどこか説明しなさい』

「あばばばばばばばば。渡里さんの次はヤクザゴリラに殺されちゃうぅぅぅぅぅ!」

「テメェらを先にマジの異世界に飛ばすぞ! 黙れぇ!」


 これはマジで終わった。

 と、恐る恐る顔を伺うとヤクザ女神は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべていた。


『そういうこと……。まぁ、話くらいは聞いてやるよ……』


 突如として顔色を変えた彼女は、クラネルをしっかりと見据えていた。

 女神、さらには異世界。未知数な上に不確定な状況下でクラネルを連れてくるのは失敗だったのかもしれない。しかし、話が進む要因になったのであれば幸いだが、果たしてそれだけかは全てに片を付け次第確認する他ないだろう。

 そして、自分たちがアーキアが飛ばされた世界の住人であること。そして、アーキアとの馴れ初めと、簡単な自己紹介を終えた。


『大体は、把握しました。アーキアを保護してくれたことには、知り合いとして感謝を述べます。しかし、あなたたちに私たちの世界に関与していただくことまでは余計なお世話と言わざる負えません。ましてや、アーキアを騙した集団と同じ世界の住人です。容易には信用できません』


 とんとん拍子で話が進んだと思いきや、ここで至極もっともな正論が返ってきた。

 先ほどまでの厳つい表情は奥に引き、女神とは思えない冷静な判断力が伺える。


『女神だから……と、そこのアホと同じ括りにされるのは非常にしゃくですが……置いておきましょう。あなたたちの目的を聞きたいです』

「心を読まれるってのは、楽じゃないな。まずは、俺らの世界の住人がやったことだから尻ぬぐいがしたい。……ってのは、建前だ」

『えぇ、あなたの本意はそこではないですね』


 女神様ってのは、どいつもこいつも心が読めるにもかかわらず、言葉に出させようとするのはらしい。


「成り行きと、とある条件の為だ。俺は俺のために動いてる。私利私欲でしかない。だから、これ以上は言わせないでほしい。アーキアも、な」


 クラネルはやはり自称女神でしかないのか、須野詩織子と同じく首をかしげている。心が読める女神に対し、「言わせないでほしい」とは、いささか矛盾のように感じられるだろう。しかし、口にするということは、往々にして契約の意味合いが強い。

 口約束とはいえ、約束は約束。女神様はだいたいが契約主義なのである。


『……いいでしょう。ある意味、利己的な者の方が信用できます。変な正義感を振りかざす人間は信用できませんから』

「ちなみに、その心は?」

『経験です』

「なるほどね」


 さすがは先輩女神だ。長い話に飽きてきたのか、置いてけぼりの他三人は井戸端会議に花を咲かせている。


『もうさぁ、あの時先輩の顔見たら死んだと思ったのじゃ。なにせ、私が送った勇者があろうことか魔族側に着いたのじゃからびっくり。私もあの時はマジ萎えだったのじゃ~』

「えぇ⁉ ある意味、裏切られたってことじゃないですか!」

『でも、来る人間は選べませんからね。心を読めたとて、深層心理まで見抜けるのはごく一部の訓練された神のみ。私たちには到底及ばない域ですから』

『分かるのじゃ~ 読心術の訓練ってマヂでキツイのじゃよなぁ~ あの鬼先輩何が何でも習得させようとして色んな呪い掛けられそうになったのじゃからマジ最悪だったのじゃ』

「女神様にも色々あるんですねぇ、大変そうです」

『分かってくれるとは中々に見どころのある信者のようです。後で加護を授けましょう』

『ダブルであげちゃうのじゃ! 期待しといてほしいのじゃよ』

「いいんですか? じゃあじゃあ、思い人が絶対に振り向く的な加護を何卒お願いします!」


 あいつらには見世物小屋で小銭を稼ぐ仕事に強制就職させよう。


『御安心なさい、送る際には踊り子の職を付与しますので』

「支援感謝する。あいつらは幾らかお灸をすえる必要があると、短い付き合いながら痛感している」


 最初は恐怖の権化だった女神様も今やマブダチである。


『あなたには遊び人の役職を与えましょう』

「麗しい女神様を恐怖の権化とか言ってマジすんませんした」

 

