第1話 空から落ちてくる女神はたいてい股間を狙ってくる。

 ここは、どこだろう。

 青々とした天井は終わるところを知らず、直視することができないほどの光量を放つ照明、そこから感じる圧倒的な熱波。

 これが、人々の“外”と知覚するにはあまりにも持ちえている情報が少なすぎた。

 何より暑い……。

 暑いというのはこういうものかと辟易する。こんなものをいつも感じているのかと恐怖さえ感じる。どうやら私はうつ伏せで地面に寝転んでるようだ、体の前面が非常に暑い。と言うより熱い。熱い。暑い。熱い。


「あっつぁぁぁっついわ!!!」

「おお、ようやく起きた」

「へ……?」


 目の前には、いかにも冴えない感じの男が、めんどうなものを見つけたと言わんばかりの顔で私をのぞき込んでいた。


「立てる? とりあえず、ウチ来な。どうせきたんだろ?」


 発音として聞き取れるが、何を言っているのか意味が分からない。手を差し伸べてくれるところを見るに労ってくれているのだろう。私は、その手を掴んで立ち上がり……ふと、気づく。

 確かに立ち上がったにも関わらず、直立した男のちょうど股間に当たる部分までしか目線が上がらない。いや、いやいや、そんな馬鹿な、いつもなら、こう逆に見下すというか、せめて女神としての威厳と言うか……。


「大丈夫? 年はいくつかな? 名前は言える、お嬢ちゃん?」


 何を言ってるのかさっぱり分からないが、優しそうな眼を向けるあたり確実に子供扱いされているようでならない。

 私は威厳あふれる女神で、むしろ君たちの方が私の子供みたいな……。


「あっ! こらっ! 頭をなでるな! 私は子供じゃ……こんの野郎!!!」


 こうして、私は日本という国で、人の子の股間を殴ってはいけないとしっかり学ぶことができた。




                 ◇




 異世界。この言葉が世間的に一般常識になったのは6年前。加えて、転生者という存在を正式に政府が公表したのは、それから1年。異世界から来た超法規的存在に対する法律が公布されてからである。

 そもそも転生とは、古いもので平安初期、陰陽道や占術がまつりごとに首を突っ込んでいた時代における『神隠し』から始まり、現代における超能力と呼ばれる類まで、それはすべからく存在しうる別世界からの干渉パラノーマル・アクティビティが原因だと、曖昧な定義でのみ存在する現象であった。

 超能力、異能力、チート、魔法、スキル、神通力、ギフト……etc

 いわゆるオカルトとして処理されていた通常では考えられない力の数々が、数年前から白日の下に晒された。よって、今まで小説や空想上の世界で跋扈ばっこしていたファンタジーは、ノンフィクションへと生まれ変わったのだ。


治外権能パラレル・アクション


 これが、非現実的な事象の正式な呼称となり、それを所有する異世界の住人を治外権能所有者ファクターと名付けられた。

 政府は未知なる世界を法の外にあるものとして認知し、受け入れる体制を整えていく。当時の政府陣営は、実に賢明な人材が揃っていたと後の専門家は語っている。未知なる世界からの脅威や影響を排除する方向ではなく、受け入れ、活用していく道を模索していったのだ。そうして生まれたのが、異世界からの技術を監督・保護し、社会への貢献を目的とした法律。


『治外権能共栄法』


 これにより、異世界から転移してきた人間はもれなく人権を獲得し、平和な生活を享受することが義務付けられるようになったのです。


「はい。治外権能所有者ファクター用基礎教養ビデオを見終わったので、晴れてあなたは人権を獲得し、日本国民として生活することができるようになりました。おめでとー。はい、役所に行って色々手続きとかがあるので、あとは勝手にがんばってください」

『ご、ごめんなさい……まさか、道端にうずくまって泣き出すほどとは思わなかったの……「親父、お袋、ごめん……」とか言い出すだなんてこれっぽっちも思わなかったの……反省してるわ』

「やかましいわ! 助けてやったのに殴るやつがいるか!」

『だ、だって子ども扱いするんですもの』

「どっからどう見たって子供だろうが! このクソガキが!」

『あ! また子ども扱い! 許しませんよ! それに、私にはクラネル・バロ・ネモモ=エディル・クラシル・クラミア・ユゴ=ソシェン・ザハド・ザハアッガー・アグニクラネルと言う大切な名前が……』

