第6話 練習禁止

 波乱の部内トーナメントが終わり、次の火曜日。

 火曜日は1週間で一番最初に部活がある日だ。

 中学生になってから、毎週火曜日はソワソワする。

 これまで運動に激しい抵抗があった私だけど、部活に入ってからはこうして毎週部活の時間が楽しみでならない。

 体育の時間も、毎時間卓球だったらいいのになって思ったりする。

 確か2学期の終わり11月ぐらいから卓球とバレーボールの選択授業があるとか体育の先生が言っていたし、その時が待ち遠しいなあ。


「緋色ちゃん、部活いこー」

「う、うん……」


 放課後になると紡金ちゃんがいつものように1年C組の教室の扉を開けて入ってきた。

 毎度毎度、紡金ちゃんがこっちのクラスに来てくれてるけど、D組はもしかして先生がちょっと大雑把な先生なのかもしれない。

 帰りの会が長引くうちのクラスは毎日先生の世間話が長いのだ。


「そうだ、同じクラスに卓球部2人いたよね。せっかくだからその子たちも誘って一緒に行こうか」

「えっと……岩間さんと石岡さんかな? 私、声かけてみる……!」

「大丈夫? 一人でいける? 怖くない?」

「紡金ちゃん……お母さんみたい。わ、私も……少しは頑張らないと……」


 私は立ち上がり、前の席を見る。

 部活の支度をしている岩間さんと石岡さんはこれから2人で部活に行くようだ。

 今週、私たちの列は掃除当番じゃないからとても自然な流れで誘えるはずだ。

『岩間さん、石岡さん、一緒に部活に行こう?』これを言うだけでいいんだ。

 頑張れ私! 頑張れる私!

 鼻息を荒くして一念発起した私は、ゆっくりと足音を消して2人に近づいた。


「あっ……岩間さん。えっとね……」

「う、内原さん…………ごめんっ!」

「えっ……あっ……行っちゃった」


 何故か岩間さんは私の顔を見るなり足早に教室を去ってしまった。

 石岡さんも同様だ。

 いつもはあんな態度取らないのに……と思ったけど、いつもだったら私から話しかけることなんてないのだから、むしろこっちの態度がおかしいのかな。

 これまで気づいていなかっただけで、実は私はもう嫌われてしまった!?

 小学校では人と関わりはしなかったけど、嫌われるようなことはなかった気がするのに!

 空気になることに徹していたから友達は出来なかったけど……もしかしたら、口を開けば私は友達になりたいような人間じゃない……ということなのだろうか……


 肩を落として気分を落ち込ませる私の肩を紡金ちゃんが叩く。


「緋色ちゃん、ダメだったね」

「う、うん…………私嫌われてるのかなぁ…………」

「そういうわけじゃないと思うよ。何か急いでそうだったし、タイミングが合わなかったんじゃない? 部活の時にまた話しかけてみようよ」


 笑顔で私を励ましてくれた。

 紡金ちゃんは本当に何もかも輝いている。

 私と違ってとても前向きな考えを持っている。

 私も紡金ちゃんみたいにプラス思考になれれば、友達ができるのかもなぁと思いながら、部活動に向かうのだった。


 *


 卓球場(小体育館)に入ると、空気がひりついているのが分かった。

 この空気を私は知っている。

 普段和やかな雰囲気で活動している先輩達の顔がどことなく引きつっているように見える。

 原因は明白だった。


 卓球場最奥の台で茶髪ピアスの不良が3人。

 藤代紫率いる、不良集団だ。

「ギャハハ」とか汚い笑い声をあげながら、制服姿でラケットを振っていた。


「(どうして……あの先輩は練習にこないはずじゃ……)」


 私がそう思った後、不意に藤代先輩から射抜くような視線を感じる。

 胸がドキッとして、締め付けられる。すごいプレッシャーだ。

 そして、次の瞬間分かった。この視線は私に向けられたものじゃない。

 これは……紡金ちゃんに対するものだ。


 土曜日に危惧していた事態が既に起きてしまったということだ。

 藤代先輩は何かしら紡金ちゃんに嫌がらせをしにきている……はずだ。


 全部で5台ある卓球台のうち、1台を占拠する藤代先輩達。

 これまで3年生で3台の卓球台を使っていたところ、藤代先輩らがやってきたことによってさらにもう一台。残る台は1台のみ。


 私は既に卓球場に来ている部長……牛久先輩を見る。

 牛久先輩は焦った様子で、新しい台の割り振りをホワイトボードに書いていた。


「(3年生は今年で最後の市大会だから、練習ができなくなるのはまずい。私の予想通りなら…………)」


 ホワイトボードに新しい台の割り振りが提示される。

 3年生……3台と半面、2年生……1台、1年生……半面!?


