第20話 関東大会
市内大会を1位で通過した内原・常盤ペアの快進撃はその後も止まるところを知らなかった。
県内地区大会ではノーシードながら第1シードを3回戦で下し、ダークホースが現れたと会場を賑わせ、賑わせたまま気づけば優勝を掴んでいたのは彼女たちであった。
県大会において彼女たちは第3シードのブロックに配置されていた。
ここまでのレベルとなると、男子県地区大会レベルの選手しかおらず激しい打ち合いが会場の至る所で散見された。
だからこそ、内原さんという存在はその中で異色を放つことになる。
明らかに場違いなレベルの選手。
シングルスであれば市内大会突破すら厳しいという評価を各選手が抱いていただろうが、それでいて彼女から順々に勝ち星を奪われていく。
内原・常盤ペアに敗北したペアの応援部隊たちは口を揃えて「全国クラスの常盤紡金が相手じゃあ仕方がない」と言うが、会場二階から試合を俯瞰していた俺に言わせてみればそれは誤った認識であると言わざるを得ない。
おそらく、対戦した選手ならば気づいているはずだ。
常盤紡金という絶対的な黄金の後ろでチラつく、赤き輪郭の存在を。
決定打の割合で言えば8:2、いや9:1に近い。
しかし、試合の流れを決定付けるアクションを起こした割合で言えば、すでに彼女は五分五分にまで迫る勢いであった。
中学生の成長は速い。
突然起きる急成長に戸惑いを覚える生徒は多い。
早期に全盛期を迎えた選手は、その後緩やかな成長を遂げていく。
そして、その緩やかな成長に焦りを感じるものだ。
俺はそうだった。きっと『黄金の世代』もそうだろう。
内原緋色という選手はその点あまりにも不自然な……いや成長が遅すぎる。
彼女の卓球は1年生のころから大して変わっていない。
積極的な攻めは行わず、浮いた球だけを叩く。
おそらく、全盛期というものは彼女の卓球人生に訪れていない。
このペースで行けば彼女の隣にいる『今の』常盤さんクラスの実力になるのは高校3年生になるだろう。
それでも彼女は試合に勝てるようになった。
そういう不可思議な現象が起きるのが卓球という競技の面白いところではあるだろう。
結局、県大会において彼女たちは第2シードに敗れベスト4という結果を収めることとなる。
表彰式で表彰を受ける彼女の顔はどこか満足気だった。
隣で同じように笑う常盤さんの表情も相まって、まるでこの結果が仕組まれていたかのような不気味さを俺は感じた。
きっと彼女たちはまだ実力を隠している。
それに気付いていた人間は俺を含め数人だけだろう。
何故なら2年前、俺たち長中の一部の生徒は見てしまったのだから。
全くの初心者であったはずの彼女が開花したその瞬間を。
内原緋色はしたたかに牙を研ぎつつ、今はここ──関東中学校体育大会の地を踏んでいた。
***
今年の関東大会はなんと我らがホーム、茨城県での開催だった。
私たちの長門中はどちらかと言えば茨城の中でも千葉寄りに位置しているから、移動には結構時間がかかってしまう。
県内の私たちでさえ、移動が億劫だというのに、他県の生徒からしたらたまったものじゃないだろうなぁ……一体誰が得をするんだろう。
県大会の会場の倍はありそうなほどに大きな丸い会場を見上げるようにして見る。
季節は8月。
午前10時という絶妙な時間帯ということもあって、会場の外はそれはもう炎天下だった。
何もしていないというのに、私の腕からは汗が止めどなく吹き出てくる。
それは紡金ちゃんも同じようだ。
2人してタオルが手放せない。
「緋色ちゃん、早く会場に入ろっか。中は冷房効いてるよ」
「え! そうなの!」
それは急がなきゃ。
紡金ちゃんは関東大会常連だから間違いない。
引率の先生と、数名の応援の生徒……といっても岩間さんと石岡さんだけど、がクーラーボックスを引きながら後ろを歩いている。
「石岡さん、岩間さん、手伝うよ」
