第4話(2)

 トントン。


 扉が短くノックされた。

『列車長のエーリッツでございます。』

「開いているわ。入りなさい」

「失礼いたします」

 上等な青い制服を着た列車長が室内に入ってきた。

「おくつろぎのところ失礼いたします。ご挨拶と本列車の説明に参りました。」

「ありがとう。待っていたわ」

「それでは、始めさせていただきます。形式的なご挨拶は出発前にいたしましたので、省略させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか? ご同伴の3方にはその方がよろしいかと思いますが」

 『ご同伴の3方』とは、挨拶とか儀式とかに慣れていない俺とフレイとタケルのことだろう。

「そうしてくれると助かるわ。挨拶の途中に居眠りをするという醜態を晒してしまいかねない人もいるわけですし、」

「そんなことはしないぞ」

「なら、シンだけ長々しい挨拶を聞くかい?」

「・・・いいや、遠慮する。遠慮します」

 レイネはエーリッツに視線をもどす。

「それに、私も挨拶に疲れてね。すぐに本題に入っていいよ」

「かしこまりました。それでは、私のお話は列車の説明と重要な連絡事項に留めたいと思います。

 まず、クレート・コンチネンタル・エクスプレスについて簡単に説明いたします。本列車は機関車を含めて14両編成になっております。先頭には、すでにみなさまがご覧になった機関車『ザ・ポラリス』と炭水車。続いて貨物車が2両あります。この貨物車には、次に停車いたします、首都東貨物集積所で積み込みを行います。」

「どんなもの乗せるんだ?」

「郵便物といったものがほとんどと聞いております。ご存知のように、本列車は主要駅に止まりながら、大陸横断という長距離を移動してまいります。この機を利用して、少量ながらも物流に貢献しております。ちなみに、列車の運行に使う荷物、食料といったものになりますが、は食堂車の後に繋がれている荷物車に積み込まれます。」

「なるほど」

「4両目は乗務員専用車両、5両目から、こちら7両目までは寝台車となっております」

「この車両は6号車だと思うのですが、なんで7両目なんですか?」

「よくお気づきになりました、ライシス様。号車番号は先頭の機関車を除いた牽引車両にのみつけております。7両目という機関車を含めた時の数となります。」

「教えて下さってありがとうございます。」

「これから号車番号で説明いたしますが、7号車、この車両の後ろに繋がれている車両は食堂車となります。みなさまはこちらでお食事をしていただきます。8号車も同じく食堂車で、その次の9号車は荷物室と私のいる乗務員室となります。10号車から12号車はふたたび寝台車になりまして、最後尾の13号車は展望車となります。展望車にはバーもございまして、お飲み物や軽食をいただきながら、展望車からの景色を楽しむことができます。また、こちらの車両はオープンデッキになっておりますので、外の風と自然の空気も味わうことができます。これで全13号車14両についてお話いたしました。

 次に本日のお食事についてです。もう既に正午を回りましたが、本日の昼食から食堂車をご利用いただけます。夕食については、ウェルカミング・ディナーをご用意いたしております。乗客全員の参加をお願いしております。

 私のお話は以上となります。何かご不明な点がございましたら、こちらのパンフレットまたはベルで私ないしスチュワードをお呼びください。

 最後になりますが、いくつかご確認させてください。まず、こちらのお部屋、602号室はアーネスト様とミカゲ様のお部屋で間違いありませんね」

「そう、私とメリカ、フレイは隣の601号室を使うわ。」

「かしこまりました。次に、手続き的なことになりますが、ゾルドアート様とアマースト様、それにライシス様とミカゲ様、魔術師身分証明書を拝見させていただいてよろしいでしょうか? 〈学院〉の生徒様であるライシス様とミカゲ様は学生手帳で結構です。」

メリカを除く俺たち魔術師はそれぞれ身分証を提示した。

「ありがとうございます。これで以上となります。

本列車はまもなく、首都東貨物集積所に到着いたします。ホームへ降りることはできませんが、出発してから最初の地上駅となります。

 それでは、4泊5日の長旅になりますが、私達一同最大限のもてなしをしたいと思います。よろしくお願いいたします。」

 エーリッツは深々とお辞儀した。


 エーリッツが去った後、女性3人は隣の部屋へ移動した。隣の部屋へ移動する時、いちいち廊下へ出るのは面倒であることから、部屋と部屋の間の扉を開けることにした。

「お腹が空いたでしょ。昼ごはんを食べに行くから準備してなさい」

とレイネは言い残して、扉の向こうに行ってしまった。



 部屋には俺とタケルが残された。

「あいつらが呼びに来るまで少し休もうか」

 俺は深々とソファに沈み込む。となりの部屋では、フレイを筆頭に部屋のすばらしさに歓喜をあげているだろう。想像ができる。

「お茶を淹れますぜ、先生」

「おう、頼むよ」

 客室にはお湯を沸かせるように備え付けの電気コンロと専用のケトルがある。そして、メイドのナンシーは茶葉の入った茶筒ティーキャディーを置いって行ってくれた。これで、自分たちでお茶を淹れることができる。

「先生」

「なんだ、タケル」

「魔術師に対して随分と厳しいですね?」

「さっきの身分証の検査か。まあ、規則だろうかなら仕方がない」

 魔術師とは、魔術を使える者のことである。その魔術というものは、世の中を良くするために使うべきものである。〈学院〉の生徒に対して、俺は何度もこのことを言っている。ただ、残念なことに、時として魔術は強大な暴力と成り得る。それを利用しようとする国家都市も存在する。聞いた話では、ある国家では例外なくすべての魔術師は軍属扱いである。つまり、その国家では魔術師は軍人にしか慣れないのだ。俺たちの暮らす〈連合王国〉では、〈学院〉の働きかけによって魔術師は普通の人と同じように仕事が選べて、自由に暮らすことができる。とはいえ、〈連合王国〉も例には漏れず、国防軍の中に魔術師で構成された魔術師団がある。

「この列車は国境を越えるから、その関係で特に魔術師に対しては身分の確認が厳重なんだろう」

「仕方がないっすね」

と言って、タケルは紅茶の入ったカップを持ってきた。

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