7 どたばたはじめまして

お布団の中で何かがもぞもぞと動くような感じがする。

…それが一日の始まりに感じた最初の感覚だった。


昨晩も私は真夜中の散歩をして、やがて疲れて家へと帰ってきた。

何かその間に、不思議な事が、大切な出来事が起こったような気がする。

一体それは何だっただろうか?


寝ぼけた頭で、昨夜の出来事を思い出す。

そうだ、私は空から舞い降りてきた不思議な少女に出会って…


そこで再び、自分の布団の中にもぞりと何か慣れない感覚があることを確認する。

まるで小さな女の子がそこに丸まって寝ているような、すぴーすぴーと鼻息を立てているような具体的な感覚が。


「うたちゃ~ん、今日も朝がやって来たよ~。うたちゃんとお姉ちゃんだけの特別な朝だよ~。うふふ。可愛い寝顔さんだねぇ。思わずキッスでもしたくなっちゃうよ~~~」


頭の整理がイマイチつかないうちに、今朝もお姉ちゃんが私を起こしにやってくる。


なんとなくこれはまずい状況になったなぁと思いつつも、いまだ完全に覚醒しきっていないぼやけた意識が睡魔とともに私の思考を妨げる。


「あれれ?うたちゃん、まだ起きないのかな~?そんな可愛い眠り姫さんには目覚めのキッスが必要だよね?はぁはぁ、お姉ちゃんもう辛抱堪らんわい」


そう言うとお姉ちゃんは私の被っている布団を勢いよく引き剥がす。


しかし、そこには。


「え?ええええええ~~~~~~?なんで?うたちゃんのベッドの中に見知らぬ幼女がぁぁぁぁぁぁ!?」


私の腕の中に抱かれるように、コメットちゃんが一緒に丸まって寝こけていた。


「ちょ、ちょっとどういうこと?これは何?うたちゃんのベッドにどうしてこんな美幼女が?まさかうたちゃん…ロリコンだったのかぁぁぁ!?」


お姉ちゃんは気が動転したのか、私のベッドの脇で狂ったように身体を捩らせ雄叫びをあげていた。


「うぅぅぅん、うるさいのです」


コメットちゃんはお姉ちゃんの咆哮を鬱陶しそうに寝返りを打つと、再び私の腕の中でぐーすかと寝息を立てる。


「ああああああ泥棒猫ぉぉぉおおお!私のうたちゃんの腕の中で何しとるかあああぁぁぁ!」


尚もお姉ちゃんは奇声を上げながら転げ回っている。


そろそろきちんと状況を話さないとどえらいことになりそうだ。


「お姉ちゃんおはよう。この子はコメットちゃんって言って、昨日知り合ったの」


「昨日知り合ったばかりの幼女を、連れ込んで?その上ベッドの中でメイクラブ♡してたの?うたちゃんが私に興味なかったのは、ロリコンだったからなのかぁぁぁぁぁぁ!」


「ええと、そのね、メイクラブとかそんないかがわしいことはしてないし、同じベッドで寝ていたのも特別何か意図があった訳じゃないの。お布団がなかったから仕方なくってことだし」


「何もしてなくても、一緒に寝てるだけで大罪人じゃあああ!お姉ちゃんだってしばらくうたちゃんと一緒に寝てないのにいいいああああああ!」


どうにもお姉ちゃんは気が動転していて話が出来るような状態じゃないらしい。

一体どうしたものか…。


「私も、一緒に寝る!うたちゃんのベッドで組んずほぐれつ上になったり下になったりするんじゃい!」


そう言うとお姉ちゃんは血走った目をしながら私のベッドへとダイブしてくる。


お姉ちゃんは無理矢理に私とコメットちゃんの間に割り込むと、私の胸元に顔を埋めながら、


「この薄い胸板はお姉ちゃんだけのもの!誰にも渡さないんだから!…すぅ、はぁ、とっても良い匂い。うたちゃんの貧乳スメル極楽なりぃ」


だとか、完全に気が狂ってしまったように深呼吸を繰り返していた。


「ちょっとお姉ちゃん、やめて!私の胸に頬摺りしないで!あと貧乳とか言われると地味に傷付くから!」


「いいのよ!うたちゃんが貧乳な変わりにお姉ちゃんはちゃんとおっぱい成長したからね!ほら、お姉ちゃんのおっぱい独り占めしていいんだからぁ!」


お姉ちゃんは私の頭を強引に鷲掴むとむぎゅむぎゅと自分の胸の中に押しつける。


「ちょっと、お姉ちゃん!苦しい!息できなくなるもがぁ」


「ほらほら、堪能して!お姉ちゃんのおっぱい柔らかいでしょ?なんなら生で味わわせてあげてもいいのよぉ!」


「それはだめぇ!十八禁になる!十八禁になっちゃうから!」


「いいじゃない!むしろ十八禁になることこそがお姉ちゃんとうたちゃんのデスティニーよ!」


「そんな運命存在しないからぁぁぁ!」


私の半ば慟哭にも近い悲鳴が部屋中に響き渡る。

私の純潔は、このままお姉ちゃんに散らされてしまうのだろうか?


