第5話
部屋の扉がノックされたところで、俺とタケルの休息時間が終わった。
扉の向こうにはレイネとメリカ、そしてフレイがいた。
「食堂車へ行くわよ」
「おう」
レイネを先頭に俺たちは後続車両である(今は後ろ向きに走っているので先行車両といった方が正しいかもしれない。)、食堂車に乗り込んだ。
食堂車には俺たち以外の乗客はいなかった。ウェイターによれば、俺たちの乗ったグレート・コンチネンタル・エクスプレスのように、正午に出発する列車では、昼食を済ませてから乗車するお客さんも多いという。このこともあり、最初の停車駅である集積所までは軽食しか出せないという。
案内された窓際の席に座ったところで、レイネは、
「昼食には遅いからアフタヌーン・ティーでいいわ。」
朝食はトーストを一枚詰め込んだだけだった。今朝からセントラル・ステーションで迷子になったり、珍しい体験をしたり、と慣れないことばかりしていたので、思った以上にお腹が空いていた。
ぐ~。
フレイ、タケル、そして俺の3人分の腹の虫が鳴った。
「ふふ」とメリカが笑う。
見かねたレイネは、
「そこの食べ盛りの二人と旅行初心者には、サンドイッチかなにかを用意してくれないだろうか?」
「かしこまりました。」
一礼したウェイターは俺たちのテーブルを離れ、食堂車の奥へと行った。
※
車内が急に明るくなった。暗く無機質で灰色なコンクリート壁しか見えなかった窓からの景色は、茶色やベージュ色など様々な色が並ぶ住宅の景色に変わった。
「わー! マスター見て下さい、外に出ました!」
二つ目のサンドイッチにがっついていたマスターは、窓の外へと視線を向ける。
「おぉー」
「集積所だったかしら、もうすぐ着きますね」
と言いながら、メリカさんは上品にティーカップを傾けた。
列車が集積所に入り完全に停車したのは、食後のティータイムをしている時だった。
「さて、俺は部屋に戻ってあの暗号について少し考えてみる。
お前達はこれからどうするんだ?」
「もう少しここにいるわ」
「私もそうします」
レイネ姉様とメリカさんは食堂車に残ることにした。
「えっと、フレイは・・・」
マスター、メリカさん、レイネ姉様の順に視線を動かす。
「フレイとタケルは列車内を散策してきていいわよ。乗務員の邪魔をしちゃだめだからね」
「やった!」
「はーい」
紅茶を飲み干したところで、私とタケルは部屋のある方向の逆、展望車へ行くことにした。
※
「この先、寝台車が3両あるんだっけ?」
マスターたちと昼食を食べた食堂車の後ろには、食堂車がもう一両繋がれていた。食堂車という名称であるけれども、この車両の半分近くは調理場になっているそうだ。その後ろに繋がれているのは、荷物室と乗務員室。エーリッツ列車長の話によれば、列車長室もこの車両にあるとのこと。
そして、私たちはその後ろの10号車に入ろうとしているところだった。
「そう、そして最後尾に展望車がある」
豪華な装飾が施された引き戸をゆっくりと開ける。
「おっと」
ちょうど扉の向こう側でも開けようとしていた人がいた。
「あっ、すみません」
レイネ姉様から、この列車にはお金持ちや貴族が乗っているので、礼儀正しくいるように強く言われた。
「いいや、こちらこそ申し訳ない。」
扉の向こうにいたのは、焦茶色のスーツを着た背の高い男性と、彼に寄り添うように深緑色のサマードレスを着た女性がいた。扉を開けようとしたのは男性であった。
彼らは列車出発前の待合室にいた人達だった。ただ、事前にレイネ姉様に名前を聞いたにもかかわらず、上手く思い出せない。
「ど、どうぞ」
車両間を繋ぐ通路は広くない。私たちは横によけて道を譲った。
「ありがとう。ところでお嬢さんと少年、これからどちらへ行くのかな?」
この二人の男女はそのまま過ぎ去ってくれると思ったら、まさか話しかけられた。
「えっと、て、展望車へ行こうと思ってます」
「そうか。そこからだと景色がよく見えるだろうね。」
「は、はいっす」
タケルも緊張している。
「ねぇ、かわいいお嬢さん」
男性に寄り添っていた女性はゆったりした足取りで私の前に立った。
「名前、なんていうの?」
「フレイ、フレイ・ライシスです」
「フレイちゃんね。何号室に泊まっているの?」
「えっと・・・」
見知らぬ人に部屋番号を教えていいのだろうか? レイネ姉様はこういう時なんていうだろうか?
