第19話 役割

 ダブルスで最後の大会に臨むことを決めた私は、部活が終わった後に久しぶりに紡金ちゃんの家にきていた。

 どうやら作戦会議があるという。


 そういえば、部活の方が途中で抜け出してしまったため先生にこっぴどく叱られてしまった。

 先生に叱られる機会ってほとんどないからちょっと心に響きそう。


 紡金ちゃんの家は使われていない車庫が卓球場になっている。

 1年生の最初の頃、卓球台を使わせてもらえなかったときにはよくここで練習をさせてもらっていたなぁ……

 まさに、秘密の特訓には持ってこいな場所だと思う。


 紡金ちゃんは家から飲み物を取ってくると、それを一気飲み。

 私も同様にそうする。

 練習後の体に冷えたお茶が染み渡る。


「それで……作戦って?」

「作戦って程じゃないんだけど、緋色ちゃんの考えを一つ正しておかないといけないなって思ってさー」

「えっ……ゴクリ……」

「緋色ちゃんはきっとダブルスに明確な役割があると思ってるよね。紡金ちゃんがラリーを繋げる役割で、私が点数を決める役割」


 それは私の内心を見透かしたような言葉だった。

 その通り過ぎて何も反論ができない。


「う、うん……おっしゃる通りです……」

「いいんだよ。だって、他のラケット競技だとそれが普通だからねー」

「他のラケット競技というと……ええっと……テニスとかバトミントンかな」


 それらの部活なら長中にもある。

 あまり接点がないから何をしているのかは知らないけど。


「そうだね。そして、卓球とそれら二つの競技のタブルスで決定的な違いがあるんだよ。それは、『打てる方が打っていい』ということ」

「あっ……確かにバトミントンはちょっと詳しくないけど……テニスだと前衛後衛に別れているよね」


 私は単行本を持ってるテニヌとか超次元テニスとか言われている漫画を思い出しながらそういった。


「その通り。でも、卓球は『打てる人が打っていい』じゃなくて『順番になったら打つ』なんだよ。これが意味することは、どちらも卓球のダブルスが2体2を装いながら、その実1体1だってことだとわたしは思うよ」

「1体1……ええっと……もしかして私……市内大会のとき会場にいなかった?」

「ううん、それより酷いかな。相手にチャンスボールを差し出すだけだったから3体1と同じだよ」

「うっ……それは本当にごめん……」


 紡金ちゃんのいう通りだ。

 私はあのとき完全に足を引っ張っていた。

 卓球マシンでももう少しマシな球を打てたろうに……


「だから最初に戻るけど、私は卓球のダブルスに役割を考えすぎてるからそうなってしまったんだと思うんだよね。簡単にまとめると、緋色ちゃんも点数をとる動きをして欲しいってことだよ」

「う、うん…………でも私紡金ちゃんみたくドライブ打てない……よ?」

「だから、そこが間違いなんだよ。さっき言ったよね。卓球のダブルスは2体2を装いながらその実1対1。緋色ちゃんはシングルスでどうやって得点してきたかもう忘れちゃったの?」


 私の胸に指を突き立ててそう言った。

 それはまるで風が吹いたかのようだった。

 彼女に触れられた場所から一気に風が吹き抜けて私の脳を澄み渡らせる。


 そうだ……私はどうしてこれまでらしくないことをしていたのだろう。

 私は『打てる選手』だ。

 そういう選手は打てる球のときには打つ。でも打てない球のときは…………ツッツキで相手を翻弄するのだ。


 回転量を変え、左右のコースを変え、前後のコースを変え、タイミングを変え…………そうやって小賢しい駆け引きの末に生まれるチャンスボール。

 それを叩くのが私の今できる最強の戦い方だったはずなんだ。


「今すぐ私みたいに強いドライブやスマッシュが打てるようになれとは言わないよ。緋色ちゃんは、緋色ちゃんらしい戦い方を磨いていくべきだよ。それは結果的に勝利への近道になると思う」

「私らしい戦い方……! ツッツキの精度を高めるんだね」


 私は拳を固く握る。手にはあのとき掴んだ勝利の感覚が宿っていた。

『打つ選手』である完全格上の選手……藤代紫相手でも私はツッツキでなんとか勝利した。

 きっと、私はそういう戦い方が向いている。


 紡金ちゃんは私の言葉にうなずきつつも、まだ何か言いたげだった。


「ツッツキの精度を高めるのはもちろんだけど、他にも緋色ちゃんの強みはあるでしょ」

「私の強み……? もしかして、スマッシュは結構上手だとか……」

「ううん。緋色ちゃんのスマッシュはそんなに強力じゃないよ。ただでさえ、ポジションが後ろ寄りになりがちなダブルスだと決定打にならないかもしれない」

「そ、そうですか……じゃあ何が……」

「私はさっきから……いや、去年の夏からずっと気になっていたんだよ。さっき緋色ちゃんは藤代先輩との戦いの中で私……つまり『常盤紡金』になっていたと言ったよね。それって具体的にどういうことなの?」


 恥ずかしい話をぶり返されてしまった。

 どうにかはぐらかしたかった私だったけど、彼女は真剣に私の妄想について知りたいみたいで断りずらい。

 どうしよう……すごく話したくない。


 でも、既に話の半分は聞かれてしまっているようなものだし、これ以上恥ずかしいことなんてあるものか!

