第3話(2)
この地下プラットホームは「ヨ」の字型をしている。櫛形ともいえる。その2本の隙間に線路が入り、その一つに列車が停まっている。この巨大空間にひときわ存在感を表しているのが列車の機関車である。つややかな黒を放つ鋼鉄の巨大な乗り物がぱふぱふとゆっくり蒸気を吐き出していた。
「マスター、フレイこの機関車見たことがあります!」
俺もある。首都に暮らす者でこの列車を知らないという人はいないだろう。
大陸横断豪華寝台特急グレート・コンチネンタル・エクスプレス。名前だけを聞くと、その用途がそのまま名前となった、遊びのないつまらないネーミングだと誰しも感じるだろう。すなわち、
「これからこの列車に乗るんですね」
フレイが機関車に見とれているところ、俺は違うことが気になった。この地下プラットホームは「ヨ」の字型をしている。つまり、線路はここで行き止まりになってしまう。しかし、グレート・コンチネンタル・エクスプレスは
「あの、この列車は後ろ向きに走るのか?」
つい、側に立っていたアーノルドに聞いてみた。
「シン、そんなこと本当にあると思う?」
聞き覚えのある声がした。振り向くと、そこにはレイネとタケル、そして女性が一人いた。
「このホームの特徴について、そこの『列車の旅初心者』に説明してくださる」
列車の旅初心者というのは間違いなく俺のことだろう。
「かしこまりました、ゾルドアート様」
アーノルドは合点した表情を浮かべて話し始めた。やはり豪華な旅には
「この地下プラットホームを上空から見ますと、『ヨ』の字型または櫛形に見えます。正式な呼び方は頭端式ホームと呼ばれまして、線路の端が止められているホームと覚えていただければよいと思います。今回、グレート・コンチネンタル・エクスプレスは機関車のある先頭からプラットホームへ入線しております。このままではホームから出るためには後進、後ろ向きに走らなければなり、またどこかで方向転換しなければなりません。この列車の方向転換が頭端式ホームの欠点となります。
ちなみに、今回ご乗車いただく列車は地上に出たところで方向転換をいたします。その時はご不便をかけると思いますが、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いされました」
あまりにも丁寧に頼まれたので、つい返事をしてしまった。
「シンが頼まれても何もできないでしょ」
「あ、そうですね。すみません」
レイネに厳しいつっこみをいただいた。
「ありがとうございます。これから、頭端式ホームの利点と欠点についてお話したいと思いますが、いかがいたしますか?」
「お願いします」
「ここのような頭端式ホームの欠点の一つは、すでにお話したように、列車の方向転換が必要なことです。方向転換というものは、瞬時にできるものではなく、ポイント、分岐点のことですね、の切り替えや車掌による案内、運行所への連絡など、さまざまな業務があり、これによって停車時間が伸びます。他の列車との関係がありますので、ダイヤへの調整も必要です。
利点としましては、何よりも見晴らしがいいです。ところで、本日はこちらまで鉄道でお越しになりましたか?」
「あ、地下鉄です」
「そうですか。機会があれば、ぜひ普通路線をご利用いただきたいと思います。ご乗車いただかなくても、ぜひプラットホームに立ち寄ってください。こちらのセントラル・ステーションの普通路線も頭端式ホームになっておりまして、線路にさまざまな列車がホームに並ぶ様子は壮観かと思います。
受付をする前に駅構内で右往左往していたことを思いだす。多くの人が利用する普通路線の改札の向こう側が少し見えた。そこはまるで列車の見本市のようで気持ちが良かった。
「また、プラットホームが広々していると、全方位から列車を観察することができます。」
アーノルドの視線が停まっているザ・ポラリス号へ移った。機関車の前でフレイとタケルがはしゃいでいた。
「これでお話が終わります。なんなりとお聞きください。」
「ありがとうございました」
ありがたくお礼を言う。とても勉強になった。
「乗務員は皆、鉄道に詳しいのか?」
横で話を聞いていたレイネが質問する。
「はい、と言いたいところですが、これほど語ってしまって少しばかり恥ずかしいと感じております。私は幼い頃から鉄道に憧れまして、運転士になりたくてRR《ザ・ロイヤル・レールウェイ》に入社したのですが、巡りに巡って寝台特急のスチュワードを務めることになりました」
「ほう、仕事のやりがいはいかがかな」
「いろいろな経験をさせていただいて、非常に満足してお仕事をさせていただいております。ゾルドアート様、アマースト様のご意見一つが、私が成長する貴重な機会となりますので、遠慮なくお申し出ください」
「どうもありがとう」
アーノルドは俺に向き直り、
「お荷物は客室へお運びしておきます。出発までもうしばらくかかりますので、あちらの待合室またはプラットホームでお待ち下さいませ。」
にこやかに微笑んでから彼は列車へ向かった。
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