第59話 思惑

 お店から出た後、橋岡・船津たちと合流して尾行再開。

 そこから、定番コースの109に入り、タピオカを飲んだり、一緒に服を見て回ったり、そこでまたもや弥生が京橋に服をせがんで買わせたり……って、弥生の方が悪女に思えてきた。

 俺の心にあった京橋への憎しみが少しずつ同情へと変化しながらも、今は近くのカフェに入り、二人仲良くおしゃべりに興じていた。


 俺たちは、2つの席に分かれて弥生たちを見張っていた。

 すると、ここで京橋がトイレだろうか、立ち上がって何処かへと消えていく。


 そこで、弥生が店内をくるくるっと見渡す。

 俺の姿を見つけると、にひぃっと悪い笑みを浮かべて、京橋に買わせた商品を見せびらかしてくる。


 俺は思わず頭を抱え、それを見て船津が苦笑いを浮かべる。

 ホント、ちゃっかりしすぎた妹でごめんなさい。今度から弥生に物をせがまれたら、お兄ちゃんが全部買ってあげよう。お兄ちゃんなら、愛があるから問題ないよね??



 だが、そんなことを考えて落ち込んでいる暇はない。俺は顔を上げてスマホを妹にかざすように見せ、次の作戦を実行することを合図した。

 それに応じるように、弥生がコクリと小さく頷いた。


 直後、トイレから京橋が戻ってきた。

 ここで、弥生が動く。


「私も、ちょっとお花を摘みに行ってきますね」

「おっけ。待ってる」


 そうして、弥生は京橋と入れ替わるようにしてトイレへと向かって歩き出した。

 俺と船津の席を横切る際、チラっと俺にウインクをして見せる弥生。

 俺はそんな弥生を横目で見つつ、トイレへと向かったのを確認して、京橋の方へと視線を戻す。


 京橋は弥生がトイレに向かったのを見送った後、ポケットの入れていたスマートフォンを開く。


 それを確認した俺は、すぐさま後ろを振り返り、後方にいる乙中達へとアイコンタクトを送った。それを合図に、乙中が何やらスマホを操作しだす。そして、ポチっと最後にタップして視線を上げた。


 それを確認した俺は、くるっと振り返って再び京橋の方を見る。


 直後、スマホを操作していた京橋の手がピタッと止まった。明らかに表情が変わった。おそらく今頃、乙中から送られてきたメッセージに動揺していることだろう。


 これこそ、他の女とデート中に、彼女からSOSが来たら、京橋はどうするのか検証!!


 乙中が今京橋にとあるメッセージを送った。その内容は、

『緊急事態なの、助けて……』


 という何とも質素で意味ありげなメッセージ。これを見たら、どうあがいても彼氏なら返信を返さざる負えないだろう。


 これを提案してきたのは、意外にも橋岡だった。

 もしかしたら、まだ京橋の心の中にはしっかりと乙中に対する気持ちが残っているかもしれない。だから、それを確かめさせて欲しい。場合によっては、デートをぶっちぎって助けに行くかもしれないからという理由で……


 だが、これは裏を返せば乙中にさらに深い傷を負わせることになるというリスクも伴う。乙中もそれは覚悟しているようで、固唾を呑んで京橋を見つけている。


 京橋はしばらくスマホを睨め合い。どうしようかと悩んで頭をガシガシと掻いた。


 俺はこの時、返信を返すな! という邪悪な心が現れていた。


 ここでデートを中断して、乙中の元へ向かっていってしまえば、計画が頓挫してしまう。


 乙中の心中は違うのかもしれない。返信を返して、一目散に自分を助けに来て欲しい。恋愛ドラマの主人公とヒロインのような展開を期待しているかもしれない。だがそれは、想像上のフィクションだけの頭が幸せ万歳な人間の考えることであって、それで乙中は、再び彼氏とハッピーエンドを迎えて、本当の幸せをつかむことが出来るといえるのだろうか?


 俺の答えはNOだ。

 一度崩れた関係性は修復できないし、傷は深まっていくだけだ。

 それなら、その関係をすべてぶち壊した方がましだ。


 その時、下唇を噛んでいた京橋が動いた。

 スマホで何かポチポチと操作した後に、ポチっと何か送信したような動作をして、ポケットへとスマホを滑らせた。


 俺は驚いて乙中の方を振り返る。

 乙中は俺の方を真剣な表情でじぃっと見てから、ふぅ肩を落とすように首を横に振った。


 直後、弥生がトイレから帰ってきて、デートが再開される。


 どこか安堵している自分がいた。

 京橋が彼女を裏切るような男でよかったと……


 落ち込む乙中を宥めている西城さんと、それを隣でたたずんで眺めている橋岡。だが、橋岡はふぅっと息を吐くと、俺たちの方を向いて苦い表情を浮かべた。


 その時、俺は察してしまった。もしかしたら橋岡も、こうなることを心のどこかで望んでいたのではないかと……むしろそれを望むがために、この作戦を提案したのではないかと。


 そう感じ取った矢先、俺の中に潜む悍ましい何かが頭の中に渦を巻いているのがわかった。

 結局人は、自分の利益になるものでしか行動が出来ない。俺も橋岡も……そしてここにいる全員が……


 それを押し付け合っても尚、俺たちは乙中と京橋を別れさせようと行動している。そんな自分が、自分の望む通りに物事が進んでいることが、醜くて憎ましくもあり、逆に自分好みに物事が進み、それを受け入れて承認してしまっている相反する自分もいて気持ちが悪い。


 そんな感情を抱きつつ、カフェから出て行く弥生と京橋の後を、俺たちは各々何かを感じながらも、居た堪れない気持ちで追っていく。

 だが、それと同時に、俺がすべきことは確信へと変わった。


 乙中と京橋の関係性を破壊する。

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