「はは、自己紹介がまだなのに、あれこれと聞いちゃって悪かったね」
側に立っていたダンディな男性は、女性の肩を掴みながら抱き寄せる。同時に右手を差し出した。
「僕はクリス・ハイラード。それで、こちらが連れのエリザベート。よろしく」
私は差し出された手を握った。握手を求められていたのだ。
「私たちは112号室に泊まっているの。これあげる」
エリザベートさんはポーチから小さなカードを取り出して私に手渡した。
「あなたかわいいから、時間がある時に私のところに来てちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、またね。少年もバイバイ」
「道中はよろしく二人とも」
エリザベートさんはウィンクを残して、二人は食堂車の方へ去って行った。
「堅苦しい人たちかと思ったけど、ずいぶんとフランクだったな」
「うん」
「何もらったんだ?」
「これ」
エリザベートさんから貰ったカードをタケルに見せる。カードの真ん中にはエリザベートさんの名前が書かれてあって、右上に何かのロゴが印字されていた。
「名刺か。エリザベートさんってファッション・デザイナーなんだな。このロゴは・・・どこかで見たことがあるんだよな」
「後で姉様にエリザベートさんたちのことを聞いてみよう」
「そうだな」
名刺をポケットの中に仕舞ったところで、私たちは10号車へ踏み込んだ。
10号車を抜け、クリスさんとエリザベートさんたちの泊まっている112号室の前を通り、また12号車を抜けたところで、13号車の展望車にたどり着いた。
「うわー」
「すっげー」
グレート・コンチネンタル・エクスプレスは景色を良く見えるようにするために、大きな窓を採用している。この展望車の窓が一番大きかった。
列車は集積所に停まっているので、当然緑があふれるような景色は見ることなく、線路と貨物車両だけだった。しかし、これだけ広い視界が確保されているので、まるで集積所のど真ん中にいる気分だ。
「列車がたくさん停まっていてすごい景色でしょ」
展望車の入口近くに小さなバーカウンターがある。そこに、バーテン服を着た男性がいた。
「バーテンダーのスティーヴよ、よろしく。君たち、バルコニーにも出られるから行ってみなさい。落ちないように気をつけるんだよ」
「ちょっと変わった話し方をする人だね」
タケルの耳にささやいた。
スティーヴのいうように、私たちはバルコニーに出てみた。ガタンゴトンという列車特有の金属音が周りに響き渡っている。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。
停まっているグレート・コンチネンタル・エクスプレスの隣の線路、つまり真横を長い貨物列車が通り過ぎる。窓も列車の壁もなく、防護柵一枚隔てただけで、さまざまな列車は私たちの横を通り抜ける。
「二人とも中に入りなさい。」
車内からスティーヴが声をかけてくれた。 車内へ戻ると「カウンター席に座ってちょうだい」と言われたので、私とタケルは背の高いスツールに腰を下ろした。ちょっと大人になった気分。
「はい、二人とも」
スティーヴは私たちの前に、縁すれすれまでオレンジ色の液体が入った細長いグラスを置いた。
「私たち、こんなもの・・・」
「頼んでいないって? サービスよ、サービス。二人とも列車の旅初心者でしょ」
「あ、はい」
「ねぇ、二人とも名前教えて」
「私はフレイ。フレイ・ライシスです」
「タケル。ミカゲ・タケルっす」
「タケルくん、東洋出身でしょ?」
「はい。〈連合王国〉には留学に来てます」
「いつ国に帰るの?」
「まだ決めた無いっすね。実はいろいろあって予定より伸びてます」
「へー。それで、」
質問の矛先が私に変更さらた。
「かわいいフレイちゃんは、タケルくんとどういう関係なの?」
どういう関係と言われても、学友? クラスメート? 友達? 厳密には違うけど、同じ人を師事する
あれこれ脳内で検討していると、
「なーんだ、こういう関係じゃないのね」
とスティーヴは小指を突き出してウィンクをした。
「違います!!」
「だそうよ、タケルくん。振られちゃったね」
「まぁ、僕たちは血の繋がっていない
「フレイが姉だからね」
「むっ? いつ決めたそれ?」
「今?」
「おい」
兄妹喧嘩が始まりそうなところで、スティーヴは、
「ごめんねぇ二人とも、もうちょっと話していたいんだけど、列車長のエーリッツちゃんからお仕事頼まれちゃった。ゆっくりしていていいからね」
スティーヴは素早くカウンターの内側を片付けて、「じゃあねぇ」と言って展望車を後にした。バーカウンターの内側はガランと静かになった。
「変な人だったな」
「ねぇ、タケル」
「なんだ?」
タケルはサービスで貰ったドリンクに口をつける。
「なんで、マスターの講座を受けることにしたの?」
「そういえば、フレイとこういう話してなかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます