第24話 緋色の想い
栄光高校の校門をくぐり、少し歩くと人だかりができていた。
一喜一憂する人たちを見て、私の緊張がさらに高まった。
手汗がすごい。
握りしめた受験票の控えが湿っちゃってる……
「緋色ちゃん緊張しすぎだよ。今頃考えたって結果は変わらないぞー」
「で、でもっ! 私……自己採点でもギリギリだったし……もし丸付けした先生が厳しかったら……!?」
「あははー、まあ見てみないと分からないし、私たちも見に行こうよ」
「……いいよね紡金ちゃんは! 余裕の合格点だったもんね!」
唇を尖らせながら私は文句を垂れた。
合格点と言ったけど、紡金ちゃんのはそんな生ぬるい点数じゃない。
一緒に自己採点をしたから知ってるけど、紡金ちゃんは自己採点では満点だった。
一問、また一問と不正解を重ねる隣で満点を取られるという私の絶望感たるや否や。
頭の良すぎる友達を持つのも少し考えものである。
見たいのか、見たくないのか……この絶妙なジレンマに心を痛めながらも私は紡金ちゃんに手を引かれ合格者発表で賑わう人だかりに突っ込んだ。
「ぷはあっ! 紡金ちゃん……どこ?」
「ここにいるよ」
「よ、よかった……はぐれたかと」
人をかきわけ最前列に顔を出す。
一瞬見失った彼女も同じようにひょっこり顔だけを出した。
それがなんだかおかしくて、私たちはお互いの顔を見て笑い出してしまう。
少し、緊張がほぐれた。
今ならもう現実と向き合うことができそうだ。
ゴクリと唾を飲み込むと、私は覚悟を決めた。
「そ、それじゃあお互いの番号を確認だよ……!」
「あっ、私の番号あった」
「えっ、ええええ!?」
私の覚悟などどこ吹く風といった様子で、紡金ちゃんは一足お先に合格してしまった。
突然のことに私の頭は思考のキャパシティーをオーバー。
自分の結果のことなど忘れて紡金ちゃんの番号を探した。
人混みから腕を出すと、彼女は番号を指さす。
その指の先に、彼女の番号『050』があった。
「本当だ! 紡金ちゃん合格おめでとう……!」
「あははーありがとう。次は緋色ちゃんだよ」
「う、うんっ……」
友達の合格で私は少し勝気な気持ちになる。
私だって、紡金ちゃんと一緒に勉強していたんだ……!
合格可能性が一気に高まった気がする!
だけど、よくよく考えたら紡金ちゃんが合格するのは当然だ。
自己採点満点で落ちるなんてあり得ないのだ。
私が合格するかどうかは……関係ない!?
だめだ……どんどん自信がなくなってきた……
同じ学校の受験生が近くになるように受験番号は配置されている。
なので私の受験番号は『031』──今日は3月10日だから受験日に似ている……ってそんなことは今関係ないよ!
結局、紡金ちゃんの合格によって得たのは、私の番号がどこらへんにあるのかだけだった。
「あっ!」
「な、なに紡金ちゃん!?」
「え、ああ……うん。何でもないよ……?」
「えっ、その微妙な反応って……もしかして……ええっ!? 私もしかして……」
終わってしまった……私の高校生活……
始まる前から終わってしまった。
張替先輩と一緒の高校生活を目標に今日まで頑張っていたのに……
涙目になった私は不意に身体が軽くなる。
最前列で結果を見ていた受験生が退いて、後ろから押し出されてずっこけた。
「いててて……もう散々だよぉ……」
「ほら、泣かないで緋色ちゃん。現実を受け入れよう」
「で、でも……」
紡金ちゃんから最後通告のような言葉がかけられて今すぐこの場から逃げ出したくなる気持ちでいっぱいだった。
だけど……せっかく散るのだったら潔く散ろう。
さらば私の高校生活。さらば私の初恋……ってこっちはそもそも実る気がしないけど……
「よし、覚悟を決めよう。もう終わってしまったものは仕方がない……」
「あははー、緋色ちゃんらしいマイナス思考だね」
「わ、私らしいって……確かにそうかもしれないけど……」
本当のことなので何とも言い返しづらい……
でも、私だって少しずつ、本当に少しずつだけど成長してる……はず。
小学生の頃に比べたら、十分明るい子になっているのだ。
3年間で少し明るくなった私は前を向く。
ええい、ままよ。決戦のときじゃ!
