第4話

「ずっと地下だな」

「都心部を出るまでこの調子よ。それより、」

 レイネは上品にカップを上げる。

「旅の成功を祈って乾杯しましょうか」

 それぞれカップを持ち上げる。

「旅の成功を祈って、」

『乾杯!』

 ささやかな談笑の時間となった。

「まだ地下を抜けるまで少し時間があるし、今回の任務のおさらいをしましょうか?」

「姉さん、今回の任務は護衛でしょ? おさらいするほどでもないかと」

「タケルにもまだ話していないことがあるわね。もちろん、シンとフレイにも」

「それより、いい加減はっきりさせたいんだが、」

 俺はちらりとメリカを見る。

「本人の前で言うのもあれだが、一体何者なんだ?」

「シン、言葉が過ぎますよ。この人は、」

「いいのです。

 私には事情がありまして、詳しいことを話すことはできません。しかし、確かに言えることは、護衛される身として言うのは恐縮ですが、私はこの列車に乗る誰よりも重要な人物であることです。そして、私は確実にハープシャーに着かなければなりません。私について不安や疑問が多いと思いますが、すべてのことは必ず着いてからお話します。これは確実にお約束いたします。それまでの間はよろしくお願いします。」

 プラットホームでメリカと出会ってから言葉を何度か交わしたが、それほど凄みがある話ができるとは思わなかった。侯爵令嬢であるレイネ以上の凄みかもしれない。

「えっと、まぁ、レイネが良いというのであれば。こちらは仕事を受ける身ですし・・・」

「マスター、さっきの勢いはどこへ行ったのですか?」

「あー、いやー」

「ふふ、ありがとうございます。ご仕事のこともあると思いますが、せっかくの旅ですから楽しみましょう」

「はい」

「姉さん、僕たちもハープシャーまで行くんですよね?」

 タケルは焼き菓子に手を伸ばしていた。

「そうよ、タケル」

「ちょっと待て、ハープシャー、ってどこだ?」

 4人の8つの目が俺に集中した。

「な、なんだよ」

「マスター、ハープシャーを知らないんですか?」

「町の名前なんだろ? きっと」

「呆れた。シン、君はそんなことも知らずにこの列車に乗ったのかい?」

「まぁー、ほとんど仕事の都合で無理乗せられたけどね」

「メリカ、見ての通りこいつはとんだ世間知らずの魔法バカだ。ただ、これでも〈学院〉では指折りの魔法師に成れるのだから、困った世界だ」

「レイネ、人には得意不得意があるのですよ」

 メリカのコメントはあまりフォローになっていない気がする。

「先生、ハープシャーはこの列車の終点ですぜ」

「マスター、ハープシャーは大陸一美しい港町であって、『海の真珠』『海の女王が住む町』とも呼ばれているんですよ」

 女王が住むということは王政をとっているのか? 今回は関係ないか。

「そんな町へ何しに行くのだ・・・ってこれも言えないのか」

「ごめんなさい」

「旅行だと思えばいいじゃないか。それに、ハープシャーは女の子が一生一度は行ってみたい町の一つだろ、フレイ?」

「はい、今回はハープシャーまで行くんですよね。フレイ、嬉しいです! すごく嬉しいです!」

「ん? フレイ、タケル」

「なんですか、マスター?」「なんだ、先生?」

「お前たちはこの旅の行き先を知っていたのか?」

「この間姉さんが言ってました」

「はい、そうです」

「って、おい、俺だけじゃねぇか、この旅の行き先を知らされていないの。だから上手く話に乗れなかったんだ。そういうことか、なんてことだ。レイネ、」

「この間ちゃんと説明したぞ。もちろん行き先も合わせて」

「嘘を言うな」

「確か私が話をしていた時に『ホムンクルス撃退用魔法陣を組むぞ!』といって文献をあさっていたな。シンのことだから、私の話を聞きながら仕事もできるだろ」

 数日前の記憶に遡る。公園で魔法理学部部長オーガスト・グリーの生成したホムンクルスに囲まれてしまった。ホムンクルスとは錬金術より生成した人造人間のことである。理由はわからないが、オーガストはホムンクルスを全員ひょっとこの顔にしている。その顔気持ち悪く、見るに堪えないものであるため、次にあのホムンクルス親父オーガスト・グリーの仲間たちに出会った時一瞬で彼らを消すための術式を組むことを決意した。その志を持って急いで家に帰り、一心に文献をあさった。その時に、レイネは旅の行き先を話したんだろう。

「聞いてなかったです・・・」

「ふむ、今後は私の話をちゃんと聞くようにするんだな。

改めて今回の仕事はメリカをハープシャーまで届けることだ。私もハープシャーには用事があってね、町に着いてからの数日は自由に遊んで良いよ」

「やったー!」

「レイネ、もう一つ聞きたいことがあるんだが、」

「なんだい?」

「なんで、メリカさんを護衛するのになんで魔術師が必要なんだ?」

「言わなくてもわかるだろ」

 この仕事には魔術師が絡んでくるということか。

「あくまで推測の域を出ないが、」

「ここからは私が話します」

 メリカはレイネの話をつないだ。

「先日、私のもとにこんなものが届きました。」

 メリカは手提げかばんから半分に折られた紙を取り出し、手渡してきた。

「開いていいか?」

 彼女はうんと頷く。

 紙を広げてみるとそこには、幾何学模様が描かれていた。

「なんだ、これは?」

「なんかの術式っすかね、先生?」

「単なる落書きじゃないのか?」

 訝しげにレイネとメリカを見つめる。

「ちょっとしたいたずらだと良いんだけどね。その手紙について相談するために、先日メリカの屋敷へ行ってみたら、門にルーン文字の札が貼ってあったわ」

「そうなのか?」とタケルに尋ねる。

「僕は行っていないのでわかんないっす」

「それもいたずらの可能性は? ルーン文字の札くらい、魔術の知識が無くたって書けるぞ」

「そうなのよね。ただ、シンも警告を受けたでしょ?」

 警告とは、先日公園で魔法理学部部長オーガスト・グリーに出会った時のことだろう。確かに、あのジジイは『きな臭い』ことが起こっていると言った。

「まぁ、その札も調べてみないことには確かなことがわからないからな」

 もう一度渡された紙に視線を落とす。

 その紙の中心には小さな円が描かれていて、それを囲うようにもう一つの円、またそれらを囲うようにもう一つの円、合計9つの円が同心円状に描かれていた。まるで木の年輪のようだ。内側から3つ目の円には黒い点が打たれていた。

「まぁ、いたずらにしては随分と器用ないたずらだな」

 いずれの円も円規コンパスで書いたように一切の歪みがなく、またその幅も測ったように等間隔に線が引かれている。意図して書かれたものと考えるべきだろう。

「これをどのように受け取ったんですか?」

「私宛の封筒に入っていました。差出人の名前はありませんでした」

「送り主の心当たりは?」

「ないです。心配になりましたので、レイネさんに相談しました」

「そこでメリカがハープシャーまで行く話を聞いたんだ。

私もハープシャーへ行く用事があってね、この際だから護衛を兼ねて一緒に行くことにした。私とタケルでは心もとないから、ついでシンとフレイを呼び寄せたんだよ」

「なるほど」

「マスター、結局これは何の図なんですか?」

「なんかの象徴だと思うんだけどなー、うーん、すぐには無理だ」

「シン、列車の旅は長い。乗っている間に解けばいい。

いずれにせよ、魔術や魔術師に用心することに越したことはない。」

「そうっすね、姉さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る