「長い長い長い、どういうことだ」

『いいですか? 女神たるもの存在自体がそれはそれは長い歴史の積み重ね。信ずる名前は信じる者の数だけ増えるのです』

「あー出た出た。『私、女神ですから』分かったから、短くしてくれ。このままじゃクソガキのままだぞ」

『むぅ、信仰心のかけらもない人です。でしたら、一つ目の神名であるクラネルと呼んでください』

「はいよ、クソガキ。俺は渡理。おまわりさんです」

『結局クソガキじゃないですか!』


 長ったらしい自己紹介を渡しつつ、ふざけてるのかと思える自己紹介を受けつつ。意思疎通ができるのはなんとも嬉しいものだと気づかされる。今までは、自分の能力で、相手を自分の言語野へと引き込み、意思疎通を図っていたのだが、何故か何もできない体になってしまっている。


 私、女神なのに。


『何はともあれ、このぬめっとしてプルプルしたコレには非常に助かりました。本当にいただいてもよろしいのですか?』

「あぁ、翻訳こんにゃ君072号な。それはお前ら用に量産されたものだから、好きにしろ」

『それで……なぜ、このようなやや不便な形状なのですか?』

「子供の夢を次々と叶えた偉大なロボットが居てな、ソイツのリスペクトなんだ」

『そうですか……して、この切れ込みは?』

「男の夢を次々とうやむやにしてくれた相棒がいてな、ソレのリスペクトなんだ」


 結局、優れたツールであること以外はよく分からなかった。なにはともあれ、意思疎通ができるできないでは大違いである。これを首から下げてれば失くすこともないし、ますます便利に——————。


「待て、それを首から下げるのはやめるんだ」

『どうして?』

「理由は言えないが、どうしてもだ‼ ポケットに入れてても効果は変わらないから隠し持つんだ!」




                 ◇





 さて、俺はどこぞの誰が見てるか分からない昨今の世の中に肝を冷やしつつ、一段落が着いたことを安堵する。

 見た目幼女になんてものを渡すんだ。という倫理的観点からくる批判は現在受け付けておりませんので、お黙りくださいませ。

 さすがに異世界交友でも、この形状には不評が多かった。

 オンラインショップのレビューでも『利用しようとしたが最後まで利用できなかった不良品』『どこでもしず〇ちゃんだと思って購入したのにどこでもジ〇イ子だった』などと悪評の数々で、来年度には形状変更が予定されている。

 そんな翻訳機を処分できたところで、目の前にある現状を再確認しよう。身長は小学3~4年といった感じで、いかにも第二次性徴期真っ只中の幼い少女。しかしながら、口調や言葉遣いに幼さは感じられない。

 というか、容姿が整いすぎている。

 現実味を帯びない程白い肌に日の光を反射した白銀の髪には、時折鮮やかな紅玉ルビー黄玉トパーズ鋼玉ダイヤを想起させる煌めきが顔を見せ、無数の宝石でできているようだった。童顔特有のうるんだ瞳には小さな宇宙を内包し、純真無垢なキラキラとした星が瞬いているようだった。

 あまりの非現実的な美しさに、断じてロリコンなどではない自分でさえ勘違いしてしまいそうになる。突発的に俺の息子を強打するような輩でなければ、ほだされていたかもしれない。


『な、何をジロジロ見ているのですか? 少々不躾ではありませんか?』

「おっと、悪かったな……つい、見惚れちまった」

『そ、そう言われると悪い気はしませんね。容姿を褒められることにあまり意義を感じませんが、素直に受け取っておきましょう』

「意義を感じない? って言うのは、一体?」

『ええ、すでに周知とは思いますが、何を隠そう女神なので、見てくれの情報に意味などなく。美しさは前提であり、私と並べば傾国の美女ですら霞んで見えるでしょう』


 あー、いるんだよなぁ、こういう奴。

 異世界からの来訪者。いわゆる“転生者”。こと、治外権能所有者ファクター

 生まれ変わりだったり、死者蘇生だったり、オンラインゲームをやってたと思ったのにログアウトできない⁉ だったり。往々にして、転生者とは何かしらのキッカケを経てこちらの世界にやってくることが多い。その時に何かの偶然で特殊能力を得るらしく、これが『治外権能パラレル・アクション』となる訳だ。

