第7話九尾の秘密と呪詛(後編)

 家に帰ったコノハは、食事中九尾に前妻の事について尋ねた。

「九尾さん、前妻はどんな方だったんですか?」

 すると九尾は驚きのあまりむせた。

「おい、コノハ!前妻の事、誰から聞いたんだ。」

「彩の婆ちゃんの冨美さんから。」

「妹さんか・・・、まだ生きていたとはなあ・・・。」

 九尾は箸を置くと、前妻の事を語りだした。

「前妻の名は小百合さんといって、それは美人だった。生け花が趣味で、一緒にいた頃は小百合さんのほしい花を探していたっけ。」

「あっ、コノハちゃんこれ見て。」

 座敷童が部屋に飾られていた、一枚の似顔絵を持ってきた。その似顔絵の人は、美しくもあり優しい笑顔を浮かべていた。

「この似顔絵はね、九尾さんが書いた小百合さんの絵なんだ。」

「うわあ!すごく綺麗、上手だね。」

 九尾は恥ずかしさと照れで、顔が真っ赤になった。

「小百合さんは私と初めて会った時とても驚いたけど、私の優しさと忠誠心に惹かれて私と付き合ってくれたんだ。毎日夕方の僅かな時間だったけど、話をしている時は本当に楽しかった。小百合さんが出かけている時は、人に化けて一緒に散歩を楽しんだ。そして私は、一緒にいるだけで楽しい気持ちになれる、小百合さんが欲しくなった。」

「だから許嫁を殺してでも、手に入れたかったんだ。」

 コノハの一言で、九尾の顔から赤色が消えた。

「そのことも冨美さんから聞いたのか・・・。」

「うん。でも、結婚のためにそこまでしていいのかな?」

 コノハの問いに九尾は沈黙し、席を立って縁側に向かい空を見上げた。

「小百合、私は君が好きだった。だから私は小百合に尽くし、小百合が手に入るなら鬼にもなった。でも今思えば、小百合の事を潔く諦め見守っていれば・・・、もっと小百合の人生が楽しいものになったかもしれない。」

