第2話選ばれし妻

 ある日の帰り道、コノハは彩に声をかけられた。

「コノハちゃん、面白い話があるけど聞きたい?」

「いいよ、・・・それで何の話?」

 コノハはおしゃべり好きな彩を、うっとおしく感じていたがそのことは口には絶対に出さないようにしている。

「この辺りには九尾という尻尾が九本ある狐の妖怪がいて、家の前に○に九の印が付いた紙があったら、それは九尾があなたの家の娘を貰いに来ますという前触れ。」

「そうなんだ、でも本当かな?」

「ホントだよ!うちの婆ちゃんから聞いたはなしなんだ。実際に婆ちゃんのお姉さんが、九尾の嫁になって連れて行かれたそうだよ。」

「でも、妖怪の奥さんなんてちょっと嫌だな・・。断れなかったの?」

「そんなことしたら九尾に祟られたり、家に火を付けられるから断れないんだ。でも嫁をくれた家には、幸運を運んできてくれるんだって。」

「そうなんだ。」

「あっ、そういえば一ヶ月後の遠足楽しみだね。」

 遠足はコノハにとってあまりいい思い出じゃない、小学四年の時遠足でいつもより帰る時間が遅かったのを理由に、園美に凄く怒られたことがある。それ以来、遠足の知らせがきたら必ず知らせなさいと園美に言われた。

「うん、それじゃあね!」

「あっ・・またね。」

 コノハは彩から逃げるために走り出した。

 一方コノハが学校から出る少し前、九尾はコノハの家に上がり込んでいた。家の中には園美がいたのだが、九尾の姿は見えていないようだ。九尾はコノハの部屋へと入っていた。

「ここがコノハの部屋か・・、綺麗な部屋だな。」

 九尾はコノハの部屋を見まわしていると、一つのカレンダーが目に付いた。そのカレンダーには赤いサインペンで書かれた花丸が一つだけあった。そしてその花丸の下には、誕生日と小さく書かれていた。

「なるほど、この日が誕生日なのか・・。よし、この日に決めた。」

 九尾はなぜ誕生日が記入されているか分からないが、この日は勝次や園美からプレゼントをもらえるので、そのことがコノハの心の支えになっている。そして九尾はコノハの家を出て、自分の住処に帰ってきた。九尾の住処は昔ながらの大きな家で、囲炉裏やかまどが残る年季のある家だ。九尾はそこで座敷童や山の精霊達と一緒に暮らしていた。

「九尾様、お帰りなさい。」

「ああ、ただいま。」

「九尾様、今日は何だかうれしそうですね。何かいいことがあったのですか?」

「実は、百年ぶりに人間の嫁を持つことにした。」

「えっ!」

 あまめはぎが目を大きくし、唐傘お化けが驚きでひっくり返った。

「じゃあ、私その人間と仲良くしてもいいですか?」

 座敷童が尋ねた。

「ああ、もちろん。」

「やったー!」

 座敷童は喜びのあまり、廊下を走り出した。

「さて、一筆したためることにしますか。」

 九尾は書斎に入って筆と紙を用意し、机に座って小説家のように手紙を書き始めた。

    拝啓 

 梨乃吉コノハ殿、我はそなたを一目見て心を動かされました。私はそのお礼として、コノハ殿とその家族を末代まで幸せにしたいという思いでいっぱいです。つきましてはコノハ殿の誕生日に、嫁にもらいに参ります。全身全霊で幸せにすることを、ここに誓います。それではまた後刻、お会いしましょう。

                                 九尾

 

 簡素な手紙を書いた九尾は、○に九と書いた封筒に手紙を入れた。そしてその日のうちにコノハの家に向かい、投函口に封筒を入れた。


 その翌日からコノハは、誰かの視線を感じるようになった。その視線は朝から晩まで、家でも学校でも、まるで影の中から覗かれているような感じだ。そのせいで家で家事をする時、ちらちらよそ見をするようになり園美から注意されるようになった。