 しかしまぁ、それの何を勘違いしたのか自分を神だのなんだのと思い込み、普通の人間を劣等種だのと言いだしたり、自分は指導者だのと言いだしたり、果てにはそれを持ち上げる人間まで出てくる始末である。

 とあるケースでは、ある事件を治外権能で救ったことが大々的に報道され、調子に乗った転生者は慈善活動という名目で、偏見とエゴによって判断したを次々と私刑リンチしまくった。結果、神格化されたバカを持ち上げた宗教まで発足。最後は、宗教戦争もどきをやり始めた転生者を逮捕という味気ないものだった。

 よって、こういう“痛い奴”に対しては、ある程度マニュアルが存在している。


 ①相手の言ってることのすべてを否定せず、ほどよく認めること。


「ゴホン……な、なんと!? 女神様だったのですか!? こりゃとんだご無礼を……」

『ふふん、ようやく気付きましたか、しかし私の懐は全てを包み込みます。あなたの全てを許しましょう』


 ②相手を誘導し、危険度を図る。(危険度が高い場合、即座に応援を呼ぶ)


「して、高名な女神様とお見受けしますが、一体どんな祝福を得られるのでしょうか?」

『よくぞ聞いてくれました! 女神の祝福があれば、あなたは天を駆け、海を裂き、山をも砕くことができるでしょう!』

「なんですと⁉ 是非、是非私に施しを! 愚鈍なわたくしめに祝福をくださいませ!」

『ふふ、いいでしょう。あなたは無礼千万でしたが、助けていただいた御恩があります。女神の名の下に汝に加護を授けましょう!』


 マニュアル通り調子に乗り始めた幼女バカの経過観察を開始する。


 幼女が手を組み、静かに目を閉じる。

 ふと、空気が変わった――――――ような気がする。

 静かに唱える呪文は――――――何の効果も得ず。

 彼女の銀髪がキラキラと輝き始め——————てはいなかった。

 ゆっくりと彼女が浮く——————ことはなく。

 俺に特殊な何かが——————舞い降りることはなかった。


「……危険度は0かな」

『さぁ、目を開けなさい……』

「閉じてたのあんただけだよ」

『あなたに祝福を授けました……』

「授かったのは、この凍った空気だけだ。どうしてくれんだ、何もないって逆に反応に困るぞ」

『さぁ、行くのです! 世界の命運をあなたに託しました』

「あ! コイツ押し通す気だな! このまま勢いでどうにかしようったってそうはいかねぇぞ!」


 自称女神の幼女ものすっごいバカは、自嘲気味に微笑むと生気のない目でこちらを見る。


『どうじで……わだじ、女神だのにぃ……』

「何もできずに泣き始める女神が居てたまるか」


 泣くも泣いてボロ泣きである。


『(だって、おかしいじゃん? わたくし、仮にも女神よ? 世界救うためにこの力を何回も使ったし、何回も救世主を世界に送ってるんだよ? おかしくない? とはいえ、できない事実が揺るぐことはない。原因はともかくとして、私が見知らぬこの世界に来てしまった理由を含めて解決しなければ……。そのためには、目の前にいる男に協力を頼まなければいけない。やぶさかではないはずの頼みごとが、どうにも歯痒い……。先ほどから子ども扱いばかりして、今は嫌に優しい目をしてこちらを見る。まるで、遠い過去に経験した黒い思い出を私に被せているような……)』


 泣きはらした瞳をたたえて咳ばらいをし、幼女は渡理と向き合う。


『さ、さて……お見苦しいところをお見せしました。不肖女神の私ですが、何かの不具合で力が使えないようなのです』

「そうか、力……な、当たり前の世界になったが、持ってないのは普通さ。虚勢をいつまでも張る必要なんてない……持ってなくたって、異世界の住人ってだけで立派な治外権能所有者ファクターと呼ばれるんだからな」

『信じていないようですが、それも仕方ありません』

「わかるよ、まずは落ち着いたふりして信じ込ませようとしたもんだ」

『本当なのです。信じてほしいのです』

「そのためには、まず語彙力を鍛えないとだな」

『聞くのです!』


 自称女神の幼女とんでもないバカ は 子孫滅亡 を 覚えた。


 本日は晴天なり。

 子孫は望み薄。

 親父、お袋、この血筋は俺で断たれることとなった。




                 ◇




 ここは某日本国の某県の某市の某町の某丁目某某某。道中にある変哲もない交番。ド田舎集落周辺一帯の駆け込み寺。

 定時になればパトカーに乗って巡回パトロールし、何事もない平和な街並みを横目にドライブ感覚で挨拶して回り、たまに口論レベルのトラブルに首突っ込んでは落ち着かせる日々。極稀にある交通事故や、空き巣程度のそこそこ大きな事件には警察署から担当の人間が出張ってくるので、やることと言えば最近仲良くなった近所のおばあちゃんとの雑談で日中の時間を過ごすこと。

