第11話 打てない選手と打てる選手
「選手の呼び出しをします。112番藤代紫さん。114番内原緋色さん。試合ですので7番コートに集合してください」
放送が体育館に響く。
ついにこの時がやってきたのだ。
2回戦は人数が減って、紡金ちゃんはまだ試合中。
別に、紡金ちゃんがいなくたっていいじゃないか。
これは……わたしの戦いだ。
「勝ったんだ根暗女。1回戦勝てたのは意外だったっしょ」
「根暗女じゃありません。内原緋色です……!」
「……可愛くねえ。ぜってえぶっ飛ばす」
背を向けて、藤代が反対側のコートに入る。
以前、私を辱めたその背中が少し小さく見える。
足も……震えていない。
赤いユニフォームの袖で手汗を拭う。
思えば、私が初めて卓球を知ったのは、この派手なユニフォームからだった。
あれから私は先輩の背中を追い続けている。
ラバーの種類も、ユニフォームの色も、先輩と同じだ。
少し腰を落とし、フォームを整える。
ゆったりと、最初の一球がくる。
敬礼をするように返球をした。
ボールの感触は、前に戦ったときとは全く異なっていた。
今ならより現実的に感じる。
藤代は強い。
ラリーの回転量からして、彼女はきちんと卓球という競技をしている人間のそれだ。
しかし、同時に私は手応えを感じていた。
相手の実力が感じられるくらいには、私も強くなっている。
私は……あの頃の「打てない選手」とは違うんだ。
試合の前だというのに私は張り合ってラリーを続けた。
藤代もここで引くつもりはないようで、ラリーは永遠と続いた。
どれほどラリーを続けたのかは覚えていないが、審判役の子(多分負けた1年生)が試合に入るように促してきた。
ラリーの途中だが、ボールを止める。
その行動に、なんだか藤代が笑っているような気がした。
笑うなら笑うがいいさ。今は試合じゃない。
ジャンケンをして、ラケット交換をする。
私のラケットを見て、藤代は鋭い目を向けてくる。
そうだよ。あなたの好きな人の真似っこだ。
藤代のラケットは両面が裏ソフトの基本的なものだった。
ラケットの種類はいまいちわからない。使用ラバーは赤面がハモンド、黒面がスレイバーELだった。
赤をフォアで使っていたから、フォア面で速度の出るラバーで、バック面は安定重視といったラバー構成だと思う。
フォア面が粘着ラバーでバック面が表ソフトの私とは正反対のラバー構成だ。
ラケットを返し、私は彼女を見上げる。
「私が勝ったら……紡金ちゃんに謝ってください」
「あいつと約束したから約束は守るっしょ。まあ、無理だろうけど。それよりアンタが負けたらどうするつもりなん?」
「負けたら……私が負けたら……」
負けた時のことなんて考えていなかった。
だけど、私と藤代の対立の理由から考えれば、答えは自ずと決まった。
「張替先輩に……告白します」
「はあ? 告白なんて勝手にすればいいっしょ。それになんて大翔が出てくるんだし」
「それは……あなたも先輩のことが好きだから」
「っ!? 何言ってるっしょ! 大翔のことが好き? 馬鹿なこと言ってんじゃねーぞ!?」
顔を赤くして反論している。私は気にせず話を続けた。
「告白しても……私はフラれます。だ、だから……告白することは、先輩を諦めることと同じです」
「ふんっ。アンタの恋愛話には興味ねーから。まあ、勝手に苦しんでくれるならそれでいいわ」
互いにふり返り、コートに立つ。
体育館の中は、試合の応援で騒がしい。
さあ、試合開始だ。
*
(補足:試合の点数は<緋色ー藤代>となってます)
ラブオールの掛け声がかかる。
藤代のサーブ権。
掌に球をのせ、打つ。
下回転のサーブだ。バック側短め。
右足を一歩踏み込み、ツッツキでバック側へ。
長く出されたそれを、藤代は回り込んでドライブした。
フォアに放たれたドライブは、私のラケットをすり抜けていく。
<0−1>
得点板がめくられる。
再びボールの下側を擦るようなサーブ。下回転だ。
御丁寧に、コースまで一緒のそれを、私は同じようにバック長めに返球する。
今度は回り込みやすいように、さっきよりコート中央寄り。
一歩引き、ドライブに備える。
彼女はやはり回り込んで下回転をドライブで返す。
一歩引いたことで、ボールが来るまでの時間が長くなる。
これなら……反応できる。
