第55話 ひとまず解決
ストン……
何かがぶつかるような感覚がした。
パっと目を開くと、辺りには閑散とした空気感が漂っており、部屋の中は薄暗い。
ここが西城さんの家であることは、すぐに理解することができた。
だが、視界に西城さんの姿はなく、先ほどまで散乱していた荷物などもきれいさっぱり無くなっていた。
そして、ふいに左肩の辺りに重みを感じる。
何かと思い、顔を向けると、そこには頭を俺の肩にコトンと置いて、こちらを優しい眼差しで見つめている西城さんがいた。
俺は思わず目の前に現れた美少女に、見とれてしまう。
「起きた?」
ふいに西城さんにそう尋ねられた。
「お、おう……すまん」
俺は身体を西城さんから気持ち離して、目をこする。
「ごめんね、起こそうかと思ったんだけど、心地よさそうに寝てたから。疲れてた?」
「まあちょっと、色々忙しかったから」
「そっか、ごめんね急に呼び出しちゃって。あっ、今ココア用意するね」
そう言って、西城さんは俺から頭を離して立ち上がり、スタスタとキッチンの方へと向かっていった。
しばらくして、ホットココアをマグカップに入れて西城さんは持ってきてくれた。
「はい」
「あ、ありがと……」
そう言って、西城さんからマグカップを受け取る。
西城さんは、自分用のコップを持ちながら、再び俺の横へ腰かける。そしてまた、甘えるようにして俺の肩に頭を置いた。
「ただいま」
「おかえり」
二人の間に甘酸っぱい空気が流れる中で、俺たちはそう挨拶を交わす。
「問題は解決した?」
俺が尋ねると、西城さんはう~んと唸る。
「一応ねぇ……今はひとまず解決……って感じかなぁ」
「そっか」
「うん……」
「まあ、ひとまず解決したならよかったな」
「うん!」
しばし再びの沈黙。
西城さんは、顔を動かして俺の腕に頬ずりしてきた。
「羽山くん、ありがとね。私を後押ししてくれて。羽山くんのおかげで、私は帰省して、誤解を解いて、問題を解決できた。本当にありがとう」
「いやっ……俺はなにもしてない」
自分の理想の世界を作り上げるために、西城さんに理想論を押し付けただけだ。
好きな人にはこうあって欲しいという持論を考えを、ただ俺は押し付けて示しただけなのだ。
だが、西城さんはそうは思っていないらしく。ニコっと微笑んで俺を見つめてくる。
「羽山くんのおかげだよ。いつも私のことを気遣ってくれて、いつも私のこと助けてくれて……」
「まあ、おせっかい焼くことくらいしか出来ないし……」
俺が誤魔化すように言うと、西城さんは俺の肩から頭を離して、俺の方を真っ直ぐ見つめた。
「それでね! 今の私のこの気持ちを、文字にぶつけて書いてみようと思うんだ。今なら、いいものが書けそうな気がするから……」
そう宣言する西城さんの表情は、何かを悟って、今しかないものを、自分にしか表現できないものを作ってみたい。そういう創作意欲にあふれるような笑顔を振りまいていた。
「そうか……頑張れよ」
俺はそう言ってあげることしか出来ない。なせなら、西城さんの頭の中に思い描いているものを、俺は共有することは出来ないのだから。
「うん! 完成したら、羽山くんに一番に見せるね!」
「わかった。その時は、読ませてもらう」
こうして、西城さんはいつもの西城さんに戻った。
そして、『脚本会』に向けて、物語を書くという意欲も付け足して戻ってきた。
だが、本当にこれでよかったのだろうか?
俺の中に疑問の闇の渦が残る。俺の自分の理想な世界を作り上げるために行動しただけで、本当に西城さんのためにこれが正しい選択だったのだろうか。
何度も心の中で自問自答する自分がいる。
でも、今の西城さんは今までで一番輝いていて美しいように見えた。その美しい笑顔を照らすように、俺の闇の渦をかき消すように、雲の隙間から夕焼け色に染まった太陽の光が部屋に注ぎ、西城さんをより一層輝かせて見せていた。
もうすぐ梅雨も終わり、本格的に夏がやってくる。西城さんの心の中のどんよりとした梅雨は、終わりを告げようとしている。
それが、俺の作り上げた美しい世界なのかどうかは、誰しもが知る由もない。
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