第100話 西城さんの家庭事情
教室の片づけを終えて、津賀達と解散した後。俺と西城さんは大学から最寄りの駅へと二人で歩いていた。
並んで歩いてはいるものの、話す内容が内容だし、どこで話したらいいのか考えていたら、沈黙が続いてしまい、俺と西城さんの足音だけが辺りに木霊していた。
すると、その沈黙を破る形で西城さんが声を掛けてきた。
「その……よかったら私の家に来る?」
「えっ?」
唐突な誘いに、俺は少し戸惑いを見せながら西城さんを見つめ返す。
西城さんは、顔を少し俯かせながらも、不安そうな様子で俺を見上げてくる姿が可愛らしくて、少しドキっとさせられてしまう。
多分、西城さんも気軽に話せる内容でないことを察したから、俺を家に招こうとしているのだろう。だから俺は、その西城さんの意図を汲み取るようにして、コクリと頷きを返し、西城さんの家へお邪魔することを決めた。
大学の最寄駅から電車を乗り継いで、西城さんが住んでいるアパートがある駅で降りて、二十分ほど歩く。
目の前には、変わらずに佇んでいる西城さんが一人暮らししている家が現れた。
来るのは撮影以来ぶりだが、こうして俺一人で来たのは、夏休み前、恐らく俺が西城さんの悩みを相談された際に、俺が手助けするのは違うと判断して、西城さんに一人で解決するべきだと言い放ったあの時以来だ。
西城さんの部屋に入り、机の前にあぐらをかいて座り、今は西城さんがお茶を沸かしてくれているのを待っていた。
部屋の中は、以前撮影できた時とさほど変わりはなく、しいて言うならば、あの時と同じように、片付けが終わっていないキャリーバッグが無造作に置かれているくらいだろうか?
「お待たせ、ごめんね、相変わらず片付いてないけど」
そういいながら、マグカップに入った緑茶を、俺の前に置いてくれた。
「いやいや、俺の方こそ急にごめん」
そう謝ると、西城さんも自分のカップと同じ側のテーブルに置いた。そして、向かい側ではなく隣へと腰かけてきた。
あぐらをかいている脚が、ふと西城さんの脚に触れてしまい、気持ち身体を遠ざけた。
「それで? 話って何のことかな」
お茶の入ったティーカップを手に持ちながら、西城さんが尋ねてくる。
西城さんの方から話を切り出してくれたので、俺は手持ちのバッグの中から、とあるものを取り出した。それを、そのまま西城さんに手渡して、口を開いた。
「そこに映ってるの、西城さんだよね?」
俺が手渡したのは、父親が藤野春海から預かった幼少期の写真。
俺がいきなり核心に迫るような質問をしたので、西城さん少し狼狽えた様子で声を上げた。
「えっ……なんで羽山くんがこれを持ってるの?」
驚きを隠せないと言ったような表情で、俺を見つめてくる西城さん。
俺は事の次第を手短に説明する。
「その写真の人物を親父に探してくれって言われたんだ。それで、その人の名前は西城美月だって言われてね」
説明すると、西城さんはその写真に目をもう一度映した。
すると、西城さんの腕がふるふると震え出して、その写真を力いっぱい掴む。
「羽山くん……」
「な、なんだ?」
俯いたまま力を込めてその写真を握りしめている西城さんに声を掛けられて、身構えていると、突然西城さんがくるっと身体をこちらへと向けて、額を俺の頭に乗せてくる。そして、鼻を啜りながら涙声で声を上げた。
「羽山くん……私を助けて……」
その西城さんの悲痛な声に、俺は息を呑みながらも、今はただゆっくりと、俺の肩に当てている頭を優しく撫でてあげることしか出来なかった。
◇
西城さんが落ち着きを取り戻した後、今回の帰省で何があったのか、全部話してくれた。
前回、帰郷した時に、西城さんは母の不倫相手と出来た子である事を知らされた。
それを聞いて、心閉ざされたの西城さんの心を俺が励ましてあげたことで、家族との絆を再確認して解消できたこと。そして今回、今度は母親が私の実の父である人と再婚して、今の父と離婚しようとしていること。そんな人様では立ち入ってはならないような問題を、西城さんから聞かされた。
「まあ、そんな感じ。羽山くんには、一歩踏み出してくれる時まで言うかどうか迷ってたんだけど、あの写真を見せられて、色々とこみあげてきて我慢できなくなっちゃった」
「そうだっのか……」
少し、悪いことをしてしまったと思いつつも、俺は西城さんに質問を投げかけた。
「その……西城さんは、向こうでこの写真の子に会ったのか?」
そう聞くと、西城さんは首を横に振った。
「だからかな。親同士で勝手に話が進んでて、結局私や向こうの子がどう思ってるんだろうって、全然知らないから、どこか有耶無耶でわだかまって、むしゃくしゃして、ムカついて……色んな気持ちが入り混じってる」
多分、西城さん自身も心の準備というか、自分の中でどうしたらいいのかという心の整理が付いていないのだろう。
だが、この写真を託してまで藤野春海がお姉ちゃんを探してほしいという依頼が来たということは、恐らく藤野春海がお姉ちゃんに会いたいという意思表示なのではないか。
向こうも向こうで、西城家にいる腹違いの姉に、意見を求めようとしているのではないか、そう思えた。
すると、西城さんがふっとため息を吐くように息を吐いた。
「ごめんね、羽山くんにこんな家庭の事情をぺらぺらと大っぴらに話しちゃって。迷惑だったよね?」
「いやっ、そんなことはない」
でも、この問題に俺が手助けしていいのかどうか。それについては、まだ明確な答えを持っていなかった。確かに今回は、少なからず裏でうちの両親が動いていると思われる。
乙中と彼氏であった京橋恭輔を無理やり別れさせたのも、京橋の性格があれだったこともあるが、なんにせよ妹の弥生に手を出してきたため、家族に関わったという理由で乙中の問題を解決した。
ならば今回は……それを理由にして二人のために動いていいのだろうか?
それでもいい気がするのだが、何か根本的に違うような感じがして、俺はYESという言葉を、中々西城さんに言いだすことが出来なかった。
だから俺は、苦し紛れにこう西城さんに言うことしか出来なかった。
「大体状況は理解した。少し俺も考えたいから、待っててくれるか?」
そうなんとも情けない答えを返すと、西城さんは怒るでもなく、ただ優しい微笑みを向けて頷いてくれた。そんな苦しみが背後に見え隠れしている西城さんの表情を見て、俺はさらに心を痛ませた。
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