 行動後ランダムにデバフが付くごみ職だけは勘弁願いたい。

 効率上がっても死ぬやつはパーティーのおさがりなんです。


「んで、送るときってことは、ある程度信用してもらえたってことでいいのか?」

『信用はしていません。ですが、今は猫の手も借りたい状況。何か策はあるのですよね?』

アーキアこのバカの影響でどこまで状況が悪化してるか分からないが、一応は考えている。この世界において最も必要な物。それは―――」


 実際のところ、アーキアには聴取の最中に世界情勢をある程度聞いて把握指定していた。


 異世界の名前はキュワーレ。異世界の住人は大まかに二つに分けることができた。

 一つは、我々と同じような人間。聖光せいこう界と住んでいる地域を区切り、肥沃な土地で農作や牧畜で生活を支えている。

 二つ目は、魔族と呼ばれた存在。彼らが住む地域は魔界と呼ばれ、枯れた大地ながら略奪で生計を立て日々の生活を続けている。

 ここで重要なポイントは彼らの住む地域と、彼らそれぞれの種族的特徴にある。

 人間は技術を育み、集団を好み、突出した特殊能力はない。うってかわって魔族は個人単位の洗練に重きを置き、魔法という独自の体系文化を構築した伝統を大切にする種族であった。

 略奪をする側と、される側。加害者と被害者。よく見る対立構造。———に、見える。

 しかしながら、戦争は起こる時、必ず理由がある。

 魔族は魔族と言う種族単位で、農耕や牧畜がのだ。つまり、生きていくために必要な食料が自給できないのである。

 人間側が魔法を扱えないように、生きる上で決定的に必要なパーツが欠如した種族。それが、魔族であった。

 であれば、必要な解決策は至極単純で最も難題な―――。





                 ◇





 目を覚ますと、だだっ広い草原のど真ん中に居た。見える地平線の淵に大きそうな都市が見えていた。


「これ以上ない完璧なロケーション感謝するよガイア様」


 彼女からアーキアやクラネルと比べるまでもなく、先輩女神の風格を漂わせる長ったらしい名前から、ガイアと最初の名前を教えてもらった。

 さらに彼女からは、転生するにあたって条件と、サポートを約束してもらった。

 条件は、聖光界の住人を死なせないこと。彼女の信者は100%彼ららしい。

 そして、今回は事後処理の手伝いということで特例としてフルサポートしてくれるらしい。女神が用いることのできる力すべてを使ってくれるというから太っ腹である。


「ま、サポートをしてでもなんとかしないとあかんレベルでやばいってことだよな」

『あ、あの……渡理さん……』


 クラネルたちは、非常に露出度の高い服装で恥ずかしさに悶えていた。


「ちょうどいい、その身なりがサクッと小銭稼いで来い」

『そう言う渡理さんも似合わないチャラい服装ですけどね。て、そうじゃなくて! なんですかこの格好は⁉』

「いわゆる、天罰ってやつだ。不用意なことを言うものではないな」

『自爆に私たちを巻き込まないでください!』


 巻き込まれたのは俺だというのに、全く失礼なやつらだ。

 さて、こっからの行動方針はある程度固まっている。


「聖光界とやらに行って、情報収集だ」

『あ、その、ちょっと住人会うのは控えたいんじゃが~ その、罪悪感的なやつなんじゃが……』

「お前は住人一人一人に土下座して回ってこい」

『ぴえん……』

「と、ともあれ、私たちみたいな身元不明者がいきなり都市に入るのは、いささか危険じゃないですか……?」

「そのための、女神パワーよ」


 決して、こっからの下りを省略するために拵えたご都合パワーではないことを補足するために、人心を強制的に操る手段はないとここに記しておく。


『誰に向けての言い訳か分かりませんが、頼みましたよ』


 俺らは天からの言葉と同時に、再び意識が暗転した。




                 ◇





「らっしゃい! 今日の踊り子は上物だよ! 女神と見紛う超美人! 寄った寄った!」


 都市の中でも下町と呼ばれる区域、ちょっとピンクで放送規制ライン的にだいぶグレーな店で客引きをしていた。


「新入り! てめぇが連れてきた上物のおかげで過去最高の売り上げだ!」

「へへへっ ありがとうございやす旦那! そのぉ、あちらの方は……?」