そんな時、舞台に救世主が現れる。


「ちょっと、詩葉?みか姉?随分遅いから勝手にお邪魔するわよ」


それは今日もツインテールを揺らしながらちょっと不機嫌そうな表情をしている少女。


「玄関開いてたから勝手に入って来ちゃったけど。そろそろ急がないと本格的に遅刻するわよ……え?……な、何なのこれは?」


彼女、有栖ちゃんは、私の部屋の扉を開けるなり、ベッドの上の惨状を目の当たりにすると赤面し固まってしまった。


「有栖ちゃん!助けて!お姉ちゃんが私を犯そうとするの!」


「もうお姉ちゃんは誰にも止められないわよ!このまま既成事実を作って結婚ルートまっしぐらよ!」


「いやぁぁぁぁぁぁ!」


有栖ちゃんは、私たちを無言でしばし見つめた後、ゆっくりと、何も見なかったように扉を閉める。


「お願い有栖ちゃんんんんんんん!カムバアァァァァァァック!」


このままだと本格的に私の貞操が実姉によって散らされてしまう!


私たちのドタバタ劇をよそに、コメットちゃんはベッドの端で小さく丸まってぐうすかと寝息を立てていた。

大分神経の図太い女の子なのだなぁ。



「それで、朝から何なのこの状況は?全く理解が及ばないんだけど」


ひとまずお姉ちゃんの狂気が落ち着くと、私たちはリビングの食卓に着いていた。


「ええっと、そのね。話すと長くなるんだけど、いいかな」


私は、お膝の上に眠たげなコメットちゃんを抱えながら、有栖ちゃんとお姉ちゃんに事情を説明する。


昨夜あった出来事のこと。

平行世界のことだとか、世界の危機について順を追って話していく。


「その、つまりこの子、コメットちゃんだっけ?が昨日の夜に空から降ってきたと。そして彼女は世界の危機を救うために何とかして異変を見つけ出して解決したいっていうことね?」


「大体そういうことなのです」


コメットちゃんは有栖ちゃんの言にこくりこくりと頷く。


掻い摘まんで話したのだけれど、有栖ちゃんは持ち前の理解力で状況をまとめてくれた。


「ふんふんなるほどね。それで詩葉がコメットちゃんのことを放っておけずに拾って来ちゃったと。子猫よろしくにね」


「まあ、大体そういう感じだね」


「そういう感じだね、じゃないわよ!全っ然わけわかんない!世界の危機とか何とか本気で信じちゃってるわけ?バッカみたい!」


やっぱり有栖ちゃん、全然信じてくれてないや。


「まあ、これが普通の反応でしょうね。乗り気で協力してくれる詩葉のような人の方がちょっとおかしいのです」


「ちょっとおかしいとかいわないでよ」


おかしいのは自分でも重々承知だけど。


確かに、平行世界だの、世界の危機だの言われたって、有栖ちゃんのように信じられないのがまずまず普通の反応であるだろう。


「さっきから黙ってるけど、みか姉はどう思う?やっぱり信じられないわよね?」


有栖ちゃんは、さっきからずっと黙っているお姉ちゃんへと話を振る。

きっとお姉ちゃんからも反対意見を聞きたいのだろう。


「うん、私はね…」


お姉ちゃんは私の膝の上に乗るコメットちゃんをしばらく見つめた後、


「ちょっと信じてみたいって思うかも。平行世界とかの話ね。そりゃあ、世界の危機だというのはどうにも信じがたい話だけど」


有栖ちゃんはお姉ちゃんの発言にとても驚いたような顔をしている。


私も正直、お姉ちゃんがこんなに簡単にコメットちゃんの話を信じてくれるとは思っていなかったので内心かなり驚いている。


「平行世界があるっていうのは、なんというか私たち姉妹にとって、いいえ、私にとって凄く救われることだと思うの。だって、何処かの世界では私たち姉妹が、うたちゃんが、お父さんやお母さんと変わらず幸せに生きてる未来もあるかもしれないってことでしょ?」


今朝の狂った様子とは全く別人のようなことを、お姉ちゃんは言う。

きっと本来、こういった性格がお姉ちゃんの素の部分なのだ。


「私はね、うたちゃんが何の悲しみも抱かずに暮らせる世界があるんだとしたら、それが一番いいんだと思うの。だから、もし別の世界でうたちゃんが幸せに生きていられるならどんなに素敵なことかって思うわ。…そんな風に思うのは私のエゴで傲慢なことかもしれないけれど」


