第5話九尾の秘密と呪詛(前編)

 それから二日後、コノハは黒羽に毎日学校まで送ってもらうようになった。

「では後刻、また迎えに参ります。」

「あの・・、帰りは一人で大丈夫です。登校の時だけで結構です。」

「わかりました、九尾様に伝えておきます。」

 黒羽は飛び去って行った、そしてコノハは教室に入り席に座ったが、そのコノハを軽蔑な目で見る少女が現れた。

「コノハさん、あなた妖怪の妻になったそうね。」

「・・・ええ、そうよ。」

「うわあ!ここに女狐が居ますわ、気持ち悪い!」

 コノハはこの少女が何を言っているのか解らず、ポカンとしていた。そして一時間目の放課、彩がコノハに話した。

「コノハちゃん、ごめんなさい。女帝にコノハの事を話してしまった・・。」

 彩が「女帝」と呼ぶ少女の本名は北野正子、才色兼備だが態度が傲慢でメンタルが強く、いつも同級生に威張り散らしている。そのことから「女帝」や「悪女」と陰で言われている。

「いいよ、そんなこと。」

「でも、他のみんなに内緒にねと言っていたら、偶然女帝の耳に入ってしまったの。」

「そうなんだ、でも私は九尾の嫁になってよかったよ。優しくて趣きのある所が好きなんだ。」

 彩はコノハが大和撫子に見えた、コノハはこの時まさか北野からいじめられる事を予期していなかったが、後日その通りになった。

 その内容を上げると、北野とその取り巻きらにしつこくからかわれる。コノハの事を女狐と称して、黒板に嫌らしい事を書く。挙句の果てには九尾が「ごんぎつね」のクライマックスシーンのように、鉄砲で殺される絵を書いてそれをコノハの机の中に入れる、と陰湿で非道なものばかりだ。コノハもしだいに暗い顔をするようになり、放課後人気の無い所で泣くようになってしまった。

 そしてある日、コノハが下校していると運悪く北野らに取り囲まれてしまった。

「コノハさん、あんた本当は妖術が使えるんじゃないの?」

「うわっ、気持ち悪!もしかしてカンニングとかしてたりして。」

「卑怯だ!卑怯だ!」

 からかわれていることに、コノハは限界だった・・・とその時、突然五羽のカラスが飛んできて北野らの頭と肩をつつきだした。

「何なの、これ!」

 北野らは逃げていった、コノハがポカンとしていると目の前に、黒羽がいた。

「女将さん、大丈夫でしたか?」

「うん、あのカラスあなたの?」

「はい、部下のようなものです。それより今日は私と参りましょう。」

 コノハは頷き、その日は黒羽と一緒に帰った。家に着くと、九尾が出迎えた。九尾はコノハが暗い顔をしているのを見逃さなかった。

「コノハ、お帰り。ちょっと私の顔を見てくれ。」

「えっ、・・・はい。」

 九尾はコノハの顔を、十秒程見つめると「私の部屋に来てくれ。」と言った。コノハは九尾の言う通りにした。コノハが畳に座ると九尾が言った。

「単刀直入に言う、誰かにいじめられていないか?」

 コノハは驚きつつも、うんと頷いた。九尾はきっと、人間の心理に長けていると思い、素直に告白することにした。

「いじめているのは誰だ。」

「北野正子、クラスじゃ偉そうでリーダー的な存在よ。」

「なるほど、すると他の連中は見て見ぬふりという訳だな。」

「うん、だからどうしようもなくて・・。」

 悲しそうに言うコノハを見た九尾は、コノハを解放すると書斎に行って紙と筆で、一筆書いた。


  北野正子殿

 私はコノハの将来の夫になる九尾だ。貴方がコノハを面白おかしくいじめている事は、承知している。今に畜生の呪いを受けるだろう、この文章を読んだらいじめを止めなさい。これは冗談ではなく忠告です。

                                  九尾

 九尾は簡素に書き終えるとコノハの部屋に行って、明日北野に渡すようコノハに指示をした。コノハは九尾が何か企んではないかと落ち着けなかった。

 その翌日、コノハが教室に入り席に座ると、北野らが絡んできた。

「コノハさん、今日も怪しい匂いがしますわ。」

 仲間たちと自分を馬鹿にする北野、信じてもらえるかは分からないが渡すしかない。コノハは北野の方を向くと、九尾からの書状を渡した。

「何これ?」

「ありえないだろうけど・・・、九尾からの手紙のようなもの・・。」

 北野はコノハから奪い取るように書状を取った、そしてじっと見た後、突然怒りだして、手紙をごみ箱に捨てた。

「存在しない九尾の後ろ盾を使って、守ってもらおうなんて・・・やっぱりあんたは変質者よ、二度とこの学校に来るな!この女狐!」

「おい、やめろ!」

 一人の少年が怒鳴った。彼の名は菱田武、クラスの中で一番スポーツが得意である。

「菱田君・・。」

 北野は舌打ちすると、仲間を連れて行ってしまった。

「コノハ、大丈夫か?」

「うん、ありがとう。」

「あいつら、ほんとにひでえよな。」

 菱田はぼやくように言った。しかし一連の流れを見えないところで見ていた二人がいた、九尾と黒羽である。

「あやつめ・・・、どうやらお灸をすえてやる必要があるな。」

「九尾様、あの少女を呪うのですか?」

「ああ、無論だ。」

「もしかしたら百年前みたいなことになると思います、私としては止めていただきたい・・。」

「黒羽!・・、あの時の話はもうするなと言ったはずだ。」

「申し訳ありません!」

「まあいい、それでは今日の夕刻にでも始めるか。」

 そういうと九尾と黒羽は去って行った。

 そして夕刻の午後四時、下校する北野に九尾が狙いを定めた。そして呪文を唱えだした。

「こんこん、こんこん、こーんこーん 九尾の下に従士せよ。」

 妖の呪いが北野に伝わった、しかしこの時の北野は「変な声がする・・・。」という程度にしか感じなかった。

「こんこん、こんこん、こーんこーん 九尾の下に従士せよ。」

 やがて北野は恐怖に襲われ走り出した。そしてお尻から、何かが出たような感覚を感じた。

「こんこん、こんこん、こーんこーん 九尾の下に従士せよ。」

 視線が低くなり全身に違和感を感じるようになり、いつの間にか両手が地についていた。

「こんこん、こんこん、こーんこーん 九尾の下に従士せよ。」

 そして北野は子ぎつねの姿のまま、ランドセルと来ていた服を置き去りにして走って行った。

「これであの愚劣な奴も、コノハには会う事もない。」

「人を狐にする呪い・・・、流石です。しかしちょっと気の毒な気がします。」

「黒羽、お前はコノハの味方じゃないのか?」

「いいえ、そんなことはありません。せめて大人の狐にでも・・。」

「ふん、あいつは子ぎつねで十分だ。せいぜい餓死するがいい。」

 九尾と黒羽は家へと帰って行った。


 

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