九尾の山男
読天文之
第1話九尾の心を掴んだ者
岐阜のとある里山に、三人の家族がやって来た。父の勝次・母の園美・娘のコノハの三人である。コノハは園美とは血縁は無いが、勝次とは血縁がある。コノハの本当の母の花子は今から七年前、交通事故により他界した、この時コノハは五歳。その後勝次は園美と再婚したが、なんと勝次の勤めていた会社が倒産。さらに花子の両親とも疎遠になり、この地に来たというのだ。
「さあ、ここから新しい生活が始まるぞ!」
「そうね、・・・ほらコノハ、家に入りな。」
園美はコノハに冷たい視線を向けながら言った。この時園美は妊娠六か月の赤ちゃんを妊娠していた、そのため勝次と園美は赤ちゃんに期待する一方、コノハを邪魔に思うようになり、コノハは家に居る時完全にネグレクトされている。虐待をするわけではないが、家族の一員というよりは召使いとして扱っている。
コノハの家族は里山には合わない二階建ての白い家で暮らすことになった。そして荷物を入れ終えた勝次と園美は、焼き肉パーティーを始めた。もちろんコノハには、コンビニで買った小さな弁当を渡しただけ。肉の一切れも野菜も、コノハは貰えなかった。
「父さん・・・母さん・・・、楽しそうだな・・。」
コノハはこの時十二歳、思春期のコノハの心は複雑だった。それから二時間後、テレビを見ていたコノハに、園美が命令した。
「パーティーが終わったから、食器洗いを手伝いな。置いてもらえるだけ、働かなきゃだめだからな。」
コノハは命令に従った。園美は自分と勝次とその子供だけで暮らしたいと望んでいた、そのためどうしてもコノハが目の上のこぶになる。園美はとにかく養子に出すなりコノハを追い出そうとしたが、勝次は「今の年じゃ追い出したら、世間体が悪くなる。二十歳まで待とう、それまで家の事をさせればいい。」と言っているので、コノハは奴隷扱いされている。
翌朝五時、コノハは起床するとシャワーを浴びて髪をとかし、服に着替えた後はご飯炊き。それから洗濯物を洗濯機に入れ、勝次の服の用意をする。これは勝次と園美が結婚した日から続けている、毎朝の習慣だ。コノハは登校した、この地域に来て初めての登校だ。ランドセルを背負うコノハを、じっと見る妖がいた。
「おや?なんだ、あの子は・・・。ここじゃ見ない顔だが、かわいいなあ・・・・!よし、あの子に決めた。」
その妖の名は九尾、昔から人々に「お稲荷様」として崇められ妖怪からは「大将」と呼ばれる、この地域の裏の実力者だ。九尾は人間の妻欲しさに、この辺りをもう何千回も徘徊しているが、ついに胸に深く響く相手を見つけたようだ。九尾はコノハの事をよく知るために、妖術で身を隠しながら尾行した。コノハは学校に着くと、職員室に入った。担任になる海山先生に挨拶をした。
「今日からここで学びます、梨乃吉コノハです。よろしくお願いします。」
「よろしく、これから頑張ろうな!」
海山先生に連れられて、コノハは六年二組の教室に入った。
「今日から一緒に勉強する、梨乃吉コノハだ。よろしくな!」
「梨乃吉コノハです。・・・・よろしくお願いします。」
コノハははきはきと言いつつも、声はとても暗そうだ。そんなコノハは授業中も放課後も、一人のままで友達を一人も作らず、人とも関わろうとしなかった。
「あいつおとなしいだけじゃなく、人見知りなのか?」
尾行してきた九尾もそう思った。時間は過ぎて行き、学校を終え家へ帰ろうとするコノハに、一人の少女が話しかけた。
「コノハちゃん。」
「ひゃっ!・・・だれ?」
「私は秋葉彩。今日は、一緒に帰ろう。」
「うん・・。」
コノハは彩と並んで下校している時も、黙ったままだ。
「ねえねえ、コノハちゃんはどこから引っ越ししたの?」
「神奈川県の横浜から・・・。」
「すごいね!今日、家に来ない?お菓子沢山あるよ。」
「やめとく、お母さんにいつもの時間に帰るように言われているから。」
「そう・・・、じゃあまた明日学校で。」
コノハは彩と別れて、まっすぐ家に帰った。
「ただいま。」
「お帰り。そこの服、干しといて。」
園美はテレビを見ながらクッキーをむさぼっている。でも、コノハは頼まれた通りにした。
「服を干し終えました。」
「じゃあ次は、廊下と風呂とトイレの掃除をよろしく。ちゃんときれいにするんだよ。」
園美はまたコノハをあごで使った。それをベランダのガラス戸から覗いていた、九尾はこう思った。
「なんて酷い母親だ!待っていろよ、私が迎え入れたら楽させてあげるからな、コノハよ。」
とつぶやいて、山の中へと戻っていった。そしてコノハは、毎日機械のように働き、人との関りを出来るだけ避け、とんぼ返りの如く学校と家を往復するルーティーン生活を送っていた。
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