「分ぁってるよ、報酬は約束の倍出してやろう。今日の夜は俺に付き合え、うめぇつまみが出る店を知ってんだ」

「もちろんですぜ旦那! 根無し草にとって旦那は救世主ですよ!」

「よせやぁい! 照れるじゃねぇか! じゃ、こっからも頼んだぜ」

「任してくだせぇ!」

『何が任してくだせぇだ‼ クズ男‼』


 クラネルが思いっきりぶちかましてきた。こいつのせいで、俺もそろそろ女装が似合ってくるのではないかと危惧するほどである。


「何……すんだ……クソガキ……」

『本気で小銭稼ぎさせるだなんて思っていませんでした! しかも、私たち女性陣を売ったんですか⁉ この最低男!』

「見てくれしか長所のねぇお前らの唯一輝ける場所じゃねぇか! 須野さんを見てみろ!」


 と、舞台上で踊りを披露し、客の視線を集めるアーキアの傍らで客席に混ざる須野さんの姿が見えた。


「私……心に決めた人がいるの……それでもいいなら……」

「へっへへ、嬢ちゃん。そいつに売られちまったんだろ? 俺んとこ来いよぉ」

「……っ 私、どうしたら……」

「もしかしたら、嫉妬して振り向くかもしれないぜぇ?」

「それなら……一晩だけ……」

「何しとんじゃ!」


 こいつらに頼んだのは客からの情報収集であって、性的描写表現ありのチェックボックスにマークをつけることではない。

 俺が見世物小屋に目を付けた理由は二つある。一つは自分らのような身分不明な人間でも付け入りやすい点。もう一つは、には身分年齢問わず人が集まりやすいため、情報収集効率が上がる点だ。手始めに十中八九お忍びで側室探し目当ての男が釣れた訳だ。


「だって! 渡理さんが私に構ってくれないから!」

「おうおう兄ちゃん、客引きが嬢に憧れるのは分かるが、こういう時に手を出すのは野暮ってやつだぜ。それとも、売った男ってのは兄ちゃんなのかなぁ?」


 しまったな、目離すとここまで好き勝手してしまうのか……。

 しかし、詩織子に目を付けた男は身なりが良く、身分の高そうな印象を受ける。ここで逃がす手はない。


「チッ……分かってる。条件次第では、女をくれてやるよ。店の嬢なんで、分かるよな?」

「なるほどね、クズ野郎は話が早くて助かる」

「お互い様だろ?」

「待ってください、それ私の意見入ってないです。わ、渡理さんってそういう趣味が……」


 クズは生存戦略として、自分と同種を臭いで嗅ぎ分けることができるようになってくる。そして、こいつは十中八九クズに違いない。


「そんで、条件は?」

「情報をくれればいい。この国の情勢と魔界との戦線状況」

「ほう……?」


 男は豊かに切りそろえてある髭を優しくなでる。

 ふくよかな肉体をこさえつつ、風俗店にやってくる高貴な人間は貴族に限る。これは、自分の経験則からの推察だが、たいてい当たっている。


「貴殿らが如何様な人間かを聞くのは野暮と言うものか」

「そうしてくれると、事が順調に進む」

「いいだろう。まぁ、冥途の土産になるだろうが、聞かせてやろう」

「と言うと?」

「『神の宣託』」とやらを聞いて錯乱した国王が、国中のアダマンタイトをかき集めさせた。そんでもって、怪しい男たちが町いっぱいになるまで集めたソイツを抱えて消えた。神の託宣とやらのせいで聖光界と魔界とのバランスは大きくアッチ側に傾いた。おかげ様で、戦争の機運は最高潮、勝機のない戦いの後は略奪の限りで終わるだろうよ」

「国王はどうなった?」

「頭がイカれてると判断した丞相が国王を隠居させ、そいつが舵取りをしているが、風前の灯って言ったところだ」


 アーキアは相当のポカをやらかしたらしい。

 神の託宣とは、アーキアが世界の住人に対して発したメッセージに違いない。起きた国王が狂った話とアーキアからの情報見事に一致した。

 町一杯分の貴重な鉱石とは比喩なしの話だったらしい。


「アダマンタイトを大量に集めさせたせいで、時間も人も無駄にした。さらに、アダマンタイトは生活にとって必需品だからな、貴重でありながら防具やら武器やらに加工するのはもちろん……コイツもな」


 と言って、男は店内にぶら下がるシャンデリアを指さした。

 異世界という言葉から中世ヨーロッパのような世界観をよく使われているが、そのシャンデリアはむしろ現代が近い。火のような明るさではなく、不思議な発光体で作られたシャンデリアは店内を照らすのに十二分の働きを見せていた。


「鉱石共鳴といってな、握りこぶし分のアダマンタイトで町全体の発光鉱石を光らせることができる」

「なるほどね、発電機って訳だ」

「ハツデン……?」

「こっちの話だ」


 アダマンタイトは貴重な鉱石ながら生活の必需品であった。そのため、かき集める職業が存在し、世界の命運の為と働いたが全て嘘だったという訳だ。


「それで、この国はどのくらい?」

「はは、そこまで分かってるのか、何者だ?」

「探らない約束だろ?」

「あぁ、その通りだ。……もって三週間、あちら側の動きが活発化している。総力戦はもうすぐだろう」

「なんだ、結構あるな」

「……?」


 ほしい情報を手に入れることはできた。現状の聖光界と、相手との戦線状態から推測できる大規模戦闘への具体的なカウントダウン。

 アーキアという女神が失墜し、新たな女神まで登場した上に相当苦労している様子。ガイアは聖光界の住人を庇護していたところを見るに拮抗していた勢力図が傾いたと推測することは容易であった。


「サンキューなおっさん。助かった」

「奇妙な男だな、この事実を知っているのはごく少数の人間のみだ。逃げる支度あをするのは今の内だぞ」

「逃げはしないさ」

「そうか……俺は今飲んでしまって記憶がない。イイ女を抱けるってんで軽口になった覚えもない。お前もきっと何も聞いてないだろう?」

「安心しなよ、イイ女ってのはそこらへんに結構転がってるもんだ。平和な世界で探してみな」

「あ! おい! どういうことだ⁉」


 クズを見分けることができるようになった次は、どこまでクズになれるかが問題である。おっさんには悪いが、俺の方が倍くらいクズなようだ。女をくれてやるとは言ったが、須野さんをやるとは一言も言ってないからな。

 後ろで叫んでるオッサンを尻目に、やたらと注目を集めていたアーキアの方へ行く。彼女は店の舞台で蠱惑的なダンスで人目を惹いているようだが、もう女神の時より人集めてるんじゃないかってレベルで盛り上がっていた。


『いやぁ、頑張って覚えた経験が功を活かせた感じなのじゃ』

「経験……? それって一体?」

『雨乞いじゃ』


 そして、俺らが到着した聖光界では、過去最高のピンチに貶めた張本人に過去最高の豪雨被害をもたらされた。

 そして―――。


『この状況は一体どういう……?』


 豪雨につき身動きが取れなくなった俺たちは宿屋で作戦会議と相成った。

 ちなみに、さっきのおっさんもいる。


「安心するといい。取って食いはしない。先ほどの礼をしようと思ってな」

「いやぁ~ あれは出来心といいますか」

「何、私ほどの人間になると相手がどんな人間か手に取るように分かる。それと、私だって鬼じゃない、最後の晩餐くらい選ばせてやる」

「殺す気じゃねぇか!」


 おっさんはルームサービスに注文していたらしき食事を受け取る。

 見たところ干し肉のようだった。


「さ、こいつが貴様の最後の晩餐だ。味わって食えよ?」

「干し肉かよ! もっと何か無かったのか⁉」

「何を言うか、この国の名物だぞ」

「せめて、酒をだな……」

「酒……?」


 ん? この世界にはアルコールの文化がないのか?

 酒のない干し肉のみの最後の晩餐だったが、おっさんが早く食えと催促するので一口食べてみると、なるほど名物と呼ばれた理由が分かった。

 牛の肉を使ってカラカラになるまで煙で燻した干し肉。いわゆるビーフジャーキーであった。噛めば噛むほど味がにじみ出る。芳醇な香りが次のジャーキーに手を促す。ますます酒が欲しくなる一品であった。

 いつもはうるさい女性陣も病みつきとなり、喋るよりも食べることに集中する始末であった。


「フフフ、良い食いっぷりじゃないか」

「あぁ、恐れ入ったよ。干し肉だなんだと見誤っていたようだ」


 まさしく棚から牡丹餅。これで、


「おっさん、俺らがこの世界を救えるかもしれないって言ったらどうする?」

「その話を待っていたのだよ。異邦人」


 おっさんはただ者ではなかった。鼻が利くとはこのことなのだろう。




                 ◇




 さて、場所は変わって魔界。

 それも、魔界のトップである魔王と呼ばれる存在が呼ばれる城。いわゆる魔王城、いわゆるラストダンジョンの真骨頂、世界の半分をやると言われて「はい」も「いいえ」も戦闘開始となる有名な場所。


『して、要件とは?』

「あなた方の行く末をいい方向にしたい。そのための貢物を持参した」


 目の前にいるのが、その魔王ことクラヴェル=ラストノート。魔界を統べる王その人であった。そして、俺はと言うと、王の目の前でキャンプ用品を広げていた。厳密にいえば、王国で見つけた野営用品で調理をするための道具である。

 ちなみに、女性陣は全員王国側で重要な役割を担っている。


『ついに人間どももイカれたか……?』

『急に現れたかと思ったら我らの言葉で王と話したいなどと……前代未聞だぞ』


 と、周囲でひそひそと何やら話している王の護衛達がいるが、今は気にしている余裕はない。クラヴェルは「いきなり玉座に殴り込みとは面白い。何ができるか期待しよう」と、機会を設けてくれた次第なのだから無駄にできない。


「とりあえず、今から始まるであろう王国侵攻をやめてほしいってのが俺の要件だ」

『だろうな、貴様らは明らかに我ら氏族ではない』

「んで、貢物ってのはこれだ」


 そして取り出したのは、先ほどおっさんから振舞ってもらったジャーキーと、スライスしたパンであった。さらに、それを火であぶり簡単な調味料と共に調理を施す。火を使った辺りで周囲の警戒が上がったが、徐々に充満する肉とパンが焼ける香ばしく食欲そそる香りは、クラヴェルですらも身を乗り出していた。


「で、できました……」

『ほう! 早くそれを寄越せ!』


 出来上がったころにはクラヴェルを含めた全員が涎を垂らすほどの効果であった。クラヴェルは詩織子から出来あがったものをひったくり、即座に口にする。


「お、おいおい……毒見とかしないのか……?」

『貴様は交渉をしに来たのだろう? そんな男が毒を盛るのは無意味だ。なにせ、予が死んだところで王国侵攻は止まらないからな』


 言うが早いか、すでにパンとジャーキーはクラヴェルの腹の中に納まった。

 満足そうに頷くと側近の者に何やら合図を送る。


『良いだろう、卓を設けよう。詳しく話を聞こうではないか』


 すると、正面のドアから恭しく頭を下げた給仕が簡易的な食卓と大きな樽を持ってきた。


『これは褒美だ。貢物にきっと合うだろう』


 その中に入っていたのは独特な香りのする液体。


「酒が存在してるじゃないか!」

『ふむ、何か知っているのか? 酒というものが何かは分からないが、これは我ら氏族に伝わる秘伝の香水なのだがな』

「香る水で香水かぁ、なるほど! 言い得て妙だ!」


 それから、持参した食材で次々と料理を振舞い酒は飛ぶように進んだ。

 この香水は、氏族と名乗る魔界の中でも随一の魔法使いが、魔界で唯一育つことができる果実を使った嗜好品の一つらしい。


『ハハハ‼ そうか! あちらにはここまで旨いものが揃っているのか! 益々ほしくなった!』

『ええ、素晴らしい一品です。この男と共に我が王への貢物といたしましょう』


 と、ここで予想できた悪い方向へと話が進む。


「ま、こうなるよな……」


 ってことで、こっからが正念場だ。俺に幸運の女神が微笑んでるならこっから全てが解決する。もしも、運が悪ければ、ここでジ・エンドとなる訳だが。


「話は最後まで聞いてくれ氏族の主よ」

『必要ない。貢物、見事であった。獄に入れよ、特別に生かしてやろう』

「あんたであれば、世界征服など容易く、国もすぐに亡ぶことでしょう。だが、そのあとは? 侵略が終わり、奪うものがなくなった後、どうやって皆を養うんだ?」

『隷属させればよい、王国の人間を支配し、常に供給させればいい。こんなに良いものがあるのだからな』

「そうだな、だが、敗戦ムードとはいえ王国は戦争に備えている。こちらも無傷では済まない」

『誇り高き戦士たちだ。同胞の為、よろこんで散っていくだろう』


―――それじゃぁ、ダメだろう。


「誰も死なず、誰も傷つかず、食料事情は解決し、文化が発展する方法がある」

『何を夢物語を、そんなものがあればとっくのとうに戦争など終わっている』

「だから、戦争を終わらせに来たって言ってんだろ? もう、これ以上血が流れる必要はない。あんたの目的が略奪ではなく、民の繁栄ならば信じてくれ!」

『……ほう?』


 戦争は何も生まないとか、兵士にだって家族がいるとか。ありきたりな話かもしれないが、それはダメなんだ。それがダメだと拒絶し続けることが、俺の役割なんだ。ガイアに話した利己的な理由で自己欺瞞で、偽善的なのは重々承知の上だが、それでもそれを理由にして危険を冒せるくらいには覚悟がある。