ボールの軌道上にラケットを斜めに置く。
しかし、藤代のドライブがラケットに当たり、そのまま自陣コートに落ちた。
私は焦る。
せっかく練習してきた私のブロックが通用していない。
でも、違うんだ。どんな球でも同じフォームで返せる魔法のようなものなんて存在しない。
これはただ、藤代の回転量と私のブロックの角度が噛み合わなかっただけ。
<0−2>
気を取り直して、私のサーブ。
フォア側短めに下回転。何度も練習して下回転サーブはもう失敗しなくなっていた。
藤代もフォア短めに返球。角度が厳しい。
でも紡金ちゃんが言っていた。
厳しいコースは、さらに厳しいコースで返球できると。
台の脇から逸れるようなツッツキを、さらに角度をつけて返球。
ツッツキの後にスターティングポジションに戻った藤代はこの球に追いつくことが出来なかった。
<1−2>
初めての得点……嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
「……キモッ」
そんなの知ってる。
侮蔑を振り解きサーブの姿勢へ。
先ほどと同じようにフォア前下回転。
お約束のように藤代はそれをフォア短めに。
今度は角度がついていない。恐れたな藤代。
私はバック奥へとボールを押し込む。
戻りが速かったがそれでも十分効き目はあったようだ。
さっきのツッツキはほとんど回転をかけてない。
ラケットの面が合っていない。
藤代から返ってきたのは、フワリと浮いた球。
つまり、私でも……決めれる球だ。
バシッ!
藤代のフォアを貫くスマッシュ。
ボールは奥の仕切りに当たり止まる。
私はもう……「打てる選手」だ!
<2ー2>
藤代の顔が歪む。
前回1点も取ることができなかった人間が、決めてきた。
そのプレッシャーはきっと私では想像もできない。
ほら、目が変わった。
腰を落とし、視線はネットすれすれに。
紡金ちゃんが本気を出す時もこうだった。
完全に、ゲームに入り込んでいる。
彼女のサーブ権。
フォア前短めの下回転。
ツッツキでバックに返球。
藤代もツッツキで返してきた。
フォア長めに出される下回転。
クロスに返球すると藤代はドライブの姿勢をとった。
すぐに、私は一歩引く。
下回転を救い上げるようなドライブがバックに放たれる。
速い。でも、紡金ちゃんの足元にも及ばない。
冷静に、面を作る。
少し傾けて、下に押し込む。
ブロックは、打たれた球が強ければ強いほど速く、返球される。
球が藤代のバックを突き抜けた。
<3−2>
飛んで行ったボールを取りに行く。
コートに戻りながらボールをラケットでついていた。
コンコンという音が響く。
3回ついて、球を手の平へ。
先ほどとフォームが違う。
右腕をぐるっと回しながら、巻き込むようにしてサーブを放った。
多分、横回転。
バック長めに出されたそれを、私はラリーをするように上回転で返そうとする。
しかし、ボールはネットを越えない。
下回転が混ざっていた。下横回転だ。
<3−3>
サーブを変えてきた。
紡金ちゃんとの練習の中で、一通り基本的なサーブの返し方は教えてもらった。
ざっくりと、下の回転が入っていればツッツキ、それ以外はラリーの打ち方と行った具合だったはず。
でも……サーブの見極め方が分からない。
サーブは人それぞれフォームが違う。
見慣れないフォームだと何のサーブを出しているのか見分けるのは難しいんだ。
私は首を横に振った。
ううん、ここで思い詰めてもダメだ。
サーブは試合の中で見極めていくしかない。
とにかく、私のサーブ権のときは失敗しないようにしよう。
ボールを掌へ。
落ち着いて、下回転サーブ。
愚直に、フォア前連打だ。
返球はバックにツッツキ。
私もそれをバック奥へツッツキで返した。
台上手前から完全に体が戻し切れてない彼女は、不完全な体勢でカットする。
再び、ボールは緩い放物線を描いて私のコートへやってきた。
スマッシュで台上右側を打ち抜く。
<4−3>
再び私のサーブ。
これまで私のサーブ権での得点は3本中3本。
つまり、順調だ。
フォア前に出してバック奥を攻める。
この戦術でいい。この戦術がいい。
紡金ちゃんが教えてくれた戦術は、今まさに藤代を追い詰める剣となっていた。
私は1人じゃない……!
サーブは定石通りフォア前へ。
3球目のツッツキの回転を強めると、藤代の返球はネットを越えなかった。
<5−3>
その後も、私の『フォア前バック奥』の戦術は効果的面で、着々と点数を稼いで行った。
<6−3>
<6−4>
<7−4>
<8−4>
得点差が開いた頃、段々と私の戦法が攻略されつつあった。
藤代の戻りが最初に比べて、速くなっている。
流石に、これだけ同じことをされれば、バレてしまうのは仕方がない。
藤代のサーブ権。
腕を回して、球を巻き込むようなサーブ。
フォア前に横下回転だ。
彼女の横回転は、左回転……時計回りの回転で出してくる。
この回転の球は、相手のバック側にボールが行きそうになる。
だから、ちょっとオーバー気味に相手のフォアに返そうとすれば、いい具合に返球できる。
ツッツキで、フォア前にボールを落とす。
藤代がそれを下回転で返して、私もバック奥へと押し込んだ。
ボールをラケットで擦り、相手を見ると、彼女の姿はそこにはいなかった。
違う。本当に消えたわけじゃない。
これまでいた位置から離れたところにいるだけだ。
藤代はスターティングポジションである卓球台の中央から少し左から、かなり左にズレた場所でドライブの構えをしていた。
「打つ選手」による完全な形での対下回転ドライブ。
これまでで最も速いその球を私はブロックしようとするが、突然のことに反応し切れない。
球はラケットを素通りし、私のフォアを貫いた。
<8−5>
後ろの仕切りに当たり、キュルキュルと回転音を響かせていた。
相当……かかっている。
手加減した紡金ちゃんのドライブくらい……つまり私が練習で止めることができないレベルくらいの速度と回転量だ。
あれを打たれたら、私は負ける。
しかし不思議なことに、私の心には、恐怖と共に謎の興奮が生まれていた。
全てが上手くいきすぎている。
これも想定内……だ。
再び藤代のサーブ。
バック奥へと横下回転を打ってくる。
速度はないため、見てから簡単に反応できる。
それに、私のバック側は表ソフトだ。相手の回転の影響を受けにくい。
その分回転をかけるのも苦手なのだけど、たとえ回転をかけられなくても、手前に落としたボールを打てるほど相手は上手じゃない。フォア前に返球。
何度も見たこの光景。
藤代はツッツキでフォア前の球をフォア前へ。
そして、彼女は動き出す。
大丈夫。全部、見えてる。
そうして私は、彼女の動きと逆方向へツッツキを押し込んだ。
完全に逆をついた球に、藤代は対処し切れない。
すでにドライブのフォームに入っていた身体を無理やり動かして、フォアへと向かう。
そんな状態で打てる球は、サービスボールになってしまうんだ。
フワリと球が浮く。
この球は、私でも打てる球だ。
スマッシュを相手のバック側へ打ち込んだ。
<9−5>
藤代の顔がさらに険しくなった。
それもそのはず、次からの2本は私のサーブ権だ。
点差は開いているが、気を緩めてはいけない。ここからが勝負どころ。
気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をする。
球を手に乗せ、小さく放り投げる。
そして、ラケットの面を先ほどまでより少し立てた状態でフォア前にサーブを打った。
藤代はそれをまたツッツキで返す。しかし、そのボールは浮いてしまう。
ラケットの角度を立てると、ボールの回転は段々と弱まっていく。
垂直気味に立てたラケットから放たれるサーブは、ほとんど無回転……ナックルボールとなるらしい。
下回転のかかっていないボールに対して普通にツッツキしてしまっては、球が浮いてしまうのは必然なのだ。
球は下回転がかかって台中央へ。
台から出ないボールだけど、スマッシュのフォームなら、打ちやすい。
「テンファイブ! マッチポイント」
審判がマッチポイントを告げた。
2本連続のスマッシュ得点。
嬉しくなり、小躍りしてしまいそうになるが、必死に抑えた。
勝負はまだ終わっていない。
あと1点。あと1点で1セットだ。
見ると、藤代は額に汗をかいていた。
私も同じだ。
手にかいた汗を、下のユニフォームで拭く。
私のサーブ権はまだ続いている。
ここでミスをしたとして、次のサーブ権が回ってくるまでに、私が負けることはない。
だからここは……勝負を仕掛ける。
これまで藤代が見てきたサーブは、フォア前の下回転とフォア前の無回転。
さっきのフォア前無回転で、選択肢が増えて彼女は混乱しているはず。
どっちの回転かを見極めようとしているに違いない。
だから私はここで、3つ目の選択肢をとる……!
