青い日々の夢を見る

 実は、この一連の文章に含めようと思って書いたものの九割九分が悪口になってしまったためにボツにした文章がある。これは、それを他の要素と混ぜ合わせてリメイクした、六割くらい悪口の文章だ。

 去年の夏、東京から里帰りした友人がまた高校時代の部活メンバーで集まりたいというので顔を出した。こういう集まりにはもう顔を出すのは極力よそうと思っていたが、その回に限っては面倒な手合いが軒並み不参加だというので私は参加表明をした。しかし当日の朝、その面倒な手合いの一人は急にお付き合いしている男性と共に顔を出すと連絡を寄越した。私は目が点になったが、本当にもう家を出た後の連絡だったのでここで「やっぱ不参加で。」というのも気が引けてそのまま集合場所へと向かった。思えばその時点で仮病でもなんでも使って帰った方が身のためだった。生まれて初めてできた素敵な彼氏の惚気話を人の話の腰を折ってまでしたい女が、彼氏を連れて顔を出すのが顔を出すだけで終わるはずがない。

 集合場所には見知った面々と共に見知らぬ男が一人。相変わらず顔を覚えるのが苦手なので最早どんな顔をしていたのかはもう分からないが、和やかそうな普通の男性だった。今後彼のことは仮に「A氏」と呼称する。本当は名前も知らないのである。普通に挨拶をして、そのままなぜかA氏も一緒に食事をすることになった。今でも意味が分からない。一応明記しておくが、この場合一番の被害者はこのA氏である。身内ネタと思い出話しかできないグループに初対面で放り込まれる気持ちなど、考えただけでも寒気がする。実際彼は非常に居心地が悪そうだった。この食事会が原因で別れたら本当に申し訳ないと思った。誰にって、もちろんA氏に。


 食事はホテルの一階でやってるランチビュッフェ。美味しそうだけれど偏食の私が食べられそうなものは少なかった。メインのパスタ以外はひたすらデザート用の甘い物を食べていた気がする。ちなみにメインのパスタも選ぶのが面倒だったので、自然と隣の席に座った幼馴染みの選んだメニューを尋ねて食べられそうなものだったので「じゃあ、私もそれで。」と雑に決めた。幼馴染みはいろいろと察した顔で笑って、注文時に「これを二つ。」と私の分までまとめて言ってくれた。ドリンクは指定しなかったけれど、彼女はそれも同じ物を注文していた。

 そのまま予想どおりに思い出話しかしない食事会を終えて、ちょっと寄るところがあると別れたA氏を見送った。そして、幸せいっぱいな例の人は改めて口を開いた。


「実は年末に入籍するの。」


 幼馴染みが結婚したときは祝う気持ちはあれど苦しかったのに、彼女の結婚に関しては冷たい感情だけが芽生える。仲間達はみな口々におめでとう、と祝辞を述べた。私も述べた。本当は十月のお付き合いを始めた記念日に入籍したかったんだけど、いろいろ調整がつかなくて――頬を染めて話す彼女は最近化粧品に凝っている。新しい服なんて好きなアイドルのコンサート行くときしか買わない、と倹約家を自慢していた彼女を思い出す。人間、変わるものだと感心した。しかし私は久々に地元に戻ってきた友人に会いに来たのであって、あなたの入籍発表を聞きに来たのではない。ついでにそこから始まる新しい惚気話に付き合いに来たのではない。帰ったら新しいウィスキーを開けると決めた。

 私は適当にその話を聞き流して、適当な理由をつけて早めに帰った。その夜友人に事の顛末を話した。ひたすらに旧友のことを苦手になってしまったと言う私に、友人は決定的な一言を放った。


「いやもう、その人のこと嫌いじゃん。」


 嫌い。そうか、私はあの人のことが嫌いなのか。目を見開いた。好きだった人を嫌いになることを、楽しい時間を過ごした思い出のある人を嫌いになることを、私は忌避していたのだ。しかし、これは確かにもう苦手ではなく嫌いだ。そこでなんだか安心した。無理に、好きでいる必要なんてないのだ。

 その後、嫌いになってしまった旧友から結婚式のご招待があったけれど断った。外国にいるわけでも、大きなプロジェクトに関わっているわけでもないけれど、私はもう彼女の幸せを祝う気にはなれなかった。




 この、一度ボツにした文章を再び書き直しているのには理由がある。今の時代、旧友ともSNSで繋がっているのはよくあることだが、その内の一人が特になんの連絡もなくアカウントを削除したのである。それにも大した感情が湧かなかったのだが、その日からほどなくして私は高校時代の夢を見た。これが理由である。夢の中では、嫌いになってしまった旧友も、SNSのアカウントを消したあの人も、もう子供が一歳になる幼馴染みも――皆が、何の悩みも無いような顔で笑っていた。

 青春時代の懐古とは、青春時代を終えた者のみできる特権だ。母が「信じられないだろうけど、学生時代のことって昨日のことのように思い出せるの。」と過去に言っていたのを、今なら理解できる。昨日のことのように鮮明で、所々が白飛びするほど明るい記憶。夢に見た真昼の光が差し込む教室の風景は、きっとあの時代の記憶の、どこかの一日だ。きっと私は連絡を取らなくなった人を、嫌いになった人を、懐かしく思ったのだろう。先に手を放したのは大半が私であっただろうに、身勝手な話だ。それでも――あの寂しくも愛しい記憶は最近やっと、「思い出」のラベルのついた箱に仕舞われたらしいのだった。

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