「またよそ見をしてる・・・、なんで直そうとしないのよ。」

「ごめんなさい、誰かに見られているようなきがして・・。」

「あんたの年齢じゃ、そうそう男の目に留まらないわよ。まあ、気のいい老人かロリコンの目には留まりそうだけどね。」

 園美は完全にコノハのことなど、どこ吹く風だ。その後コノハは勝次にも同じことを訊いてみたが、答えは園美とあまり変わらないものだった。

 そしてコノハはこの年の、誕生日を迎えた。悩みを両親に信じてもらえないコノハは、思い切って彩に相談することにした。すると彩の方から来てくれた。

「コノハちゃん、おはよう!」

「あの・・・、ちょっと話をしてもいいですか?」

「いいよ、でもコノハちゃんどうしたの?なんか暗い顔をしているけど。」

「実は・・・この間から誰かに見られている感じがするの。今もそう、ほら!」

 コノハと彩は同時に後ろを向いたが、そこには誰もいない。

「もしかして、ストーカー?」

「違う、学校の中でも感じる・・。」

「うーん・・・・・。もしかして、九尾様とか!」

「そんな!?どうして、そう、思うの?」

「婆ちゃんから聞いた話によると、九尾様は相手になる女性の事をよく知るために、後をつけることがあるんだって。だから昔から女性の間で、視線を一日中感じるようになったら、九尾と結婚する前触れだって言われてる。」

 私は九尾に選ばれてしまったのか・・・。コノハはもうかなり暗い顔で学校の中へと入っていった。

 そして下校していた時、コノハが一人で歩いていると「コノハちゃん」と後ろから声がした。後ろを振り向いたが誰もいないので、前を向いたら「コーノーハーちゃん」と優しく呼ぶ声がした。コノハは恐怖のあまり、座り込んでしまった。

「コノハちゃん、顔をあげて。」

 コノハが恐る恐る顔を上げると、そこには彩から聞いた妖怪・九尾が立っていた。悲鳴を上げて逃げようとするコノハに、九尾は「大丈夫。」と優しく声をかけた。すると不思議なことに恐怖心が消えた。