 ただ、他の巡査にはない独自の任務がある。

 それは、ここ周辺の治外権能所有者ファクター遭遇率が通常の3倍を観測しており、交番の椅子を温める仕事のほかに、優先的に治外権能所有者ファクターを案内することも業務内容に入っている。

 そのため、だらしないお巡りさんこと警察巡査の渡理勇人は、某所の交番に勤務しつつ、たまに現れる治外権能所有者ファクターを保護しては、こうして基礎教育ビデオを見せ、最低限独立して生活できるようになるまで支援する。たまに……いや、ほとんど治外権能所有者ファクターの受け入れボランティアをしている近所の住人に押し付けてもいるが、基本ファーストコンタクトや最低限の基礎教育は警察官を含めた治外権能所有者ファクター用教育カリキュラムを終えた資格保有者の仕事となっていた。

 つまり、ここからやることは一つ。知り合いのアパート管理をしている大家に押し付けるのみだ。


「ごめんなさい渡理さん。今満室なの……」

「マジかよ」


 数多の苦難を共に乗り越えてきた押し付けてきた戦友とも呼ぶべき存在最大の被害者が白旗を上げてしまった。

 目の前に居るおっとりとした印象の女性は、申し訳なさそうな顔をしてこちらを伺う。


「うーん、一番古株の子がそろそろ引っ越すみたいだから、それまで待ってもらえないかしら」

「はは、いいよ。使えないなら他当たるわ」

「ま、待って! チャンスをちょうだい! な、なんとかスペース確保してみるから……」

「いいって、俺一人でなんとかするから」

「私、できるから! やってみせるから……!」

「いや、本当に大丈夫だって」

「……お願い……捨てないで……」

「いや、あの……」


 ご近所さんに勘違いされるから泣きながら抱き着いてくるのはやめてほしい。

 決して警察官という立場を利用した強請りはしてないし、クズな男とそれに貢いじゃう女性みたいなただれた関係でもない。

 過去に彼女を手助けしたことがキッカケで交流し始めたのであって、彼女が管理しているアパートで治外権能所有者ファクター を受け入れられないか頼みに行く程度の関係しかない。なにしろ、彼女が管理する双葉荘は彼らにとって、日本での身の振り方を学べるうってつけの環境が揃っている。

 

「渡理さん……あなたが行ってしまうくらいなら……」

「分かった‼ 分かったよ‼ 待つから‼ もっと自分を大事にしてくれ‼ 須野さん!」


 彼女がバックに手を突っ込んだあたりで嫌な予感を察知し、静止させる。

 ちらっと見えた包丁には関わりたくない。


「優しい……やっぱり、渡理さんは渡理さんですね。待ってくれないなら、私があなたの部屋の料理、掃除、洗濯からの夜のお世話までキチンとこなして立派な召使になるつもりだったんです……」

「それはそれで色々と面倒なことになりそうなんで勘弁してくれ……」


 須野すの詩織子しおりこは、めんどくさいタイプの女性であった。具体的な年齢を聞く勇気はないが、壮年の女性。肉付きのいいスタイルは正直好みど真ん中のストライク。自称女神のようなちんちくりんより、年上のお姉さんと言った感じの方が断然いい。笑顔は可愛らしいのに、行動が読めない破天荒な性格は玉に瑕である。さらに、厄介な点がもう一つある。


「ま、しばらくは俺の部屋に住まわせるよ、俺は交番の詰め所にでも寝泊まりすればいいしね」

「だ、ダメです! わざわざ渡理さんの部屋を使わせてしまうくらいなら、私の部屋に住まわせてください! 私が渡理さんの部屋に泊まります!」

「あなた大家さんね、使わせてもらってるの俺ね、渡理さんの部屋俺の部屋ね、何勝手に入ろうとしてるの」

「じゃあ、渡理さんに泊まります!」

「それは譲歩じゃねぇ! 跳躍だ! いきなりぶっこんで来るんじゃない!」

「ぶっこまれるのは私です!」

「やかましいわ!」


 と、御覧のように、普段は下ネタと無縁そうで優しそうなお姉さんなのだが、頭の中は真っピンクな変態お姉さんでした。

 悲しいかな、大家さんは大家さんなのでマスタキーを所持している大家さんです。クラネルを自室に居れるべきか非常に悩む。


「まぁ、とにかくお世話になるのは目に見えてるし、ひとまずは挨拶させるよ」


 俺が止めていたパトカーに向けて手を招くジェスチャーを送る。

 まだ日本に慣れてない幼女バカは、手を組んで祈り始める。

 