ボールを小さく上げる。
フォームは変えない。途中までは変えてはならない。
そして、サーブを打つ直前に、ラケットの角度を垂直よりさらに前へ倒す。
バック奥へと速い上回転サーブを放った。
藤代は、私がサーブを打つ前からフォア前へのツッツキをしようと前に出ていたため、完全に逆をつかれたことになる。
ボールに触れることなく、私のサーブは床へと落ちた。
<11−5>
「やった……! 1セット」
左手で、小さくガッツポーズ。
最初のセットは、蓋を開ければ私の圧勝で幕を閉じるのだった。
*
1セット目が終わり、少しの休憩が入る。
床に座って、スポーツドリンクを一口飲んだ。
少し離れた台を見ると、紡金ちゃんはまだ試合をしているみたいだった。
スコアボードは6対0。圧勝だった。
きっともう少し私の1セット目が遅く終わっていたら、紡金ちゃんとお話できたのかもしれない。
でも、思ったより速く一本取ることができたのは、誇らしいことだと思う。
今日の私は調子がいい。
とってもよく見えるし、聞こえる。
頭もクリアでよく回る。
よし。このまま2セット目も取って、紡金ちゃんをびっくりさせよう。
そして、藤代には絶対謝らせる。
屈伸をして立ち上がると、私はコートへと戻った。
*
(コートチェンジしましたが、得点は<緋色ー藤代>のままです)
2セット目。
先ほどと逆側のコートで、私のサーブ権で始まった。
藤代は1セット目の敗北を引きずってか、機嫌はあまり良さそうには見えなかった。
姿勢を落とし、私のサーブを見極めようとしている。
でも、1セット目最後に見せたバック奥への速いサーブはそう簡単には出さない。
あれは決め球だ。
これまで通り、フォア前に下回転。
藤代はこれを難なくバック奥へと返球。
正面に来た球をツッツキでバック奥へ。
戻りが速い。
いや、バック奥から打ったから相手のコートに球が行くのが遅くなってるんだ。
藤代はすでにドライブの体勢に入っていた。
すぐに一歩引く。
フォアドライブは、初心者対決ならフォアに来る。
これは紡金ちゃんに教えてもらったことだ。
現状、彼女のドライブを止められる気はしない。
だけど、ラケットに当てられれば、返せる可能性だってあるはずなんだ。
フォア側に身体を動かす。
そして、彼女からのドライブはフォア側へ。
速い。速いけど……触れる……!
ラケットの面を少しだけ下げてブロックした。
コースを狙ったわけではない。球は藤代のバック側へ。
返されたことが意外だったのか彼女が打ったのはラリー程度の速度の球だった。
これなら打てる……!
そう思い、私は回り込むようにして、ボールを叩いた。
しかし、ボールはネットに吸い込まれる。
跳ね返ったボールを、キャッチする。
<0ー1>
自分の実力を過信していた。
今の私に打てるのは、高く浮いたチャンスボール。
ラリーくらいの球だとスマッシュするのは難しいんだ。
そのとき、藤代の口角が上がったような気がした。
何か作戦があるのかもしれない。
しかし、それでも私のやることは変わらない。
フォア前に無回転サーブだ。
藤代は台上のボールを払うようにして返してきた。
サーブの回転を見切られている。
相手のボール自体は大したことはないので、バック側へ返球した。
そして、藤代は私の甘い球を……無理やりカットで返す。
したか回転がかかっているので、私もカットで対応した。藤代もまた下回転……
あれっ……強打してこない。
一歩引いて、スマッシュに備えていると言うのに……
藤代は私が打てないことを知ってしまった。
だけど……この攻め方は悪手だ。
それから10球ほどツッツキラリーが続いたあと、藤代のミスで私に点が入る。
<1−1>
藤代がミスして飛んで行ったボールを拾いに行きながら、周りの試合を観察した。
私の台以外、ほとんどがさっきみたいなツッツキラリーをしていた。
「打つ選手」なんて、この場にほとんど存在しない。
それはきっと、四角のシード権を持った選手と藤代、それに紡金ちゃんくらいなんだと思う。
男子のコートではもっと激しく打ち合っていると言うのに、女子はひたすらにツッツキラリーの根気比べ。
卓球という競技に対する印象が、中学男子と女子であまりにも乖離していた。
市内大会がもし男女ごちゃ混ぜだったら、女子の生徒はみんな男子に負けてしまうかもしれない。
だけど、中学女子が練習をしていないかといえばそうじゃないんだ。
みんな、来る日も来る日もラリーの練習に明け暮れて、ミスをしないという技術を磨いている。
それはもちろん……私もだ。
練習をサボっている人には、きっとこの強さは手に入らない……!