 九尾は今は亡き小百合の事を考え、無心になっていた。

「九尾さん、どうしたの?」

 コノハの呼び声で、九尾は我に返った。

「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。」

 九尾は再び、食卓に戻った。


 それから三日後、コノハは妖怪達と一緒に山で遊んでいた。

「うわあ、おおきなどんぐり!」

「こっちには美味そうな、キノコがあるぞ!」

 座敷童やあまめはぎが山の小さな宝を見つける中、コノハは松ぼっくりを集めていた。するとふらふらしていて今にも倒れそうな、子ぎつねを見つけた。

「あの子ぎつね、何も食べていないのかな?」

 すると子ぎつねは、コトンと横に倒れた。

「大丈夫!」

 コノハは子ぎつねを抱くと、妖怪達の所へ戻ってきた。

「みんな、ちょっと手伝って!」

「コノハちゃん、どうしたの?そんなに慌てて。」

「この子ぎつね、すごく弱っているの。何か食べさせないと。」

「だったら、この柿を食べさせて。」

 あまめはぎが柿を一個コノハに渡した、コノハから柿を受け取った子ぎつねはすぐにかぶりついた。

「他にも何か食べられそうなものはない?」

「ごめん、さっきの柿しかなかった。」

「じゃあ私、先家に戻っているね。」

 コノハは松ぼっくりを入れた籠を右手に持ち、左手で子ぎつねを抱えながら家路を急いだ。家に着くと丁度、九尾が庭の洞窟の温泉から出てきたところだった。

「コノハ、一体どうし・・・!」

 九尾はコノハが抱えている子ぎつねを見て唖然とした、実はこの子ぎつねこそ九尾が呪った北野正子だったのだ。

「九尾さん、丁度良かった。何かこの子ぎつねに食べさせてもいいい?」

「えっ・・、ああいいよ。私が何か持ってくる。」

 九尾はそういうと台所へ行って、コノハが先週買ってきた牛乳を皿に注ぎ、鶏むね肉をもう一つ皿にのせた。その間九尾は落ち着けなかった。

「さてどうやってあの子狐を外へ出すか・・・、いっそのこと殺すか?」

 九尾は悪人が思案するかのような顔で、牛乳と鶏むね肉を持ってきた。

「ほら、食べな・・。」

 本当は餓死させるつもりだったのに・・・、と九尾は内心思った。子ぎつねは牛乳をペロペロ舐めとり、鶏むね肉をほおばった。

「すごい食べっぷり、何日も食べてなかったのかな?」

「そうだろうね・・・。コノハ、子ぎつねが食べ終えたら外へ放すんだぞ。」

 すると子ぎつねはコノハに懐いてきた、コノハは子ぎつねを抱き顔を撫でる。

「この子ぎつね、可愛い・・・。」

 コノハは子ぎつねのつぶらで何かを訴えている様な、瞳の虜になった。そして子ぎつねを抱えると、九尾の所に来てこう言った。

「九尾さん、この子ぎつねを飼いたいです。お願いします!」

 九尾は口を大きく開いて驚いた。

「それはだめだ!子ぎつねを自然に返すんだ、ここは子ぎつねが暮らすべき場所では無い。」

 九尾はあくまでも子ぎつねの正体が北野だとコノハに知れたくはなかった、しかしコノハは言う。

「餌も世話も私が全てやります、そして大きくなったら必ず自然に返します!」

 コノハの強い意志に九尾は負け、「大人になるまでだぞ・・。」と言って子ぎつねを飼うことを許した。九尾は『もはや子ぎつねをこの手で殺すしかない』、と決意した。それから一時間後、この時コノハは自分の部屋で過ごしているため、子ぎつねをやるなら今しかない。何かあった時のために、黒羽もついている。

「まさかあの子ぎつねにされた人間が、女将さんの所に来てしまうとは・・。」

「本当に想定外だ、だがあの人間だけは許せん。」

「九尾様、あの子ぎつねを消したら女将さんにはなんと言いましょう?」

「私が怒り余って殺したという事にする、私の体面は悪くなるがあのいじめっ子は消える。」

 そういうと九尾は子ぎつねの居る部屋へと入った、後から黒羽が続く。

「お前・・、悪運の強い奴だな・・。」

 九尾が低い声で言うと、子ぎつねは身を縮めた。

「あなたは・・・、まさかコノハの旦那の・・・。」

「そのまさかだ、今まで私の嫁をいたぶってくれたな・・。」

 九尾の冷徹な目には、怒りの炎がともっている。

「私は・・・、殴ったりなんかしてないもん!」

「黙れ!酷い悪口も拳同然だ。貴様、妖怪と一緒にいる者がそんなにおかしいというのか!」

 北野の威張りも、九尾の前には通じない。

「おかしいよ!普通じゃないし・・・。」

「じゃあ、普通というのは何んだというのか?貴様は答えられるのか・・・?」

 北野は何も言い返せない。

「黒羽、やるんだ!」

「はい、わかった!」

 黒羽は神通力で、子ぎつねを宙に浮かせた。

「何これ!私どうなるの?・・・・。」

「心配はない、貴様を煉獄の底に落とすだけだ。」

 子ぎつねは苦しみながら涙を浮かべている。

「ごめんなさい、もうコノハをいじめません!」

「問答無用だ。」

 九尾が妖力で作った火球を、子ぎつねにぶつけようとした瞬間・・・!

「もうやめて!」

 と勢いよく襖があいてコノハが現れた。

「コノハ・・・!」

「九尾さん、子ぎつねを離して!」

「黒羽、戻せ。」

「えっ!・・・あっはい。」

 コノハに気づいた黒羽は、神通力から子ぎつねを解放した。

「どうして殺そうとしたの?答えて!」

 怒るコノハの顔に、九尾は「もうごまかせない」と悟った。

「九尾さん、もう言いましょう。」

「そうだな・・。」

 九尾は観念し胡坐をかいた。

「正直に言うとそれは子ぎつねじゃない、人間だ。」

「嘘!ホントなの?」

「今、声を聞かせてやる。」

 九尾は子ぎつねの呪いの力を弱めた、姿はそのままだが人との会話はできる。

「コノハちゃん・・・・?」

「北野さん!?どういうこと?」

「コノハがそいつにいじめられていると知って、数日前の夕刻に呪いをかけた。本当は餓死させるつもりだったが、コノハが連れてくるとは思わなかった・・・。」  

 白状する九尾に、コノハは涙を流しながら言った。

「九尾さん・・・、私のために・・・・、でもこんなことはしてほしくなかった!だって九尾さんは、優しい狐なんだから・・・。小百合さんも天国で泣いてる・・。」

 九尾はコノハの泣き顔を見て、初めて自分のしたことに後悔した。

「私の事をそう思っていたのか・・、すまないことをしたな。」

「そう思っているなら・・、北野をもとに戻して・・お願い。」

「わかった、言う通りにする。」

「ありがとう、コノハ!」

 子ぎつねの北野は、精いっぱいの感謝を込めてお礼を言った。

「気にしないでよ、みんな北野のこと心配しているんだから。」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」

 子ぎつねの北野は、ただコノハへの謝罪を繰り返すだけだった。

 その後北野は呪いが解け、元の少女に戻ることができた。その日の夜に家に戻り、翌日から登校した。先生も生徒も北野の家族も北野の生還に喜んだが、北野がどうなっていたかはコノハと九尾と北野しか知らない。その後北野がいじめをすることは、二度となかった。

 




 

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