 違う、そうじゃない。こっちへ来るんだ。

 分かってるわ。あなたにも祝福があります。


 こっちへ、来るんだ。

 祝福よ、あなたに。


「えっと……その子が、新しい子で合ってる?」

「今日で三度目だ」

『信仰心が足りない証拠です』


 堪忍袋の緒が切れた渡理が、パトカーからクラネルを引っ張り出そうとしたところでしっぺ返しを食らった。と言えば分かってくれるだろう。


『はじめまして、私の住まいを提供する者よ。私はクラネル・バロ・ネモモ=エディル・クラシル・クラミア・ユゴ=ソシェン・ザハド・ザハアッガー・アグニクラネル。世界の創造神であり、豊穣と庇護の女神』

「えっとぉ……ゴホン、なんと! 高名な女神様でおられましたか」

「そのくだりはもうやった」

『みんな馬鹿にする!』


 半べそになった自称女神を首根っこを掴み、とりあえずの仮住まいとして自分の部屋へ案内をしようと、双葉荘に向かう。


「あれ? そちらの方も新しい子ではないのですか? てっきり知り合いかと思っていたんですけど」


 と、詩織子が自分よりも後方を見ながらつぶやく。

 ふと振り返ると、自称女神が乗っていたパトカーの死角に当たる地面に横たわる女性らしき影が見えた。遠目から見ても服装は浮世離れたもので、明らかに異世界からの来訪者だと分かる。


「あ~、おそらくアレも俺の部屋だな」




                 ◇




 彼女の名前は『アーキア・アクア・パジョン・ウーゴ=パジョン・サリア・ロゼ・ロゼミア・アルファーネ・邪神トロル』本日二人目の自称女神様であった。

 整った顔立ちに、クラネルとは違い大人の女性と言う印象を受ける。

 正直、彼女の場合自称女神に説得力を感じてしまうくらいには“美しい”という言葉が似あう。絶世の美女と表現しても過言ではないだろう。ぶっちゃけた話、これくらいでかい方が好みである。何がとは言わないが。

 ちなみに、おだて作戦から読み取れた危機指数は0.1。邪神という文言に対した予想数値なのだが誤差である。


「それで? おたくは勇者派遣サービスうんぬんの口車に乗って搾り取られるだけ搾り取られたあげく、世界の信者からの信仰心が失墜。邪神だなんだと言われた挙句、新興宗教の新神様によって追放された以外に何かある?」

『代理説明感謝なのじゃ、ぶっちゃけマジ卍って感じで五里霧中なのじゃが、そなたが助けてくれるのじゃな?』

『ねぇ、渡理? あの翻訳機私のとなんか違うんですけれども』

 

 横でうるさい奴クラネルが騒いでるが一旦無視する。

 さて、整理するポイントは二つある。

 一つ目は、女神は決まって名前が長いということ。彼女の第一の名前はアーキアなので、それで呼ぶ。

 二つ目は、アーキアは治外権能所有者ファクターであるとともに、詐欺被害者ということ。つまり、事件である。


「んじゃ、被害届書くんで詳しいこと聞いてくけど。いいね?」

『ヒガイトドケ……えと、ちょっと結構イミフなんじゃが』

『ねぇねぇ、あの翻訳機ぬるぬるしてないの。見てこれ、おかしい』


 女神は例外なく頭が弱いらしい。


「まぁ、俺らが助けるにも情報やら、注意しなきゃいけない法律とかいろいろあってな。動くにもいちいち手続きがあるんだよ」

『た、助けてくれるのか⁉ マヂ感謝なのじゃ~』

『ねぇねぇ渡理~? おかしいんですけど~? 対応が違うんですけどぉ~? 見えていますか~? ぷにぷに~ ぬめぬめ~ ほらほら~』


 クラネルが持ってたこんにゃ君は、うるさい口をふさぐ新たな役割を獲得した。

 ともあれ、彼女は列記とした詐欺被害者であった。

 人間とはなんとも適応能力が高く、卑しい生物らしい。無知な異世界の住人を対象にした詐欺行為が増加傾向にある。加えて、こちらの世界から別の世界へと移動する手段が開発される昨今は、アーキアのケースのような悪徳セールスといった手口も開発されているらしい。