 ええい、ええい! 話して楽になるのじゃ。


「本当に……ただの妄想だよ。紡金ちゃんみたいなカッコよくて可愛い女の子に……あの時はもうちょっと盛りに盛ってたけど……とにかく理想の私を思い描いて、その通り動いていただけ……」

「妄想の割には普通にプレー出来てたよね。相手の行動とかまで妄想とか言わないよね?」

「ええっと……妄想してる時は何というか……私を後ろから観察してるイメージなの。だから……コートのことはもちろん見えてるよ」

「自分を俯瞰して広い視野を持つ人間……まさかこんな身近にいたなんて……」


 紡金ちゃんは顎に手を当てそう言った。

 どうやら私は能力者だったらしい。

 ただ昔から一人ぼっちだったから、変な挙動で虐められるようなことの無いように自分の行動に注意深くなってるだけだと思うんだけど……


「緋色ちゃんみたいに視野の広い人というのは結構珍しいんだよ。ところで私が緋色ちゃんが卓球を上手になりそうだと判断したのは『落ちた消しゴムを空中で拾えるくらいの反射神経を持っていた』からなんだけど、それは私の勘違いで『落ちる消しゴムを察知するくらい広い視野を持っていた』が正しかったのかもしれない」

「えええ……そんな行動見られてたの私…………」


 昔のことすぎて覚えてない。

 たぶん入学当初、教室の隅っこで友達待ちしてた時のことだと思う。


「まあ、卓球に関していえば『視野が広い』より『反射神経が優れてる』の方が有効だから、前者で合って欲しいけどね」

「上げて下げられた……」

「そんなに落ち込まないでよ。何にせよ、視野が広いのはダブルスでは結構有利だよ。思えば即席でダブルス組んだのにぶつかったりしなかったのは、緋色ちゃんの視野の広さが起因していたのかもね」


 即席ダブルスを組んで体がぶつかって喧嘩になる、というのはスポーツ漫画では王道の展開だ。喧嘩しながらも2人の絆がどんどん強固なものとなっていって……私も結構好きだ。


「とにかく、これでハッキリしたよ。緋色ちゃんが最後の大会までに磨くべきなのは……1つ目はさっきも言った通りツッツキの精度。それに加えて台上プレーのストップは覚えて欲しい。悠里との対戦……つまり関東大会までいくと、台から出たボールは基本チャンスボールだから」


 ストップというのは確かツッツキとタイミングがちょっと異なってて、台からボールが出ないくらい短いツッツキというのが私のざっくりとした理解だった。


 紡金ちゃんが軽く実演してくれた。

 ツッツキのようなフォームから放たれた低めのボールは、急激に失速し台の中央で止まった。

 今はまだ使えないけど、ドライブよりは簡単そうだ。


「2つ目に戦術の理解を深めること。幸い緋色ちゃんは視野が広いから、覚えた戦術を実行する力が備わっているといっても過言じゃない。適切なときに適切な位置へとボールが出せれば、たとえそれがツッツキだとしても……試合を決める球になる。それは緋色ちゃんが1番よく分かってるはずだよ」

「試合を決める球……!」

「それと、その妄想の通りに体を動かすっていう一種のトランス状態になる力……ここでは『同化』と呼ぶけど、それを使いこなせるようになって欲しい。藤代先輩を倒したあの時の力が発揮できれば、私たちは悠里に勝てる」


 やる気に満ちた表情で私は紡金ちゃんの手を取る。

 勝利を誓い合う2人はきっと青春という文字が似合っているんだろう。

 だけど私は内心、それどころではなかった。


 私は1年の市内大会以降、一度もトランス状態になれていなかった。


 *


 それから半年たった。

 3年生になった私たちは、最上級生として、最後の舞台に臨もうとしていた。

 2年生のときに会場が大きく感じたが、今ではもうそんなことはない。


 開会式は実行委員の先生の注意事項が終わるとすぐに閉幕した。

 卓球台の準備に入った。


「行こう、紡金ちゃん。優勝しに」

「狙うはラブゲームだよ。こんなところで手こずっていたんじゃ、関東大会なんて夢のまた夢だから」


 手を合わせると互いの温度が伝わり合う。

 紡金ちゃんの手はまだ少し冷たかった。

 もしくは、私の手が熱いのかもしれない。


 今日の私は燃えている。

 勝って、勝って、勝ち続けて……紡金ちゃんが金町さんに負けないように手助けするんだ。


 紡金ちゃんが彼女に負けた時のことを想像すると、私は何だか怖かった。

 他の誰かなら別にいい。

 ただ、金町さんに紡金ちゃんが負けた時、何か大切なものを失ってしまうような気がするのだ。

 それが何かは分からない。

 ただ、少なくとも紡金ちゃんは彼女に負けたら卓球をやめてしまうだろう。


 不確かな破滅を回避すべく、私は頬を叩いて気合を入れ直すのだった。

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