私は心の中の武士を揺すり起こし、数字がびっしりと書き連ねられたボードに視線をやった。
「ええっと、048、047、044、042、040、037、033、032、031、030、028……ってあれ? もう一回……033、032、031……あった! あったよ紡金ちゃん!」
「そうだね、あったね! おめでとう緋色ちゃん!」
紡金ちゃんが手を前に出す。
私はその手を取って、ブンブンと上下に振った。
やった……!
これまで頑張ってきたのが報われたよ!
これで……また先輩と同じ学校に通える……!
感極まって溢れそうになる涙を中学の制服の裾で拭うと、私たちは結果発表のボードの前から立ち去った。
花壇の方まではけると、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「紡金ちゃん! やった! 私やったよ!」
「うん。おめでとう。一緒に勉強した甲斐があったね」
「う、うん……! 私の合格は間違いなく紡金ちゃんのおかげ……だよ! もう紡金ちゃんちに足を向けて眠れない……!」
「いやーそこまでしなくてもいいでしょー」
「ここにいたのね紡金!」
私たちが、というか私が感謝を一方的に伝えていたところ、キンキンとした高い声が私たちに向けられる。
この声は……
「あ、悠里だ。おはよー。悠里も受かってた?」
「もちろんよ! 私、こう見えても頭いいんだから!」
金髪ストレートの勝気な少女。
関東大会で戦い私たちが勝利した紡金ちゃんのライバル──金町悠里さんだった。
私はおよそ半年前の関東大会を思い出す。
あれは本当に壮絶な戦いだった。
お互いに、どうしても負けられない理由があって試合は白熱していた。
そんな死闘を繰り広げた金町さんだけど、高校は地元の茨城県の高校に進学することにしたらしい。
元々、小学校時代に紡金ちゃんとのレベルの差を感じた金町さんは、このままでは紡金ちゃんが自分から離れていってしまうという危機感から卓球のレベルが高い中学校に進学したという話は、試合後にしたことだった。
今では、十分紡金ちゃんと張り合うだけの力を手に入れて、晴れて同じ学校に戻ってきたということらしい。
どれだけ紡金ちゃんのことが好きなんだ……
「それより紡金! あんたどうして私のメールに返信しないのよ! 自己採点だって……一緒にしたかったのに」
「いやだって悠里毎日メールしてくるから文面読むのすらめんどくさくなっちゃってさ。親伝いでいってくれれば緋色ちゃんと一緒に自己採点できたのに」
「ぐぬぬ……内原緋色! あんた紡金と随分仲良いみたいじゃあない! 一体全体どんな関係なのかしら〜!?」
「あわわわわ……どんな関係と言われても……」
「こら悠里、あんまり緋色ちゃんに強く当たったらだめだよ」
グイグイと迫ってくる金町さんに気圧されていると紡金ちゃんが彼女を止めてくれた。
というか金町さん……2年前からずっとメール無視されてるんだね……もしかしたら3年前からかもしれないけど。
そして今になって再確認したけど、私はやっぱりまだ引っ込み思案が抜けてない。
普段関わりのない金町さんが話し相手だと、頭が真っ白になってしまうみたいだ。
でも……それでも昔よりは他の人と話せるようになっている……と思う。
それは紡金ちゃんのおかげでもあるし、部活動のおかげでもあると思う。
だから……こんな素敵な部活動に勧誘してくれた最初の人にもちゃんと思いを伝えないといけない。
「とにかく、今年の代は県大会優勝をまずは狙うわよ! 私がいるし、それに何より紡金がいるもの! それと……内原緋色。あんたも卓球部入るんでしょ?」
「えっ……あっ……うん。……入るつもり……です」
「はっきりいうけど、私はあんたのことが好きになれないわ。だけど、あんたの卓球の実力は認めざるをえない。あんたも力を貸しなさい……って痛っ!」
「そんな人のことを面と向かって嫌いとかいうもんじゃないよ。ほら、緋色ちゃん怖がってるしー」
