第40話 彼女の手
運命の日曜日、俺はJR川崎駅駅改札の時計台前で彼女を待っていた。
時刻は午後3時、駅前は最近再開発が進んだ駅前のアトレ川崎や、駅前直結の大型ショッピング施設、ラゾーナ川崎にショッピングへ向かう人であふれかえっている。
緊張した面持ちで待っていると、水色のワンピースに薄黄色のカーディガンを羽織り、白のハンドバッグを肩にかけた藤野春海が現れた。
まるでお花畑にでもいるかのように別次元と言っていいほど駅前では目立っていた。
それに加えて美少女となると、通りすがりのほとんどの男性が藤野をチラっと一瞥している。
藤野はキョロキョロと辺りを見渡して俺を探しているようだ。俺は人混みを掻き分けながら藤野春海の前まで向かった。
「よっ!」
俺が声を掛けると、藤野春海はパアっと表情を明るくした。。
「おはよ、羽山」
「来てくれてありがと」
正直、藤野春海の人生が狂った地を待ち合わせに指定した時点で、来るかどうか一種の博打だと思っていたのだが、何事もないように待ち合わせ場所に現れた。不安感や恐怖感を抱いた顔をしているかと言えばそうではなく、物珍しそうにあたりを見渡して感心したような顔になる。
「私がいない間に随分と変わったのね。全然違う駅みたい」
藤野がいない間に、新たに北口改札が出来たり、アトレが新設されたりして駅前は昔の中央改札しかない駅とは大きく様変わりしていた。
「まあ、最近再開発進んでるからなぁ……」
西口へと行けば、ショッピングモールラゾーナ川崎があり、大手企業のビルが立ち並んでいる。
東口もバスターミナルが新しくなったり、地下街の様相を一新したり、再開発を着々と進めてはいるが、根本の部分は解決していない。
仲見世の商店街の方へ行けば、多くの大衆居酒屋が点在し、多くの関東屈指の風俗街が各所に点々としている。
地元民や神奈川県民の中では、川崎の子が一番レベルが高いというのは有名な話だ。
「それじゃあ……行くか」
そう言って俺は東口の方へと歩き出す。
何も言わずに藤野春海は俺の隣にピタっとついて歩いてくる。
エスカレーターを下りて、地上から京急線の改札へと向かう。
お互い沈黙が続き、俺たちは京急線の改札をくぐり電車に乗った。
電車が出発をするまでの間俺と藤野はドア付近で立っていたが、藤野の表情を窺うことは出来ない。だが、今からどこへ連れていかれるのかは分かっている。そんな気がした。
電車が発車して、ポイントの部分でもスピードを上げ続ける電車は、ガタっと大きく揺れた。ドア付近つり革につかまっていると、藤野春海が俺の腕をギュっと掴んできた。
どうやら、電車の揺れでバランスを崩してしまったらしい。
「だ、大丈夫?」
「う……うん、平気」
藤野春海の表情はどこか暗い。さらに言えば、そのまま俺の袖をつかんだまま離そうとしないし……
まあ、俺が酷いことしちゃったからな……ここは男らしくいきますか。
不安そうな藤野春海の手を掴んでギュっと掴んだ。
一瞬驚いたような表情を浮かべたが、藤野はすぐに握り返してきた。
彼女自身も今からどこに連れていかれるのか察しがついているのだろう。
何も言わずにただ顔を下に向けて黙っていた。
電車が駅に到着し、俺たちは改札を抜けて駅前の交差点を右に曲がる。
その間も藤野春海はずっと俺の手を離さなかった。
やはり、このあたりになると恐怖や不安がこみあげてくるのだろう。
大通りの交差点で信号待ちをしている時に、さらにギュっと力を強めてきた。
それに応じるように小学生の時、触れることすらかなわなかったその柔らかいすべすべの手をより強い力で離さないように握り返した。
信号を渡ってさらに歩くが、藤野春海は落ち着きがなく恐怖に駆られたように身体を震わせていた。
俺と目を合わせようともせずただただ地面の一点を見つめて歩くことと息だけをしている状態だった。
少し可哀そうになってきてしまうが、俺はもう逃げないと決めたのだ。
だから、彼女を引っ張るようにして目的地へと一歩一歩地面をしっかりと踏み込みながら、向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。