第7章 家族編

第102話 撮影合宿

 早朝の大学の正門前。

 俺を含む、映画製作えいがせいさくサークルの撮影班は、二台のボックスカーに荷物を積み込んでから自身も乗り込んで、撮影合宿へと出発していた。


 今日から暦は三連休を迎え、二泊三日の予定で撮影合宿を行う。


 案の定、首都高速は大渋滞。

 東北道に出たのはいいものの、そこから最近話題の佐野サービスエリア付近を先頭とした渋滞に巻き込まれながらも、お昼過ぎにようやく西城さいじょうさんの故郷ふるさとでもある福島の城下町に到着した。


 ここのホテルの民宿を間借まがりして、そこで基本的には撮影を昼夜ちゅうや問わず行う予定となっている。


 撮影がスムーズに終われば、先輩たちからのサプライズが待っていると意味深に言われ、俺達はそれが実現できるように頑張ろうと気合をいれ、撮影に臨むモチベーションを高めていた。


 既に車の中で特殊メイクを済ませて浜屋莉乃はやまりのが演じる保月ほつきの母親役になり切った部員が、テーブルの向かい側に座り、俺を真ん中にして左右に分かれて、津賀つがと浜屋が椅子に座る。


 カメラ位置と明るさをセットし終えた俺たちは、早速撮影を開始する。


「それじゃあ撮影開始します。シーン14のカット1テイク1、よーい。スタート」


 俺は、一枚の写真を保月の母親に差し出した。


「この写真を送ったの、貴方ですよね?」


 俺が問い詰めるように質問しても、保月ほつきの母は何も語ろうとしない。そんな彼女に対して、俺が身体を気持ち前にして、熱弁する。


「お母さん、本当のことを彼女たちに話してあげてください。彼女たちには、知る権利があるはずです。だから、保月と春乃はるのがどういう関係であるのか……あなたの口からしっかりと話してくれませんか?」


 俺が感情的にそう説得すると、保月の母は、観念したように深いため息を吐いた。


「わかったわ」



「……カット!」


 ここで一旦カットがかかり、映像のチェックが入る。

 ここからはシリアスなシーンが続いていくので、役に入り込んでしまっているのか、周りの空気も重くなっていく。


 そんなおごそかな雰囲気の中、撮影は順調に進んでいく。


 もう撮影も慣れたもので、役への入り込み方や緊張感など、多少なりとも慣れは出てきた。だが、その空気が慢心まんしんへと変化しないのは、間違いなく隣に座っている彼女の影響だろう。

 浜屋莉乃は、たとえサークル活動であろうとも、一切の妥協だきょうを許さず、自分が今持っているすべての力をそそいで、春乃という女の子役をまっとうしていた。


 その空気感が、より俺達の意識を慢心させることなく、引き締めてくれる起爆剤となり、より高みを望んだクオリティの高い作品へと進化させていくのだ。


 気が付けば、到着してからすぐに撮影を初めて、もう何時間が経過したのだろうか?


 既に外は暗闇に包まれて、夕刻時を過ぎているにもかかわらず、誰一人集中力を切らすものはいなかった。


 ごみごみした都会の空気と違い、新鮮な空気や開放感が脳を刺激して、より集中力を高めさせたのかは分からないが、予定よりも早い進捗しんちょくで撮影はついに佳境かきょうへと差しかっていた。


