第3話

 この世で最も忙しい場所は駅かもしれない。そう思わずにいられない。スーツをきっちりと着たビズネスマンや、友人たちとぺちゃくちゃ話しながら歩く女子高生たち、子供連れのママなど、いろんな人がいろんな方向へそれも忙しく移動する。

「ほーい、そこどいてー」

 台車に大きな荷物を乗せた配送員が、周りの歩行者に構わず台車を押していく。

「ちょっと、どこ向いて歩いているのよ!!」

 小さなハンドバックを腕に抱えた大きなおばさんに接触してしまった。

「すみません」

 謝罪はしたものの、そのおばさんの姿は人の波の中へ消えてしまった。

「マスター!」

 前方でフレイは大きく腕を振っている。

「こっちです、マスター」

 人の間を抜けながらなんとかフレイの元にたどり着いた。

「何をしていたんですか、マスター?」

「駅、こわい」

「?」


 自宅兼事務所の最寄り駅から地下鉄で2駅乗り継いでたどり着いたのが、〈連合王国〉首都最大の駅「セントラル・ステーション」である。全国の路線が集結するといわれ、鉄道の見本市ともいわれるくらい多くの列車が乗り入れする。これから乗る寝台特急もこの駅から出発する。

「マスターも始めてくるんですね」

「乗り換えで何度か利用したことがあるが、寝台特急に乗るのは初めてだ」

「フレイも初めてです。」

 列車の旅における最初の難関は、列車の停まっているプラットホームまで行くことである、と先日読んでいたトラベル・ミステリーに書いてあった。まさにその最初の難関に俺たちはぶち当たってしまったのだ。これは、一言駅員に尋ねれば解決しそうなことなのだが、もちろん構内にいる駅員や警備員に尋ねようとした。しかしながら、いざ尋ねてみると早口で言われてしまい、結局何を言われたのがちんぷんかんぷんだった。駅の忙しさがここで働く人の口までも忙しくしてしまったのだろう。やはり、これは難関だった。

 駅構内を十分ほどさまよった末、フレイが寝台特急の受付を見つけてくれた。それは主要路線の改札が集まる駅中心部から少し離れた、やや奥まった場所にあった。

「寝台特急に乗る者ですが」

 一体なんて説明すればいいだろうか。これから乗る列車の名前も、その出発時間も、割り当てられた部屋も、切符も持ち合わせていない。レイネ曰く、受付で身分証明書を見せながら「列車に乗る。」と言えばチェックインをしてくれるとのこと。

 窓口にいた、鉄道会社の青い制服を着た女性は俺とフレイを一瞥してから

「身分証明書をお出しください」

とそっけなく言った。

 俺は魔術師身分証を、フレイは学生手帳を渡した。

「ありがとうございます。確認できました。よい旅をお楽しみください」

 どうやらこれで受付は済んだよだ。この受付というのは改札と同じ扱いなのだろう。改札が済んだ後は、プラットホームまで降りて列車に乗らなければならない。列車は一体どこだ?

「アマースト・シン様、フレイ・ライシス様」

 背後から名前が呼ばれた。振り返ってみるそこには青い制服を着た恰幅のいい男と同じ制服だけども装飾が少し少ない細く筋肉質の若い男が立っていた。

「はじめまして、私は列車長のエーリッツ・ヒグリーでございます。エーリッツとお呼びください」

 はじめの男が先に口を開いた。

「そしてこちらがスチュワードのアーノルドです。これからプラットホームまでご案内いたします」

 アーノルドと呼ばれた若い男はうやうやしく一礼する。

「荷物をお持ちいたします」

「えー、あー、ありがとう」

「ちょっと重たいですよ」とフレイは言ったものの、自分の荷物をアーノルドに預けてしまった。

 長旅になるということで俺もフレイも大きいスーツケースを引っ張っていた。

「それでは、こちらへ」

 エーリッツの先導で俺たちは受付の横の細い通路へ入った。2台のエレベーターがあり、片方が待機していた。

「さぁ、お乗りください」というエーリッツの言葉に俺たちは箱の中へ入った。



「改めまして、本日はグレート・コンチネンタル・エクスプレスをご利用いただきありがとうございます。列車のご案内については、後ほど、列車が出発しましてから行います。その前に、RR《ザ・ロイヤル・レールウェイ》を代表してご挨拶させていただきました。」

「あ、ありがとうございます」

 グレート・コンチネンタル・エクスプレスと聞いて、フレイは首を小さく傾げる。名前を聞いたことがあるのだろうか。

「えっと、レイネ、」

 ここは正式フォーマルに行くべきだろうか。

「レイネ・ゾルドアートは来ていますか?」

「ゾルドアート様は同伴者と共に待合室にいらっしゃいます」

 これで一安心だ。小難しい手続きやら儀式やら礼儀作法やらは侯爵令嬢エミリアに頼もう。

「あの」とフレイは口を開いた。

「列車はどちらにあるのでしょうか?」

「プラットホームは地下にございます」

「地下ですか?」

 確かにエレベーターは降下していた。

「はい。プラットホームは当駅、セントラル・ステーションの地下五階にあります。」

「ずいぶん深いところにあるんだな」

「保安上の理由がありますから。特に今回ご乗車いただくグレート・コンチネンタル・エクスプレスは国内外から注目されており、乗客の安全配慮からも地下の専用プラットホームからの出発となります。また、本路線は最近できたものでございまして、駅の都合上地下に線路を引き込むこととなったとも聞いております」

 要するに野次馬対策とスペースの確保で人目のつかないところにプラットホームを作ったということか。

すーっとエレベーターは静かに止まった。

チンと鈴の音の後、ガラガラとエレベーターの扉が開いた。

「うわー」

「おー」

 広い空間に降り立った。2本の線路に挟まれた長いプラットホームがあり、そこには等間隔で設置されたガス灯をモチーフにした電灯が暖かい光を放っていた。

「ようこそ、グレート・コンチネンタル・エクスプレスへ」

 2本の線路の内一本は塞がれていた。

そこには、これから長い旅を共にする列車、グレート・コンチネンタル・エクスプレスが止まっていた。

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