「つ、紡金! あ、あんたも悪いのよ!? だってあんた……中学の彼女に私と同じラケットをプレゼントするだなんて……」
「中学の彼女……?」
「あっ、忘れてた」
思わず私は気の抜けた声を出してしまった。
完全に忘れていた。
金町さんが私に突っかかってくる最大の理由……それは私のことを今カノだと勘違いしているということだ。
では金町さんは小学校の頃、紡金ちゃんの彼女だったのかと言われれば絶対にそうではないと断言できるけど、金町さんはきっと心の中では付き合ってたのだろうしその誤解を解かなければならないのだった。
私は控えめに手招きをして、彼女を呼ぶ。
紡金ちゃんに聞かれないように声を小さくして
「あの……金町さん」
「何よ」
「ええっと……私と紡金ちゃんは、金町さんが考えているようなことは本当に何もないんです。ラケットも、一緒に買いに行ったけど、決めたのは私で……」
「は、はぁ!? じゃああんたは、たまたま私がプレゼントしてもらったのと同じSK7クラシックを買ったっていうのかしら!?」
「よ、予算的に……丁度よかったから……見た目もいいし……」
金町さんはそれを聞くと、大きなため息をついた。
何だか怒られそうな予感を察知して身構えてしまったが、それはどうやら杞憂だったようだ。
彼女は頬をほんのりと染めながら、右手を差し出した。
「わ、悪かったわね。キツく当たって。てっきり紡金に下心持って近付いた悪い女だと思っていたのよ」
「下心って……」
どちらかといえば下心を持って近づいたのは紡金ちゃんの方だったけど、彼女にそのことを話したらすごく残念がりそうだし、何よりどれだけ不純な動悸だったとしても紡金ちゃんは私の初めての友達なんだ。
そんな彼女を貶めるようなことは絶対にしない。
2人のこそこそ話が終わると、待たされていた紡金ちゃんがある提案をした。
「2人とも話は終わった? 折角だし、みんなで写真でも撮ろうよー」
「それは名案ね紡金! ほら、内原さんも一緒に撮るわよ!」
「う、うんっ!」
そうして、紡金ちゃんは見ず知らずの保護者の方に声をかけ、写真を撮ってもらうようにお願いする。
完全に忘れていたけど、紡金ちゃんは小学校中学校どちらも友達が非常に多い──コミュニケーション能力のおばけなのだ。
私だったら知らない人に声をかけるなんてできない……まあこんな考えだったから小学校の頃友達がいなかったんだけどね。
保護者のお父様は紡金ちゃんに渡された携帯電話を構えた。
「どうする? ピースとかしておく?」
「し、しておこう……! い、一応合格したから……」
「一応って何よ、一応って。あんたも合格したんだからきちんとしなさい」
「それでは準備はいいですか?」
「はい、お願いしますー」
目は閉じない!絶対に目は閉じないぞ……!
私はギュッと目に力を入れて、ぎこちないピースをした。
『はいチーズ』の掛け声でカシャッと言うシャッター音が鳴る。
写真を撮り終わり感謝の言葉をいったあと、私たちは写真の確認をする。
よし……ちゃんと目は開いている。完璧だ。
「なにこれ緋色ちゃん、表情硬いねー。緊張してた?」
「えっ、緊張……はしてなかったよ? 目に力は入れてたけど」
「まるで鬼の形相ね」
「……武士と言ってください。心の内の武士が……表情に出ちゃったんです」
私の武士ネタを聞いて、2人はポカンとしてしまう。
妄想の話を現実に持ち出すのは良くない。
これだから友達が……できないのは別の理由だった。
武士のせいにするのはやめよう。
試験の結果の確認と写真撮影も終わり、そろそろ帰ろうと言う話になった。
昼ごはんにはまだ早いけど、祝勝会をすると言って聞かない金町さんに引っ張られ、私たちは学校を後にしようとする。
栄光高校は自転車で通える位置にあるから、これからもこうやって帰りにどっかによったりしちゃうのかもしれない。
完全に青春だ……私は今青春を手に入れてしまった……!
