第56話 いい提案

 夜、リビングでコーヒーを啜りながら、至福のひとときを過ごしていると、ソファーで寝っ転がってテレビを見ていた弥生が、突然汚い声を上げた。


「ヴゲェ……」

「弥生……汚い」

「だって……見たくない人がテレビに映ったから」


 そう言いながら、顔だけでテレビを見ろと指示してくる弥生。

 テレビに視線を向けると、何かの特集番組だろうか。そこに映っているのは、とある爽やかそうなイケメンスポーツ青年だった。どうやらその青年の特集らしく、『大学サッカー界の天才現る!』という小題が付けられ、練習グラウンドらしきところで、芝の上に座りながらインタビューを受けている。

 だが、俺はこの顔を見た事があった。


「……」


 俺はそのテレビの画面を見て絶句した。そこに映っているのは、間違いなく乙中の彼氏だった。そんなことをつゆ知らず、弥生がため息混じりに口を開いた。


「ほら、この間しつこいって相談した人」

「はぁ!?」


 衝撃の事実に開いた口が塞がらない。

 俺が大きな声を出したのに驚いたのか、弥生は身体を起こして俺の方を訝しむ表情で見つめてくる。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


 まさか……こんな偶然が……俺が何も言わずに考え込んでいると、テレビに名前が表示される。


「京橋恭輔《きょうばしきょうすけ》……ねぇ~」


 U18日本代表として活躍し、今度の国際AマッチのA代表にも選出された大学サッカー界のカリスマ的存在か……。

 確かに、こんなにメディアでもてはやされたら、そりゃ天狗になるだろうに。

 中学の頃イキってた菊田とは大違いの実力だしなぁ……

 それでこのイケメンっぷり。ほぼ完璧に近い。


 ここで、顎に手をやりながら思案していた俺は、とある巧妙な手段を閃いた。

 なるほどな……もしかしたら、これで乙中の問題も、弥生の問題も、どちらも解決できるかもしれない。

 そう思った瞬間、自然と口角が上がり、ニヤニヤが止まらない。


「お、お兄ちゃん? 大丈夫?」


 そんな俺の姿を見て、若干引き気味の弥生に対して、俺は神妙な面持ちで向き直る。


「弥生、この間の相談。いい提案がある」


 さぁ、ここから始まる。羽山弥起の反撃を見てろよ。

 俺はそうテレビの画面で、にこやかな笑みを浮かべてインタビューを受けている京橋恭輔きょうばしきょうすけへ挑戦的な視線を向けた。

 まずその計画を実行するにあたり、下準備を整えなくてはならなかった。



 ◇



 翌日、昨日全員に連絡をして、俺は『乙中の彼氏作戦について、俺に考えがある』と言って、乙中達を食堂に呼び集めている。今日からは西城さんも参加するそうだ。


 東京は梅雨明けが発表され、強い太陽光が教室の窓から降り注いでいる。


 授業終わり、俺は一度資料を配るため、PCルームで資料をコピーするためにみんなと別れた。


 PCルームで資料を印刷し終えてから、俺はLINEを開いて最終確認をする。




『どうだった?』


 俺がそう弥生に尋ねると、すぐに既読が付き。


『おっけーだって!』


 と帰ってきた。

 それと、付け足すように


『お兄ちゃん。本当にやるの? 私不安だよ……』


 と返ってきたので、


『あぁ……これしかない!』


 と返した。しばらくして……

 

『まあ、お兄ちゃんがそうしたいんだったら、私も協力するけど……ちゃんと私のこと守ってよね?』

『当たり前だ、ちゃんと弥生のことは守る』

『ん、わかった』


 弥生の了承も無事に得たところで、PCルームを後にして、食堂へと続く長い廊下を歩いている時であった。後ろからふいに声を掛けられる。


「やおやお~!」


 振り返ると、夏らしいショートパンツを履きこなし、季節に相応しい褐色色の肌をさらけだして、手をひらひらと振りながら、津賀愛奈がこちらへと向かって来ていた。


「津賀か……どうした?」


 津賀は俺の前に着くと、ポンっと肩を掴んで真っ直ぐな瞳で言ってきた。


「ちょっとやおやおに聞いて欲しい事が有るんだけど、今時間ある?」


 走ってきた勢いそのままに尋ねてくる津賀。だが、俺は今それどころではなかった。


「悪い、今はちょっと時間がないからできれば手短に頼む」


 俺がそうまくしたてて言うと、津賀は少し身体をモジモジとさせながら言ってきた。


「そのぉ……夏休みに一緒に行って欲しい所があるんだけど……」


 なんだそんなことか。俺はそう思ってしまった。

 前にも夏休み行きたいところがあると言っていたし、それの詳しい話だろう。

 別に俺は断る理由も特にないので、手短にこう答えた。


「あぁ……わかった、わかった。行くから、予定が決まったら教えてくれ」

「えっ? いいの?」


 津賀はあっさりと俺が行くと答えたことに驚いているのか、キョトンとした表情を浮かべている。


「あぁ、行く行く。前にも言ったろ。断る理由がねぇって。まあいいや、詳細決まったらまた教えてくれ。俺急いでるから」


 そう言って、俺は津賀に手を振って急ぎ足で後にする。


「あっ、やおやお! ちょっと待ってよ!」


 という津賀の声が聞こえたが、俺は振り返ることなく、食堂へと急いだ。

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