第3話(3)

「さて、出発まで時間があるから待合室へ行きましょう。

 フレイ! タケル!」

 レイネは機関車の周りでウロウロしている二人の少年少女に呼びかける。


 てっきり地下鉄の駅にあるような、椅子が並べられた簡素な部屋を想像していたが、それは間違っていた。待合室というよりは高級ラウンジだった。室内は上品な淡い光に照らされ、また見ただけでその質感がわかるような革張りのソファが随所に置かれている。俺たち以外に三組の乗客が思い思いにくつろいでいた。俺たちは彼らから離れた一角に座ることにした。

「挨拶とかしなくていいのか?」

 ソファにゆっくり腰を沈めながらレイネに問いかけた。俺の隣に座ったフレイはソファの柔らかさや手触りを確かめながら、小さく「うわ~」と喜びの声をあげている。

「もう済ませたわ」

 レイネは入り口の方へ視線を向ける。

「入り口近くに座っているのが、トヨーラ・ワイゾウさんと夫人のセシラさん、そして秘書のミオナさん」

「トヨーラ? もしかしてトヨーラ重工業の関係者?」

「トヨーラ重工のことは知っているのね。あの人はその会長よ」

「えっ!」

「そしてトヨーラさん達の向かいに座っているのが、モーネス・ドルゾ・ライトアント公爵とフィオーネ公爵夫人」

「公爵というと、レイネよりも偉い?」

「ええ、そうよ。そんなことも知らないのね。そして、最後はクリス・ハイラードさんとエリザベート夫人よ。この人の名前くらい知っているわよね?」

「民主党の人だったかな?」

「重鎮よ。党の中で偉い人」

「へー」

 名前を聞いただけで物凄い顔ぶれだ。その本人が数メートル先に座っていると思うと畏れ多い。

「すごい旅になりそうだね」

「そして、最後はこちら」

とレイネは俺の隣の一人用ソファに座る女性に手を向けた。

「メーリカ・ディー・ハミルトンさん。シンの護衛対象ね」

「はぁ」

「メリカとお呼びください。よろしくお願いしますね、シンさん」

「よろしくお願いします」

「もうわかると思うけど、シンは見ての通りの田舎人で、世間に疎い残念な人だけど、〈学院〉折り紙付きの魔法師だから腕は確かよ」

「おい、初対面の人になんてことを言うんだ!」

「そこの田舎人の隣に座る女の子はフレイ・ライシス」

「フレイです。よろしくお願いします」

 フレイはメリカにペコリと頭を下げる。

「フレイはシンの弟子。まだ〈学院〉生だけど魔術師としての確かな力があるわ」

「よろしくね、フレイちゃん」

「はい!」

 メリカはフレイとタケルに〈学院〉について質問をしたので、話しやすいように、俺とフレイは座る位置を入れ替わった。

「ねぇ、シン」

「なんだ、レイネ」

「〈学院〉から許可を貰ってきた?」

「おう、俺もフレイもちゃんと許可証を持参してきたぜ」

 レイネは魔術霊装のことを言っている。先日公園で出くわした〈学院〉の魔法理学部部長オーガスト・グリーだけでなく、レイネからも霊装の持参、そして使用許可をとるように言われた。それも俺だけでなく、フレイの霊装についても同じだ。〈学院〉の手続き的なことはオーガストの後押しがあったのか、すんなりと進んだ。今俺もフレイも霊装を装備している。

「ご歓談中に失礼いたします」

 プラットホームまで案内してくれた列車長のエーリッツが近づいた。

「ただいまより列車にご乗車いただけます。その前にみなさまの切符と身分証明書を拝見させていただけますか?」

 レイネは懐から5枚分のチケットを取り出した。俺たちはそれぞれ身分証明書を渡した。

「ありがとうございます。それでは、スチュワードのアーノルドが客室までご案内いたします。」

 アーノルドの先導で俺たち五人は寝台特急グレート・コンチネンタル・エクスプレスに乗り込んだ。


「お部屋はここ6号車の、こちら601号室とお隣の602号室になります。列車長が後ほどご挨拶に参りますが、ご一緒にお聞きになりますか?」

「そうね、お互い無駄な手間をかけたくないからそうしましょう」

「お気遣いありがとうございます。」

 アーノルドに後方の602号室を開けてもらった。

「うわー」

「すげー」

 グレート・コンチネンタル・エクスプレスが豪華・・寝台特急と言われる所以がここにあった。広々とした部屋にソファ、ローテーブル、2台のベッドが置かれている。いずれも上品で誰が見てもその品質が確かなものであるとわかる。