お姉ちゃんは至極真剣な瞳で話を続ける。


「勿論、この世界のうたちゃんは私が何としてでも幸せにするけどね。絶対にうたちゃんを悲しませたりしないんだから」


「おねえちゃん…」


私は思わずお姉ちゃんの言葉にうるっときてしまう。

普段からずっとこんな風にいてくれたら、お姉ちゃんは私にとって最高のお姉ちゃんなのにな、なんて思わないこともないが、変態なところを加味しても余りあるほど、私はお姉ちゃんのことが大好きだと改めて思わされる。


「それでまあ、コメットちゃんのことだけれど。うたちゃんが信じて、助けてあげたいって思ったのならば、私もコメットちゃんの味方だわ。今朝はちょっとびっくりしてお茶目しちゃったけど、これからコメットちゃんも私たちの家族よ」


今朝のアレはお茶目くらいじゃ済まないもののような気がしたけれど、お姉ちゃんがコメットちゃんのことをすんなり受け入れてくれたことをとても嬉しく思う。

私の大好きなお姉ちゃんだもんね、困ってる子のことを放っておけるわけはないのだ。


「ありがとうございますなのです、美歌子。詩葉たち姉妹は本当にお人好しなのですね」


コメットちゃんはとても嬉しそうに頬を赤らめている。

小さなぷにぷにほっぺがとても可愛い。

そんなコメットちゃんの頭を思わず撫でてしまう私。


「ちょっとうたちゃん!コメットちゃんばかりずるいわ!私のことも撫でてよ!」


「はいはい、しょうがないな~」


私は空いている方の手で近づいて来たお姉ちゃんの頭も撫でてあげる。


左手にコメットちゃん、右手にお姉ちゃんと、撫で撫で天国である。


「ほんと、この姉妹はしょうがないわね…」


私たちの様子を見て、有栖ちゃんは呆れたように笑っている。


「何か、コメットちゃんが観測者だか調停者だっていう証拠はないの?それを見せてくれたら、私の意見も変わるかもしれないわ」


「そうですね…」


しばしコメットちゃんは思案し、


「こんなのはどうでしょう」


その場でくるりと一回転してみせるコメットちゃん。

すると彼女は光に包まれ、瞬く間に私たちの学校の同じ制服を見に纏った。


「着ている服を改変してみたのです。これならば信じて貰えますか?」


私たちは目の前で起こったことに思わず目を丸くしてしまう。

早着替えなんていうレベルじゃない。

まるで女児向けアニメの魔法少女みたいだ。


「な、なるほどね。確かに今のは普通の人間じゃできないわね」


瞳をぱちくりさせて有栖ちゃんは続ける。


「全然話についていけないし、全部信じられる訳もないけど、二人がコメットちゃんを助けたいって思うのなら協力しないわけにはいかないじゃない」


ツンツンしつつも、どうやら有栖ちゃんも協力してくれる気になったようだ。

何だかんだ状況に流されちゃって最後には手助けしてくれる、そんな有栖ちゃんのことがとても愛おしい。


やっぱり私の周りにいてくれる人たちは、とびっきりに優しくて、甘くて、最高にお人好ししな人しかいないようだ。


「それで、私たちは具体的にどんなことをすればいいの?」


「有栖ちゃん、結構乗り気だね。私はそんな幼馴染みを持てて嬉しいよ」


「うるさいわね!乗りかかった船なんだからもうこうなったら開き直ってぐいぐい行くしかないじゃない」


やっぱりツンデレでツインテールを振り回す有栖ちゃんがすごく可愛い。


「具体的にすぐ何かをして欲しい、という訳ではないのですが、身の回りで起こった変化や不思議な事についてちょっと調べて見て欲しいのです。それらが何かの手がかりになっているかもしれないので」


「なるほどね。そういった小さな綻びを見つけて、片っ端からどんどん解決していけばいいっていうことね」


「はい。そういうことになります。ただ、どんな小さな異変だったとしてもそこからどんな危険な状態に巻き込まれるかはわかりません。何か変わったことを見つけ次第、逐一私に報告して欲しいのです」


「わかったわ。それじゃあまずは手始めに学校の同級生たちに聞き込みをするところからかしらね」


有栖ちゃんは何だかとても楽しそうにしている。

何だかんだ彼女も、こういった非日常の出来事にわくわくしているんだろうなぁ。

私と一緒で有栖ちゃんも結構単純なところあるしね。


「本当に、ありがとうございますなのです。まさかこんな風に協力して貰えるとは思ってもいなかったのです」


「なんだか、テンション上がって来ちゃったね。それじゃあ早速、学校に行って捜査を始めようか!」


「あのね、お姉ちゃん薄々気付いてはいたんだけど…」


お姉ちゃんは壁に掛かっている時計を指さし、


「もうとっくに登校時間過ぎちゃってるのよね」


既に時刻は十時三十分。


遅刻も遅刻。

大遅刻だった。


そりゃまあ、こんだけ悠長に話してたら仕方ないよね、とほほのほ。

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