第17話 ペア解消


 金町悠里さんとの邂逅は、私の卓球との向き合い方に大きな影響を与えた。

 他県からやってきた紡金ちゃんの旧友の言葉の意味がわからないほど、私は馬鹿ではなかった。


 紡金ちゃんは特別。


 彼女は黄金そのものだ。

 すごい才能を秘めている人のことを、ダイヤの原石と称することがある。

 決して、紡金ちゃんはダイヤの原石ではない。

 彼女はそんな一度加工すれば別の形になれないような、生半可な才能を持ってはいないんだ。

 紡金ちゃんは本当に何をさせても、人より上手にできてしまう。

 私が知っている中で、サッカー、勉強、そして卓球。

 そのどれもが一級品の黄金だ。


 紡金ちゃんは何者にもなれる。何者にもなれない私と正反対の存在だった。


「<11-5> ゲーム、岩間!」


 名前のわからない後輩のセリフが体育館に響く。

 今月の部内トーナメント、私は3回戦で敗退した。


 *


「内原さん、今日調子悪かった? 球に勢いがなかったよ」

「えっ……ううん。ちょっと噛み合いすぎちゃって……ほら、粒高相手だと一度ミスし始めると、どんどん得点されちゃう……から」

「確かにそうかも。じゃあ4回戦内原さんの分まで頑張るね」

「う、うん……応援するね」


 岩間さんはそう言って明るい笑顔を振りまきながら水道へと向かった。

 私はこれから得点板。


 岩間さんは粒高ラバーと言って私の表ソフトのように粒々の面が上にきているラバーを使っている。

 表ソフトとの大きな違いはその粒々が高くて柔らかいことで、そのラバーでボールを打つと回転がおかしなことになる。

 だから一度回転がわからなくなると頭が混乱して、雪崩式に得点を許してしまいがちなんだよね。

 まるで魔法のようなラバーだけど、強い球が打てなかったりする弱点もあるので諸刃の剣だと紡金ちゃんは言っていた。


 だけど、今日の敗因は相手が粒高ラバーだったからとかそういう話ではないと思う。

 私は単純に……集中できていない。


 最近、どこにいても何をしても、紡金ちゃんのことを考えている。

 本当にこれでいいのかと、自問自答を繰り返しているんだ。


 私のするべきことは分かっている。

 でも、その一歩が踏み出せない。

 初めてできた友達のために、私は友達を捨てることができるのか……


 *


 グルグルと悪い考えが頭の中を駆け巡る。

 集中していなかったため、何度か得点板のカウントを間違えてしまったけど、私の次に試合をしていた1年生同士の試合は無事に幕を閉じた。


 得点板を次の人に渡すと、私も休憩しに卓球場を後にする。


「あっ、緋色ちゃんお疲れー」


 卓球場からでる扉のところで紡金ちゃんとあった。

 今は彼女とはちょっと気まずい。


「う、うん。紡金ちゃん、次の試合も頑張って……ね」


 そうして私は逃げるように水道へと向かった。

 たぶん、変に思われたと思う。

 それでも、今私は紡金ちゃんと向き合う覚悟ができていなかった。


 水道の蛇口をひねると、生温い水が流れ出す。

 朝ボーッとしていたため水筒を家に忘れたから今日は水道水だけど、この生温さが今の私を表しているようで、なんだか嫌だった。


 しばらく水を飲んでいると、カツンカツンとこちらに向かう足音が聞こえてきた。

 この足音が誰かかはすぐに分かった。

 それほどに、私はその音を聞いていたから。


「あっ、緋色ちゃんいた」

「えっ……試合はどうした……の?」

「いやいや、私別に次試合じゃなかったよ? さっき試合終わって休憩してたところ」


 しまった。

 紡金ちゃんが卓球場の外から帰ってきたところで出会ったということは、彼女も休憩をしていたということだ。

 そんなに長く休憩を取らない紡金ちゃんのことだから試合が終わったばかりという可能性が高いことを失念していた。


「それよりさ。今日全然集中出来てないでしょ。岩間さんとの試合見てたよ。粒高との試合別に苦手じゃなかったよね」

「そ、それは……」

「大方、この前の練習で悠里に言われたことを考えてるんでしょ?」

「…………」


 全部お見通しだった。

 好きな人がすぐバレた件もそうだし、私の考えていることは読みやすいのかもしれない。


「あんまり気にすることないよ。それよりちゃんと集中したほうがいいよ。卓球はテンポの速いスポーツだからね。一瞬の判断ミスが致命傷になるからさ」


 その言葉に、私の心臓は飛び跳ねる。

 まるで、私の心を見透かしたかのようなその核心をつくセリフだった。


 そうだ……ここで判断を誤れば…………とり返しのつかないことになる。


「ねえ、紡金ちゃん」

「ん? 何?」


 私は…………


「ダブルス、解消しよう」


 その提案に、彼女の拳がグッと固く握られる。

 そして覚悟を決めた表情で私を見つめ返すのだった。

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