第14話 ダブルス


 高校生との合同練習の後の、次の火曜日。

 ラリーをいったん止め、紡金ちゃんはタオルで汗を拭く。

 そろそろ台交代の時間だ。部長と言えど、台を独占していいルールは卓球部には存在しない。

 水道からでた水を、両手で掬って喉を通す。

 春になりたてのこの時期は、まだ少し寒いが、運動をしていると暑くなる。

 水道水がポーションのように私の体に染み渡る。HPが回復した。因みにこれは緋色ポイント。


「そろそろ市内大会の申請時期だね」

「申請時期……?」


 聞き慣れない単語を耳にして、私は首を傾げる。


 申請時期なんてものがあるの?

 去年は右も左も分からず仕舞いだったから、全然気にしていなかったけど確かに言われてみれば申請をしないと大会には出れないよね。

 そういえば、去年は紡金ちゃんが調整して、私と藤代先輩を対戦できるように仕組んでくれたんだっけ。

 今年も、それ系の話だろうか。


「大会には当然申請が必要なんだよ。まあ、細かいことは先生が全部やってくれるから、私たちはどんな種目に出るか、希望を出すだけだけどねー」

「あっ、そういうこと。難しい書類とか提出しないといけないのかと思って焦っちゃったよ」

「それでさ、緋色ちゃん」


 いつになく真剣に彼女が迫る。

 両手で私の肩を抱きしめ、まっすぐに私を見つめた。

 人と視線を合わせることの少ない私は反射的に目線を下に逸らした。


「ダブルスで出てみない? 私とペアでさ」

「ふえっ!? ダブルス!?」


 驚きのあまり飛び跳ねる。


 ダブルス!? ダブルスって言ったの!?

 ダブルスっていったらあの……2人1組で戦うあのダブルスだよね!?


「うん。実は、1年前から考えていたんだよね」

「そんな昔から……でも私ダブルスのルールは……」

「えっ、緋色ちゃんルール分かるよね? だって、石岡さんと岩間さんはダブルスペアだし、緋色ちゃんなら仲良い彼女たちのしてることが気にならないわけないと思うんだけど」

「……そうだね」


 図星だった。

 実のところ、私はダブルスのルールを知っている。

 理由は紡金ちゃんがいった通りだ。

 同じクラスで唯一話すことのできる岩間さんと石岡さん。彼女たちはダブルスのペアを組んでいて、給食の時間とかでダブルスについては何度も話した。

 だって卓球という話題しか思いつかなかったんだもん! 仕方ないよぉ……


「団体戦は、個人で出ることになるだろうから、個人戦はダブルスで出てみようよ。シングルスと違った面白さもあるだろうしさ」

「ぐぬぬ…………でもいいの? 紡金ちゃんは去年その……シングルスで好成績だったんだよね?」

「うん。シングルスにもそろそろ飽きてきたところだったからさー。ほら、シングルスって孤独でしょ? 昔から友達と仲良く卓球するのが夢だったんだー」

「と、友達……!」


 その言葉に胸がときめいた。

 友達ができてもう一年以上経つというのに、未だにわたしはこの言葉には弱い。

 友達というものを、私はどうしようもなく心の底から求めていた。


 確かに、どうしてもダブルスがしたくないというわけではないよ?

 でも、紡金ちゃんという選手が今年シングルスに出場しないということは、大袈裟でもなんでもなく中学卓球界に少なからず影響を及ぼすと思ったりしちゃうよね。

 だから私が一歩踏み込めずにいるのは、紡金ちゃんという優秀な選手が私という初心者を引き連れてダブルスに行ってしまうということに勿体なさを感じているというのが正しいかもしれない。

 と言っても、紡金ちゃんがダブルスを望んでいるのだから、私が責任を感じるのはお門違いというものだよね……


「分かった。私もダブルス……やってみる!」

「いいチャレンジ精神だね。それじゃあ、市内大会まで、それなりに時間はあるから、日々のメニューに少しずつダブルスのメニューも加えていこうか。岩間さんたちと一緒に練習する、とかが妥当な案になりそうだけどね」


 紡金ちゃんはそう言って笑いかける。

 笑顔が眩しい。

 これがヤンキーでも何でもないのにスクールカースト上位に食い込む女の子の笑顔……!

 現実離れしている綺麗さだというのに、いや現実離れしているからこそ、嫌味や嫉妬を感じない。

 鏡の前で私が練習してるそれと全く別の、本物の笑顔を目のあたりにして心が浄化されて消滅しかけた。危ない危ない。


 こうして、私は2年生の市内大会は紡金ちゃんと共にダブルスでの出場が決定したのだった。


 *


 早速、岩間さん達に相談して練習に付き合ってもらうことになった。

 頼んでみると、2つ返事で良い返事を聞くことができたはいいものの、内心わたしはドキドキだった。

 初めてのダブルス……一体どうなってしまうんだろう。


「よろしく……お願い……します……!」

「緋色ちゃん一年生の時みたいになってる」


 緊張すると喋るのが苦手になる。

 人の本質なんて1年やそこらで変わらないよね。


 まずはラリーの練習ということで、岩間さんが送球する。

 右側にいた紡金ちゃんがストレートへ返球、石岡さんがクロスの私へ返球し、私はストレートで岩間さんへ返球した。


「(よし、ダブルスの順番で打ててる……! ダブルスは一回交代でボールを打つんだよね)」


 岩間さん達に散々給食の時間に聞いた知識が今まさに開花したことに感動を覚えながら私はラリーを続けた。

 それにしても、ダブルスは少し不思議。

 卓球って、試合の展開が早いから自分が打った後にすぐにボールが返ってくるけど、ダブルスでは次の球はペアの人が打つからちょっとゆったりめだ。

 もしかして……私ダブルス向いてるかもしれない!


 鈍間な私は機敏に動くのに向いていない。

 運動神経が悪くてもまともにプレイできる卓球ってすごい!始めた当初感動したのを覚えてるけど、私はまた感動してしまっている。


 鈍間な人にも優しいだなんて……ダブルス……温かいなぁ……


 俄然やる気になった私は、いつも以上に張り切って練習に取り組んだ。


 よし、頑張るぞ!目指せ市内大会突破!

 紡金ちゃんがいるから県大会にも出れちゃったりして……!

 そしたらきっと……強い私をみて張替先輩が振り向いてくれるかも!


「緋色ちゃん、帰ろー」

「う、うん!」


 下心丸見えの私は、気分のいいまま帰路に着くのだった。

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