第10話 市内大会


 市で一番大きい体育館には卓球のユニフォームを身にまとった中学生たちが集まっていた。

 ついに、市大会が始まるのだ。


「ただいまより、〇〇市中学校卓球大会を開始します」


 拍手と共に、整列していた中学生たちが解散していく。

 学校ごとに整列していたことを考えると、どうやら長門中学の生徒が1番多いみたいだ。


 配布されたトーナメント表に目を通す。

 番号は136まで割り振られている。全体の人数は118人だから、その中の47人となると、大体3分の1以上は長門中の生徒ということになる。


「緋色ちゃんトーナメントどこだったー?」

「ええっと……私は……下から4番目みたい。114番だよ」

「第2シードのブロックだね。私は87番。第3シードのブロックだからお互い勝ち上がれば準決勝で会えるね」


 聞くに、トーナメント表は強い選手を中心にブロックが決まっているらしい。

 左上は第1シード、左下は第4シード、右上は第3シード、私は入ってる右下は第2シードのブロックということだ。

 確かに強い人同士が1回戦で当たったら可哀想だし、いい仕様かもしれない。


「準決勝って……私そんなに勝ち進めないよ……」

「何言ってるの緋色ちゃん。私の目から見て、緋色ちゃんはもう結構強くなってるから言ってるんだよ。市大会のレベルがどれくらいか知らないけど、長門中の中だったらもう3年生クラスにまではなってると思うし」

「え、ええ! そんなに強くなってたの私!?」

「緋色ちゃんは私の敵討ちをしてくれるんでしょ? それくらいは強くないと困るよ」

「そう……だった。あっ……そういえば、その相手はどこに……」


 トーナメント表から再び名前を探す。

 これで反対側のブロックに行ってたら私は決勝まで行かないとけなくなっちゃうんだけど、藤代紫の名前は……あった。

 この場所は……


「112番……私の二つ上だ」


 お互い1回戦を勝てば当たる位置に、彼女はいた。

 これは流石に、出来過ぎじゃないかな……


「おっ、予定通り二回戦で当たれるようになってるね。先生には感謝しないといけないなぁ」

「先生に感謝って……紡金ちゃん何かしたの……?」

「何かも何も、先生にすぐに対戦できるよう対戦表組んでもらっただけだよ。トーナメント表作ってるのは先生たちだから」

「そ、そうだったんだ」


 何も知らなかった!

 このトーナメント、先生たちが作ってるんだ。

 またしても、紡金ちゃんに助けられてしまった。

 確かに、藤代と戦う前に負けちゃったら元も子もないし……


 もしかして、紡金ちゃんが第3シードのブロックに入ってるのも、助言があったからかもしれない。

 たぶん紡金ちゃんはこの大会で優勝する。だから第1シードのいる方のブロックには入らなかった……これは流石に妄想が過ぎるかな?


「1回戦がそろそろ始まるよ。1回戦の準備を手伝いに行こう」


 倉庫に歩いて行く他の子たちと同じように、私たちも大会の準備に取り掛かった。


 *


 1回戦が始まって2時間経った頃。

 ついに、紡金ちゃんの1回戦が始まった。

 通路とコートを隔てる青色の仕切りの後ろに顔を半分出して様子をうかがった。

 彼女の試合をみて試合の流れを確認しておこう。


「(なるほど……最初にラリーをするのか)」


 試合はまだ始まっていないようだけど、紡金ちゃんとその対戦相手は軽いボールでラリーを始めていた。

 最初にちょっと練習してから試合ができるのはちょっといいかも。


 しかし、1球2球とラリーをする2人を見て、その意見はすぐに変わった。


「(あっ、あんまり良くないかも……試合前から戦意喪失する人もいるみたいだし……)」


 紡金ちゃんの対戦相手を見ると、既にその目からは光が消えていた。

 やっぱり、対戦相手も気付いているらしい。紡金ちゃんは尋常じゃないほどに強い。


「(ええっと……対戦相手は……3年生だ。3年生は今回の大会で負けたら引退なんだもんね……ご愁傷様です……)」


 ラリーを終えると、2人はジャンケンをしていた。

 たぶん、1セット目のサーブ権の順番を決めるためにしてるんだと思う。

 そして次に、ラケットの交換をしていた。


「(そうか、卓球のラバーの中には、特殊なラバーがあるって、紡金ちゃんは言ってた。それが最初に知れるのは良いことかも)」


 私は、自分のラケットをクルクルと回して見てみる。

 黒面は平らな裏ソフトラバーで、赤面は粒々が表に来てる表ソフトラバー。張替先輩とお揃いだ。

 私の使っている表ソフトラバーは裏ソフトラバーに比べたら、特殊なラバーなんだと思う。ラケット交換は私にとってはデメリットになってしまうのかも。


 そうこう考えているうちに1セット目が始まった。

 一本二本と、3球目攻撃が決まり、返しの相手のサーブは2球目で台上ドライブを決めて得点。

 早い段階ではあるが、試合の行く末は既に決まっているのだった。



 ***



「113番、井上優奈さん……114番、内原緋色さん試合ですので、4番コートに集合してください」


 紡金ちゃんの試合が終わった頃、会場にアナウンスが響いた。

 ついに私の晴れ舞台だ。


「ファイトだよ、緋色ちゃん」

「う、うん……頑張る……」

「大丈夫だって。絶対勝てるよ」


 背中を押されてコートに入る。

 初めて入るその場所は、会場内の湿った空気と異なり、どこかピリリとした緊張感に包まれているような気がした。


 同タイミングで、卓球台を囲んでいる青色の仕切りを跨ぐようにして対戦相手の井上さんがやってきた。

 相手は、他校の2年生。私より一つ学年が上だ。緊張する。

 私は屈伸し、深呼吸して、どうにか心を落ち着かせた。


「……お願いします…………!」


 卓球台を挟んで向かい合った対戦相手にお辞儀をする。

 井上さんは優しそうな人で、ニコリと返した。

 ……こんな優しい空間があるだなんて! うちの部活もこれくらい緩い雰囲気になってほしい……!


 ラリー練習を最初にするのがならわしであるのは、さっき確認済みだ。

 台上に置かれたピンポン球を手に取る。星3つの球だった。

 これがとってもお高いってことも、確認済みだ。どうしてこれ一個で300円もするのかな……遠足のおやつがこれ一個で収まっちゃうくらいだよ……


 気を取り直してラリーを始めた。軽く、ボールを相手に打つ。

 ポンポンとバウンドして、ボールは返ってくる。

 そして、私がそれをまた打って、相手が返す。

 そうこうしているうちに、私はあることに気づいた。


「(あれ? 球が……軽い?)」


 どういうわけか、私が打つ球は異常なほどに軽かった。

 4往復ラリーが続いたところで、相手がミスする。

 振り向くと、私の心の師匠が親指を立てて笑っていた。


 そうか。紡金ちゃんの球は回転がたくさんかかってたから重く感じていたんだ。

 今ラリーしてる井上先輩はあまり回転がかかってない。だから軽いんだ


「(行ける……私、行けるかもしれない……!)」


 1人、心の中でガッツポーズをする。

 結局この試合は、取ったセットは2-0で私のストレート勝利に終わるのであった。

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