「あんたは、卓を設けると言った。つまり、それだけ情報を大事にするってことだろう? 聖光界に住む人間が育んだ文化まで奪うことで自給自足を確立したい。だが、それが永遠に続くだなんて思っていない。だから、あらゆる可能性を考慮している。民を思ってこそだ! そうだろう?」

『……手段を聞こう』

「ついてきてくれ」


 そして、俺は魔王を誘拐して王国へと戻った。


 再び玉座の前、今度は王国側、おっさんと共にクラネルたちが王の謁見を取り付け場を用意してくれた。

 そして俺は、魔王と仲良く王国中枢にやってきた訳だ。

 もちろん場は騒然、あらゆる武器が渡理と魔王の周囲を囲む。

 クラネルたちもついでに囚われそうになっていた。


『おい! どういうことだ渡理! 予に説明せんか⁉』

「ハーザス! お前が謁見と言うから設けたと言うのに裏切ったか⁉」

「おいおいおいおい、異邦人‼ マジで連れてきたのかよ⁉ 話だけつけるんじゃないのか⁉」

『渡理⁉ 馬鹿だと思ってたけどここまだったのね⁉ どうにかしなさいよ!』


「ギャーギャーうるせぇ‼‼ ちったぁ気付けや‼」


 この世界における対立、その大きな原因。それは略奪の文化でも、魔法と技術の違いでも何でもない。全ては、

 それは全て、翻訳こんにゃ君072号が解決してくれる。これが俺の大きな賭け。

 略奪相手の言葉を学ぼうだなんてバカは存在しない。であれば、通訳を作ってやればいい。


「もう、お互い血を流す必要はない。こいつを使ってもっと頭良く立ち回ってみやがれ、民思いの王様ども」




                 ◇




 そうして、俺たちは世界を一つ中途半端にかき乱して帰ることとなった。

 勇者による魔王討伐ではなく、旅芸人として国をつなぐ大仕事。彼らに必要なのは意思疎通を図る機会と、貿易路にあったのだ。

 ちなみに、詐欺グループは町一杯分のアダマンタイトの取引はいくら隠ぺいしても足跡を残す羽目となり敢え無く逮捕。異世界旅行中にサクッと解決していた。


『それで、結局あれからどうなったのですか?』

「この前アーキアが顔を見せて色々話してくれたよ」

『今彼女は?』

「元の世界の新しい神様として、よろしくやってるってよ」


 あれから、魔族は氏族を名乗り正式な貿易関係を聖光界と結んだらしい。ジャーキーと酒が良く合うというのは、どの世界も共通らしい。


『すべて解決じゃないですか!』

「んな訳ねぇだろ、ここまでずっと戦争関係だったんだから遺恨やらなんやらは全然残ってる。協力関係を良く思わない連中はいっぱいいるだろうが、ハーザスのおっさんには頑張ってもらわないとな」


 アーキアの話では両国間のちょうど中心に貿易用の新たな都市を建設し、そこを拠点にしてお互いの関係を改善していくことを目指すらしい。ちなみに、風俗通いのハーザスは、国の財政を任された男だったらしく、都市建設の立て役者として活躍。遠い思いを乗せ、都市の名を「シオリコ」と名付けたらしいから面白い男である。

 正直、賭けの連続であった。王国の特産品に魔族が注目しなかったら、魔族が略奪に目的を持ってしまっていたら、話を聞かずに即刻処刑されていたら……。などと、今思えば相当危ない橋を渡っていたとため息が出る。


『それで、このこんにゃ君の代わりに持たせた赤くて丸っこい癖にやけに持ちやすいのは何なのですか?』

「|通知一般機能付き翻訳エンジン《Translation Engine with Notification General Attachment》、略してTE〇GAだ」

『便利と言うことは分かりましたわ!』


 この後、詩織子さんにしっかりと怒られたので、アーキアに渡したタイプのちゃんとした翻訳機を渡した。

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異世界交差点のおまわりさん 白湯気 @sayukiHiD

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