異世界交差点のおまわりさん

白湯気

プロローグ 異世界転生は営業です。

 「ここは……?」


 周囲をぐるりと見まわしても人の気配は一つもなく、壁も無ければ、床もない。

 ない。と表現するより、視認することができない。の方が正確かもしれない、落ちているような浮遊感はなく、私の体は地面と重力を感じており、問題なく立つことができた。


『目覚めましたか』


 現実感のない声があたりに響く。むしろ脳内で直接響いているのではないかと思うほどリアリティに欠けた優しい声が全身を包む。

 安心。

 その女性の声は、この不可解な状況からくる不安と恐怖のすべてを払拭するに足る安堵をもたらしてくれた。


「あ、あの……あなたは……」

『人は、今の私を女神アルファーネと呼ぶそうです』


 アルファーネ、そう名乗る人物の姿が眼前に現る。自分が立っていると思しき位置より目高に居るものだから空間把握が歪み、自分が立っていることが不可解に思えてならなかった。

 しかし、その姿からは声よりも優しい気配を感じとれる。まるで、自分を産み守り育ててくれた母のような、自分の遥か未来までの道しるべのような、暗礁で煌々と輝く灯台のように、優しいほほえみをたたえる彼女がいることで私は一切の不安を感じない。


『あなたは、これから長い長い人生を送る……はずだった者です』

「つ、つまり、私は……もう、死んでしまったのですか?」

『……はい』


 彼女の表情が曇る。私は、悲しみよりも、私の死を慈しむかのような憂いた表情をしてくれた彼女に感謝する気持ちが勝った。


『けれど、あなたの人生、未だに役割がある』

「役割……?」

『そう、私が守護する世界……あなたと同じ道を辿ろうとする危機に瀕した世界を救うこと』

「す、救う⁉ わ、私が⁉」

『安心して、あなたに私の、女神ルファーネの加護を授けましょう。さすれば、あなたはこの世界を救うことができる』


 危機に瀕した世界。それを救うことが役目。

 突然言われた言葉に関わらず、やはり恐怖も不安も感じない。

 私には役割がある。こんな状態になった自分にさえ役割は残っているのだ。

 そう、私の大事な役目——————


「それでは、見積書を作成いたしますので、アルファーネ様の世界情勢を教えていただけますでしょうか?」

『え? みつ……え?』

「はい。アルファーネ様の世界に見合った異世界救済プランを我々、株式会社リ・クリエイターの先鋭達が責任をもってご提供させていただきます!」

『え? え? ごめん、ちょっと理解できないのじゃ……ですけど。あなた、一応死んじゃったから、異世界転生……ってか、え?』

「あぁ、これは仮死状態になっただけなので、問題はございません。アルファーネ様の世界、是非とも我々に救わせてください!」


 そこは、悪しき魔王が世界を滅ぼさんとする世界。キュワーレ。

 女神アルファーネを信仰する民は、魔王が使役する魔物に日々土地を追われ、食料を得るための農地を奪われることは死活問題となっていた。

 そこで、民の救いを求める願いを聞いたアルファーネは、他の世界で不運にも死せる魂に祝福を授け、勇者として世界を救ってもらおうと考えた。


「あーはいはい、なるほどなるほど、よくある対立抗争型異世界ですね。魔法が発達した世界であれば……分かりました! であれば、アルファーネ様に当たりましては、こちらの勇者派遣プラン・ライトなんていかがでしょうか」

『勇者プラン・ライト……』


 体のどこにしまっていたのか疑問になるほど豪奢な折り畳み式の机と椅子に、水出しのコーヒーまで出してもらって大変恐縮してしまう。そんな中、これまたどこにしまっていたのか疑問になる量の“異世界救済プラン”の詳細が書かれたパンフレットを見せてもらう。


『あー、この円っていうのは、一体?』

「こちら、我々の世界の通貨ですね、お支払いに関しては金や銀など我々の世界でも価値が共通して存在するものを利用していただくことになるかと思いますが、問題ないでしょうか?」

『えっと……アダマンタイトやミスリルといった素材しか……』

「少々お待ちください」


 目の前の男は、折り目のキッチリした衣服を着こなし、見たことない板状のものを耳に当てながら何やら独り言をつぶやいている。


『あ、あの……一体何を……』

「確認とれました。それらに関しては一度サンプルをいただかないことには貨幣として代用できるかお答えできかねます。ご了承ください」

『さ、サンプルですか……えっと、何をすれば?』

「その実物をいただけないでしょうか? そうすればお答えできるかと」

『分かりました……』


 そこら辺の融通はいくらか利くだろう。民達から搾取するようで気が引けるが、何やらこの話に乗っかれば魔王を打倒する念願が叶うかもしれない。

 私は、民からの献上として供えられたいくらかのアダマンタイトを持ち出して男に渡す。


「それでは、一度持ち帰って確認させていただきますね。プランの実行スケジュール等は追ってご連絡いたしますので、お待ちください。それでは、私はそろそろ次の世界がございますので、お暇させていただきます」

『え、あ、えっと……どれくらい待てば』

「それと、料金に関してですが、不慮の事態で追加料金をいただく場合もございますので加えてご了承ください。それでは、失礼します」


 男は、帰り際に言うだけ言い放つと先ほどの板に独り言をつぶやき、風のように消え去ってしまった。


『と、とりあえず大丈夫なのじゃな? 世界救済って言ってたから……なんだか、不安なのじゃぁ』


 営業のコツとは、客に主導権を握られないことである。

 それは、異世界だろうと何処だろうと絶対の法則であった。

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