第16話 黄金の世代


 私たちの市内大会が終わって早1ヶ月。

 今年は団体戦も個人戦も誰1人として長中からは、勝ち上がれた人はいなかったので、3年生は光の速さで引退してしまった。

 本当なら3年生の引退で涙を流したりするものだと、チャレンジの付録の知識ではそうなっていたのだけど、全くそういうことにはならなかった。

 私は3年生とは関わりがなかった……というより、同じ同じ2年生の紡金ちゃん石岡さん岩間さん以外と話していなかったので、結局のところ私の奥手が招いた結果だったりするのだった。


 後輩の名前も……覚えなきゃだよね……


 練習前のストレッチをしながら、卓球場の端の方でワイワイと準備運動をしている彼女たちを眺めた。

 なるほど、今年の一年生は陰の者が少ないように見受けられる。こんなの卓球部じゃない!


 彼女たちの名前をどうにか捻り出そうとしてはみるが…………うん。誰1人として覚えてない。


 それに、向こうも私のことを知らないと思う。

 紡金ちゃんにくっ付いて回る金魚のフンくらいには印象の残ってくれていたら嬉しいんだけどね。


 卓球部内カーストを作るなら、一番上に部長であり美人で卓球も上手な紡金ちゃんが来て、その次に容姿も良くてお洒落に気を使ってる岩間さんがその下。

 休日にはみんなでカラオケに行ってそうな1年生がその下で、その他諸々の学校の暗部に属する我らが2年生が1番下。

 その中でも最下位に内原緋色という『根暗女』が位置している。

 藤代紫に言われた『根暗女』がいまだに胸の中でグルグルしている。


 私の胸が成長しないのはお前のせいだ!……虚しいからやめよう。

 八つ当たりはよくない。


 3年生がいなくなって5台ある卓球台の割り振りが平日2年生3台、1年生2台、休日はなんと2年生が7台、1年生が3台となったので、練習の効率がグッと高まっていた。

 因みに、休日の一年生の台が4台にならなかったのは、休日練習に休む人が多かったからだったりする。ヤンキーだ。やっぱり1年生怖いから話しかけないのが吉だ。


 準備運動が済んで、いざ練習だとなったころ、卓球場の外が何やら騒がしくなっていることに気がついた。

 卓球部は全員卓球場にいる。

 となると、バスケ部とかバレー部かな。


 あの手の部活の子たちは騒いでるのが通常運行だし、特段驚きはしないのだけど、今日のこれはちょっと違う気がすると緋色sensorが告げていた。


「緋色ちゃん、ちょっと様子見に行ってくるね」

「え、私も一緒に行くよ」


 2人で卓球場を出てみると、卓球場の外に一台だけある古い卓球台で金髪少女と高身長少女がラリーをしていた。


 ラリーだけで分かる……この2人は相当上手だ。


 金髪ロングで、少し気の強そうな女の子はフォームがすごく綺麗。

 まるでお手本……紡金ちゃんのような振り方をしている。

 それでいて、スイングスピードが速い。

 打ち出す球は、山なり、というより直線的で見た目通りトゲのあるボールを打つ選手だと私は思った。


 対して、高身長でちょっとおっとりしてそうな女の子のフォームは独特だった。

 なんだか違和感を感じる。

 私の方がフォーム自体は綺麗だと思うけど、彼女の返球位置を見れば分かる。

 ボールコントロールがかなりの精度だ。

 そして胸についた二つのボールもかなりのものだった。

 こいつは危ない、直感的にそう思った。


 2人は……いや、金髪少女はこちらに気づき、ラリーを止める。

 そして、紡金ちゃんは彼女に向けて手を振った。


「あ、ユーリだ。久しぶりー。どうしてうちの中学に?」

「どうして? じゃないわよ! 紡金が大会に来なかったからこっちから来てあげたんじゃない!」


 どうやら2人は面識があるらしい。

 金髪少女の方は少々ご立腹だ。

 大会に来なかった? 紡金ちゃんは部活とは別のクラブチームみたいなので大会に出ているのだろうか?


