第2話
夕方になると六月らしい涼しさがもどってきた。
「姉さんと僕が急に泊まることになって申し訳なです、先生」
「お前が気にすることじゃない。あの自由人と付き合っているとこういうこともあるさ」
レイネから仕事の内容を一通り聞いたところで、唐突に「今日は泊まっていく。」と言い出した。レイネ・クライスター・ゾルドアートという名前を持つお嬢様は反論を認めるような質を持ち合わせていない。つまり、彼女の宣言通りに今夜一晩、我が自宅兼事務所であるメゾネットに泊まっていくことになった。普段はフレイと二人で暮らしているので、当然夕飯の食材も二人分しかない。そのため、俺と、彼女に付き従っているタケルと共に近くのスーパーへ買い出しに行くことになった。
※
フレイもタケルもそれぞれ、俺とレイネの内弟子である。魔法師や魔術師を束ねる〈学院〉には不思議で旧時代的とも揶揄されるしきたりがいくつもある。〈学院〉とは、ありていに言えば魔法や魔術を学ぶための大学である。ちなみに、魔法と魔術は別物である。これは俺の講座の最初の授業で話すことだが、魔法は字のごとく「
閑話休題。〈学院〉の伝統の一つに内弟子制度である。〈学院〉に所属する魔法師ないし魔術師は、〈学院〉に通う生徒(魔術師の卵ではあるが、正式な魔術師ではない。)から弟子を選ぶ決まりがある。魔術師を何人も輩出する名家の場合、弟子もろとも〈学院〉に送り込むので、〈学院〉へ来る前の見知った者同士が師弟関係を結ぶ。こうした方が選ぶ方も選ばれる方も無駄な手間が省ける。
レイネは名家出身ではあるが、ここ数年魔術師を輩出していない。そして俺は、完全の成り上がりである。つまり、〈学院〉に赴任した時点では弟子になるような生徒を知らないのである。〈学院〉の事務部から生徒に関する膨大な資料を渡されたが、会ったことも無い人を顔写真付き履歴書の山から選び出すのは困難である。なにより面倒くさい。自然と、俺の講座を受講している者から選ぶこととなった。レイネは〈学院〉に所属しているも講座を持っていない。何を考えたのか知らないが、俺と同じように
選考期間が残り少なくなったところで、候補者をフレイとタケルに絞った。いずれも非常に能力が高く、内弟子として育てるだけの潜在能力を持っている。この二人のうちどちらかを選ぶことになった。
「シンの弟子は、このフレイ・ライシス、決まりね。女の子だからって変なことをしちゃだめだよ」
〈学院〉事務部が設定した締切日の前日に、レイネは俺の家に来てこう言い放った。
そして、俺の内弟子にフレイが決まった。同時にレイネの内弟子にタケルが決まった。
※
「先生、今夜何にしますか?」
タケルは今でも俺の講座を受講している。その関係で彼は俺のことを先生と呼ぶ。
「パスタとオリーブオイルがあったな」
「じゃあトマト缶とひき肉を買って、今夜はパスタっすね」
お嬢様には粉チーズも買っておこう。フレイはクッキーが食べたいと言っていたな。それも買おう。
メゾネットのある集合住宅は大通りから入った細道に面している。そして、最寄りのスーパーは大通り沿いにある。
「先生」
「タケル、お前も感じたか」
「そっす、どうしますか」
「先の公園へ誘導しよう。あそこなら人も少ないし、結界も張れる。行くぞ」
俺とタケルは突如走り出した。
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