第9話祝福と真紅の目(前編)

 園美が帰った後、九尾の許に妖怪達が戻ってきた。

「九尾さん、やってきた人間とどんな話をしていたのですか?」

「ああ、金に困っていたから隣の山にある、翡翠が採れる洞窟の事を教えたんだ。」

「えっ!隣の山が危険だというのを、伝えなかったのですか?」

 黒羽が九尾に質問した。

「もちろん伝えた、でもそいつは覚悟を決めていたから止められなかった。」

「そうですか・・・、しかしあの場所は我々でも近寄りがたい所です。」

「狼、怖いよお・・・。」

 座敷童が泣きじゃくりだした。狼というのは地縛霊の事である、今から数十年前、この辺りの山にもあのニホンオオカミが住んでいた。ところがこのニホンオオカミが人里に降りては家畜を殺したり人に噛みついて病気を感染させていたため、何十人かの人里の住む志願者達が狼狩りを行った。この狼狩りで殺されたニホンオオカミは五十頭程、そのニホンオオカミ全てが殺された恨みにより地縛霊と化した。その目の色は真紅で、常に怒り狂っている。ニホンオオカミが絶滅した後、登山者や山菜狩りをしていた人がこの狼の地縛霊に襲われ命を落とす、という事件が多発した。事件は全て事故と処理されたが、今でもニホンオオカミの地縛霊の事は言い伝えられており、あの山に近寄る人はほとんどいなくなった。

「そう泣くな、もしもの時は私が守る。」

「ありがとう、九尾様。」

「今、おやつを用意する。」

 九尾はその後、妖怪達とおやつを食べながら過ごしていた。そして午後五時を過ぎた頃、コノハが帰ってきた。

「コノハちゃん、遊ぼ!」

 座敷童が笑顔で、コノハに駆け寄った。

「・・ごめんね、そういう気分じゃないの・・。」

 コノハはうつむきながら、自分の部屋に向かった。明らかに何かがおかしいと察した九尾は、コノハに話しかけた。

「コノハ・・・・。なるほど、そういうことか・・。」

 コノハの心を読んだ九尾はコノハに言おうとしたが、コノハは九尾を手で制した。

「わかってる、あなたに隠し事はできない。だから、私の口から言わせて。」

「いいよ。」

「今日の帰りに・・・園美と会ったの。」

 コノハは口から絞り出すように言った。

「ほう、それで?」

「園美は私の事なんか、もう九尾の妻としか見てなかった。園美と一緒にいたのは、おそらく義理の妹。九尾によろしくね、と言っていたわ。今頃は勝次と仲良く、過ごしているだろうよ。」

 黒髪の美少女には似合わないような言い方で言った。

「そうか、コノハを捨てた親だからコノハがそう思うのも無理はない。でもな、園美も園美で大変なことになっていたようだ。」

「そうなの!」

 九尾はコノハに園美の事を話した。

「そうか、園美も捨てられたんだ・・。」

 コノハは「ざまあみろ!」と笑う事も、「大丈夫かな・・・。」と心配するようなことはなかった。

「それで園美は儲け話を探していたようだ、だから隣の山の洞窟の事を教えた。」

「もしかして、あの近寄ってはいけない場所があるという山?」

「そうだ、もしかして狼の地縛霊の事もしっているのか?」

「えっ!なにそれ、教えて!」

「そこまでは知らないか・・・、昔この辺りで里に住む人間が大勢で狼狩りした。その時に殺された狼が、殺された恨みで地縛霊になったそうだ。」

「そうなんだ、そういえばたまに隣の山から遠吠えのような音が聞こえると、彩からきいたなあ。」

「だからコノハも、あの山に近づいてはいけない。運悪く、迷いこんだら最後だからな。」

「わかったよ、後明日の誕生日楽しみにしてるよ。」

 コノハは笑顔でそう言い残すと、自分の部屋に入っていった。

「もう誕生日の事を知っていたとは・・・、女というのは面白くて少し怖いものだ。」

 九尾はコノハが大人っぽくなったのを、しみじみ感じた。

 そしてついに、コノハの誕生日当日を迎えた。コノハが起きてくるやいなや、

「誕生日、おめでとう!」

 と妖怪達が祝福してくれた。そして今日は外でお昼を食べようということで、遠足に行くことになった。場所は隣の山の中腹の開けた場所、九尾からは「赤い立て札の先には、行かないこと!」と、妖怪達とコノハにきつく注意した。コノハはお気に入りの服を着て、遠足に出かけた。九尾の家から目的地までは三十分程かかった。

「うわあ、綺麗!」

「ここは周りを桜や紅葉の木が囲んでいる、だから春と秋には絶景を見ることができる。」

 早速、中央地点にシートを敷いて、お弁当とジュースを用意した。そして九尾が指揮を執った。

「それではただ今より、煉狐コノハの誕生日を祝して乾杯を執り行います。皆さん、準備はいいですか?」

 妖怪達はジュースの入った紙こっぶを持ったまま、構えた。

「では、乾杯!」

 九尾の大きな声に続き、妖怪達が「乾杯っーー!」と続いた。コノハは嬉しくなって、泣きそうになった。

「どうした、コノハ?涙なんか、流さなくてもいいのに。」

「でも、嬉しくて・・・。たまらないの。」

 そんなコノハを九尾は抱きしめ、妖怪達が祝いの歓声を上げた。コノハはみんなと食べる食事がなにより好きだ、孤食の寂しさを感じ続けてきたからこそコノハは日常を楽しめるのだ。

「私、ずっとここで生きていたい・・。もう一人は嫌。」

「コノハ、そなたがそう望むなら私だけになっても傍にいてあげよう。」

 コノハはきつね色の毛の温かみを、全身に感じていた。

「ねえねえ、かくれんぼしようよ!」

 座敷童がコノハに言った。

「うん、みんなで遊ぼう!」

 コノハと座敷童に、他の妖怪達が続いた。ジャンケンで座敷童が鬼になり、かくれんぼが始まった。コノハは見つからまいと、とにかく走って遠くに向かった。

「はあ、はあ。ここまでくれば大丈夫。」

 コノハは木の陰に身を置いた、しかし何故か辺りがやけに不気味だ。

「何、この胸騒ぎは・・。」

 実は狼の地縛霊がでるスポットに迷い込んだとも知らないコノハは、一人身を震わせた。


 


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