「ええっと……紡金ちゃん、その人は……?」

「あ、緋色ちゃんは小学校違うから知らないよね。この子は金町悠里ちゃん。フランス人とのハーフで……」


 金町悠里という子が一瞬私のラケットを見た後、今度は私の顔をギロリと睨んだ。


「小学校の頃、私と一緒に『黄金の世代』って呼ばれてた強い子だよ」


 ついに現れたハイレベル選手に、私は今後の卓球生活への危機感を募らせた。


 *



「あはは……ごめんねー。私たち市内大会で負けちゃったからさ、関東大会まで行けなかったんだ」

「はー!? 市内大会で負けたの!? 私なんて市内大会免除よ!?」


 金髪娘は驚きをあらわにして、少々オーバー気味なリアクションをとった。

 少し話を聞いていて思ったことといえば、彼女はかなりグイグイくる性格だということだ。

 物腰柔らかだけどブレない紡金ちゃんと正反対というか、なんというか。

 2人がペアで『黄金の世代』と呼ばれてた頃を想像するとちょっとおかしかった。


「免除? 紡金ちゃん、強いと試合免除されたりするの……?」

「うちの市はそういうのないね。多分、全国的にルールは統一されてると思うし、ユーリの言ってる免除というのは、一回戦目ですでにベスト8が決まってるとかそういう話だと思うよー。そうだよね、ユーリ」

「そうよ! 私は去年の個人戦の成績と、県内の練習試合の成績からシードを勝ち取ったわ! 小春と一緒にね!」


 金町さんは隣に立っていた高身長女子の肩を叩いた。

 黒髪ボブの彼女はふんわりとした声音で自己紹介した。


「先輩叩かないでくださいよ〜。は、はじめまして。羽鳥小春です〜」

「はじめまして、羽鳥さん。先輩って呼んでるってことは、1年生なの?」

「は、はい。一応、卓球は小5からしてたので、経験者なんです〜」


 い、1年生だと!?

 私より身長もスタイルも良くて、私より年下!?

 神は不平等だ!!!!

 せめて、胸か身長か……欲を言うなら顔のどれかを良くして欲しかった……

 彼女は根本的に私とは住む世界がちが……いや、ちょっと待って。


 私は羽鳥さんの持っていたピンク色のタオルに書かれた黒色のシルエットを見て、気づいた。

 あれは初恋ヴァンパイア ──通称初ヴァンの公式グッズだ!

 確か去年の冬アニメで放送されて、作画崩壊、雑な展開であまり人気はなかったけどグッズがおしゃれだったこともあって変なところで話題になった作品だった。

 私は純粋に楽しんでたオタクだったから少し複雑な気持ちではあったけどね。

 とにかく、良い子ならもう寝てる時間のアニメ……しかもそのグッズを持っているということは、あの子……オタクだ。間違いない!

 緋色sensorがビンビンに反応している!

 こいつは危ないとか思ってごめんなさい。


「それで、紡金。そっちのビクビクしてる子は?」

「私は……内原緋色……です。よろしくお願い……します」


 そう言って、私は胸の前で十字架を切って羽鳥さんに目配せした。

 彼女はその動作に気付いてくれたようで、小さく親指を下へと向けて微笑みかけた。

 因みに私がしたのはヒロインのジャンヌの決めポーズで、小春ちゃんがしたのがヒーローのアルカードのそれに対する決めポーズだ。

 私の中で羽鳥さんがもう下の名前で呼べてしまうくらい近しい存在へとランクアップしていた。


 私が自己紹介したところで、金町さんが私のことを鬼の形相で睨んでくる。

 どうしてこの子は私に敵意剥き出しなの……


「そういうこと……ね。あなたが紡金のペアだった子でしょ。内原緋色さん」

「えっ……はい。そう……ですけど……」

「単刀直入にいうわ。あなた、ペア解消した方がいいわ。そして紡金はシングルに戻った方がいい」


 キツイ口調で、金町さんはそう告げる。

 その言葉は、まるで市内大会の私のプレーを見透かしたような鋭さがあった。

 これは侮辱じゃない。

 ありのままの事実を彼女は述べただけだ。

 だけど、その事実を突きつけられて、私の胸は痛んだ。


「ユーリ。いくらユーリでも、今のは許さないよ。緋色ちゃんに謝って」

「紡金! あんたもあんたよ! いきなりダブルスに転向するだなんて言って、こんなわけの分からない子をペアにして! どーせ、経験者でもないでしょこの子。もしかして、シングルスから逃げたとかじゃないでしょうね?」