校門を潜ろうというところで、私たちは後ろから声をかけられる。
その声に、私の心臓は飛び跳ねる。
なぜならその声は……
「ハァ、ハァ……内原さんたち、合格おめでとう」
「あ、張替先輩だ。お疲れ様ですー。無事合格できました。春から私たち光栄高校卓球部です」
「そうか。とりあえず『合格おめでとう』だなんて言ってみたはいいものの、落ちてる子がいたらどうしようと心配していたんだ。本当によかったよ」
「せ、先輩!? どうしてここに!?」
「どうしてって、俺はここの生徒なんだからいて当然だろう? もしかして授業のことを言っているのか? 実はトイレと言って抜け出してるんだ」
張替先輩は人差し指を唇に当ててはにかんだ。
神だ……神がここにいる……thank youイケメン。
「おっと、君のことも知っているよ。金町悠里さんだよね。まさか高校では地元に戻ってきてくれるのかい?」
「初めまして。紡金の先輩かしら? そうね、あんたの言う通り高校は地元に通うことにしたわ。そろそろ紡金と学校行きたくなってきたし」
「志望理由が少々疑問だが、光栄に来てくれて嬉しいよ。『黄金の世代』と呼ばれた2人がいればきっと県大会優勝は硬いだろうね」
先輩ということを知った上で金町さんは敬語を使わなかった。
なんて心の強い女の子なんだ……紡金ちゃん以外の人物全員モブキャラくらいに思っているのかも。心が強いというか愛が強い……!
一通り挨拶が終わった後、紡金ちゃんは何か閃いたかのように手をポンと叩く。
そうして金町さんの手を握った。
「それじゃあ先輩、さようならー。私たちこれから打ち上げなんです。緋色ちゃんも後から来てねー」
「ちょっ、紡金っ!? 手っ!? 手握ってる!?」
「えっ、紡金ちゃん? 私も……」
言いかけたところで、私は紡金ちゃんの真意に気づく。
そうか……張替先輩と2人っきりにさせてくれたのか……なんて優しい……けど緊張して死んじゃうよ!!!!
残された私は、妙な恥ずかしさで俯いていた。
顔を見ていないというのに、張替先輩の存在を近くに感じるだけで心臓が破裂しそうだった。
「内原さん? どうしてさっきから下を向いているんだい?」
「ええっと……それは……その……」
「試合見たよ。例のダブルス試合」
「えっ?」
私は反射的に顔を上げる。
先輩は「やっとこっち見てくれた」と言いながら私に笑顔を向けてきた。
死にそう。
「あれは熱い試合だったね。見ていてハラハラしたよ」
「あ、ありがとうございます……」
「特に最終セット<1ー5>からの巻き返しは本当にすごかった。中1の市内大会の内原さんと思わず重ねたよ」
「えっ……先輩そんな昔の試合覚えて……」
先輩が覚えてくれていた……私の試合を覚えていてくれた……!
思えばあの藤代紫との対戦は、張替先輩が提案したことだから、覚えていても当然か。
それでも……私はとても嬉しかった。
教室の隅っこにいるような私のことを、先輩が少しでも覚えていてくれる……その事実だけで……
私はそこまで考えて、頭をブンブンと横に振った。
違う……違うでしょ内原緋色!
私はもっと先に行きたい。
先輩の近くにいたい……!
だって先輩は……私と卓球を巡り合わせてくれた人だから。
弱かった私を変えてくれた人だから……!