 ここで再び、西城さんのコールがかかる。


「それでは行きます。シーン16のカット9のテイク2、よーい。スタート」


 真実をすべて話し終えた保月の母親が、嗚咽おえつじみた声を出しながら泣いていた。

 それを見て、保月が慌てて立ち上がり、母の元へと向かって行く。そして、背中をさすりながら、母をなだめる。


「私たちは大丈夫だよ。本当のことを話してくれてありがとね」


 すると、保月の母親は涙ぐんだ顔を上げて、春乃へと向きなおる。


「春乃さん。真実を隠していて……今まで黙っていて本当にごめんなさい」


 そして、頭を下げて泣きながら謝罪する保月の母親に対して、保月役の浜屋はかぶりを振る。


「いえ……」


 そう言葉をこぼした後、すすり泣く本当の母を前に、春乃は何も言わずに沈黙していた。

 しかし、何か意を決したようにふっと息を吐くと、顔を保月の母親へと向けて、柔らかい言葉を発した。


「顔を上げて、お母さん」


 その『お母さん』という言葉を耳にして、驚いたような表情で顔を上げて春乃を見つめる保月の母。


 その先にいる春乃の表情は、目に涙をため、今にも頬を伝ってこぼれそうになりながらも、口角を上げてにっこりと笑みを浮かべていた。


「私を生んでくれてありがと、お母さん」


 そう感謝を述べる春乃は、優しい眼差しを浮かべながら、一筋の涙を流し、頬を伝った。


「……カット!」


 ここでようやくカットがかかり、最終の映像チェックに入る。


 保月の母親役の子は、ポケットからハンカチを取り出して、流れ出た目薬のしずくをふき取り、一方の春乃役の浜屋は、自らの袖口で、こぼれ出た涙をふき取った。


 浜屋は目薬を使わずに、自ずと涙を流して見せた。そのあたりは、流石といったところだろう。

 そんな浜屋の演技力に感動すら覚えていると、西城さんからの声がかかった。


「おっけいです! お疲れ様です。今日はこの辺で終わりにしましょう!」


 そう声がかかると、皆一斉に緊張の糸が切れたようにぐったりと脱力し、空気が弛緩しかんした。


 椅子にもたれかかる者、はぁっと息を吐く者。

 疲れた……っと口を零す津賀など、皆様々ではあるが、それよりも大きな、何とも言えない達成感を感じていた。


「それじゃあ、今日はこのままこのコテージで寝る人と、荷物置いた方に分かれて部屋割りしちゃおう」


 そう言って、今日はこのままお開きにしようとしたところで、一人の声が響き渡った。


「ちょっと待ってください!」


 その透き通るような声に、皆が一斉にその声の元へ視線を向ける。

 そこでは、浜屋=野方のがたが、声を上げていた。


「野方さん。どうしたの?」


 先程さきほどの先輩が尋ねると、野方が真っ直ぐな眼差しで先輩を見つけて言ってくる。


「その……夕食後でいいので、この後の外のシーン。今日中にやりませんか?」


 その提案に、皆が驚きの表情を浮かべる。


「で、でも……みんなも今日は移動で疲れてるだろうし……」


 周りを見渡して、他の皆に同意を得ようとする先輩に対して、浜屋がさらに言葉を続けた。


「今の状態が、一番ベストな状態で演じられると思うんです。だから、お願いします。私のわがままですが聞いてくれませんか?」


 そう言って頭を下げる野方に対して、皆が視線を彷徨さまよわせる。


「うん、いいよ!」


 すると、野方に同意する声が一つこぼれた。振り返ると、津賀がにっこりとした笑みでそう言い放った。


「実は私も、今日の撮影の雰囲気なら、もうちょっと行けちゃうのかなぁって思ってたんで、なんなら、このまま続けちゃうのかなぁなんて感じだったんで、別にいいですよ! 美月みつきちは、どう?」


 そう言って、今度は総監督である西城さんへ視線を向ける。


「へっ!?」


 話を振られると思っていなかったのか、西城さんは驚いた様子で目を見開いた。

 そして、自然と皆の視線が西城さんへ向き、西城さんは困ったように視線を泳がせる。


 その視線が、ふいに俺とぶつかった。西城さんは俯きがちにポソっとした声で尋ねてくる。


羽山はやまくんは、どう思う?」


 自信なさげに尋ねてくる西城さんに対して、俺は優しく答えた。


「みんなの体力次第ですけど、やってくれるならぱぱっとやって終わらせちゃった方がいいんじゃない?」

「そうだよね! そしたら、先輩のサプライズのご褒美ももらえるし!」


 そう言って津賀が同調どうちょうしてくる。

 ははーん。さては、それが目的だな。


 津賀の真の目的が垣間かいま見えたことはさておいて、俺は西城さんを見つめながらゆっくりと口を開いた。


「西城さんがしたいようにしていいと思うよ」


 そう言うと、西城さんはしばらくうつむいていたが、意を決したように顔を上げて言い放つ。


「それでは、今日は出来るところまで一気にやっちゃいたいと思うのですが、皆さんもそれでいいですか?」


 申し訳なさそうに尋ねると、「しかたねぇなぁ」とか「そうしますか」とか「よーし、気合入れ直さなくっちゃ」とか様々な声が上がるものの、嫌がる人はだれ一人としていなかった。


 こうして、俺達は場所を外に移して、シーン15の撮影を夜遅くまで続けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る