「……っ! ユーリが何を言ってるのか私にはわからない。でも、私も、緋色ちゃんも両方貶めるような発言は、見過ごせない。私がシングルスから逃げたかどうか、緋色ちゃんがわけの分からない選手かどうか、その目で見定めてよ」


 いつになく声量のある紡金ちゃん。

 決して、怒鳴り散らしているわけではない。

 だけど、彼女のその真剣な声音は、驚くほどに圧があった。

 強者の発する『気』のようなものを私は全身で感じ取った。


「緋色ちゃんごめんね。今日は私、この生意気な幼なじみとペアで練習するね。緋色ちゃんの相手は……羽鳥さんに任せてもいいかな」

「は、はいっ〜! それは願ったり叶ったりです〜」

「「え?」」


 小春ちゃんの返答に違和感を感じた『黄金の世代』の2人は息ぴったりに疑問を呈した。

 こういうところは流石幼馴染ってところなんだと思った。


 *


 練習中、バインバイン、ボインボインと揺れる小春ちゃんの胸に私は何度も卒倒しそうになりながらも、なんとかそれを終える。

 小春ちゃんと一緒に基礎練習を終えて、他の子に台交代になったので、私達は中庭に繋がる出口の前で風を感じながら休憩に入った。

 張替先輩と初めて出会った場所だ。

 卓球は風があると球の軌道が変わってしまうから、基本的に部屋を締め切って行われる。

 大会とかはそうだ。

 だけど、そうだとすごく蒸し暑いし、においも酷くなってしまう。

 私たちが年頃の女の子だからとか、そういうのはさておき(男子もそうしてるし)練習くらいは少し風が入っていいだろうということで、窓が開いた状態で練習していたりする。

 何が言いたいのかといえば、練習中窓を開ける習慣があったからこそ、私は張替先輩に出会えたってことだ。

 それに、すごくいい友達ができそう。


「内原先輩も初ヴァン好きなんですか〜? わたしも好きなんですよ〜」

「う、うん……去年の冬アニメだと……1番好きだったよ。だから、小春ちゃんのタオル、すぐ気付いたの」

「えへへ〜、ありがとうございます〜。こういう、オタクアイテムっぽくないオタクアイテムっていいですよね〜」


 彼女はそう言って、初ヴァンタオルで汗を拭った。

 盲点だった……! オタクっぽくないオタクアイテム、これだ……ッ!

 一般人から見たら普通だけど、オタクから見ればオタクアイテム。

 甘い香りで引き寄せてパクッといってしまう食虫植物とかその類に近いにおいを、初ヴァンタオルから感じ取った。

 他にもそういうアイテムがないかちょっと調べてみよう……!

 さりげなく使っていたらクラスで話しかけられるかもしれない。


「小春ちゃんって……深夜アニメとかよくみるの?」

「はい〜! わたしの家、一家揃ってオタクなので、その影響で、わたしも立派なオタクなんです〜」

「家族もオタク!? それは……いいおうちだね」

「内原先輩の家は違うんですか?」

「う、うん。わたしのお父さんとお母さんは……アニメは見ないね。恥ずかしいから、いっつもネットでコソコソ観てるの」

「肩身の狭い思いをしてるんですね〜わたしもいつか、学校の友達とかともアニメ話したいです〜」


 小春ちゃんはスポーツドリンクを口にすると、目をくの字にしながらそう言った。

 なんだか酔っ払いのおじさんみたいでちょっとおかしい。

 世の中には、小春ちゃんみたいに前向きな理由でオタクになる人もいるんだなぁ。

 私は……小学校の頃友達がいなかったから、十分にあった時間を使ってアニメにハマってしまったという、後ろ向きな理由だからちょっと意外だった。

 どのような経緯だろうと、私たちは今や立派なオタク。

 生まれた場所が違えど、死すべきときは同じなのじゃ。

 心の武士を呼び起こしたけど、劉備って武士だっけ。


「ところで、内原先輩は常盤先輩とどんな関係なんですか?」

「私と紡金ちゃん? そうだな……お友達、かな?」

「それはそうなんでしょうけど……なんだか、それ以上の関係に見えたんですよね〜」

「それ以上の関係!?」


 そ、そ、そ……それはつまり……恋人とかそういう類のもの!?