「いいよ、いいよ。内原さんは今日試合でしょ。手でも怪我したら良くないし」
「ううん、左手で持つから大丈夫だよ。それより会場は冷房効いているみたいだから一緒に運んで早く涼もう」
「私も手伝うねー」
思えば、私たちは1年生のときからこうやって仲良しだった。
紡金ちゃんは1年生のときは違うクラスだったけど、休み時間は毎回C組に来てたし気を抜くと1年生のときも同じクラスだったかのように記憶を捏造してしまいそうになる。
2年3年でも同じクラスになれたのは本当に運が良かったと思う。
*
会場は紡金ちゃんのいう通り、冷房が効いていた。
人の身体は不思議なもので、涼しさを感じた途端に肌から流れていた汗はピタッと止まった。
紡金ちゃんは胸元をパタパタとさせて熱い空気を外へと出す。
1年生の頃から着実にお胸の方も成長させた彼女のするそれは中々に様になるものだった。心の中のおじさんが興奮してる。
私はと言えば身長が少し伸びて140cm台に乗ったこと以外何も変わってないので相変わらずつるぺたぺたぺたぺったんこだ。
なんだかそんな体型で胸をパタパタさせるのは恐れ多いので、仕方なく上着の裾を持ってパタパタさせるのだった。
冷たい風が体の中にはいって気持ちいい……
「先生は受付に行ってきます。常盤さん、長中の場所取りお願いね」
「はい。わかりました」
真面目な先生は眼鏡をクイッと上に持ち上げると、早速自分の仕事に取り掛かる。
そう言えば、開催県ということもあって、先生は受付の仕事を任されてしまったらしい。
先生が去ったあと、私たちは会場での場所取りをすることになった。
県大会でもそうだったけど、会場では学校ごとに指定の場所というのもがない。
だから、自分たちでいい場所を見つけて鞄を置くなりして場所取りをしないといけなかったりするんだよね。
といっても、長中は団体戦に今回出ないから生徒も少ないし場所取りはそんなに大変じゃないんだけどね。
私たちは生徒の控え場所兼応援席である会場二階へと上がっていった。
大きい会場ということもあって階段がとんでもなく広くて、10mくらいの幅があった。
もちろん私は手を伸ばしたりできないので手すりに捕まらずそれを登る。
なんだかちょっと怖い。高所恐怖症かもしれない。
階段を上り切ると、そこには色とりどりの卓球ユニフォームを着た人たちでいっぱいだった。
忙しなく人々が行き交い、知り合いとはぐれたのか電話をしている人も多い。
結果として、それはもうカオスもカオス。
これは一歩間違えたら私もすぐに迷子になりそう……
「待っていたわ!」
会場の様子に圧倒されている中、明確に私たちに向けた甲高い声が響く。
声のする方へ視線を向けるとそこには金髪少女と高身長少女が立っていた。
「紡金! 勝負の準備はいいかしら! 今日の私は絶好調よ」
「元気がいいなー、悠里は。私も調子はいいよ。今日はお互い頑張ろうね」
金町さんは出会って早々に紡金ちゃんに宣戦布告をしていた。
紡金ちゃんはそれをゆるーくかわしていく。
2人の関係を知らない人が見たら、きっと金町さんが一方的に紡金ちゃんをライバル視しているように見えてしまうだろうけど、実際は違う。
紡金ちゃんもかなり金町さんを意識している。
もちろんこれは誰にも話してはいけないことになっているけどね。
「お久しぶりです〜内原先輩。最近呟いてなかったから心配してたんですよ〜」
「あっ、小春ちゃん。久しぶり。ごめんね、最近忙しくて……精神的に……」
「先輩受験生ですからね〜勉強もしないといけないですし、大変そうですね。応援してます!」
小春ちゃん本当に良い子だ……
こんな子とお友達になれたことに感謝すると共に、自分が受験生であることを思い出してちょっと泣きそうになった。
そう言えば受験も頑張らないと。
先輩と同じ高校に入るって決めてるんだから!
