第101話 弥生の助言
家に帰って、状況を整理した。
まず、羽山家の事情。
うちの両親が経営している会社は、藤野の父が務めている会社と、昔から付き合いがあり、恐らく今回も藤野家の再婚問題に関して何かしらの関与をしようとしている。
そして、藤野春海は父親が再婚するという事実を帰省した際に聞かされ、内緒で羽山家に西城さんを見つけて欲しいという願いを出してきた。
一方の西城さんも、家庭内が崩壊しそうな状況に陥っており、母が再婚する相手が藤野の父親。その腹違いの妹である藤野が、どういった心境であるかを気にしている。
この二人を、お互いの両親に内緒で取り合わせる方法。それは……
「俺が会わせてあげるしかねぇんだよなぁ……」
小学校からの幼馴染と、大学で知り合いになった、今気になっている女の子。
幸運と言えばいいのやら不運なのかは分からないが、二人にとって共通の知り合いが俺だけというこの状況。
つまり、俺が二人を合わせることも出来れば、合わせないという選択も出来るわけで、藤野、西城両家の運命は、俺の行動に託されているといっても過言ではない。
「重っ……」
思わずそんな独り言がこぼれ出てしまう。
それもそうだ。俺の行動一つで、下手したら二つの家庭を破壊せざる負えないのだから。もしかしたらそこに、羽山家も含むのであれば三家族の今後が関わっている。そんな大役、今の俺には荷が重すぎる。
すると、コンコンっと部屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
俺がドアの外に声を掛けると、カチャリと部屋の扉が開かれ、ひょっこりと顔を出してきたのは、妹の
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「おぉ……いいぞ」
ピンクの寝間着姿で、どこか緊張した面持ちの弥生は、扉を背にしてドアを閉めた。
「どうした弥生? なんかあったか?」
俺が尋ねると、弥生が咄嗟に頭を掻いて照れ笑いを浮かべる。
「い、いやぁー何と言いますかそのぉ……ちょっとお金を貸していただけないかと思いましてー」
「……っ、お前な」
「えへへ、ってのは冗談で!」
そう言って、切り替えるようにきりっとした表情を浮かべた弥生は、じいっとした視線で俺を見つめてくる。
「最近さ、家の中の雰囲気がさ。結構張り詰めてるというか、ひやひやしてるというか、そんな感じじゃん? だから、何かあったのかお兄ちゃん知ってるのかなぁっと思ってさ」
妹のその言葉に、俺は唖然とした。
そうか、今回の件、両親は弥生に話してないんだな。
まあ子には心配させまいという、親心といったところだろう。
俺は、藤野春海からの頼みがあったから事情を知っているものの、もし藤野が関わっていなかったら、俺も両親から聞かされることはなかったであろう。
そして弥生は、そんな家庭内の少しの変化に、敏感に感づいているのだ。
まあ弥生は、華の高校生だ。学校生活において、そう言った空気が絶えず変化しているクラスという敏感な環境下に身を置いているからそこ、家の空気感の変化に気づくことなんて容易いことなのだろう。
けれど、弥生がそれに気が付いたからと言って、これは弥生に言っていいことなのか?
誰にだって秘密はあるし、子供に対して黙っておきたいという親心もあるだろう。だから、俺がここで言うのは違うのではないかとも思ってしまう。
「そ、そうかぁ!?」
だから、俺の弥生への返事も、ちょっぴりどちらとも取れない怪しいものになってしまった。
だが、弥生はそれと咎めるわけでもなく、ただ息を吐くようにして「そっか」とぽそっと呟いた。その弥生の様子に、俺は探りを入れる。
「何かあったか?」
そう尋ねると、弥生はかぶりを振るが、ちょっと間を置いてから俯いて自分の足元を見つめたまま口を開いた。
「いや、なんかさ。自分だけ知らないことが家庭内であると、なんか仲間外れにされてる感じじゃん? だからさ、なんかそう言うの嫌だなぁって思っただけ」
そうか……弥生は、自分が仲間外れにされているような感じがして、ちょっと寂しいのだ。でも、両親が取り合ってくれるはずもないので、何も言わず心に秘めて、兄妹である俺に尋ねてきた。
家族同士でも、両親よりも兄弟の方が聞きやすいなんてことはよくあることだ。
もしかしたら、西城さんや藤野も、本当は両親に聞きたいことがあるが、聞けないことも多くあるのではないだろうか?