 私は、薔薇も百合もいけてしまう雑食系女子なのだけど、私自身はノーマルなつもりだ。

 実際……私の好きな人は……男の子、ですし……


 でも、私にとって紡金ちゃんは、ただの友達以上の存在であることは間違いない。


「紡金ちゃんは私にできた……初めての友達なんだ。だから……友達以上に見えたのかも……しれないね」

「そういうことなんですか〜。ええっと、それだと……内原先輩ごめんなさい」


 ポワポワした雰囲気を醸し出しながら、頭の方はよく切れるようで彼女は謝罪した。


「ううん、いいの。今は友達いるから……」

「そうだ! 内原先輩、よければ私とも友達になってください〜」

「っ!? えっ、いいの!? 私なんかで良ければ……ぜひ!」

「アニメの話ができる友達がわたしもいないので、友達になりたいんです〜学校では会えませんけど……SNSでフレンドになりましょ〜」


 小春ちゃん……笑顔が眩しいよ!

 こうして、私と小春ちゃんは人気SNS『ツイッタ』でフレンドになるのだった。

 私のツイッタアカウント、完全にアニメ実況アカウントと化してるけど、引かれないだろうか? 今から少し心配だ。


 *


 オタク話に花を咲かせていると、紡金ちゃん達が練習……というか途中から試合だったけど、それを終えて休憩しにきた。

 試合の結果は、遠目で見ていたけど、紡金ちゃんの勝利で終わったようだった。

 勝利した紡金ちゃんはなんだか満足げな表情。

 ちょっと変だったのは、負けた金町さんは寧ろ上機嫌そうだったところだ。


「ユーリ、腕を上げたね。私も危なかったよ」

「私が1セット目強いのは知ってるでしょ? 紡金こそ、やっぱり圧倒的ね! 私が1番強い時間帯でも、それを抑えてくるんだもの」


 何故か誇らしげに金町さんは唸った。

 最初はどうなることかとビクビクしていたけど、2人の中は悪くはなっていないらしい。


「撤回するわ。紡金はシングルスから逃げたわけじゃない。本当にダブルスがしたくて意向したのね」

「……初めからそう言ってるじゃん。緋色ちゃんのこともユーリは練習中見てたよね。ユーリから見て、彼女はどうだったの?」


 急に話が振られる。

 そういえば、私の実力が云々で彼女は突っかかってきたのだった。

 品定めをされているようで、なんだか緊張する。


「まあ、初心者にしてはやる方だとは思ったわよ」

「ほら、ユーリもわかってるじゃん。紡金ちゃんはかなり才能あるって」

「でも! 正直に言うわ。内原さん、あなたは紡金とは釣り合わない」


 金町さんはキツめの口調でそう言い放った。


「紡金の隣にいたなら分かるでしょう? 彼女は特別よ。小学校の頃は全国ベスト8。去年の大会では1年生にして関東大会ベスト16。関東の同学年で、紡金より上位の成績を収めたものはいないわ」

「ちょっとユーリ、私はそんな大した人間じゃ……」

「紡金は黙ってて! とにかく、あなたが普通の初心者じゃないことは理解したわ。

 でも、それ以上に紡金は特別なのよ。だから、あなたの方から身を引いてちょうだい」


 彼女の言葉が、私の胸に突き刺さる。

 金町さんの要求は、私が紡金ちゃんからダブルスを組まないかと言われたときに感じた感情と同じだ。

 紡金ちゃんは今後の卓球界を牽引していく存在なのは間違いない。


 初め、彼女がダブルスをしたいと言うなら、私はそれでいいと思った。

 でも、彼女の才能は、こんなところで燻らせていいものじゃない。

 私と一緒にダブルスに出て、その才能を埋没させてしまっては……それは私の責任なのではないだろうか。


「いい返事を待っているわ。話が固まったらメールして、紡金。それと、こっちからのメールにもちゃんと返信してよね」

「……毎日されなければ返信するよ。せめて週一くらいなら考えておく」


 毎日メール送ってるんだ。

 モヤモヤとした感情が残ったまま、金町悠里と羽鳥小春は学校を後にするのだった。


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