第78話 脚本会
二度の休憩を挟みつつ、お昼休憩も挟みつつ、時計の針が右へと傾き始めたころ、ようやく目的地へ到着した。
ここは、都心から遠く離れた自然豊かな山間の温泉旅館。今日からここを拠点にして、二泊三日の夏合宿がスタートする。
バス内では、浜屋と最近の近況報告をしたり、ライブのチケットを貰ったりした。
スマートフォンでちゃちゃっと手配を済ませて、休憩のサービスエリアのコンビニで早々と発券してきてくれたらしい。
浜屋の行動力に驚かされつつも、俺はこれでライブに行かないという選択肢を潰されたことになる。
まあ、浜屋からファン一号として豪語されてるし、スランプ克服にも携わった身として、最初くらいは行ってあげますかね。
そんなことがありつつ、今俺たちは、旅館の宴会場に集められ、旅館の方から注意事項を受けていた。
俺達が宿泊するのは温泉旅館の別館。そこを貸し切りで使うらしい。本館は、他のお客さんもいるので迷惑にならないようにという伝達が入った。
注意事項が終わり、そのままの流れで部屋割りが発表される。
もちろん、このサークルに男の知り合いはいないので、俺は全く見知らぬ人たちと同部屋。まあ、結局部屋割りなんてただの荷物置き場と変わりない。
結局は適当に部屋に集まって、お酒を飲んでトランプをしたりゲームしたり盛り上がって、夜を過ごすのだろう。
初日のスケジュールは、少し真面目な内容。というか、初日にサークル活動しておかないと、皆浮足立って活動どころではなくなってしまうのだろう。
部屋に荷物をちゃっちゃか置いて、すぐさま次の場所へ移動する。やってきたのは、宴会場の向かいにある会議室。
ここには、大学の講義室のような長机が並んでおり、前にはプロジェクターまで完備されている。
そんな会議室で、俺達は今、皆真剣に配られた冊子を読んでいる。
何の冊子かというと、脚本会に提出された作品集だ。
ここで一斉に部員に読んでもらい、一番良かった作品を投票で決めるというのが、毎年の恒例行事らしい。もちろん、合宿に来れなかった部員も多くいるが、全員にアンケートを取っているときりがないので、一度に大勢が集まれる夏合宿で行うのが得策だと先代の人たちが考えたのだろう。
俺は黙々と配られた冊子に書かれた作品を次々と読んでいく。
中には、西城さんが提出した作品もあった。
提出する前に西城さんに読ませてもらったものの、内容をすべて把握しているわけではないので、もう一度読み返した。
あの時と変わらず、大学生の主人公が、ヒロインの家族問題に首を突っ込んで、助けるという物語。その中に、もう一人重要な女性がいて、その女性が実はヒロインの姉妹だったという壮絶設定だ。
フィクションの世界でありながら、現実世界で起こりうる可能性がある出来事で構成されているため、妙に引き込まれてしまう魅力はある。
だが、この作品の主人公が家族関係に首を突っ込むところを否定した俺には、この作品に投票する権利はないと考えていた。
西城さんの作品を読み終えて、俺はもう一度作品のタイトルを眺める。
「『慈愛』ね……」
そう一言呟いて、次の作品へと目を移した。
◇
全ての脚本を読み終えて、俺は投票用紙に題名を書いて、投票箱へと用紙を折りたたんで入れた。
これで後は集計して、結果発表を待つだけ。
その間、この夏合宿用に撮影されたショートムービーが放映された。
知らない先輩たちが多く出演していて、その人のネタで笑うことは出来なかったが、内容自体は完成度の高いものばかりで、編集技術も凝っていた。
裏方に回ることになるであろう俺にとっては、こういう編集技術や演出方法など、是非試してみたいとは思う。
誰だって一度は、テレビ番組やドラマ、アニメのストーリーの編集作業というものはやってみたいと思うのではないだろうか。youtuberだって、動画編集スキルは必須だし、今流行りのTikuTokuだって、ちょっと編集じみたことするみたいだし? 誰しもが一度は経験してみたい作業だよね?(※個人の見解です)
上映が終わった後、アンケート用紙が配られ、今上映された作品の感想と、今後自分が活動していく上でやっていきたいものを選択肢の中から丸を付けなさい(複数回答可)と書かれていた。
俺は基本裏方の仕事に丸を付けた。
中には演者や出演などの項目もあったが、そっちは津賀や浜屋が出る幕だと思い、〇を付けなかった。
そして、そのアンケート用紙が回収されて、トイレ休憩を挟んだ後、運命の脚本会の結果発表が行われた。
「それでは、発表します……」
緊張の一瞬。これで、この後の文化祭で上映される映画の内容が決まる。
「今回、見事選ばれたのは……」
俺は、周りの緊張感漂う空気感に気圧されたのか分からないが瞑目した。
「タイトル『慈愛』、一年経済学部、西城美月ちゃん! おめでとう!」
俺が目を開けて西城さんの方を見ると、西城さんは驚愕な表情で、まるで夢でも見ているかのように口をぽかんと上げて呆けていた。
「うそ……」
信じられないといった表情を浮かべて、言い放った一言。
それと同時に沸き起こる、盛大な拍手。
自分が書いた脚本が選ばれたことをようやく理解した西城さんは、その場で椅子から立ち上がり、ペコペコとお辞儀をして感謝の意を示す。
拍手は鳴りやまなかった。俺も、周りに合わせるように拍手をする。
その拍手に、祝福の意味が入っていないことが分かっているとしても……拍手が鳴りやむまで、俺はその拍手を続けた。
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