第58話 尾行大作戦パート2

 運命の作戦実行当日、俺と弥生は待ち合わせ1時間前に、渋谷駅へと出向いていた。しばらくして、ゾロゾロと他の奴らもやってきた。


 作戦実行の時間が近づく中、心配して腕時計を見る。そして、ようやくハチ公口に乙中が西城さんと一緒に姿を現した。


 薄手の白のワンピースに身を包んだ乙中は、どこか落ち着かない様子でこちらへと向かってくる。

 西城さんは、髪を後ろに結び、赤の横じまのシャツにダメージジーンズを着こなして、いつもと違う雰囲気を漂わせていた。


「お待たせ~ごめんね遅くなっちゃって」


 そう言いながら、西城さんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 すると、俺の隣で妹の弥生が羨望の眼差しで西城さんを見つめていた。


「ほわぁぁぁぁ~。お兄ちゃんがこんな美人な人たちとお友達なんて……信じられない」

「失礼な。俺だって、友好関係は結構頑張ってる方なんだぞ?」


 恋愛はダメダメだけども。

 弥生は俺の言うことに聞く耳を持たず、タタタっと二人の前に駆け寄った。


「初めまして、羽山弥起はやまやおきの妹、羽山弥生はやまやよいです! 兄がいつもお世話になってます!」


 最後にキラっと効果音が付きそうなくらい、輝かしい自己紹介と挨拶をして見せる弥生。

 そんな弥生の姿を見て、最初に反応したのは西城さんだった。


「羽山くんの妹さんなんだぁ~。可愛い!」

「ま、まあな……」(自慢の妹ですから)

「あっ! 私は西城美月。羽山くんとは……大学のお友達」


 西城が弥生に自己紹介をすると、二人の視線は隣で俯いている乙中へと向かう。


「……乙中美央です」


 俯きながらぼそっと乙中が名前を名乗る。


「そのぉ……ごめんなさい。私も結構迷惑してて、こんな感じで騙すようなことになって……」

 

 弥生が乙中に申し訳なく言うと、乙中は首を横に振る。


「ううん、平気。私もそろそろけりを着けないとって思ってたから。むしろ協力してくれてありがとう」

「いえいえ!」


 弥生はニパァっと笑顔でそう答えた。


 俺が考えた作戦はズバリこうだ。弥生をしつこく遊びに行こうと誘っていた乙中の彼氏、京橋恭輔きょうばしきょうすけの誘いに、弥生がわざと乗っかりデートの約束をしてターゲットをおびき寄せる。そこで、弥生とデートだと思っているターゲットの京橋が現れ、偽デート開始。それを尾行する。しばらく弥生とのデートだと思わせるようにして安心させ、その間にうちの弥生によからぬことをしようとした暁には、尾行している俺たちが一斉に京橋へ突撃! そこで現行犯という流れだ。


 まあその間にも、色々とトラップ仕掛けの小細工はあるが、それは後々説明するとして……


 このままだと、弥生が永遠と媚を売り続けることになるので、声を掛ける。


「ほれ、その辺にしておけ」

「はーい」


 そう言うと、弥生は乙中と西城さんにペコリと挨拶をして下がっていく。

 入れ替わりに、俺が乙中へ声を掛ける。


「悪いな」

「いえっ……」

「まあ、その……今日はお前にとって大変な日になるとは思うが、頼むわ」


 俺が少し目を逸らして頭を掻きながら言うと、乙中は不意ににこっと頬笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。覚悟はしてきたから」


 その優しい眼差しと微笑みを見て、俺の決断が揺るがぬうちに言った。


「そうか……すまん」


 こうして、各々がそれぞれの位置にスタンバイして、京橋恭輔の到着を待つ。尾行大作戦その2がついに始まった。



 ◇


 弥生はしきりにスマホを見ながら、京橋の到着を待っていた。

 すると、何かに気が付いたようにニコっと微笑んだ。


 弥生の視線の先に現れたのは、高身長の好青年。間違いない、京橋だ。


「ターゲット到着。これより尾行を開始する」

「了解」

「ラジャ」


 今回は俺が指揮を執り、それに応じて橋岡と船津が応じる。

 ってか、いつから俺たちは隊長と部下の関係になったんだ。

 そんなことを考えていると、弥生が京橋との挨拶を終えて歩き出した。


 京橋に歩調を合わせるようにして、弥生は愛想を振りまきながらついて行く。

 前回の尾行と違うのは、京橋が妙に弥生に話しかけているところだろうか?

 

 前一緒にいた女とは明らかに違う対応をしている。明らかに狙っている目だ。

 くそっ……弥生が本気じゃないと分かっていても……罠のための餌だとわかっていても、あの男だけは許せん……

 気が付けば、俺の心の中にはひしひしと怒りの感情がこみあげてきていた。

 

 信号待ちをしている時、ふと京橋の視線が弥生から逸れたところで、隙を見計らっていた弥生がスマホを取り出して、素早くポチポチと操作している。


 直後、俺のスマホにメッセージが届く。


『お兄ちゃん! ちゃんと着いてきてる!?』

『あぁ、ちゃんとついて行ってるぞ』

『弥生の事見失わないでよ? 危ないって思ったらまた連絡するから!』


 そう打ち終えて、弥生はぱっとスマホをポケットに滑り込ませ、京橋の方へ向き直り愛想笑いを浮かべる。まあ、念には念を入れて、弥生のスマホの位置情報を共有できるようにしておいたから、もしはぐれてしまったとしても、問題ないだろう。

 欠点としては、この渋谷の街は高層ビルが所狭しと立ち並んでいるため、GPS信号が時々ラグることくらいだろうか?

 それ、ダメじゃね? これは、弥生を絶対に見失わないようにしなくては……


 そんなことを考えているうちに、スクランブル交差点の歩行者信号が青に変わり、弥生たちが歩き出していく。


「動いたな。追うぞ!」

「ラジャ!」

「了解!」


 だから、なんでお前らは軍隊気取りなんだよ!?

 そんな様子をたははと苦笑いを浮かべながら、西城さんが乙中の手を引きながら後をつけてくる。


 乙中は、またもどこか不安そうな様子ではあったが、一度大きく息を吐くと、意を決したように視線を上げた。

 その視線の先には、仲睦まじい様子で歩く乙中の彼氏京橋恭輔と、俺の妹弥生。


 その姿を見て、乙中はどんな心中を思っているのかは分からない。ただ、これはその二人を見つめる乙中の表情を見て、今回のミッションは絶対に成功させなくては……そう心の中で誓った。



 スクランブル交差点を渡り、センター街をしばし歩いて、弥生と京橋はとあるシューズショップへと足を踏み入れていった。

 店内は、人一人が通れるくらいのスペースで、ばったり鉢合わせなんてことがあるかもしれないので、船津と橋岡を店舗内へと向かわせて、俺と西城さんと乙中は店舗の出口が見える物陰に隠れて待機した。


 しばらくすると、橋岡からLINEで、『ターゲットまもなく出口に出る』と連絡があり、身を引き締める。


 にこにこと笑い合いながら階段を下りて出てきた弥生と京橋。そして、弥生の手には先ほどまではなかったお店のロゴが入った袋が……


 あいつ、この機に及んで靴をせがんで買わせたのか!?

 

 なんとぬかりない奴……我が妹ながら恐ろしい……

 弥生は弥生で、京橋をこき使ってやるという魂胆らしい。

 それを見た西城さんが、たははっと苦笑いする。


「弥生ちゃん。普通に買い物楽しんじゃってるね……」

「すまん、こんな妹で」


 俺はそんな妹に変わって、乙中に対して申し訳ないと謝ることしか出来ない。いや、マジホント何してんのうちの妹?

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