だとしたらそれは、どれほど辛いことなのか。それは計り知れない。
俺は諦めたようなため息を吐くと、ベッドから起き上がって弥生に向き直った。
「わかった。今から話すことはトップシークレットな。誰にも話すなよ」
「ん、わかった。ありがと」
少し照れたように頬を染めながらお礼を言ってくる弥生。
これこそが、兄妹の形なのかもしれない。
親には言えないことでも兄妹になら言うことが出来る。それが、家族の兄弟という存在なのかもしれない、俺は今そんなことを感じていた。
◇
俺は父親に聞いた話を弥生に話した。
藤野春海に頼まれて、写真の女の子を探してほしいと頼まれたこと。それが、今大学で一緒に授業を受けている西城さんで、その二人が、腹違いの姉妹であることを簡潔に話した。
「まあ、平たく言うと今そんな感じだな」
俺が重い口調で言い終えると、弥生ははぁっと短いため息を吐いた。
「それで、お兄ちゃんはそのことをお父さんに話したの?」
「いや……まだ話してない」
「どうして?」
首を傾げる弥生に対して、俺は自分の今思っている気持ちを口にした。
「多分、これは親父が動いてもいいんだけど、俺が動かなきゃいけないことなんだと思う。お互いに顔見知りなのは俺だけだから。でも、これで俺が行動した時に、向こうの家族の関係を壊してしまうかもしれない。そんな重大なことに俺が首を突っ込んでいいのか分からないんだ」
他の家庭の事情に突っ込む。これは、非常に失礼極まりないことであって、自分が今まで避けてきた問題。だが、今回は行動に出た時に、もしかしたら自分の家庭にも危害が加わる可能性だってある。結果がどう転がるかさえ、俺は分からないのだ。
それに、藤野春海は俺の初恋の女の子で、西城さんはおそらく……
そんな様々な気持ちが入り混じって、頭の中が混乱し、抱え込みたくなったとき、弥生がふっと短い吐息を漏らした。
「……そっか」
そして、どこか納得したように一人で頷き、俺の方を向いた。
「それなら、お兄ちゃんが動いていいんじゃない?」
「えっ?」
妹の意外な答えに、俺は口をぽかんと開けて呆けてしまう。
「だって、お兄ちゃんはその二人を助けたいって思ってるんでしょ?」
「そりゃそうだけど……でも、もしかしたらそれが原因で二人の家族が……」
「そんなこと考えなくていいじゃん! だってお兄ちゃんは、その子たちを助けたいから行動するんでしょ? それになんの罪があるの?」
あっけらかんと言ってのける弥生に、俺は少し驚きを覚えつつも、そのことを改めて自分で考えてみる。
俺は何故、彼女たちを助けたいと思っているのだろうか?
何でこんなにも家族というレッテルを気にしているのだろうか。
多分様々な様子が絡み合っている。
けれど、俺が一番心の中でゆるぎないことが一つある。
その言葉を、弥生が先にくみ取って口にする。
「お兄ちゃんは、春海ちゃんと美月さんの事が、好きなんだよね」
「……」
弥生に事実を突きつけられ、俺は狼狽するかと思ったが、逆にすっと心の中で腑に落ちたような気がした。
ここで、家族だからとか父親が関わっているとかというでっち上げの理由はすべて排除して、ただ一つのことを考えることにする。
俺はどうなりたいのか?
それは、藤野と西城さんの事だけではなく、藤野家と西城家が客観的に見てどうあるべきなのか、どうなっていくべきなのか、自分の信念を信じることだと思った。
つまり、俺が彼女たちのことを好きである限り、二人には幸せであってほしい。
そうと決まれば、俺がしなくてはならないことは一つしかなかった。
「弥生……」
「ん、何お兄ちゃん?」
俺は弥生の方を見つけて、ふっと破顔した。
「ありがとうな」
俺がお礼を言ってきたのが少し意外だったのか、弥生はキョトンとした顔を一瞬したものの、すぐにニコっとした笑みを浮かべてきた。
「どういたしまして」
こうして、妹に自分が悩んでいることを打ち明けて整理することが出来た。
後は俺が……俺自身が行動にそれを移すだけだ。
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