真心の在処

 料理とは作業である。その作業にねぎらいがあれば嬉しいもので、美味しいと言われればまたその内作ろうとも思う。はじめは何ともなくともできていたことが、その内ねぎらいがなければできなくなることというのは数多く存在するが、私の中での代表格が料理である。作った料理を不機嫌そうに三角コーナーに放られた日のことを私はまだ根に持っている。そんな人実在するのかと驚く人もいるかもしれないが、実際いるものである。ちなみに私の実父だ。誰かにしてもらったこととやってしまったことは一時間で忘れて、誰かにしてやったことだけは十年覚えているような、羨ましい男だ。

 とはいえ他の家族は私を褒めそやすので助かっている。ここのところまるで料理もしていないが、そろそろまたやろうかなという気持ちにもなってきた。父親に出す気は無い。そんな中、最近料理をするようになって頑張っている友人と話すと驚きの連続である。なんせ、そもそもスーパーで買ってきた唐揚げをオーブンで一度軽く焼いて温めてから食べるような人なのだ。食――美味しい食に対しての関心の強さに私はいつも舌を巻く。人に食わせるならまだしも、私は自分一人のためであれば常温どころか冷蔵庫に入れておいた冷たい唐揚げをそのまま食べる。

 以前どこかにも書いた気がするが、見た目の割に私は食に対して関心が薄いらしい。基本的に食べたいものがない。外食に出て「どこがいい?」「どこでもいいよ。」という会話を何度したか分からない。家族と友人には毎度申し訳ない気持ちになる。しかしそれ故に食べたいもののある人と行動するのは助かる。放っておくと外出中は食事をしない。空腹に気付くのは足に力が入らなくなってからが七割強である。ちなみに好きな食べ物は寿司と焼き魚。マイブームは煮穴子をタレではなく塩で食べることだ。

 毎晩アイスを買ってきて食べてからじゃないと寝られないと言う母の気持ちが理解しがたい。私の作ったチャーハンと中華スープのセットを毎食食べたいという姉の気持ちは嬉しいけれど首を傾げる。好きな店のメニューをネットで見てお腹すいたコロナ許さん、と嘆く友人の気持ちがいまいち分からないが羨ましい。人の作ったものに文句ばかりつけて挙げ句捨てた父親が「食べる?」と自分で作ったカレーを差し出す気持ちは、まぁ理解しなくてもいいかと思う。ちなみにこのカレーの中では、私の嫌いなタマネギが元気に存在を主張していたので絶対に食べたくないと思った。この男、恐らく自分の家族の食の好みなどほんの小指の甘皮ほども記憶していないに違いない。


 そんな話をしていた折、食べるなら美味しく食べた方がいいに決まっていると熱弁し、そこに必要な一手間を惜しまない(素晴らしい)友人は、料理に真心なる気持ちがこもった程度で味は変わらんだろうと言った私にこう返事をしたのだ。


「やらなくてもいいけど誰かに美味しく食べてほしくてもう一手間加えるなら、それが真心なんじゃないの?」


 革命である。

 この友人と話すと随分凝り固まった私の頭では到底発生しなかった視点を提示されて仰け反るシーンは多くあるが、最近一番仰け反ったのはこれだった。私はその内できないはずのブリッジを習得するかもしれない。稀有な友人を持てたことこそ、大学生活の一番の収穫だ。この人を含めた何かと構ってくれる幾人かに私は頭が上がらない。

 閑話休題。そうか、真心よそこにいたのか――。真心込めました!という表現は、まさしく表現であり演出と思っていた私は考える。誰かに美味しく食べてもらうために加えた一手間。これは私にも経験がある。一口が大きいと嫌、固い野菜は嫌、と微妙な好き嫌いのある姉に合わせてニンジンを小さく切ったこと。母が苦手な食材を使わないようにレシピを変更したこと。たぶんその辺りに私の真心はあったらしいのだ。そして何より、友人の起こした革命で私の頭に真っ先によぎったのは十年以上前に作ったミートドリアである。いつか、ずっと前。私が幼稚園児の頃に母が言っていたのと同じように、私は上にかぶせたチーズの上に少量のパン粉をまぶして焼いた。


「こうするとね、香ばしくなって美味しいの。」


 これもまた母に言われたのと同じように当時小学生の私が姉に言ったのを覚えている。その時は興味も無さそうだった姉が食べてみて「本当だ!美味しい!」と言ったのも覚えている。それ以来私の作るドリアやらグラタンやらには必ずチーズの上にパン粉がまぶされる。あのパン粉こそ、真心。そう思って間違いなさそうである。

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