第79話 配役

 脚本会が終わり、夜飯の時間までしばしの自由時間。

 俺は、部屋に戻って同部屋の男子とコミュニケーションを取っていた。

 どうやら、同学年だけではなく、先輩も同部屋にいたようで、色々と今までのことについても教えてくれた。

 脚本会で、今回は西城さんの作品が選ばれたけど、一年生が受賞したのは史上初めてであることや。昨年は、浜屋莉乃が一年生で主演と務めたことなどを聞いた。


 そんな会話していると、部屋のドアがノックされる。

 先輩が声を上げると、中に入ってきたのは一人の女性の先輩。


「あのぉ……羽山くんいるかな?」

「はい、僕ですが……」


 俺が返事を返すと、その女性の先輩はにこっと笑って手招きをする。


「ちょっと、来てくれるかな?」


 なんだろう?

 何か忘れ物でもしたか?

 いやっ、だとしたら直接持ってきてくれるだろうし。

 とにかく、先輩の後をついて行くことにした。


 部屋を出て、先輩に連れてこられたのは、先ほどまで皆が集まっていた会議室。

 机には数人の先輩と、西城さんが座っており、その机の前には、津賀と浜屋が立っている。


「あっ、やおやお来た」

「津賀、なんでここに?」

「私も先輩に呼ばれただけだから何も」


 どうやら、呼ばれたのは俺、津賀の二人らしい、その横で浜屋がにこにこと笑っている。


「ふふふ……これからのお楽しみだよ」


 もったいぶったように言う浜屋。どうやら、浜屋はなんで俺たちが呼ばれたのか、状況を理解しているらしい。

 俺達三人は、机に座っている西城さんたちに向き直る。

 間をおいて、一人の先輩が口を開いた。


「ごめんね、呼び出しちゃって。今回君たちを呼んだのは、西城さんの作品『慈愛』の重要出演者としてオファーしたいから集まってもらったんだけど……」

「えっ……」

「嘘!?」


 俺は唖然とした表情を浮かべてしまう。その隣で、津賀が驚きと喜びに満ちた声を出す。


「うんうん、やっぱりびっくりするよね!」


 浜屋は俺たち二人の様子を眺めて、一歩引いたところから眺めている母親のような雰囲気を醸し出している。

 先輩は、さらに話を続ける。


「それで、津賀さんは演者希望に〇をつけてくれてたから、是非やって欲しいなって思うんだけど、いいかな?」

「はい! よろしくお願いします!」


 頭を下げてお辞儀する津賀。

 そして、先輩たちの視線は自然と俺へと向かう。


「羽山くんは、演者の方に〇が付いてなかったんだけど……どうかな?」

「どうかなと言われましても……」


 突然すぎて、どう答えればいいのか分からなかった。それに、このサークルに入ったばかりの一年生が脚本を担当しているにもかかわらず、さらに主役級の演者も一年生を抜擢するというのは、かなりのリスクを伴うのではないだろうか? 


 そんなことを思っていると、先輩が西城さんの方を見ながら言う。


「実は、羽山くんに関しては、西城さんの強い希望で、『是非やってほしい』ってことなんだよ」


 先輩からの言葉を聞いて、俺は目を見開いて西城さんを見つめる。

 どういうことかと視線で問うと、西城さんは俯きながらも口を開く。


「この役は、私の構想の中では、羽山くん以外思い当たらないから……」


 か細い声で言い放つ西城さんに、俺はつい反論してしまう。


「いやっ、他にもっと演技力のある先輩たちがたくさんいるだろ……」


 だが、俺が放った言葉は、西城さんの本当の意図を含んではいない。

 西城さんは、首を振って否定する。


「違うの……これは、羽山くんがいないとストーリーが始まらないの」


 あぁ……そうか。

 何故西城さんがこんな物語を書いたのか、今ようやく理由が分かった気がする。

 俺が他人の理想を押し付けたように、西城さんも俺への理想を押し付けようとしているのだ。

 私が望んでいる羽山弥起はこうなんだと、この作品を通して訴えようとしているのだ。

 なら、なおさら一層。俺はこの役を受けるべきではない。


「無理だろ……俺はこの主人公みたいにはなれない」

「そうかな? 私は、羽山くんなら出来ると信じてる」


 お互いに譲らず、いがみ合う。


 何の話をしているのか要領を得ない周りの人たちは、どう声を掛けたらいいのか分からなくなっているようだった。

 俺と西城さん、どちらかが退かなければ、この話し合いは永遠に終わらない。

 根負けして、俺の方が西城さんから視線を逸らして、先輩たちの方に視線を向ける。


「これは、いつまでに決めなきゃいけないんですか?」


 そう尋ねると、先輩たちが顔を合わせて、考え考えしながら口を紡ぐ。


「えっと……できればこの合宿中には固めたい」


 ということは、俺に残された執行猶予は既に二日を切っているということになる。

 俺は一つ息を吐いてから頷いた。


「わかりました。じゃあ、それまで少し考えさせてください」

「わかった……それでいいかな、西城さん」


 先輩が恐る恐る尋ねると、西城さんの視線は俺を凍てつくような目で睨みつけたまま、一寸たりとも外さない。


「私は信じてるよ」


 その言葉が、ずきりと胸に刺さる。

 俺は、先輩たちに会釈をして、そのまま会議室を後にする。

 追ってくるものは誰もいない。ただ、俺の足音だけが、このだだっ広い部屋に木霊する。


 俺は振り返ることなく、廊下へと続く扉を開けて、会議室を後にした。

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