藤代からフォア前に下回転。
私のツッツキに合わせて藤代もツッツキ。
ツッツキラリーの始まりだ。
判断を誤ったな藤代め。
ツッツキ勝負なら、いっぱい練習してる方が強いんだ。
<2−1>
<3−1>
<4−1>
<5−1>
<6−1>
全て藤代のミスで、連続して得点が私に降り注ぐ。
あと5点。あと5点取られたら試合に負けるという焦りが出てきたのか、藤代の表情は青ざめていた。
彼女はもう心が折れかけている。
卓球は精神状態がかなりプレーを左右してくる。
ちょっとした面のブレがミスに繋がるのだから当たりまえだ。
サーブを打とうとする藤代の手が震えていた。
少し、可哀想だという気持ちがよぎる。
その瞬間、後ろから観客の声が聞こえた。
「あそこの台、1年生が勝ちそうだね」
「あれっ、しかも同じ学校じゃん」
「ね、今年で最後なのに可哀想」
「絶対気まずいじゃん。私だったら負けちゃうなーあと2年あるし」
小さく芽生えた私の気持ちが膨らんでいくのを感じた。
後ろを振り向くと、そこにいたのは私の知らない女子生徒だった。
他校の生徒だ。
彼女たちは、分かっていない。
この先輩がどれだけ部活ないで横暴な態度を取っているのかを。
みんなの輪を乱しているのかを。
「いや、1年の方がよっぽど強いのかもしれないよ。それこそ小学校の頃からやってたとか」
「それはないんじゃない? 私ちょっと前から観てるけど、そんなに上手じゃないよ」
「じゃあ3年生が下手ってこと?」
「いやー3年生の方のミスばっかりだから、多分、調子が悪いんじゃない? スロースターターとかってよくあるじゃん」
「えー、なにそれ。なおさら、可哀想」
『可哀想』という言葉で私の心臓はどんどんと速くなっていく。
まずい。まずい。まずい……!
意識してしまったら、もう止められない。
私のやっていることは……3年生の最後の活躍の舞台を奪う酷いことだ。
藤代先輩と……対して変わらないじゃ
<6−2>
現実に戻される。
気づけば、藤代先輩のサーブは私の横をすり抜けていた。
ボールを……取りにいかなきゃ。
おぼつかない足取りで、青いフェンスに転がったボールを拾う。
次は私のサーブ権だ。
これまで通り、フォア前に下回転を出して……
「あっ……」
今日は一度もミスしていなかったのに、サーブはフォアロング。
それは……チャンスボールだった。
藤代先輩のフォアドライブがコート右側を走り抜ける。
<6−3>
「3年生の方、調子が上がってきたんじゃない?」
「ほら、やっぱりスロースターターだったんだって」
そう……かもしれない。
本当は、藤代先輩は今日不調で私なんかが勝てるような相手じゃないのかも……。
だって私は……「打てる選手」。
先輩より一歩劣る選手なんだから。
ロングに出してしまったのをどうにかして取り戻そうと、私は短めに出すのを意識してサーブを打つ。
意識すると、それはかえって短くなりすぎて、ネットを越えなかった。
<6−4>
初めてのサーブミス。
私は、呆然と立ち尽くしてしまった。
足下がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた。
浮遊感に苛まれ、私は左胸を鷲掴みにする。
音がしなかった。
知らない人から見たら、クラスの中心人物みたいなギャルの3年生と、教室の端っこで縮こまってる根暗で不細工な1年生が試合をして、礼儀を知らぬ1年生は3年生の不調に漬け込んで勝ちそうになっている。
こう見えてる。見えてるに決まってる。
藤代先輩のサーブ権。
彼女の顔を見ると、表情は一変。
自信に満ち溢れた良い表情だった。
あの顔が憎い。
でも、それでも……私には……先輩を倒すことなんてできなかった。
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