「先輩……好きです」
「えっ? 内原さん?」
「先輩……聞いてください。私の……緋色の想いを」
自然と、私の口からは好きが溢れていた。
意外なことに羞恥心はなかった。
「私は小学校の頃、友達がいませんでした。私の引っ込み思案な性格が原因だと思っています。中学に入ったら変われるかなと、そんな漠然とした夢を見ていた私の前に現れたのが……張替先輩でした」
私は3年前の入学式を思い出す。
早く学校に来すぎた私。
裏庭で途方に暮れていると、一球のピンポン球が舞い込んで来た。
そしてその球が連れてきたのが……張替先輩だった。
「部活紹介の先輩のバックスマッシュを今でも覚えています。私はあの一撃で……完全に変わってしまいました。小学校までの私なら、運動部に入ろうだなんて……絶対思わなかったのに、それでも入ってしまったのは……先輩のプレーが本当にカッコよかったから……」
あのバックスマッシュはすごかった。
妄想の中で私は何度もあのスマッシュを再生した。
藤代を倒した最後の一撃は、紛れもなく先輩の模倣だった。
「思えば、それから先輩とはそんなに関わりはなかったように思えます。先輩は部活をやめてから受験生でしたし……ううん。これは言い訳です。先輩に近づこうと思えば、いくらだって近づけたのに私は自分に自信がなかったから……引っ込み思案だから……それは本当に後悔してるんです。だけど、先輩のことを忘れた日は……この3年間一度だってありませんでした」
私は一歩踏み込んだ。
先輩の身長は私よりもずっと高いから、見上げるようになってしまう。
目鼻の整った、綺麗な顔だ。
そして、そんな容姿にぴったりの彼女が……先輩にはもういる。
中高の交流試合──という名の常盤紡金体験会で、私は先輩と下の名前で呼び合う女の人を見てしまったのだ。
確か……香織さんとかいっていたはずだ。
「私、中1の頃から少しは卓球上手になりました。まだ……先輩の彼女くらい上手くはないけど……それでも私頑張ります……! 頑張って、頑張って……その夢を追い続けます。だからっ……!」
私にできることなんて、最初から一つしかない。
私が1番できること、それは……『想う』ことだけだ。
恋焦がれ、夢焦がれ……強く何かを望み続ける。
妄想しがちな私が小さい頃からずっと続けていたのは、これだけだった。
この恋が成就するかなんて分からない。寧ろ、絶望的だとさえ思える。
それでも……私はきっと先輩のことを想い続けてしまうんだ。
「先輩、私と……付き合ってください!」
私は手を伸ばし、頭を下げてそう言った。
言った。言ってしまった。
入試結果と同じだ。
後は結果を待つだけだった。
未だ校門付近は入試結果を見にきた中学生たちで騒がしい。
そんな雑音の中でも、先輩の声ははっきりと私の耳に届いた。
「内原さん、君はいくつか勘違いをしているよ」
「か、勘違い?」
「ああ。まず、俺に彼女はいない。よく高校でも間違われるんだが、香織は俺の従姉だ」
「えっ……えええ!? そうだったんですか!?」
どういうことなの!?
先輩に彼女がいるからもっと頑張らないとっていっぱい努力したのに!
まさかの勘違い!?
「それと、内原さんは3年前の試合を良く覚えていると言ったけど、それも少し間違いだ。俺は3年前の市内大会のことを1日だって忘れてない。忘れるわけがないんだ。あんな熱い試合を。内原さんはあの瞬間空気を変えた。女卓に流れる羞恥心を取っ払った!俺はあの日から……内原さんのことをずっと意識していたよ」
「先輩それって……」
「俺も内原さんのことが好きだ。俺からも言わせてくれ……付き合って欲しい」
張替先輩は私の手を取り、そう言った。
先輩の手は大きくて、とても暖かかった。
幸せな感情が胸の中いっぱいに広がる。
先輩に出会ってから、もう結構な年月が経ってしまった。
回り道はしたけど、きっと私にはこれくらいが丁度良い。
今日より明日、明日より明後日……1歩ずつでのろまだけど、私は少しずつ成長している!
そして、大きく一歩踏み出した今日という日を……生涯忘れないだろう。
私は先輩の胸に飛び込むと、涙ぐんだ目を擦り満面の笑みを向けるのだった。
おしまい
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