 異世界と言う未解明の情報でできている存在すらも対象に詐欺行為をするとは、なんとも貪欲である。しかしながら、常識であればリスクしか感じないのだが、彼女らを見ていると……なるほど、容易にだまくらかせると納得してしまう。


「それで? 被害はどれくらいなんだ?」

『んー、ぶっちゃけ激やばなのじゃ!』

「具体的に、どれだけかっぱらわれたんだ?」

『アダマンタイトって鉱石を2クルトくらいなのじゃ』


 分からん世界の分からん鉱石と分からん単位がずらっと並んできた。これめっちゃ貴重な奴っぽいなぁという予想は出来た。


「えーっと、まずはアダマンタイトってなんだ?」

『極まれに火山口で転がってる感じの~、貴重な鉱石? なのじゃ!』

「んで、クルトってのは?」

『これくらいの~』


 と、アーキアは両手で空中に円を描く。

 大体、人が思う大きめの皿と言えば伝わるだろうか。とはいえ、恐ろしい量である。極稀に火山で発見されると言われればダイヤモンドなんかを想像してしまう。それが大きな皿に乗る程度であれば、現実世界に換算すると破格の価格になるのは想像に難くない。


『町一個ぶんくらいじゃな~』


 もう、換算する気さえ起きないくらいホントにバカ。


『ウチの信者たち皆に協力してもらって~ 世界中から集めちゃったのじゃな~』


 やはり、トップがアホだと組織は滅ぶ。今回は世界単位で滅んだっぽい。


「もう、なんていうかさ。罰が当たってしまえばいいと思うよ」

『罰当てる側なんじゃが……とりま助けてくれるとあげぽよになるんじゃが』


 属性の過供給をやってはいけないと小学校で習わなかったのか? と、後々出てくるキャラ属性に使える選択肢を一気に消費されたような徒労感を覚えながら調書を以下の通りで書き綴った。


[女神はだいたい名前が長いうえに、簡単な嘘で騙しやすいくらい頭が弱い]


『『不敬です(なのじゃ)!』』


 3回目はさすがに喰らわなかったが、二段構えなのは聞いていなかった。




                 ◇




 完全に腫れ切った我が息子を冷やしながら、無礼千万な女神様をどうにかしなければならない。しかしながら、詐欺の実行犯は交番に勤務する巡査程度の人間がどうこうできる訳もないので、調書を本庁に送り検察に動いてもらうしかない。

 ただし、この交番に勤務する人間は少々特殊で異世界に関する事象となると全てが丸投げされてしまう。なにせ、法が敷かれたとしてもその法を順守するための基盤が構築し切れてないので、こういった異世界側の被害者の扱いは警察組織内で急造された、異世界課に押し付けられてしまう。そして、この交番に勤務する哀れで悲惨な男も股間を腫らしながら、ここにも所属していた。


「とりあえず、その加害者側の情報をもっと具体的に聞くことになると思うから、近々警察署から連絡するんで対応できるように……って言っても対応は俺だから、気にしなくていいか」

『そ、そのぉ……私の世界は……どうなるんじゃろか?』

「問題は、そこだよなぁ……まぁ、なんとかしてみるか」


 彼女の世界は、完全に別の並行世界であり政府が定めるところの管轄外である。

 もっとも、我が国は他国の支援すらままならない程度の国力なのに別世界と言われてもぶっちゃけ困る。ただ、国民性なのか古き良き風習なのか、我が国民は見ず知らずをできない性分らしい。


『とは言っても、異世界なのでしょう? 正直どうしようもないのでなくて?』

「こっちの世界に来て早々申し訳ないが、社会科見学だ。今は人手が足りないんで手伝ってもらうぞ馬鹿女神」

『バカは余計です! それに、手伝うって言ったってどうすればいいのか……』

「バカだなお前、マジバカだよ。どうにかするって言ったんだからするに決まってんだろ」


アーキアの世界に旅行異世界転生すんだよ」

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