「もしかして・・・、あなたが九尾さん?」

「そう。今日はあなたを嫁にもらいに参った。」

「えっ!なんで私を?」

「私はあなたのような物静かで清らかな心の持ち主であることに、感銘を受け好意を抱きました。そこで二十歳まで一緒に暮らして、それから正式に結婚しよう。」

「でも・・・、妖怪と結婚なんて・・・両親が許してくれるかな?」

「大丈夫です、事前に手紙を出しておきました。早速参りましょう。」

 九尾とコノハはそのまま家の向かった、このまま結婚したらどうなるのか・・・・、不安がコノハの心臓を追い込んでいく。

「不安なのかい?」

 優しく語り掛ける九尾に、コノハは頷いた。

「大丈夫、君はいつも通りでいいんだ。」

 やがてコノハの家に着いた。コノハは九尾を玄関前に待たせると、園美を呼んだ。

「お母さん、お客様が来ています。」

「はーーい、どなた?」

 園美は面倒くさそうな声で、玄関の扉を開けた。

「きゃーーーーっ!」

 九尾を見た園美は、石化したようにドスンと倒れて気絶した。

「母さん!」

 駆け寄るコノハをよそに九尾は園美を抱えると、リビングに運び園美をソファーの上に横に置いた。

「やれやれ、さて目を覚ますまで待たせてもらおう。」

 九尾は椅子に腰かけた。それから十分後、園美は意識を取り戻した。

「あっ、あなたは・・・・。」

「怖がらなくてもいいですよ。」

 体を震わしながら後ずさりする園美に、九尾が言った。すると園美も落ち着きを取り戻した。

「今日はあなたとその夫に、お願いがあって参りました。」

 園美は九尾に向かい合う椅子に座り、「何でしょうか?」と尋ねた。

「コノハさんを、私にください。」

「えっ・・・、突然何を言い出すのですか?」

「だからコノハさんと、結婚させてください。」

「それは急には決められません、どうかお引き取りください。」

 園美は九尾を、とっとと帰らせようとした。

「いえ、今日はコノハさんを嫁にもらう日だと決めました。私にはコノハを幸せに、そして自由に暮らせるようにする自信があります。」

「そんなこと言って、あなたにコノハの何がわかるのですか?」

 園美の声が大きくなった。

「おや?普段からコノハの事を無視して、家事ばかりやらせてるあなたに、そのようなことが言えるのでしょうか?」

 九尾は声を鋭くさせた、園美はぎっくと顔をひきつらせた。

「どうやら、図星のようですね。」

「そんなことないわよ・・・・、ていうかどうしてそのことを知っているの?」

「少し前からコノハのことを観察していました、あと私こうみえて読心術がとくいなんです。」

 その後九尾は園美に、「これまでコノハを褒めたことがあるのか?」とか「あなたはコノハをただこき使うだけだ、これで本当の母親と言えるのか?」などと言った。園美は立場的にまずくなり、ふと「このまま九尾にコノハを引き取ってもらおう。」と考えた。

「そうですか・・、私は確かにコノハのことを邪魔ものでお荷物扱いしていました。もしあなたがコノハがほしいとおっしゃるのなら、私は反対しません。」

 コノハは大きなショックを受けた、自分を園美が良く思っていないことは分かっていたが、すこしも愛が無かったとは思わなかったからだ。

「ほう、やはりコノハを手放すというのですね。」

「はい、でも私の一存では決められませんので、夫が帰ってきてから話し合いましょう。」

「そうだな、じゃあ待たせてもらおう。」

 九尾は勝次が帰ってくるまで、待つことにした。そして午後六時十五分、勝次が帰宅した。

「うぎゃーーーーっ!」

 勝次も九尾に驚いて、垂直に体が倒れた。

「ありゃま・・。」

 九尾は勝次をソファに寝かせた。しばらくして勝次は意識を取り戻し、園美から九尾のことを知った。

「九尾さん、私はコノハを渡すつもりはありません。」

 勝次も反対した。

「そもそも、急に来て・・・。」

「えっ、事前に来る前に手紙を書いて、あなたの郵便受けに入れましたよ。」

 勝次が「はい?」という顔をした後、コノハに郵便受けを見に行くよう命じた。するとコノハは、封筒を持ってきた。その封筒には切手も消印も無く、○に九という印が付いていた。

「それだ!ていうか、開けてないじゃないか!」

 九尾は手紙が未開封なことに激昂した。

「いや、家は新聞を取っていないから、普段そこんとこはあまり見ないんだ・・・。」

「それが言い訳になるか!」

 九尾の剣幕がさらに強くなった。園美と勝次は慌てふためいている。

「コノハ!なんで、郵便受けをよく見ておかなかったんだ。」

「すいません・・・・。」

 コノハに当たる勝次を見た九尾は、怒りを鎮めた。

「やはりあなた方はコノハを育てる資格がないようですな。」

 九尾の言葉に、勝次も園美も黙り込んだ。

「わかりました、娘をあげましょう。そのかわり、何か見返りをください。」

 コノハは二人を、もう両親とは思わなかった。

「そうだな、私の知り合いに丸美さんという家政婦がいます。私が紹介すれば、一ヶ月八千円で家事をさせましょう。後私から、コノハの誕生日の日に毎月三万円を仕送りましょう。」

「それはいいわね、これでようやくらくできるわ。」

 園美は喜んだが、コノハは暗い顔をしたままだ。

「コノハ、明日から暮らすんだ。早く荷造りをしな。」

「それでは私はこれにて失礼します、明日お迎えに参ります。」

 九尾は去り、コノハは荷造りを始めた。コノハは一寸先の見えない、妖怪との生活に不安を感じずにはいられなかった。

 



 




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