「ソファがふかふか!」

「お茶も淹れられますね」

「すげー、バスタブがある!」

 部屋に入って早々に室内をぐるぐると歩き回る。

「ちょっと、フレイ、タケル、そしてシン! 三人ともはしたないわよ」

 レイネに一喝されてしまった。

「すみません、みっともなくて」

「いいえ、お気になさらず。これほど純粋に喜んでいただいて、グレート・コンチネンタル・エクスプレスで働く者として大変誇りに思います」

「この扉ってなんだ?」

 隣の部屋と接する壁に扉があった。

「そちらの扉からお隣の601号室へ出入りできます。ご自由にお使いください。ただ、鍵は扉の両側についておりまして、両方が解錠されていないと開きませんのでご注意ください」

「ほー」

「間もなく列車が動き出します。列車長は列車が動き出してから参りますが、それまで何かお飲みになりますか?」

「そうですね。

 みんな、紅茶でいい?」

「おう」「はい」「お願いします」「いいですわ」と各々返事をする。

「かしこまりました。ポットでご用意いたしますね」

「ホットミルクもご用意できるかしら?」

「ご用意いたします。もちろん冷たいミルクもお持ちいたします」

「やった!」

 フレイは紅茶に冷たいミルクを入れて飲む。


 室内を十分探検したところで、俺たちは部屋の窓側にあった応接セットを囲んだ。席の配置は、俺とフレイ、レイネとタケルが対面するように置かれた二人がけソファに座り、メリカは俺とレイネの間に一人がけソファに座る。

「ふー、疲れた」

「そうですね、マスター」

 プラットホーム上の待合室では他のお客さんがいたので、思うようにゆっくりできなかった。なによりも、あの待合室は広すぎた。落ち着けるはずがない。

「ちょっとシン、フレイ、旅はこれからだよ」

「そうですわね」

 メリカはふふと微笑んだ。


 トントン。扉がノックされた。

『メイドの者でございます。お飲み物をお持ちいたしました』

 扉を開けるために立ち上がろうとしたところ、

「開いているわ。入りなさい」

とレイネは扉の向こうへ声をかける。さすが現役のお嬢様だ。人使いが慣れている。

 「失礼します」の声の後、静かに扉が開いた。カップとポット一式を乗せた小さな台車と鉄道会社のカラーである青を基調とした給仕用の制服を着た女性が入ってきた。

「この度はご乗車いただきありがとうございます。メイドのナンシーでございます。紅茶をお持ちいたしました。」

 ナンシーと名乗った女性はポットを軽く揺すった後、器用にそれぞれのカップに紅茶を注ぐ。その手捌きを見とれてしまう。注ぎ終えたところで、カップを俺たちの前に並べ(レイネの前にはホットミルク、フレイの前にはコールドミルクの瓶が添えられた。)、最後にテーブルの中心に焼き菓子のプレートを置いた。

「何か足りないものはありますか?」

「いや、無いわ。ありがとう」

 ナンシーは一礼し、部屋を後にした。


 天井のスピーカーからブーっとビープ音が鳴った。

『本日はグレート・コンチネンタル・エクスプレスにご乗車いただきありがとうございます。列車長のエーリッツでございます。当列車はまもなく発車いたします。発車時には大きく揺れますので、ご注意ください。』

 車内放送はこのスピーカーから流れ出るようだ。


 キューーー


 エーリッツの放送に合わせるように、外からと鋭い汽笛の音が聞こえた。

機関車であるザ・ポラリスが鳴らしているのだろう。

 列車はゆっくりと線路の上を動き出した。

 グレート・コンチネンタル・エクスプレスでの列車の旅のはじまりだ。

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