 私は思わず牛久先輩の顔を見る。

 これは私の予想外だ。3年生は自分の練習時間を削る必要はない。削っちゃいけないはずなんだ。

 それなのに……


「あの……牛久先輩……いいんですか?」


 私は弱々しく彼女に問いかける。先輩は瞳に強い光を宿して私の言葉に返してくれた。


「これでいいんだよ。こんな事態、部長になったその日からずっと考えていたから全く問題ないさ」

「でも……3年生は…………」

「それでも、練習できなくなった1年生が退部してしまう方がよっぽどまずいんだよ。私たちの代と同じ道は絶対歩んじゃダメなんだから」

「それって……」


 私はその言葉で全てを察した。

 3年生は今、藤代達を抜いて10名。

 そして長門中学校の各学年の生徒数は学年で差はほとんど無い。

 毎年同じくらいの人数が入ると仮定すると、3年生の10名というのは異様なことなのだ。

 考えられることは1つだ。

 藤代達は1年生のころ、今と同じように台を占拠していた。

 毎年の台の割り振りをすぐに変えるとは考えにくいから、三年生が引退するまで……つまり1学期の間、1年生に与えられる台は半面のみ。

 半面を占拠するには……藤代らの3人で十分事足りる。


 今の3年生の代は、1学期の間、ほとんど練習の出来なかったため何人かが辞めてしまい、それで今の人数ということだろう。


 2年、3年生を見ると、皆焦ってはいるが、そこまで悲観的な表情をしている人はいない。計画は先に伝えられていたようだ。


「練習に入るよ! みんな準備運動から!」


 牛久先輩の掛け声と共に、卓球場に集まった部員達はいつも通りの部活を始めた。


 *


 準備運動が終わると台打ちでの練習に入る。

 2年生と3年生は、不測の事態に備えていたこともあり、スムーズに練習台に入る。


 そんな中、1年生はソワソワとまごついている様子だった。

 互いに互いを牽制し合っている。明かにこれはおかしい。

 なぜなら……


「(1年生は普段の練習と変わらないはずなんだ。いつも通り、練習ができるように先輩達が配慮してくれてるはずなのに……手は既に打たれていた!)」


 一年生の視線がある場所に集まる。

 それをするのは、おまえたちが適任だと言わんばかりに責任の所在が彼女達に託されるのだ。

 10人かそこらの視線を浴び、意を決した私と同じクラスの岩間さんと石岡さんが、私たちのもとにやってくる。

 彼女達の事情は予想できる。だからどう答えるべきかも分かっていた。


「えっと……内原さん。常盤さんは経験者みたいだから……」

「うん。私は大丈夫だよ。台はみんなで使って」

「えっ……あれっ…………ありがとう……内原さん」


 相手が言葉に詰まっているせいか、私はいつものようにゴニョゴニョとすることなく、きちんと言葉を発することができた。

 予想外に早い回答が出て、岩間さんと石岡さんは困惑していたが、すぐに胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべていた。


 すぐに、私は踵を返して、紡金ちゃんの手を引きながら卓球場を後にする。卓球場から出ようとするその時、藤代先輩が憎たらしい笑みを浮かべているように感じた。


 事態が掴めない紡金ちゃんは、卓球場から一歩出たところで足を止める。


「ちょっと、緋色ちゃん! どうしたの急に。練習しなくていいの?」

「紡金ちゃん……他の一年生はみんな……多分藤代先輩から何か脅されたりしてる……と思うんだ」

「脅し……? どうして?」

「土曜日に……紡金ちゃんは先輩を…………えっと……ボコボコにしたよね? それの仕返しだと思う……」

「あー、そういうことね。全くセコい真似するなぁ。 少しの間練習妨害したところであの先輩じゃ私に勝てないのにね」


 今の部活のおかしな状況を把握したところで、紡金ちゃんはため息をついた。1年生だというのに3年生に呆れるというその行動がとても大人っぽく私の目には映った。


「だから……多分先輩達が引退するまで私たちは台での練習は……できないと思う」

「まあ、1学期の間だけならいいかな……緋色ちゃんもそれくらいのブランクならすぐに取り戻せると思うし……いやちょっと待って」


 話しながら、紡金ちゃんは悪い笑みを浮かべた。

 紡金ちゃんには何か手があるのだろうか。


「あはは、藤代先輩まさか私たちの練習時間が増えちゃうなんて予想してなかっただろうね」

「ど……どういうこと?」

「緋色ちゃん、今から私の家に行こうよ」


 満面の笑みで、紡金ちゃんは手を伸ばす。

 まだ部活の時間だというのに、先生に何もいうことなく、バレれば大問題だ。

 私だったら……こんな思い切ったことはできない。


 校門を抜け出し私たちは走った。

 スクールバックに制服姿で走る光景にどこかおかしさを感じて私は笑ってしまう。

 紡金ちゃんも、嫌がらせを受けたばかりだというのに、ニカっと清々しい笑顔を浮かべていた。

 そんな彼女に、私はどこか憧れに似た感情を抱いてしまうのであった。

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