暫し再開の余韻に浸っていると、金町さんから提案があった。
「そうよ! 紡金たち場所取りはまだよね? 南中は場所取り終わってるから一緒に座りましょう」
「お、それは助かるね。悠里のとこなら、盗難の心配もなさそうだし。緋色ちゃん、お言葉に甘えちゃおうか」
「そうだね。みんなで固まってた方が安心だね」
「後ろの先輩方もどうぞどうぞ。荷物運び手伝いますね〜」
「あ、ありがとう……って本当に2年生?」
小春ちゃんの体型を見て岩間さんは首を傾げていた。
確かに彼女はもう高校2年生と言われても何もおかしくない容姿をしている。
背は私より20センチ以上は高いし胸も、前会った時よりさらに成長してるし……
神様は不平等だ……
表計算ソフトだとZの次にAAがくるし、どうにか私の勝ちにならないだろうか。
なんの勝負をしてるんだ私は……
金町さんに連れられて、彼女の学校……和泉南中学校の本拠地を目指す。
和泉南中は団体戦全国常連校で、今年も団体で関東大会に出場している。
引退した3年生を除いて全生徒が応援に来ているため、和泉南中は結構大規模に場所取りをしているそう。
そう言えば金町さんは部活の強さで中学校を変えたんだった。
本当なら地区的に私たちと同じ長門中に入学するはずだったんだけどね。
彼女が選んだ学校は間違いなく卓球が強い中学校で間違いなかった。
「そうだ紡金、聞いたわよ。県内で4位だったみたいじゃない! そんな結果で私たちに当たるまで勝ち抜けるのかしら?」
「ちょっと先輩、煽りすぎですよ〜」
「だって事実じゃない。私たちは今大会第2シードなのよ。もう少し胸を張りなさい!」
「あはは……まあ、その心配はしなくていいよ。だよね、緋色ちゃん?」
「う、うん」
「全く、どこからその自信がくるのかしらね」
金町さんはそうしてそっぽを向いてしまった。
そうこうしているうちに、彼女たちの待機場所へと到着。
会場端っこの席の丸ごと1区画が和泉南中の生徒が占拠していた。
彼女たちは関東大会出場者たちの中でも一際騒がしい連中の集まりだった。
前に小春ちゃんが学校でオタク話ができなくて寂しいとか言っていたけど、これを見たらなんとなく察してしまう。
和泉南中の卓球部員たちは私のような学校の暗部に属するような連中ではなさそうだ。
「金町、お前何も言わずにどこほっつき歩いてた!」
「げっ! 先生!」
「羽鳥! お前もだ、こっちに来い!」
「わ、私もですか〜」
……どうやら2人は内緒でここを飛び出してきたらしい。
待機場所に着くや否や顧問の先生によるお説教が始まってしまった。
南中の顧問の先生は所謂熱血タイプの指導者みたいだった。
お説教はかなりサクッと終わり、1分ほどで彼女たちは白い紙を持って帰ってきた。
「……ただいま」
「おかえり悠里。厳しい先生だね」
「でも、私たちが悪いから叱られても仕方ないわ。この会場で迷子になったらそれこそ終わりだもの」
「だよね。それで、その紙は何?」
「よく気がついたわね! これは今日のトーナメント表よ! 見てなさい紡金! 私たちの輝かしき第2シードを見せてあげるわっ!」
トーナメント表というワードで私たちは顔を見合わせる。
ついに答え合わせの時間ということだ。
「第2シード、和泉南中、金町悠里・羽鳥小春……ちゃんとシードとれてるね。すごいじゃん悠里」
「そうでしょう、そうでしょう! もっと褒めても良いのよ! それで、紡金たちは一体どこに配置されたのかしら。まさか逆ブロックだったり」
そうして金町さんは私たちの名前をトーナメント表から探した。
私たちはと言えば、トーナメント表を見せてもらってすぐに自分の場所を見つけていた。
灯台下暗し。
しばらくして、彼女も私たちの位置に気づき、パッと顔を上げた。
分かりやすく動揺していた。
「ちょっと紡金、あんたもしかして……」
「さあ、どうだろうね。茨城4位枠がまさか第2シードの真上に配置されるなんて、全く運がいいなー」
トーナメントの場所を操るのは紡金ちゃんの得意技だ。
私たちが金町・羽鳥ペアに当たるのは2回戦。
つまり、彼女たちの初戦の相手は私たちということになる。
準備はしてきた。
後は紡金ちゃんが、彼女に勝つだけだ。
「決着をつけよう、悠里」
「望むところよ、紡金! 今度こそ……私が勝つ!」
一触即発。
戦いの火蓋は今まさに切って落とされようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます